東鳩節考 投稿者:takataka
	『♪ぼくの先生は〜 ビーバ〜
	  川にダム作るぜ〜 ビーバ〜
	  どんな時だって〜
	  前歯を光らせ くじけない動物〜
	  ビーバーそうさ〜』

 歌など歌いながら楽しそうに窓拭きをするマルチ。
 オレは万感の思いを込めてその姿をみまもる。
「オレのうちにもとうとうメイドが来たんだな……」
「はいー、なにか言いましたかあ?」
「マルチ、お前はメイドロボだよな。『メイド』ってなんだか知ってるか?」
「はい、『人さまのために一生懸命はたらくすばらしいお仕事をする人』ですう」
 まちがいではない。
 外国では、の話だ。
「これはオレがまだ小さかったころの話だ……」

	〜〜〜〜〜

 雪ふかい山奥に眠る小さな集落、東鳩村。
 このどこにでもあるような村には、古くから奇妙な風習が伝わっていた。
「今年もやるのか?」
「仕方ねえ、祭りさおろそかにしたら、どんなバチかぶるかわからねえだ」
「オラこええだよ……」
「仕方ねえ、仕方ねえことだて……」
 その年の春分の夜、草木も眠る丑三つ時。
 神社に集まった村人たちの間には一様に恐怖の色がみてとれる。
 その中心に、くじ引きで選ばれた年端もいかぬ処女がふるえている。
 その髪はざんぎりに切られ、自然の草木と類似をなす緑に染められていた。
 耳をおおい、月を映じて光る、勾玉を模した耳かざり。

「うちの娘だけは! うちの娘だけは勘弁してけれ!」
「あきらめれ、これも天命じゃ」

 その身をおおうのは贄としてさだめられた者のみが袖をとおす事の許される服。
 肩のふくらんだ紺の『わんぴいす』。
 その上を真白き雪のごとくおおう『ふりふりえぷろん』。むろん純白。
 そして南蛮伝来の『れーす』織りの『かちゅーしゃ』かんざし。
 表からこそ見えねども、渓流の清水で精進潔斎した素肌には『がーたーべると』帯をき
りりと締めて。
 これが、ざっつ『めいど服』。
 その年、憑代となる乙女にさだめられた服だった。
 今年はさらに首輪をつけている。流行だろうか。

 しんしんと深まる夜、打ち鳴らす鐘の音もものすごく、神主の祝詞は次第に荒々しさを
まし、贄の乙女は震え、うなだれ……。
 ばっ。
 あげた顔はすでに。
 きゅぴーん!

「ももんがあああああああああ!!」

「ひいっ」
「めいど様じゃ! めいど様が降りなさっただ!」
 古くこの村に伝わる奇祭『めいど降ろし』。
 娘の目から怯えは消え去り、居並ぶ村人たちをひと睨みする。
 瞬間。

「っっっっはー! ダイナマイトスっターツっっ!」

 ばびゅーん。
 あやしげな擬音とともに村めがけて一目散に下る『めいど』様。
「今年は藤田どんの家か」
「藤田どんも気の毒になあ……」

「なんまんだぶなんまんだぶ、どうかこの家だけはさけてくだせえ……」
 神棚にすがりつくようにして、ご神体の『あくしょんひぎゅあ』に必死で願をかける親父。
 小さいころの記憶だからたしかではないが、『はだかえぷろん』のひぎゅあだったよう
な気がする。
「おとう、オラこええだ」
「だいじょぶだひろゆぎ、おとうがついてるだ」

 がらっぴしゃーん!

「フランス人はいねがー!
 シックなパリジェンヌはいねがー!」

 出た!
 めいど様のオープニングジョーク!
 もうおしめえだ!

 親父は真っ青になりながらも口を開く。
「ひいっ、ボンジュールにござります! シルヴプレにござりますっ」
「ん」
 なんとか第一関門はクリアしたようだ。

 ぎろっっ。
 めいど様がふりかえったのは……オレ!?
「こども」
「ひっ」
「たーべちゃーうぞー」
「ひいいっ」
「べつのいみでねー」
 別の意味って!?
 と思うまもなく、めいど様は拳を振り上げ、
「いえー! べいべー!」
「めいど様ああああ! べいべええええ!」
「べ、べいべええ……」
「ひろゆぎ、声がちいせえ! めいど様のバチかぶるだぞ!」
「だっておとう……オラこええだよ」
「んふふふふふふうう」
 めいど様ご満悦。
 気に入られたのか?
「ん〜〜〜〜〜、ドーン!」
「ど、どーん!」
「んのーん!」
「んのーん……」
「パパさんもドーン!」
「ド、ドーンでござります……」
「めっ」
 怒られた。
 丁寧すぎても駄目なのか。

 めいど様はこめかみに指をあて、目をぎゅっと瞑る。
 次に来るものをまちかまえ、恐怖にうちふるえる父子。
 まさに生き地獄であった。

「ん! 来た! 来た来た来た!
 ん〜〜〜〜〜〜〜〜、ピッチャー鹿取!」

「ひろゆぎ! ピッチャー鹿取だ! 鹿取だで!」
「おとう、オラそんな真似でぎね」
「でぎねえでもやるだ! 藤田の家さどうなってもいいのが?」
 仕方なくピッチャー鹿取のまねをするオレ。
 似てねえ。
 似てるかどうかもわからねえ。
 だがそれで終わりではなかった。
「リーリーリーリー」
「めいど様が盗塁してるだ! ひろゆぎ、牽制球だ!」
「ひええっ」
 ぶんっ。
 ……ころころころ。
 ほんの子供のオレの投げる玉は届かない。
 めいど様は不満げだ。

「へいピッチャーびびってる〜♪」

「めいど様! お許し下せえ! なんもわがらねえ子供にござりますだ!」
 平身低頭。
 親父の背中がこんなに小さく見えるのは初めてだった。
「ん〜〜〜、パパさんノリ悪いデース!」
 ニセ外人!?


「ん〜〜〜〜、ギンザNOW!」
「素人コメディアン道場!」

「くーるくーるダーイヤールっ」
「ザ・ゴーリラー」

「猿っ」
「おやかたさまー!」

 オレはようやくメイド様のノリを理解しはじめた。子供ゆえの適応力か。
 ところが親父と来た日には、
「ん〜〜〜、三年B組!」
「……金八先生?」
 ちがう!
 新八か、悪くても仙八だろう!
 メイド様はみるみる顔を曇らせ……。
「バツ・ゲーーーーーーム!!」
「ひええ、お許しくだせえっ」
「『おでこ』『ほっぺ』『おまかせ』どれかえらんでね」
 ちらっ。
 めいど様の期待をこめた一瞥にオレは、
「おーまかせ! おーまかせ!」
 うんうんとうなづくめいど様。
「ひろゆぎ! おめ、おとうを裏切るんか!」
 許してくれ親父。
 オレは血の涙を流しつつも、おまかせコールをやめない。
「おまかせいっちょ入りまーす! よろこんでー!
 ……うらああっ!」
 ごつっ。
 頭突き一閃。
 親父の後頭部に炸裂する。
「へ……へへ、ぱらいそが見えるだよ……ぱらいそが……」
「おとう! おとうよおおおお!」
 めいど様は静かにほほえんで、親父によりそうオレの手を取る。
 ばっ
「YOU WIN!」
 なぜに!?

 どうやら満足したのか、めいど様は背中を向けた。
 これで平和が訪れる……。
 だが。
「この次来るときは、キミのハートに……」
 めいど様は最後にオレをふりかえって、
「BANG☆」
 つきつけた人差し指を口元に寄せ、ふっと吹いて見せた。

	〜〜〜〜〜

「やがて村は町になり、この奇妙な祭りはすたれていった……」
 マルチはちぢこまってがたがた震えていた。
 無理もない。オレだって話しながら恐怖で体の芯まで凍る思いだ。
 いまだにあの記憶がオレをさいなんでいるのだ。
 オレはそっとマルチを抱き寄せる。
「こわい思いさせて悪かったな、マルチ。
 ただお前には知っておいてほしかったんだ。この家のメイドになるにあたって、かつて
ここで起こったメイドにまつわる悲しい思い出を……。
 おい、マルチ?」

 へんじがない。ただのしかばねのようだ。
 そして。

「ももんがああああああああああっ」きゅぴーん!
「うっわああああああ! マルチぃぃぃぃぃぃぃ!!」