オレとセリオと屋上で 投稿者:takataka
 海外旅行に行くことになった。
 マルチは留守番だ。

「ううっ、マカデミアナッツチョコ買って来て下さいね〜」
「お前食わないだろう」
「ご近所に配るです〜」
 変なところで気を配るやつだ。そこでオレは、
「よしマルチ、いい心がけだ。ただマカデミアナッツチョコじゃ言いにくいだろう。
 ここはひとつ略して『マッチョ』でどうだ」
「分かりましたー。ご近所のみなさんにマッチョ配布しますー」
 よし、気づいてない気づいてない。

 製品版のHM-12には海外用コンセントのセットがあるが、試作品であるマルチにはその
変換コンセントが対応してないのだという。
 マルチ、ドライヤー以下。
「ふえええ〜、ひどいですう」
「ふっ、三本コンセントに対応してから出直してこい!」

 そのことを長瀬主任に相談すると、
「じゃちょうどよかった、頼みたいことがある」
 と言った。そして、
「浩之さん、行きましょう」
 オレの隣にはセリオがいるというわけだ。
「実はセリオのサテライトサービスが海外の遠い地域でも動作するかどうか実験したいん
だが、人手が足りなくてね。
 なあにセリオの分の旅費とその他もろもろはこっちで持つから。あ、そうだ。藤田くん、
君にもバイト代だそう! ほら現物支給でどうだ!」
 長瀬主任はいそいそとオレの耳にカバーをとりつけた。
「お、似合う」
 ……。
 かんからーん。
「何も投げ捨てることないだろう藤田くん」
 うるさいやい。

 実際セリオのサテライトサービスは役に立った。なにしろGPS持った観光ガイド連れ
て歩いてるようなもんだ。道に迷う心配一切なし。
「そう言えばセリオ、もちろんコンセントのほうは対応してるんだろうな」
「いいえ、旅行前の改造で家庭用AC100Vからの充電システムは外しました」
「大丈夫なのか? 電池切れても持ち運べねーぞ」
「サテライトサービスを通じて充電できるようになったんです。今回はそのテストも兼ね
ています」
 なるほど。便利便利。

 ホテルにチェックインして風呂をすませると、セリオは部屋にいなかった。
『屋上でお待ちしています』
 テーブルの上の書置き。なんか意味深だな。

 セリオは屋上のベンチに座っていた。
「ここにいたのか。なにしてんだ?」
「電波の受信です」
 なぬ?
「晴れた日は良く届きますから」
 そうきたか。お約束なヤツ。
 罰としてオレは隣りに腰掛け、いきなり肩を抱いてやった。
「あ……」
「ありがちな事言ったから、これバツな」
 あたたかい。
 セリオの体が人間と同じように36度前後に保たれているというのは知っていたが、今日
のセリオは心なしかいつもよりもあったかいような、そんな気がした。
 コイツに心がないってほんとなのかな。
 オレは心地よい温かみにひたりながら考えた。セリオの体温でオレの体まで温まってき
たようだ。
 と、セリオが俺の腰に手を回してきた。二人の体がより密着して、やわらかな肌の感触
が薄い布をとおして伝わってくる。
 マルチ、そしてあかり。
 許してくれ。オレは申し訳ないことになってしまうかもしれない。
「こうしていると、あったかいな」
「わたしはいま衛星からマイクロウェーブで送出された電磁波で充電しています」
「おう、さっき言ってたヤツのテストだな」
「衛星軌道からの受信で、数時間で充電を完了させるには、かなりの出力で電波を送出す
る必要があります」
「おう、それで?」
「この電波により浩之さんの体内の水分子が振動して摩擦熱が発生しているものとおもわ
れます」
「へえ、なんつーかハイテクだなあ」
「それほどでもありません。電子レンジと同じ原理です」

 ……なんですと?

「じゃあオレは……」
「あと十分ほどで、ボン、です」
 セリオは握りこぶしを上に向けて、パッと開いた。
「うっわああああああああ」
 腰に回された手を振りほどき、あわてて逃げるオレ。
 そのときオレは見た! セリオがたしかにこっちを見て、
『ちっ、逃げられたか』
 といわんばかりの表情を浮かべていたのを!
 あいつに心がないなんてウソだ! 絶対ウソだああああっ!

 そのころ日本では、
「浩之さんが帰ってきたらマッチョ配布します〜」
 とふれまわるマルチがご近所を大パニックにおとしいれていた。
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 をを! SFだ!(すこしふしぎ)
 太陽発電衛星からの思いつきですが、実現したら危険そうだ。