格闘一代女 投稿者:takataka
「葵ちゃん」
「何ですか先輩」
「オレ中学校のころ体育の授業で剣道やったことあるんだ。
 この授業で使う防具がまたすごかったんだよなあ……授業用に何年も共同使用してたや
つでさ、面なんか何十年分の生徒の汗が染みこんだわざもので、かぶった瞬間あまりの臭
さに卒倒してそのまま一本取られちまうような代物だったんだわ」
「……それはまた壮絶ですね」
「小手もすごかったなあ。あとでいっくら手ぇ洗っても抜けないんだ、匂いが」
 先輩の視線が私の手に集中してることに、そのとき気づくべきだったのかもしれません。
「ときに葵ちゃん、そのウレタンナックル……」
 はっ。
 先輩がわたしをまっすぐ見つめています。
 次のセリフは間違いなく『匂うんじゃねえか?』……。
「いやあああああああーっ!」
 叫ばずにはいられませんでした。藤田先輩にそんな風に思われているなんて!
 こんな気持ちは初めてでした。いままではただ格闘に打ち込んでいればほかのことは何
もかも忘れられたのに、にぎりしめた拳が私をみちびいてくれたのに――。

 と思ったのですが。

 藤田先輩を崩拳でどつき倒してマウンティングポジションでアルティメットのごとくボ
コボコにしている自分に気づいて、私はその場を逃げ出してしまいました。
 わたしの拳のお茶目さん! こんなときまでみちびいてくれなくったって……。
 てへっ、ごつん!
 あ、われながらちょっと痛いです。

「お願いです! これ、洗ってください! なんの匂いもしなくなるまで!」
「はいー。分かりましたー」
 さすがはマルチさんです! ああ、メイドロボってすばらしい……。
 わたしは格闘一筋ですから、普通の女の子がやるようにうまく家事がこなせないんです。
こないだも先輩のお弁当を作るためにお台所をちょっと大惨事にしてしまいました。
 でもいろんなことが学べたんです! たとえばフライパンはわりと簡単にへこむとか!
 オーブンにかかとを落とすと間違いなく壊れるとか!
 とにかく日々前進です! わたしもいつか、神岸先輩みたいにお料理上手になれるとい
いな……。

「できましたー」
「……これは?」
 赤いぼろビニール。中からウレタンが顔をのぞかせています。

 にこっ
「マルチさんっ、崩拳ってどんなワザか知ってますか?」
「え、知らないです〜。教えてくださいー」

 教えてあげました。

 ブレーカーの落ちたマルチさんに活を入れてあげると、気づいたとたんずざざっと壁際
に後ずさりました。
「ふええぇ、待ってください。セリオさんにお願いしてみますう」
 さすがは最新鋭のメイドロボ! 崩拳くらいではびくともしないようです。わたしもま
だまだ修行が足りないってことですね!

「分かりました。おいでください」
 セリオさんも最新鋭のメイドロボです。マルチさんに比べて身長が高いので、ボディ中
心に攻めて、顎が下がったところで掌底でこうガツンと……。
「葵さーん。早くしてくださいです〜」
「あ、はーい」
 言われるままにバスに乗っていくと、来栖川電工の研究所につきました。
 マルチさんの開発者の長瀬主任という方が出迎えてくれました。学者らしくちょっと不
健康そうな感じで、これならわたしでも秒殺できそうです。
「よし分かった! 来栖川電工の全技術力を結集してそのウレタンナックルを洗浄してあ
げよう! その代わり……」
 マルチさんの耳カバーを一セット持ってきて、
「これ付けてみてもらえないか? いやもーぜひとも! マルチの映像ログ見てから君に
は注目してたんだ!」
 そのくらいならと思って付けてみました。
「わはははは、2Pだ! 2P側マルチ! もしくはニセマルチ! 本物よりちょっと強
そうなところなんかいかにもニセっぽくてナイスだぞ!」
 ……。
 とりあえず崩拳かな、と思ったところで腕を押さえられました。崩拳に入るモーション
を見ただけで分かる人というと……。
「綾香さん!?」
「はぁい、葵。うちの所員きずものにしちゃ駄目よん」
 来栖川綾香さん。エクストリームの女王といわれた格闘家で、わたしのあこがれの的。
どうしても攻め方がみいだせない唯一の人でもあります。
 長瀬主任はしれっとしたもので、
「いやー綾香お嬢さんすみませんねえ。貞操の危機を救ってもらっちゃって」
「綾香さん……一発だけいいですか?」
「ん、死なない程度に」

「長瀬しゅにん〜しっかりしてください、傷は浅いです〜」
「ふふふ……川が見える……はっ、父さん? 父さんが向こう岸で手を!?」
「セバスチャンさんはまだ生きてます〜」

 綾香さんはあきれたみたいです。当然かもしれません。
「そんなことで悩んでたのお? 新しいの買えばいいじゃない」
 は!? そうか?!
「買えば! 買えばいいんですね! さすが綾香さん! ステキです! なんかこう感動
です!」

 ”新しいの、買えば、いいじゃない。”
 わたしの心の『来栖川綾香語録』にしっかりと刻んでおきます!
 勉強になりましたあ!

 『知ってるつもり』のエンディングみたいな精神状態になりつつ、ふと気づきました。
 どうして研究所に綾香さんが?
「んじゃセリオ、いくわよー」
「はい、綾香様」
「セリオさんとどこへ行かれるんですか?」
「トレーニングジム。組み手の相手してもらってんの」
 組み手!?
 セリオさんと綾香さんが組んづほぐれつ!?
 コスプレキャットファイト60分一本勝負!?
「残念だけど葵はだーめ。手の内明かすわけにはいかないもんね、お互い」
 そんな……それにしてもなぜセリオさんが? これにはきっと何か秘密があるはずです。
 ……はっ!? まさか!?


「んじゃはじめよーかセリオ……って、なああ?!」
 きちっと端座するセリオの隣に、これまたきちっと端座して待つ2Pカラーマルチ。


「ふえええ〜、耳カバーなくしましたあ、ごべんなざいー」
「おお……祐介久しぶりだな……。兄さん、隆山の事件って結局どうなったんだい……」

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 葵ちゃんの格闘ひとすじっぷりを作品にしてみようと思ったのですが、
 これではただの暴力アホ女。
 ああ。ごめんなさいー。