はかなげな夜 投稿者:takataka
 俺は楓ちゃんを連れて夜の散歩に出てきていた。
 柏木家は今日もにぎやかで、俺たちはそのにぎやかさから少し離れたところに身を置き
たくなったのだ。
 なぜなら、二人は恋人同士だから。

 夜風が気持ちよく頬をなで、おかっぱ頭をさらさらとくすぐる。
「少し寒い?」
「大丈夫です……あっ」
 俺は着ていたジャンパーでそのまま楓ちゃんの体を包み込んだ。
 頼りないほど細い体が一瞬こわばり、すうっと力を抜く。
「あったかいだろ?」
「はい……」
 俺たちの会話はいつもこうだ。
 幾百年の時を越えてめぐりあい、結ばれた二人に多くの言葉は必要なかった。
 心が通じあっているなら、それ以上に何が必要だろう?

 町の喧騒をさけて歩いているうちに、いつしか雨月山まできていた。
 鬼伝説の伝わる古い、小さな寺。前世のことまでさかのぼるなら、俺たちはここでめぐ
りあい、結ばれたのだ。
「すこし……休んでいきましょうか?」
「ああ」
 本堂の階段に腰をかけ、夜空を見上げる。
 すみわたった空にかがやく満月。
 こうしていると、まるで俺たちが俺たちでなく、次郎衛門とエディフェルとして愛しあ
った日々がよみがえってくるようだ。
「あの」
「何だい? 楓ちゃん」
 楓ちゃんはうつむいて、ごめんなさい、と消え入りそうな声で言った。
「せっかく二人きりになれたのに、私、だまってばっかりで。
 鬼の一件がおさまるまで、耕一さんと話しちゃいけない、耕一さんに触れてもいけない
ってそればかり考えてて、辛くて、でも一生懸命がまん……してて。
 そのせいでしょうか……いまこうして二人でいても、何を話したらいいか分からないん
です。
 こんなに……好きなのに」
 下を向いたままぽつりぽつりと話す楓ちゃん。その瞳にはたぶんこぼれそうなほど涙が
ためられているのだろう。
 俺は楓ちゃんの顔をうわむかせ、そっとくちづける。
 親指で目尻を拭ってやる。もう俺のため涙を流すことのないように。

 楓ちゃんは少し元気を取り戻したのか、寺の庭を歩き出す。
「でも、私もともとこんな性格ですから。梓姉さんみたいな元気も、初音みたいなかわい
げもないし、千鶴姉さんみたいな芯の強さも……。
 こんな暗い女の子、耕一さんは嫌いかもしれませんね」
 俺は座ったまま楓ちゃんを見つめる。
 月を背にして、夜の闇になかば溶けこんで、手をふれればすぐにも消えてしまいそうな、
はかなさ。
 でも……。

「俺は、はかなげな楓ちゃんが好きだな」

「え……」
 楓ちゃんはきょとんとしてこちらを見ると、あちこち見回して、たたっと走り出した。
 本堂の裏に隠れたみたいだ。
 恥ずかしがることなんかないのにな。

 ざわっ
「!」
 俺の中に眠る『鬼』が目を覚ます。
 まちがいない。同族の気配。
 楓ちゃんが危ない!
 本堂の裏にまわりこんだ俺が見たものは――。


 鬼の力を解放して、墓石を投げまくる楓ちゃん。


 くううう!
 これだから楓ちゃん好きだ! 大好きだ!