僕は長瀬祐介。 いつものように屋上に来ている。 風が頬をなでていく。そこにはいつものように瑠璃子さんが立って…… いや。 瑠璃子さんは座っていた。 なにやら回転台の上に。 テレビの下においてあるような奴だ。 「瑠璃子さん、それ……」 「ローテーターだよ」 ローテーターとはアンテナの支柱に取り付けてアンテナを回転させ、もっとも電波の入 りやすい角度に調節する機械である。以上解説終わり。 「角度を変えるとよく届くから」 正座したままついーんと回転する瑠璃子さん。 ぴたっと止まる。 「東京海上185円25銭昭和海運132円14銭レナウン146円32銭」 株式市況だ。短波放送を拾ったらしい。 「カトちゃんのっビバノンラジオ全員集合〜♪」 次はAM。便利だ。 「長瀬ちゃんも回転しようよ」 「いや、僕は遠慮しとくよ」 「長瀬ちゃん、回転」 「いや、僕は……」 「回転(にこっ)」 瑠璃子さんがぐっと顔を近づける。童女のような無垢な瞳。 僕の負け。 あたしは新城沙織。 祐くん探してるけどみつかんない。どこ行ったんだろー? 月島さんといっしょだったら屋上かな? とりあえず行ってみよ。 「オッス祐く……」 な、なんじゃあこりゃー! 「るるるりりりりこささささ、回転はやややや」 「長瀬ちゃん回転の才能あるよ」 正座した祐くんがぐるぐると回転している。な、なにごとだー?」 「なにしてんのー」 「新城さんもやってみるかな」 「おもしろそー! やるやる!」 ……をを! なんだか楽しいぞ! 「よーし、今こそバレーで鍛えたあたしの真の実力を見せるときよ!」 「沙織ちゃん……とめて……」 「あはははは聞こえなーい! すごいよ! どんどん回転数が上がる! そうなんだ祐く んこういうのが好きなんだー。こうかぁ? これがええのんかぁ? あはははは」 も、もう限界だ。僕は胸からのどもとにかけて熱くねっとりとしたものが次第に上昇し ていくのを感じていた。 ヤバい。 昇降口に人影を認めた。あれは瑞穂ちゃんと太田さん! 助かった。二人とも生徒会だ し、少なくとも常識人の瑞穂ちゃんならこの変質的行為を止めてくれるはずだ。 「たのしそーねえ。瑞穂、私たちもやろうよ」 「え……でも加奈子ちゃん、祐介さんなんだかいやそう」 そうだ瑞穂ちゃん! いやどころかいろいろとヤバイことになってきてるぞ! 止める ならいまだ! 「そこがいいんじゃない」 「そうかな……加奈子ちゃんが言うんならそうかも」 主体性ないんか瑞穂ちゃん! 「いいものがあるわよー」 どこからかロープを引っ張り出した太田さん。回転台の軸に巻きつけ、四人がかりで思 いきり引っ張る。 「うわあああああああああ」 僕はいま世界一回転している男だろう。ギネスブックも夢じゃない。 でもそんなことで世界に名を知られたくないな。 薄れ行く意識のなかそんなことを考えた。 そして。 「けろけろけろけろ」 「うっぎゃあああああああー」×3 「くすくすくす、サービスしすぎだよ長瀬ちゃん」 安全圏に避難ずみの瑠璃子さんが笑っていた。 「大丈夫か祐介。何があった?」 源一郎叔父さんが心配げにのぞき込む。 「瑠璃子さんたちに回されて……いれかわりたちかわり……」 「そうか……悪いこと聞いちまったな」 叔父さんはひどく憔悴した表情になって、タバコを一本つけた。 「まあ野良犬にかまれたと思って……」 「違うううう!」 --------------------------------------------------------------------------------- ローテーターは角度を変えるためのものなので、ぐるぐるぶんまわしてはいけないよ。 というのがこのお話の教訓。 つーか、本来人が座るようなもんではありません(笑)