ひとつ屋根の下で 投稿者:Tago
 天然と悟りと計算。どれが抜けても人格に非ず!喰らうがいい!!

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 それは、夏が過ぎ、秋らしさの見られ始める、肌寒い夜の出来事。

「香奈子ちゃん楽しかったね」

「そうね…」

 二人の少女が丁度駅を3つ離れたとある町の秋祭りに出向いた帰りである。
 その会話はまるで甘える子供と相づちを打つ母親のそれであった。
 友達というよりも親子のような関係。端から見たら二人はそのように見える。

「香奈子ちゃん何も買わなかったけど、本当に面白かったの?」

「…何かおかしい?瑞穂…」

 瑞穂は浴衣を着ており、いかにも祭りに行ったという風体であるにも関わらず。
香奈子は普段着それも只の長袖のシャツとジーパン。色気の無い淡泊過ぎる格好を
している。髪もそれといった加工もせず至ってシンプルにセミロングを真ん中で分
けたというものだ。香奈子の年齢ではこれ程飾り気のない女子は珍しいだろう。単
に人付き合いの下手なだけの娘なら話は簡単であるがそうではない。香奈子は常に
クラスの女子の中心いた。通っている高校の生徒会員であり副会長を務めているこ
とから他の生徒達から信頼と人望を得ていることがうかがえるだろう。香奈子は男
女を問わず好かれるような少女であった。媚びず己を曲げないその姿勢が好感を与
えているのだろう。一体どれだけいるだろう、無着色のまま飾らない自分を保てる
者が…。

「ずっと、上の空だったよ。香奈子ちゃん変だよ…最近いつもと違うよ」

「ごめん、最近気になることがあって…考え事してたの…」

 香奈子が気になること、それがどれ程の苦難であり、途轍もなく大きな危険性を
含んだものだということを、この時の瑞穂には解らなかった。会話はそれっきり途
絶えどちらからも一言もなく帰路を進んだ。

「…じゃあ…元気出してね…香奈子ちゃん…」

「なんだかなあ…瑞穂の方が元気出したほうがいいんじゃない?」

「あ…ごめんなさい…」

 二人は自分達の通う高校の校門の前まで来ると別れの挨拶を交わす。瑞穂の家が
高校から近くに位置するため、二人でどこかに出かけた時は必ずここで別れる。香
奈子が瑞穂の身を案じてこのように対処しているが、とうの瑞穂は気付いている様
子もない。

 只いつものように───────

「また明日ね…」

「うん…」

 別れの挨拶をして逆方向に家路につく…いつもなら…この日は違った。香奈子は
家とは別方向に進み始めた。

「相変わらず…か…」

 香奈子はある邸宅の前まで来た。

 邸宅と言ってもそれ程大きいと言うわけでもなく、普通の住宅より大きい小綺麗
な家と言ったところだ。その邸宅だが、ここ一月程前から夜になると不思議な違和
感を放つのだ。

 離れ離れの部屋の明かりが二つだけが点いている。朝まで消えることなくたった
二つだけ…それが毎日続けばそれは異常である。

 邸宅からもれる二つの明かりを見つめる香奈子その表情は憂いに満ちたのもだっ
た。邸宅の中に入ろうとする様子はない。只外から黙って二つの明かりを眺めてい
た。その行為はストーカーと間違えられてもおかしくないだろう。しかし、そのよ
うな挙動不審な人物に対し誰もが無関心を装うこんな時代だからこそストーカーな
どがいる。そんな世の中だからこそ、この邸宅の異常は時代に溶け込んでいるのだ
ろう。時代が病んでいる使い古された言葉であり実に偽善的な言葉だが、この邸宅
の中で安らぎを失った兄妹はそれに蝕まれた犠牲者と言えるだろう。

「『ごめんよ…瑠璃子…あんなこと…するつもりはなかったんだよ…』か…日々強
くなる心の声…叫び声…深く、暗い、狂おしい思いに、底はない…」

 香奈子は全ての感覚を解放してこの邸宅に渦巻く重苦しい感情の波を解読してい
た。このようなことは普通の人間には出来ないだろう。だが香奈子には不可能なこ
とではなかった。暗き幼少時代が…香奈子を精神的に常識を超えた者にしたのだろ
う。それ故に同じ高校に通うこの邸宅…月島家の兄妹の異常に誰よりも早く気付く
ことができた。

 香奈子が月島兄妹の変化に気が付いたのは今より一月前だった。それは丁度夏休
みの終わりにあたる。

「『瑠璃子…愛してる…二人きりになりたかったんだ…だからあの男を追い出す力
が欲しかった…お前を守る力が欲しかった…あの好色な男から…』……」

「『お兄ちゃん…ごめんね…お兄ちゃん…伯父さんのことが嫌だった…子供の頃か
ら嫌いだった…躰が大人になるに連れてだんだん嫌らしい目で見るようになる伯父
が嫌いだった…』……」

「『瑠璃子…違うんだよ…瑠璃子…只お前ともっと身を寄せ合いたかっただけ…よ
り強く…お前を感じたかったんだ…違うんだ…違うんだ……が悪いんだよ……がそ
うしろと命令したんだ…本当だよ瑠璃子…ずっと耐えていたんだ…でもあの日は…
あの日は…』毒……?何かしら??まだ解らないか…」

「『お兄ちゃんごめんね…お兄ちゃんともっともっと寄り添いたかった…嫌いな伯
父を追い出したかった…だから……を使ったの…お兄ちゃん…お兄ちゃんは悪くな
いんだよ…』一月経っても何も変わっていない、でもそのお陰で大分解読出来るよ
うになったけど…」

「『あの男はもう家には帰っては来ない…そうしたんだ……の力によって…大好き
な瑠璃子と二人きり…ずっと望んできたことなのに…瑠璃子はもう僕と居てくれな
い…』…やめとけば良かった…私しかいないのだから…」

「『お兄ちゃん…大好きだよ…今も…大好きだよ…本当だよ…なのに…お兄ちゃん
はもう側に居てくれない…私は臆病だからお兄ちゃんに近づけない…』…やめてお
けば良かった…やめておけば…」

「『ごめんよ…瑠璃子…ごめんよ…瑠璃子…ごめんよ……』……」

「『ごめんね…お兄ちゃん…ごめんね……』…もう帰ろう…そしてもう当分ここに
は来ないことにしよう…」

 香奈子の頬に涙が伝う泣いてはいない、それはまさに感情の雫。

「何故だろう、容姿や能力や肩書きで…人はなんでそれだけで物事を判断し簡潔に
まとめようとするのだろうか…私は月島さんのこと興味はあった。でもそれは容姿
や能力じゃない。彼が瑠璃子さんのお兄さんだったから。瑠璃子さんの力、高校に
入った時から気付いてた。だから月島さんのこともその時から知っていた。他の子
達のような関心はあまりなかった。なかったのに…瑠璃子さんと心を併せて…月島
さんと心を併せて…そうしている内に放っておけなくなった…これが恋愛感情なの
かは解らない。でもこのままは嫌。私は我慢できない。明日学校で告白しよう…嘘
であって嘘でない告白を…」

 香奈子は何かを決心したかのように目を見開いた。その瞳に曇りはない、獲物を
見据える獣のように、精神修養をした完全なる軍人でもあるかのように。全てを解
った上で戦地に赴ける者とは人にして獣たるものそれこそ戦士と言うものかもしれ
ない。日本人である香奈子の精神はさながら侍魂と言うべきだろう。

「我慢できないもの…他の子達が平気でも…私は平気じゃない」

 太田香奈子の戦いは孤独にして、只一つの支えすらない。きっと誰一人気付かぬ
だろう、悲しすぎる戦いの始まりも又孤独なものだった。


                                 了

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 予告 瑞穂萌え(爆)

プルルルル・プルルルルルルル───────カチャッ

「はい、もしもし藍原です」

「あ、香奈子ちゃん。どうしたのこんな遅くに?」

「えっ、気になる人がいるんだ…それで最近おかしかったのね、香奈子ちゃん」

「…月島さんかあ、ちょっと遠くの人って感じあるけど香奈子ちゃんならお似合い
だね」

「えっ?内緒にしてってどういうことなの?」

「…ごめんね…嫌なら言わなくていいんだよ」

「うん、解った。応援するよ。わたし応援してるからね、香奈子ちゃん」

  ・
  ・
  ・

 なんで…なんであの時気付いてあげられなかったの?なんで…

 わたしは香奈子ちゃんの何だったの?

 わたし香奈子ちゃんにいっぱいいっぱい助けてもらったなのにわたしは結局香奈
子ちゃんに何もしてあげられなかったんだ。

 香奈子ちゃん、今何処にいるの?本当にあの病院いるの?香奈子ちゃんが精神病
院に移されてから一度も面会が叶わない、何故なの?
 
 そうよね、これは香奈子ちゃんに何もしてあげられなかったわたしへの罰…香奈
子ちゃんがあんな風になったのは香奈子ちゃんのことを何も解っていなかったわた
しのせいだ香奈子ちゃんをあんな風にしたのはいつも一番近くにいたわたし…何が
親友だ…何が一番仲のいいお友達だ…わたしはわたしを許さない…

 でも…会いたい…会いたいよ香奈子ちゃん───────



                      To be continued


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 あとー

 莫迦丸出しなの!エッヘン!それはそれとして後書きでいす!

 今回の御題ーー
 香奈子が月島拓也を気になり始めたのは二年の中頃。
 月島兄妹が壊れたのは夏。
 同時期ですね。
 太田香奈子について引っかかることは『雫』において終始絶え間なく散りばめら
れております。探してみてください。そしてそれが何を意味するのか考えてみてく
ださい。きっと気付く筈です。太田香奈子の本質に…