妖怪 投稿者:R/D 投稿日:10月27日(金)22時25分
「(『つき』という言葉は)日常的思考によっては捕捉しえない、異常な状態を示す用語であっ
て、その『つき』現象の原因として、日常的思考が見せかけの意味を表す『もの』という意味の
ない概念を持ち出してくるのだ」
                         ――小松和彦 「憑きもの」と民俗社会

「…という訳でお義兄さんは『もの』に取り憑かれているんですよ瑠璃子さん」
「ちょっと待て、誰が『お義兄さん』だとっ」
「長瀬ちゃん、それ本当?」
「本当です。毒電波で他人を操るなどという異常な状態を説明するにはそう考えるしかないでし
ょう。となれば、お義兄さんに取り憑いた『もの』の正体を知る必要があります。それさえ分か
ればお義兄さんを助ける手だても判明する筈です」
「だから誰が貴様の『お義兄さん』だ、誰がっ」
「何がお兄ちゃんに取り憑いてるか、長瀬ちゃんには分かるの?」
「もちろんですよ瑠璃子さん」
「貴様っ、さりげなく瑠璃子の肩に手を置くんじゃないっ」
「いいですか、お義兄さんは電波を使いこなしているんです。当然ながらお義兄さんに取り憑い
た『もの』も電波とか電気とかに関係あるに違いありません。そう、おそらくその正体は…」
「その正体は?」
「電気ウナギですっ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…毒電波、電圧アップ」
 バリバリバリバリ
「うぎゃあああああああああっ」



「認識論的にみてゼロ価の『もの』が人間にとってプラス価を帯びると『神』になり、マイナス
価を帯びると後者の意味でのつまりマイナス方向に傾いた『もの』になる。(中略)《鬼》とは
(中略)マイナスの側に大きく傾いた『もの』を意味する」
                             ――小松和彦 山姥をめぐって

「知ってるか梓。常陸国風土記の中に角を生やした蛇の話があるんだが」
「はあ?」
「その化け物が田んぼを荒らしたのに怒った地元の有力者が、こいつらを殺して田んぼから追い
出してしまう話だよ」
「それがどうしたっ」
「ところがこの有力者、化け物を山まで追い払うと彼らのために山の入り口に社を建て、化け物
たちを神様として祀り上げるようになったんだそうだ」
「この非常時に何の話をしてるんだよ耕一っ」
「つまり俺はこう言いたいのさ。鬼を退治するのが困難なら、祀り上げてしまえばいい」
「…そうか。そういうことか」
「二人とも何の話をしているの?」
「いえいえ何でもありません。いやーそれにしても千鶴さんの作ったこのリゾット、とてもおい
しそうだなあははははは」
「そうそう。あたしらだけで食べるのはもったいないくらいだよねえ」
「おお、そうだ。ここは一つ親父に千鶴さんの心のこもった料理をあげようじゃないですか」
「あ、それいいよ。じゃあ早速仏壇にお供えしてくるからさ」
「まあ、二人とも優しいのね。分かったわ、あなたたちの分は別に作ってあげるから」
「「げっ」」
 その頃、天国では
「ああっ、柏木賢治氏が口から泡を吹いているっ」
「一体全体何が起きたんだあっ」



「付喪神は、そうした生命を吹き込まれている器物が、その本来の役割をはずされたときに、そ
して人びとがその際それに対してしかるべき処遇をしなかったときに、(中略)妖怪となって出
現することになるのである」
                               ――小松和彦 器物の妖怪

「で、それがどうしたってんだ」
「――古来からアニミズム思想に親しんでいた日本人は、職人によって製作された器物が単なる
器物以上のものをその内部に秘めているという風に理解していたのです。ただの道具をあたかも
生きているかのように扱う現象がしばしば見られるのも、そういった日本人の世界観を背景に置
けば分かりやすくなります」
「全然分からんぞ。その説明と、オレの目の前で妙な仮装をしているマルチとがどうつながって
くるんだ」
「――こちらに居るのはマルチさんそのものではなく、マルチさんの妖怪です」
「はいぃ?」
「――器物がしかるべき目的のために使用されている限り、器物の精霊は自分の役割を果たして
いることに満足しています。ですがそうした役割をはずされた時、器物は妖怪になるのです。そ
して役割を果たすのを邪魔した人間のもとへ復讐に訪れるのです。そうですね、マルチさん」
「うらめしや〜です」
「ちょっと待て。なぜオレが恨まれる? オレはマルチに色々とメイドとしての仕事をやらせた
ことはあるがそれを邪魔した記憶はないぞ。ちなみに夜伽の相手を務めるのもメイドの業務の内
だからな」
「――フェミニストを敵に回すつもりならその主張も結構ですが、問題はそんなところにはあり
ません。最もまずいのは、藤田さんがマルチさんの掃除を手伝ったことです」
「学校でのやつか。でもそのくらいは別にいいじゃないか」
「――いいえ、掃除はメイドロボの仕事です。特にマルチさんにとってはほとんど唯一の得意分
野です。メイドロボとしてのアイデンティティにまでかかわる重要な役割と言っても過言ではな
いでしょう。藤田さんはよりにもよってその行為を妨害したのです。器物は使われることで満足
します。マルチさんは掃除することで満足します。マルチさんが掃除すべき廊下を藤田さんが掃
除してしまったのは、メイドロボたるマルチさんを十分に使わなかったことになるのです。実に
もったいない話ではありませんか」
「もったいなや〜もったいなや〜です」
「もったいないお化けかお前は。まあいい、百歩譲ってその意見を認めるとしよう。マルチがオ
レの前にやってきて恨み言を言うのもヨシとしようじゃないか。しかし、この格好は何だ? ど
ういう意味があるってんだ?」
「――室町時代の付喪神絵巻によると、付喪神は最初はただの器物として描かれ、霊力を得るに
従って器物と人間や動物の混合した姿になり、やがては鬼に近い妖怪と化していくのです。マル
チさんも付喪神として登場する以上、最初は器物らしい姿を取る必要があります。メイドロボよ
り器物らしいものとくればコンピューターが適当でしょう」
「…だから『○A仮面』の扮装をしているのか」
「――唐沢なをきの漫画を知らないと猛烈に分かりにくいオチですね」
「お前が言うなっ」


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