遺伝 投稿者:R/D 投稿日:5月29日(月)23時08分
「えうれかあああっ!」
「…何事ですか耕一さんいきなり大声出してっ」
「そうか、そうだったのかっ。分かったぞ真実がっ。俺は今モーレツに感動しているっ」
「だから何が分かったんですかっ」
「生命の神秘。あるいは歴史に隠された意外な真相とでも言おうか」
「えらくまた大げさですね」
「藤田君。今から君に素晴らしい話をしてあげよう。そう、悠久の昔から絶えることなく続いた
我らの美意識と、それがもたらした驚天動地の物語を」
「はいはい分かりましたよ」
「時は遥けき彼方、神話の時代へと遡る」
「最初からカマしてくれますね」
「先史時代からこの列島に暮らしてきた人々は自らの思いの丈を言霊に託した。それは後の世に
なって短歌という名で呼ばれるようになり、多くの人々の心を潤してきたのだ。言うなればこの
国古来の『ぽえむ』。それが短歌だ」
「大丈夫ですか。そんな顔に似合わないことを言って」
「短歌のテーマは様々だが、その中には『ぽえむ』の常道たる男女の恋愛を謡ったものも当然な
がら存在する。古(いにしえ)のそうした短歌は『相聞歌』と呼ばれていたのだよ」
「もしかして、どこかで頭ぶつけませんでしたか?」
「そして、古い相聞歌の中では取り上げられていながら万葉集の時代になると姿を消してしまっ
たあるテーマが存在した。日本の短歌は長い間にわたってその題材を無視してきたのだ。おそら
く奈良時代から。今でこそ恋愛を取り上げる際には注目を集めるあるテーマが、実に千年以上の
長きに及ぶ期間、この列島では等閑視され、蔑ろにされてきたのであーる」
「もしもしー、聞こえてますかー」
「そう、我らの祖先が見逃してきたそのテーマとは……『胸』だ」
「…………は?」
「バストだ。胸なんだよ藤田君っ」
「はあ」
「例えば風土記には乙女の胸鋤取らせて云々という言葉が出てくる。だが、それだけだ。胸につ
いて触れた部分はわずかにそれだけなのだ。万葉集の時代以降、胸はあっけなく主役の地位を譲
り渡す。代わって姿を現すもの。万葉集の冒頭に出てくる葛城磐之媛皇后の歌で取り上げられた
のは」
「られたのは?」
「黒髪だ」
「へえ」
「そう、この列島に住む者たちは、万葉集の時代から『黒髪』にこだわってきたのだ。豊かに打
ち靡く漆黒の頭髪。それこそが美しさの象徴となり、恋愛において重要な題材として人々の注目
を集めてきた。源氏物語の世界を見よ。長く豊富な髪は美人の条件だったのだ」
「言われてみれば」
「その影響は今に及ぶ。最近でも日本人の女性は他国に比べ髪の量が多いと言われている」
「本当ですかい」
「ああ。それもこれも千数百年の昔から男が髪にこだわり続けた影響だ。藤田君、ダーウィンが
唱えた進化論の中にある『性淘汰』という概念を知っているかね?」
「は、話が飛びますね、随分と」
「孔雀の羽根、オナガドリの尾。あれだけ目立つものだと捕食者に見つかる危険性が増す。適者
生存の世界ではそういったものは弱点にしかならず、進化の過程で淘汰される筈の特徴だ。にも
かかわらず孔雀は派手な羽根を広げ、オナガドリは異常に長い尾を引きずっている。それもこれ
もメスがそうした特徴を持つオスを好んだからだ。そういうオスとだけ交尾し、彼らの子孫だけ
を残したからだ。メスのこだわりが彼らの特徴を生みだした。そして同じことが日本人の髪の毛
についても言えるのだよ。男のこだわりが豊かな黒髪を持つ女性たちを生みだしたのだ」
「何だか『トンデモ』っぽいですねえ」
「分かるかね。この国では胸でなく、髪の毛にこそ色気を感じるのが昔からの伝統だったのだ。
そうした伝統に淘汰された結果、生き延びてきたのが柏木家の一族だったのだよ藤田君」
「…………はあ」
「つまり、柏木家の女性たちのバストが控えめであることは歴史的な必然なのだな」
「そうでない女性もいるじゃないですか」
「何事にも例外はある。あくまで本筋は日本の伝統に則った姿だと考えた方がいいだろう。それ
が証拠に柏木家には黒髪を持つ女性が多い」
「多いって、半分でしょ」
「統計に誤差は付き物だ。豊かな黒髪と貧しい、もとい、おとなしい胸とは相補う関係にあり、
それこそがこの麗しき瑞穂の国で育った大和撫子の根源的な姿なのだ。そう、ファンダメンタリ
スティックに言えばこの国の女性はかくあらねばならないのである。そして国の伝統を守り、我
らが祖先の連綿と伝え来る本質を愛でることこそ、我等男児(おのこ)に課せられた尊い使命な
のだっ」
「はあ。だから耕一さんは『ぺったん』が好きだ、と」
「然り。なれど…」
「?」
「まあ何というか、和食ばかりだと飽きるしたまにはバタ臭いのもいいかなーなんて」
「はあ?」
「だから藤田君、ヒロインを交換しないかっ。たまには俺もさっ、『おっぱいがいっぱい』なん
て言ってみたいんだよおおっ」
「それがオチですか。トホホ…」


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