携帯 投稿者:R/D 投稿日:3月25日(土)21時25分
 もしも、携帯電話を持っていたら…



  雫の場合

 生徒会室の中では、前生徒会長の月島さんがとんでもないことをしていた。それを知った僕は
決心した。もう逃げるのはやめよう。彼女たちを救い出すんだ。

 …でもその前に携帯電話で叔父さんに連絡だけ入れておこうか。
 ぴっぴっぴっ、と。

 ぷるぷるぷる…がちゃ
『…はい』
「あ、叔父さん。僕です、祐介です」
『…………』
「とんでもないことになってます。すぐに学校の生徒会室に来てください。できたら他の先生た
ちにも来てもらった方がいいと思います」
『…………』
「取りあえず、僕だけでもできることはするつもりですけど、叔父さんも急いでください。お願
いしますよ」
『……ふっ』
「え?」
『ふっふっふっふっふ』
「叔父…さん?」
『残念だったねえ、祐介君とやら。僕は君の叔父さんじゃないんだよ』
「…そ、その声はっ」
『これは自慢なんだけど、僕は電波を操ることができるのさ。その電波で人間の大脳を操作する
ことも、こうやって携帯電話に割り込むこともね』
『割り込みはいけないんだよ』
「へ?」
『…ま、まさかその声はっ』
『ちゃんと並ばないと怒られるよ』
「な、なんで瑠璃子さんの声が。って言うかそれじゃ僕の目の前にいるこの瑠璃子さんは」
『ぬわにぃっ。貴様、瑠璃子と一緒にいるのかっ』
『おい祐介、いったい何の用だ』
『お兄ちゃん、ルールは守らなくちゃ駄目だよ』
「いやあの叔父さん、すぐ学校に」
『待て、瑠璃子。そうじゃないんだ。いやそんなことよりお前、早く瑠璃子から離れろ』
『…祐介、お前なにを言っているんだ?』
「違うんです、今のは僕じゃなくて」
『私の話を聞かないお兄ちゃんなんて、嫌いよ』
『なっ…。瑠璃子っ、待ってくれっ』
『一人漫才を聞かせるために電話したのか』
「そうじゃないんですってばっ。いいですか叔父さんっ」
『さよなら、お兄ちゃん。瑠璃子は一人、旅に出ます』
『るぅりぃこぉおおおおっ、かあああああむばああああああっく』
「やかましいいいいいいいっ」
『…切るぞ』
「ああっ、ちょっと待」
 ぷち



  痕の場合

 鬼に襲われそうになった日吉かおりは、慌てて携帯を取りだし、愛しい人に電話を入れた。

『先輩っ、助けてええええっ』
「かおりっ。どうした、すぐ行くからなっ」

 夢。
 夢を見ている。
 自らが鬼となって次々と人を殺戮していく夢だ。
 どうにも血生臭い。いや、これが夢だってのは分かっちゃいるんだが、それにしても余りにサ
ディスティック過ぎる。夢は人間の無意識の現れだって言うけど、もしかしてこれが俺の願望な
んだろうか。
 などと思っているうちに夢の中の俺はあらかた仕事を終え、ただ一人残された娘に向かってゆ
っくりと足を進めていた。怯えた娘は腰を抜かして恐怖の眼でこちらを見ている。おまけにこの
娘は、俺が昼間出会った梓の後輩だ。今日初めて会った娘を夢にまで見るとはどういうことだ。
これもまた俺の願望だとしたら、もしかしたらこれは、ひ、ひ、一目惚れ?
 次の瞬間、夢の中の俺の視界が飛んだ。地面がいきなりドアップになる。夢にしちゃリアリテ
ィ満点じゃねえか、と考えているうちに夢の中の俺が体勢を立てなおした。俺の視界に、あの娘
を庇うように立つ人間の姿が浮かんだ。梓だった。俺は梓の蹴りで吹っ飛んでいたのだ。
 おいおい、いったいどういうことだよこれは。もしかして、俺は梓に蹴られたいと心の中でそ
う思っていたのか? あいつに足蹴にされることを望んでいたのか? 梓女王様に奉仕する奴隷
になりたいとか? それじゃ俺はマゾってことになるじゃねえか。さっきまではサドっぽい夢だ
ったのに、何でこうなるんだよおい。
『…てめえっ』
 梓がそう叫んで襲いかかってくる。夢の中の俺は何だかやたらと興奮しながら梓とどつき合い
を始めた。うーん、これじゃまるでファイトク○ブ。もしかしたら、こういう風に殴り合いをす
ることが俺の隠された願望だったのだろうか。我ながら訳分からん願望だが。
『お待ちなさいっ』
 高い声が公園に響く。振り仰ぐと、満月をバックに颯爽と立つ長い黒髪の女性。今度はどうや
ら千鶴さんらしい。いやーこう次々と女性が出てくるとはまあ大した夢だ。思えば最初に始末し
たのが全部男で、後は女ばっか出てくる。これは俺のハーレム願望を表しているとでも思えばい
いのだろうか。それならいっそ楓ちゃんや初音ちゃんも出てきてくれればありがたいのだが。
『姉さんっ』
『お姉ちゃんたちっ、大丈夫っ』
 …出てきたよ、やっぱり。まあ、とにかくこれで俺に同性愛願望がないことだけははっきりし
たな。こんだけ女ばっか登場する夢を見るんだから。取りあえず良かった良かった。
『千鶴姉っ。どうしてここにっ』
『あなた、携帯を置きっぱなしにして出たでしょ。そこのかおりさんに場所を確認して追ってき
たのよ』
『梓姉さん、私も手伝います』
『お姉ちゃん、みんなで力を合わせればきっと勝てるよ』
『みんな…ありがとうっ』
 がっしりと抱き合う四姉妹。夢の中の俺はどうやら置き去りにされているようだ。むう、これ
はいったいどういう願望を表象しているのだろう。家族が仲良く過ごすことを望んでいるからと
考えればいいような気もするが、しかしそれでは夢の中の俺があの輪から外れているのが納得で
きない。はっ。もしかしたらこれは放置プレイ? それが俺の願望なのかっ?
『さあ、覚悟しなっ』
『私たち』
『柏木四姉妹が』
『月に代わっておし…』
 最後の千鶴さんの台詞は残り三人に妨害されたようだが、それでも四人が並んでポーズをつけ
ているのは間違いない。これはどう見ても戦隊物のワンシーンだ。俺は、俺は童心に戻りたいと
思っているのだろうか。子供のころ見たあのシーンをもう一度。つまり夢のこの場面は幼児退行
願望の為せる業なのだろうか。
『行くよっ』
『ぐうおおおおおおおおおおおおおおおっ』
 何なんだ、何なんだよこの夢はっ。

「…という訳で俺はサドでマゾで惚れっぽくてハーレム願望の持ち主で殴り合いと放置プレイが
好きで幼児退行しそうになっているらしいんです。どうか助けてください」

 翌日、隆山病院神経科で担当医にそう訴える耕一の姿があった。



  THの場合

 電話が鳴った。

『あううう、浩之さん〜。助けてください〜』
「マルチか。どうした」
『道が分からないですう』
「…予想通りだな」
『へ?』
「いや、さっき来栖川の研究所から電話があってな。マルチから道に迷ったって電話があったら
研究所に連絡するよう託かったんだよ」
『ええっ、そうなんですかあ』
「ああ。お前、研究所の人からPHSを持たされてるだろ」
『はい』
「それ、発信機能つきのヤツだそうだ。研究所のGPSでお前の居場所は把握しているから、迷
ったら電話寄越せってさ。ちゃんと道案内をしてくれると」
『うわあ、凄いですぅ。これこそ文明の利器、人類叡智の勝利ですぅ』
「それにしても、お前って」
『はい?』
「…PHSより低性能だったんだな」
『…………』
「…………」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 携帯電話も随分と普及しやしたからねえ。固定電話の台数を抜いたそうですし。

                                  R/D