純愛 投稿者:R/D
 あの人を、先輩を思うと胸が苦しくなる。

 いつからそうなったのか、よく覚えていない。ただ、気がついた時には先輩の姿を目で追って
いた。その声を聞こうとしていた。先輩が動く。話しかけ、笑いかけ、颯爽と。その様子に魅了
された。忘れられなくなった。
 近くに先輩がいない時にも、脳裏の中は彼のことで占められていた。帰宅した後、休みの日、
同級生に囲まれた授業中。瞼の裏には先輩がいた。生き生きとした表情でこちらを見ながら楽し
そうに話す彼が、いつでも傍にいた。

 かつてはスポーツに集中し、他のことには全く興味を持っていなかった。身体を一生懸命動か
すだけで充実感を味わうことができた。それ以外のものは欲しいとも思わなかった。満ち足りて
いた。それまでは。
 先輩に会って、彼を見て、変わった。
 心に甘く、狂おしい想いが生まれた。彼が欲しい、先輩と同じ時を過ごしたい。耐えがたい焦
燥と、表裏一体を成した喜悦。打ち震えるような歓びと、抑えきれない不安。ごちゃごちゃした
感情が心の中を覆い、矛盾した感覚に引き裂かれそうになる。苦しみと嬉しさの狭間で、一つの
言葉が浮かんでくる。

 これは恋。

 そう気づいた。気づいてしまった。その時から集中することができなくなった。何も考えずに
ひたすら身体を動かしていられた時は過去へと過ぎ去り、今は弱い心を抱えて戸惑うばかり。反
復運動を繰り返しながら、心は別のところへ向いていた。練習に身が入らない。一心不乱に取り
組むことができない。それが分かっていながら、それでもどうしようもなかった。スポーツはも
う慰めにならなかった。
 ただ、ひたすら先輩のことだけを思うようになった。二人で過ごす時間を待ち望んで。

 朝、ベッドの中でまどろむ彼の傍に淹れたてのコーヒーを持って行く。強い芳香に無理やり目
覚めさせられた先輩は目を上げて驚きの表情を浮かべる。生真面目一本槍だと思っていた相手が
こんな悪戯をすることを知って。そしてすぐ、心の底から楽しそうに笑う。その笑みを見ながら
幸せが心を満たす。
 昼、作ってあげた弁当を開いておいしそうに食べる先輩。慌しく動く箸が大きな弁当箱をあっ
という間に空にしていく。二人で放課後の予定を話しながら、ゆっくりとした時間が過ぎる。先
輩の頬に残ったご飯粒を取ってあげながらにっこりと笑う。その笑顔に先輩が油断した瞬間、手
に取ったご飯粒をさっと食べる。それを見て先輩の顔に照れたような表情が浮かぶ。女の子に負
けて倒された時に、先輩が照れ隠しに見せたぶっきらぼうな表情を思い出す。
 夕方、並んで歩く商店街。先輩の腕に軽く手を絡める。先輩が振り向き、視線が合う。夕暮れ
の町並みと人々のざわめき。走る子供たちに追い越されながら、二人で買い物の荷物を覗く。夕
食の献立てや次の休みの予定といった小さな日常を話題に乗せながら、二人の家へ足を向ける。
歩調を合わせて、心を合わせて。
 夜、台所。コンロに向かって悪戦苦闘する横から、いきなり顔を出す彼。火を通して後は盛り
付けるだけになっているおかずに手を伸ばし、つまみ食いをする。その手をぴしゃりと叩くと先
輩はわざとらしく顔を顰め、恨めしそうな表情を作る。数秒間続く睨めっこ。どちらからともな
く吹き出し、キッチンが笑い声に包まれる。やがて先輩はてきぱきと皿を取りだし、一緒に食事
の用意を進めてくれる。楽しい一時のために。幸福に溢れた瞬間のために。

 そんなことを想像する。優しい先輩と二人だけの時間。

 でも、想像だけじゃ駄目だ。頭の中で考えているだけでは、いつまでたっても実現しない。決
断しなくては。今まではひた向きに身体を動かし続けてきた。想いをぶつけるのに、言葉はいら
なかった。だけどこれからは違う。先輩には言葉でぶつかるしかない。好きという気持ちを直接
伝えなくては。

 さあ、行こう。先輩のところへ。




「…という訳で橋本先輩、好きですっ」
「ちょっと待ておいっ。松原葵かと思っていたらお前か矢島っ」
「アニキって呼んでいいっスか」
「詐欺だ、罠だ、陰謀だあっ」

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 アルルさんへ。ご要望にお答えしました。これが私の「ラブラブ」です。
 …二度とラブラブは書きません(笑)。

                                R/D