「お、そうだ。マルチ」 夕暮れ時。居間でテレビを見ていたオレは、廊下を掃除していたマルチに話しかけた。 「今日の夕飯が何なのか、あかりに聞いてきてくれ」 「はいー。分かりました」 マルチはそう答えると台所へ小走りに向かう。オレはテレビへと視線を戻す。 「来たぞっ」 誰かの声に振り返ると、台所へ通じる扉がちょうど開く瞬間だった。中から出てきたマルチが 手に持った垂れ幕を広げた。 その垂れ幕には『全面勝訴』と書かれていた。 「うおーっ」 「やったあっ」 いきなりオレの周囲から歓声が沸き上がる。オレの周りをいつの間にか取り囲んだ報道陣がフ ラッシュを焚き、カメラを回す。 「ばんざーい」 「バンザーイ」 部屋を埋め尽くした量産型マルチ&セリオが一斉に万歳を唱える。勝訴の幕を持ったマルチが 部屋の中を駆け回り、カメラがそれを追う。紙吹雪が舞い、クラッカーが鳴る。 「おめでとう浩之っ。よかったね、本当によかったね」 雅史がオレの両手を握りしめ、目に涙を浮かべながら言った。その隣にいた志保がマイクを突 きつける。 「今のご感想をっ」 「…って何でお前らがオレの家に」 「さあ、先輩。お祝いの提灯行列に行きましょうっ」 そう言って葵ちゃんがオレの腕を掴む。部屋いっぱいに溢れかえった原告団&報道陣がマルチ を先頭に屋外へと動き出す。 「ま、待ってくれっ。オレは」 引きずられ、人波に流されながらオレは叫んだ。 「オレはただ夕飯のメニューを知りたかっただけ…」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 意味はありません。見逃してください。 R/D