返却  投稿者:R/D


『古本説話集』に、次のような話がある。

 昔、和泉国の国分寺に吉祥天の像があった。
 その美しい吉祥天像に、寺の鐘つき法師が懸想した。
 その思いに吉祥天も答え、二人はついに夫婦になる。
 だが、法師はふとしたことから浮気心を起こしてしまった。
 これを知った吉祥天は怒って法師に離縁を言い渡す。
 そして「これ、年来のものなり」と言って大きい桶を二つ差し出すと、姿を消した。
 桶の中には、白いものがいっぱいに入っていたとさ。



「…で、それがどうしたのさ、浩之」
「いや実はな、マルチのことなんだ」
「うん」
「俺がマルチと暮らしていたのは知っていると思うんだが、実は先日、久しぶりにあかりとばっ
たり出会ってな」
「それで」
「まあ、よくあることだが、焼ぼっくいに火がついてね」
「確かに、浩之の場合はよくあることだね」
「ところがそれがマルチにバレたんだな。お蔭でケンカになっちまってさ」
「まさに自業自得だね」
「俺もつい感情的になったんだ。マルチが『実家に帰らせていただきます』って言うから『好き
にしろ。その代わり、俺がお前にやったものは全部置いていけ』って言っちまったんだ」
「そうか。それで…」

 二人の男は部屋の隅へと視線を動かした。
 そこには白いものがいっぱいに入ったビンが何本も…。