共棲(2) 投稿者:R/D
 ――第二日――

「よっと。おい、ちゃんと支えろよ」
「分かってるよ。ほれ、これでいいんだろ」

 ガシャン

 暗闇の中、二人の影が大きなモノを放り投げる。その先には黒くわだかまった山のような塊が
そびえ、ちっぽけな人間を威圧している。二人に放り出されたモノは金属的な音を立て、その塊
の一部となった。

 巨大な塊は、不法投棄された産業廃棄物のヤマだった。

「へっへっへ。これでOKっと」
「しっかし、悪いヤツだよな。お前も」
「いいじゃねぇか。粗大ゴミに出したりメーカー引き取りにしたりすると金がかかるんだから」
「そりゃそうだけど」
「捨てているのはオレだけじゃねぇんだからよ」
「ま、その通りだけどな。何かもったいないというか」
「いいんだよ。あんな古いのはいらねぇの。さて、早いとこ帰ってランちゃんのお顔を見ないと
なっ」
「そんなに新しいメイドロボがいいのかねぇ」
「おお、最高だぜっ。なにしろ『心』があるからなあ。もう表情なんかホントたまらんもんね。
うーんランちゃんかわいいっ」
「へいへい」

 自動車のエンジン音が響き、遠ざかる。残されたのは黒い塊。しばらくたって、捨てられた塊
の中から、微かな明かりが闇の中に浮かび上がった。



 窓から差し込む陽射しで志保は目覚めた。鈍痛に覆われる頭を振りながら上半身を起こす。周
囲を見渡すと、視界に入るのは人形が飾られた少女趣味な部屋、シンプルなベッド、自分が被っ
ていた毛布、カーペットの上に散乱したビール、ワイン、ウイスキーその他アルコールのビン。
そして、隣に横たわっている昔馴染みの女性。
 その女性の頬に涙の跡が残っているのを見て、志保は昨晩のことを思い出した。久しぶりに会
ったあかりのどこか寂しげな表情。なかなか事情を話そうとしないあかりを家まで追いかけ、次
々に酒を勧めたこと。泣きながらあかりが胸の内を打ち明けたのは、もう深夜を過ぎていただろ
うか。

『……ロボットぉ?』
『…あ、あの……高校の時に…学校に来たあの……』
『あ、あのメイドロボが、ヒロの家にいるってのっ』

 あかりは涙を流しながら話した。浩之はあのメイドロボのため、ずっとバイトを続けている。
それをあかりが知ったのは、浩之がメイドロボを購入したずっと後のことだった。大学に入って
急に付き合いが悪くなった浩之のことを、最初あかりは余り気に留めていなかった。バイトで忙
しいと言われればそうかもしれないと思って納得していた。

 驚かそうと思って浩之の家を急に訪ね、初めてあかりはそのことを知った。

 浩之がメイドロボを購入したこと自体はそんなに気にはならなかった。そのメイドロボは高校
時代に出会ったあのロボットのように、人間に対する好意に満ちているように見えた。あかりも
あのロボットのことは好きだった。だから、浩之が購入したロボットも、最初は好きになれると
思っていた。
 だが、浩之はあかりを避けはじめた。あかりの誘いに応じなくなり、顔を合わせる機会も減っ
ていった。浩之がそのロボットのために時間を使うようになったのは明らかだった。それから二
人は妙に疎遠になっていった。浩之はあかりを避けた。あかりも、浩之を避けるようになった。

『あたしだって……あたしだって、プライドがあるんだからっ』

 あかりは大声で泣きながらそう言った。それはそうだろう。自分の彼がメイドロボの方に夢中
だなんて、悪夢としか言いようがない。だから浩之を避けるようになったのだろう。自分がロボ
ットに嫉妬していることを、人間として認めたくなかったのだ。

 志保にその思いをぶちまけるまで。

「……ひ…ろゆき……ちゃん」

 その声で志保は我に返った。見ると、あかりが悲しそうな表情で呟いていた。寝言だった。そ
の顔を見ているうちに、志保の心の中に怒りが湧き上がってきた。

(まったく何だってのよあのバカは。こんないい娘を放り出してたかがロボットにっ)

 志保は立ちあがると足音高く部屋を出て行った。



 テレビカメラを含めた報道陣が集まっていた。彼らの前で、紺色の作業服に身を固めた中年の
男性が目の前に紙切れをかざし、それを読み上げている。

「……よってただ今から強制執行を行います」

 その男は紙を周囲に見せると、背後に控えるブルドーザーへと合図を送った。不法投棄場所と
化しているこの古い工場をまとめて処分する。男の読み上げた紙にはそうしたことが書かれてい
た。

 闇の中で黒々と固まっていた廃棄物の山も、太陽の下ではその薄汚れた表皮を無残にさらして
いるだけだった。もげた腕部、奇妙に捻じ曲がった脚部。様々に塗装されたその機械の表面には
泥と埃がこびりつき、死に絶えた内部の電子部品が時折、光を反射して煌く。不法投棄されたメ
イドロボたちは、近づいてくるブルドーザーに虚ろな目を向けた。

「やれやれ、こうやって見るとあんまりいい気分じゃないやな」

 カメラを構えた男が、傍らに控えるアルバイトらしい若い男性にそう話しかける。

「そうっすね。何か気味悪いし」
「マネキンの廃棄場もこんな感じかもしれないけどなぁ。何せ動かないマネキンと違って、あい
つら少し前まで動き回っていたんだろう? そう思うとな」
「や、止めてくださいよ」
「もしかしたら、化けて出たりして」
「ちょ、ちょっとお。僕、そーゆーの苦手なんですよお」
「何言ってんだよ。そんなんでカメラマンの助手が勤まるかって……あれ?」

 カメラマンは一瞬、ファインダーから目を外し、その塊を眺めた。塊を押しつぶしつつあるブ
ルドーザーが埃を舞い上げ、辺りの視界を妨げている。

「……おっかしいな。今、あそこで何か……」

 再びファインダーを覗くカメラマン。彼の目に飛び込んできたのは、塊から飛び出した銀色に
輝く物体だった。ファインダーの中でその物体はブルドーザーに激しく衝突する。金属製の声高
な音が響き、助手が悲鳴を上げた。

「でっ、出たあっ」

 ファインダーの中で不審そうな表情を浮かべるブルドーザーの運転手。彼はブルを止めると、
ドアを開いて目の前にある銀色の物体を見ようと身を乗り出した。再び銀色の塊が跳ねる。運転
手の身体が弾かれたように飛び、地面に落下する。

 赤い血が、乾いた地面に細く長く散った。



 ブザーが何度も鳴らされる。マルチは掃除機を止め、慌てて玄関へと向かった。

「はいはいはいぃ。今開けますから、お待ち下さい」

 客はよほど短気なのだろう。扉を何度も叩いている。これ以上待たせてはいけない。そう思っ
たマルチは大急ぎで鍵を外した。すぐにノブが回り、扉が引き開けられる。マルチは思わず前の
めりになった。

「きゃっ」
「とっとっと。何すんのよっ」

 ショートカットにした女性が、自分に向かって突っ込んできたマルチを支えると、すぐに突き
放す。後ろ向きに数歩、よろめいたマルチはかろうじて体勢を立て直し、ようやく訪問者の顔を
見た。

「……あんたがあのメイドロボね。ヒロはどこ」
「えーっと、あ、思い出しました」

 その顔を記憶領域にあるパターンと照合したマルチは、目の前にいるのがかつて自分が試験通
学した学校で出会った人物であることを知り、顔をほころばせた。

「確か、長岡志保さんでしたね。浩之さんのお友達の」
「あら、覚えてるのね。流石にロボットだけあって物覚えはいいようね」

 志保は硬い表情を崩さず、つっけんどんに言った。その音声中にある怒りの感情を感知し、マ
ルチは戸惑いを覚えた。何か彼女の気に障ることでもしただろうか。

「ヒロはどこにいるのよ」

 志保は腰に手を当て、マルチを見下すように話す。

「え、あのー、浩之さんはバイトに出かけています」
「どこ?」
「は、はい。えーと……」

 マルチが浩之のバイト先を告げると、志保は何も言わずに背中を向けた。マルチは慌ててその
背中に声をかける。

「あ、あのっ、ご主人様に何のご用でしょうかっ」

 志保の足が止まった。ゆっくりと振りかえったその顔は能面のように無表情だった。この女性
は高校時代からこんな雰囲気だっただろうか。いや、そんなことはなかったが……。

「……そう、ヒロはあんたの『ご主人様』って訳ね」

 志保は低い声でそう言うと、すぐに背中を向けて門から出ていった。残されたマルチは唖然と
しながらその後ろ姿を見送るしかなかった。



『……現場とつながりました』

 テレビが緊迫した音声を流している。昼下がりの繁華街。後輩との待ち合わせ中だった来栖川
綾香は街頭テレビの大画面を見るともなしに見ていた。

『現場です。えーメイドロボの不法投棄処理にあたっていた業者が、現場に残されていた旧型の
メイドロボの暴走に巻き込まれ重傷を負うという事件が起きたここ……』

 テレビに映される薄汚い工場の周辺には警官らしい連中が動き回っている。それにしてもメイ
ドロボの暴走とは。世の中いろいろなことが起こるものだ。そう思って周囲を見回した綾香のす
ぐ隣で、一体のメイドロボがテレビ画像に視線を向けていた。最新式のセリオタイプだ。法人向
けに出されたものだろう。小脇に書類袋を抱え、どこかの企業の制服を着ている。

(メイドロボもテレビを見るのねぇ)

『……これが事件の際の映像です。この銀色の物体が暴走した旧型メイドロボで……』

 テレビを見ていたメイドロボは再び歩き出した。何となくその動きを目で追う。そう言えば、
高校時代に自分の母校へあのセリオタイプが実習試験にやって来ていた。そう思うと、何だか昔
の友人に出会ったような気もする。綾香は苦笑した。あのロボットと、実習に来たロボットとは
同じ個体ではない。外見が似ているからそう思ってしまうが、あくまで別物だ。

(人間は外見に騙され易い生き物、か)

『……旧型メイドロボは製造元の来栖川電工に運ばれて分析される予定で、なぜ暴走を起こした
のか、その原因究明を……』



 浩之がバイト先から外へ出ると、物陰から志保が現れた。強張った表情を見て、浩之は彼女が
何を言いに来たのか想像できた。軽くため息をつき、志保に歩み寄る。

「話があるわ」
「ああ」

 こいつのことだ。単刀直入に来るだろうな。

「あのメイドロボのことよ」

 浩之は微かな笑みを浮かべる。いずれこういう時は来ると分かっていた。そこで、自分がどう
話すべきかも考えてある。浩之は志保を連れ、近くの喫茶店へ移動した。

「知っていると思うが、あのメイドロボは高校の時に……」
「知ってるわ。でも、何であんたがそのメイドロボを持っているのよ」

 昨日の昼と同じようにテーブルを挟んで差し向かいに座る。同じようにコーヒーが置かれる。
だが、そこに流れる空気は一変した。昨日は笑いを浮かべて浩之をからかっていた志保も、今は
緊張した表情だ。浩之はゆっくりとコーヒーを啜り、口を開いた。

「……約束したんだよ」
「約束?」
「そうだ。高校の時に約束した。あいつの妹たちが発売されたら絶対に買うと」
「……あいつ、ですって」

 志保の顔が般若のようになる。憤りが彼女の言葉を硬くする。

「ただのロボット相手に何でそんな親しそうな言い方を……」
「ただのロボットじゃないよ。オレはそんな風には思っていない。あいつはオレにとってとても
大切なものだ」
「何を言ってるのよっ」

 志保が大声を出した。ウエイトレスが吃驚した顔でこちらを見る。それに気づいて志保は声を
潜めた。

「あのねっ、あれはただのロボットよ。メイドロボよ」
「オレはそう思っていないよ。オレにとってマルチは普通の女の子だ」
「んなっ」

 息を飲む志保。浩之はその目の前で悠然とコーヒーを飲んでみせた。テーブルの上に置かれた
志保の手がわなわなと震えている。

「そ、そりゃ確かに最近は“心”のあるメイドロボも発売されているし、それにトチ狂う輩が出
てきているのも知ってるわよ」

 両手をテーブルの上で組み合わせる。そうしないとその手は浩之の顔をはたいてしまうのだろ
う。志保は浩之の顔を見て声を上げた。

「でも、あんたがそういうダメ人間だとは思わなかったわっ。いえ、あんたはそんなことをしち
ゃいけないのよっ」
「…………」
「いいっ、あんたにはあかりがいるのよ。あの娘がずっとあんたのこと見ていたのは知ってるん
でしょ。だったら……」
「だったら、何だ?」

 志保の顔色が蒼白になる。浩之はその目を正面から見据え、はっきりとした口調で話す。

「だったら、あかりの想いに答えなくちゃならないのか? オレの意思と関係なく」
「そ……そうじゃない。そうじゃないわよ。でもねっ、でも何でロボットなのよっ」
「…………」
「いい、あんたは人間でしょ? 藤田浩之という名の人間でしょうが。そしてあかりもそうよ。
でもね、でもあれは、あんたの家に居座っているあれは……」

 志保の両手が強く握り締められる。浩之はその手をぼんやりと見ている。

「あれは、人間じゃないわ。ただの機械よ、道具よ。どうして、どうして人間のあんたが、より
によって機械なんかに……」
「人間って、そんなに立派なものか?」
「な……」
「人間は万物の霊長でこの生態系の頂点にいる。そんな風に言われているけど、本当にそうなの
か? 他の動物より人間様の方が立派で偉くて高等なのか?」

 志保は浩之を信じられないといった目で見ている。浩之は志保の握り締められた手を見ながら
淡々と話し続ける。

「他の動物にせよ、人間にせよ、命の重さは一緒だろ」
「ま、待ってよ。そりゃ他の動物はそうかもしれないけど、でもあれはロボットよっ。動物どこ
ろか生き物ですらないのよっ」
「じゃあ生き物は道具より偉くて優秀で尊いのか」
「ヒロっ」
「ご立派な生命の中でもっとも偉大なる人間様はそれ以外のものはすべて見下して尊大な態度を
取っても構わないと……」

 志保の右手が動いた。ずっと手を見続けていた浩之は、それを避けようとしなかった。浩之の
頬が高い音をたて、店内に沈黙が落ちる。

「…………」
「……ヒ、ヒロのバカっ。人の気も知らないでっ」

 志保は叫ぶと、席を立ちあがって出口へと走った。瞳から零れ落ちた雫が床で跳ねる。浩之は
黙ったまま下を向いていた。志保は闇の中へと走り去っていった。



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