新作 投稿者:R/D
「浩之ちゃーーーーーーーーん」

 ご近所で朝の定番風景となりつつあるあかりの声が今日も響き渡る。オレはうんざりとしなが
ら布団の中で眠い目をこすった。まったく、あいつはいつになっても「ちゃん」付けをやめよう
としない。高校生にもなって何を考えているのやら。オレの迷惑ってのも少しは……

「浩之ちゃあああああん、酷いよおおおおお。あたしを騙したのねええええええええっっっっ」

 ……は?
 あかりの台詞に違和感を覚えたオレは慌てて体を起こした。そのとき、オレの右手が何か柔ら
かなモノに触れる。右の方を見るとそこには、見たことのない女がいた。

 しかも、裸で。

「あたしを弄んだのねええええええっ、浩之ちゃあああああああんっ」
 ドンドンドン
「こら、この女の敵っ。なに隠れとるんやっ。正々堂々と出てきたらんかいっ」

 今度は扉から凄まじい音と怒鳴り声が響いてきた。どうやらドアを蹴りまくっているらしい。
脳裏にクレーンゲームの筐体にキックをかましていたある眼鏡の女性の姿が浮かぶ。

「ウチとの約束すっぽかして何してるかと思えば、他の女とあんなにいちゃいちゃいちゃいちゃ
しよってえっ」

 ちょっと待て何のことだかさっぱり分からんぞ。そもそも約束って何だよ。
 オレはとにかく事態の打開をはかるべくベッドから立ち上がり――すぐ布団に潜り込んだ。

 オレも全裸だった。

「どおおおおおおしてえええええええっ。愛してるって言ってくれたじゃないいいいいいいっ」
 ドカンドカン
「しらばっくれてもあかんっ。ウチに隠れて浮気しとったことは分かっとるんやっ。ちゃんと目
撃者がおるんやからなっ」

 目撃者って、と思ったオレが窓の外を見ると、電柱に張り付きスタ○ナハンディカムを構えた
志保がオレのストリップ映画を撮影中だった。

「……うるさいわねぇ、ったく」

 その時、オレの隣りで寝ていた全裸の女がもぞもぞと動き出した。オレは慌てて彼女から体を
離そうともがく。女はオレの顔を見ると、なれなれしく笑いながら言った。

「あら、おはよ、浩之」
「待てやこらあっ。なんで女の声が聞こえるんじゃいっ」
 ゲシゲシゲシゲシ
「浩之ちゃあああああんっ。あたしね、あたしねええっ、家から包丁持ってきたのおおおおっ」

 女は天使のような微笑みを浮かべて言った。

「あらあら。負け犬どもが遠ぼえてるわね。浩之はもうあたしのものだってのに」
「きいいいいいいっ。許さんっ、許すわけにはいかへんっ」
 ドカバカドカバカ
「今ねえええええええええっ、包丁をねええええええええええっ、手首にいいいいいいいいっ」

 女の前で固まっていたオレはとにかく気を取り直し、お前は誰だと質問を発しようとした。

「それに、あたしのここには浩之との愛の結晶も(ポッ)」

 オレが声を出すより前に女は恥ずかしそうな顔をしながら自分の下腹部を見た。問いかけよう
としていた言葉が舌の上で凍りつく。周囲の騒音がなぜか消え、女の声だけが耳の中に響く。

「ね、これから両親に会ってくれる? お腹の子供の父親を紹介したいの」

 視界の隅で志保が集音マイクをこちらに向けていた。その集音マイクはご近所の災害放送用ス
ピーカーにつながれていたようだ。女の発した語尾がエコーをかけながらいんいんと青空の下に
響き渡る。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 オレが大声で否定しようとした瞬間、度重なる衝撃に耐えてきた扉が大音響とともに砕け散っ
た。

「き、貴様あああああっ。貴様だけは許せんっ、よくも、よくもあかりさんを裏切ったなあっ」

 飛び込んできたのは背の高いバスケット部のエースと言われる男だった。右手に握った金属バ
ットが鈍くきらめいている。その背後にいた眼鏡の女性は憤怒のあまり引きつった表情でオレを
見ている。危険が危ない。オレはすぐさま床に落ちていた下着を引っつかむと窓から外へ飛び出
した。

「待てえっ」
「逃がさへんでぇっ」

 頭上の声を無視して門に向かう。赤い髪をした少女が包丁を振り上げているのを前方に発見し
慌てて方向転換をする。下着を手に持ったままで隣家の庭を駆け抜け、窓を開いて爽やかな朝食
のひとときを過ごしていたその家族に悲鳴を上げさせる。

「浩之ちゃああああああああああん」
「この裏切りものっ、恥知らずっ、女たらしっ、けだものっ」
「覚悟しろ貴様ああっ」
「待って、なぜ逃げるのっ。ちゃんと両親に会うって言ってたじゃないっ」

 背後から修羅や般若や生き霊が追ってくる。先頭に立っているのは志保だ。ハ○ディカムを回
しマイクを突きつけた格好のまま器用に走っている。

「大変なことになったね、浩之」

 いつの間にか雅史が隣りを走っていた。いつも通りにこやかな笑みを浮かべている。

「ま、雅史っ。お前、何か事情を知ってるのかっ」
「まあね」
「なら教えろっ。何でオレがあかりや委員長にボロクソ言われて矢島に追いかけられなくちゃな
らんのだっ」
「違うよ浩之。矢島じゃなくて『失島』だよ」
「……は?」

 雅史はオレの顔を見ながら軽い調子で話し続ける。

「あかりちゃんは『紳岸あかり』だし、委員長は『保料智子』さ。志保は『萇岡志保』で僕は
『佑藤雅史』、そして浩之は『藤甲浩之』っていうのが正式な名前なんだよ」
「ど、どおいうことだあっ」
「つまり、浩之は違うゲームを買ったんだよ」

 そう言うと、雅史はゲームのパッケージをオレに見せた、そこに記されていたのは……



               ハートフル修羅場コメディ
                『To Hurt』



「……って偽物おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」

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 求む、修羅場ゲーム(笑)。
 いや、こーゆーゲームがあってもいいのではないかと。

                                    R/D

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