独白 投稿者:R/D
  ――現在――

 屋上は、心地よい風が吹いていた。
 金網越しに街の風景を見下ろす。
 うららかな春の陽射しに包まれ、世界は春の息吹を感じさせていた。

「長瀬ちゃん。電波届いた?」

 今にも後ろからそんな声が聞こえてきそうだった。
 焦点の合わない瞳で、幼い童女のような無垢な笑いを浮かべて、細い髪をなびかせながら…。


  ――過去――

 病室。
 二つのベッド。
 横たわるのは若い男女。
 無垢な寝顔。細い髪。

 扉が開く。

「……瑠璃子さん。来たよ。
「お見舞い、何がいいか考えたんだけどね。取りあえず、花にしといたよ。
「ほら。ここに飾っておくから。
「瑠璃子さん、この花は好き?
「気に入ってくれるかどうか、ちょっと悩んだんだけどね。僕は花のことはよく知らないし…。
「ねぇ、どうかな?
「瑠璃子さん?
「…………
「……どうして
「どうして、答えてくれないのさ。
「どうして目を覚ましてくれないんだよ。
「どうして僕を独りにして、月島さんのところへ行ったんだよ。
「僕が助けてって言ってるって、消えちゃうって泣いてるって、瑠璃子さんそう言ったじゃない
か。それに気づいていたじゃないか。
「僕のこと、好きだって言ったじゃないか。
「僕たちはおんなじだって……
「だから助けてよ。早く目を覚まして僕を助けてよ。
「なんで、なんで僕を独りで置き去りにするのさ。
「……瑠璃子さん。
「……どうして、助けてくれないの。
「助けてくれないくらいなら、どうして僕にあんなことを……
「……なぜ、僕に電波の力を……
「…………
「……もしかしたら
「もしかしたら、いや、やはり
「やはり、君は僕を利用したのかい?
「月島さんを止めるために
「自分の力では勝てないから、力を持つ僕を使って……
「……そのために、そのためだけに僕に体を許したのかい?
「瑠璃子さんが欲しかったのは、僕の力だけなの?
「月島さんを止めれば、それで用済みなのか。
「瑠璃子さん。答えてくれよ、瑠璃子さん。
「答えてよ……」

 眠る少女の枕元で、答えぬ相手への追及を続ける少年。
 暖かな春の陽射し。
 穏やかな風。


  ――現在――

 ふわっと、舞い上がるように風が吹き抜けた。
 上空を飛ぶ飛行機の影が、校庭を通り抜け、屋上にいる僕を飲み込んだ。
 影が通過すると、再びまぶしい陽射しが降り注ぐ。


  ――過去――

 変わらぬ病室。
 静かな時。
 動かぬ二人の影。
 窓から降り注ぐまぶしい陽射し。

 扉が開く。

「……瑠璃子さん。
「……また、来たよ。
「……その、この間はごめん。
「瑠璃子さんが答えないから、ついカッとなって、さ。
「答えられる訳がないのに。
「瑠璃子さんは、月島さんと一緒にいるんだから。
「僕じゃなくて、月島さんと……
「…………
「あれから、考えてみたんだ。どうして瑠璃子さんは月島さんのところに行ったのか。
「……どうして、僕を置き去りにしたのか。
「僕だったら、そんなことはしない。
「自分を酷い目に会わせた人間のところに行ったりはしない。
「そいつが永遠に独りぼっちになっても構わない。
「……でも、それは僕の考えだ。僕の価値観だ。
「瑠璃子さんが、僕と同じように考えるとは限らない。
「僕と同じ価値観とは限らない……
「……そう、思ったんだ。
「一方的に、他人に自分の価値観を押し付けるのはおかしいよね。
「僕がそう考えるからといって、瑠璃子さんもそう考えなくちゃいけない訳じゃないし。
「僕は、瑠璃子さんのことが理解できてなかったんだよ。
「瑠璃子さん、あの時、月島さんに言ってたよね。
「もう、許してたよ、って。
「だから、ごめん。この前は我が侭を言って……
「…………
「……でも
「でも、瑠璃子さん。君は僕のことをどのくらい理解していたの?
「瑠璃子さんは、僕に電波の素質があることを見抜いたね。
「僕のことを、独りぼっちで泣いているって言った。
「僕たちはおんなじだって言った。
「だから、だから瑠璃子さんは僕のことを全部理解してくれたんだと
「僕の心の全てを知っているんだと、そう思ったんだ。
「そうだよ、だから僕も、瑠璃子さんのあの記憶を見せられた時、瑠璃子さんのことが分かった
と思ったんだ。
「瑠璃子さんの全てが理解できたと
「僕らは同じだと、そう思ったんだ……
「……でも、本当にそうだったの?
「瑠璃子さん。君は僕のことを、本当に分かっていたの?
「……この世界を憎み、すべてを滅ぼす妄想に浸り、狂気に憧れていた
「そんな僕の醜い想いを理解していたの?
「…………
「瑠璃子さんも僕の全てを知っていると、僕はそう思っていた。
「瑠璃子さんの指摘で、僕はあの爆弾を使って月島さんを倒した。
「でも、あれは本当に瑠璃子さんだったの?
「もしかしたら、あれは僕の妄想?
「瑠璃子さんがそこまで理解していたというのは、僕の思い込みだったんじゃ……
「僕が、勝手に想像していただけ……
「本当は……
「……瑠璃子さん。もしかしたら、そうなのかい?
「……ねぇ、瑠璃子さん」

 眠る少女の顔を覗き込み、思いつめた表情で問い掛ける少年。
 暖かな屋内。
 窓から見える青い空。


  ――現在――

 青い、青い、ペルシアンブルーの空。
 流れゆく雲は永遠にその形を定めず、遙か彼方へと漂っていく。
 一つの雲が二つになり、また別の雲と混ざり合う。

 僕はいつまでも飽きることなく、それを眺め続けていた。


  ――過去――

 いつもの病室。
 漂う時。
 いつまでも続く眠り。

 扉が開く。

「……瑠璃子さん。
「……瑠璃子さん、許して。
「……僕は馬鹿だった。
「……どうしてこんなことに気づかなかったんだろう。
「他人の心を完全に知ることなんて、できやしない。
「僕が瑠璃子さんの心を理解できてなかったように、瑠璃子さんだって僕の心のすべてを知って
いた筈がない。
「そんな当たり前のことに……
「…………
「瑠璃子さんは分かっていたんだね。
「他人の心と、自分の心は、あくまでも別物だって。
「自分と他人の間には、決して越えられない断絶があるって。
「それを無視して、他人の心が全て理解できると思うことは、実は傲慢なことだって。
「それは、結局自分のモラルを他人に押し付けることになる。
「一方的に自分の価値観を押し付けるのと変わらないって。
「瑠璃子さんは、そう思っていたんだね。
「そのことに気づいていたんだね。
「だから、それに気づかず
「すべて理解したと思い込んだ僕を
「置き去りに……
「…………
「そう、瑠璃子さん。君は
「君は、気づいていたうえで、僕に声をかけてきた。
「僕に電波の才能があると知って
「僕を利用しようと思って
「僕の心を完全に理解することは不可能だと分かったうえで
「……それでもなお、僕との間にある距離を縮められると思って……
「……越えられない断絶があることを知ったうえで、なお互いの距離を少しでも接近させようと
して……
「だから、君は言った。
「僕たちはおんなじだって。
「助けてって泣いているところも、この世界から消えそうになっているところも。
「僕らには共通するところがあった。
「だから、君は僕に声をかけたんだね。
「断絶があっても
「決して完全に互いを理解できなくても
「それでも同じところを探そうとして
「少しでも、近づこうとして……
「…………
「……僕は馬鹿だった。
「……僕が瑠璃子さんのように、そのことに気づいてさえいれば
「そうすれば、瑠璃子さんのためと称して月島さんを壊すこともなかった。
「勝手に罰を与えるなんてこともしなくて済んだ。
「……今になって、やっと分かったよ。
「僕は、月島さんに嫉妬していた。
「瑠璃子さんの兄であるというだけで、瑠璃子さんの近くにいられた月島さんに。
「瑠璃子さんがなりふり構わず助けたいと思っていた月島さんに。
「そう、僕の電波を利用してまで、僕に体を許してまで助けたいと思っていた月島さんに……。
「僕は嫉妬していた。
「だから、月島さんを壊した。
「なのに……
「なのに、僕はそう思わなかった。
「僕は瑠璃子さんの代わりに罰を下したと思っていた。
「瑠璃子さんの心がすべて理解できるのだから、瑠璃子さんの代わりが務められると
「そう、思っていた……
「そうだ、僕は罪人だ。
「月島さんを壊した罪。
「そして、瑠璃子さんの心が全て理解できると思い込んだ傲慢さの罪。
「だから、これは僕への罰なんだ。
「瑠璃子さんがいない
「瑠璃子さんに置き去りにされ
「独りぼっちに、なったことは……
「…………
「……僕は馬鹿だった。
「……瑠璃子さん、許して。
「……お願いだから
「……お願い、だから
「……瑠璃子…さん……」


  ――現在――

 ゆっくりと過ぎ去る時間の中で、僕は声を出さずに空を見上げながら、

 …涙の雫を落とすのだった。


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 これもまた、「ココロ」「買い替え」「錯覚」「別離」と同じです。
 同じことを言いたいがために書いたものです。

 VNの主人公たちの中で、一番まともなのは、実は長瀬祐介ではないか。
 わたしはそう考えています。
 少なくとも、「偽善者」耕一や「赤ん坊」浩之よりは、祐介の方が遥かに他人の心に対して繊
細な想像力を持っているのではないか、と。

 相変わらず表現力、構想力に難のある作品です。
 まだまだ精進が必要だと痛感しています。

                                    R/D