別離 投稿者:R/D
 あなたはわたしのことをどう思っているのだろうか。
 わたしをどんな存在だと考えているのだろうか。
 わたしに何を期待しているのだろうか。
 わたしは、どうなればいいのか。

「……あ、あれ? もしかして、神岸さん?」
「あ……矢島……クン?」
「うわーっ、久しぶり。高校卒業以来だっけ、元気にしてた?」
「う、うん。矢島君も」
「あはははは。まあ、俺は元気なだけが取り柄だから」
「ふふっ。そういえば、昔からそうだったよね、矢島君」
「はは……。ま、ガキっぽいのかな」
「え……。そんなことないよ。前よりずっと男らしくなって……」
「そ、そう? でも、神岸さんも、すっごく美人になったよ」
「そ、そんな……」
「やれやれ、藤田の奴が羨ましいよ。ったく」
「…………」
「確か、同じ大学だったよね? こんな恋人がいるって周りの連中に自慢したりしてるんじゃな
いの、アイツ」
「…………」
「知り合い呼んで見せびらかし……」
「…………」
「……どうしたの、神岸さん?」
「……わたし、ね……」
「え?」
「……わたし、浩之ちゃ……藤田君とは別れたの」
「……えぇっ!」
「……色々あって……ね」
「……ご、ごめん。事情も知らずに……」
「いいの。知らなくて当然だし……」
「で、でも……」
「……もう止めよ。こんな話、ね?」
「……あ、ああ。そうだね」
「それより矢島君、今、時間あるの?」
「う、うん」
「じゃあさ、ちょっと買い物に付き合ってくんない?」
「え? そ、それは……」
「ふーん、わたしと一緒じゃ嫌、なのかなぁ」
「そ、そんなことはないっ。そんなことはないよ」
「じゃ、いいでしょ」
「……OK。じゃあ……」

 あなたはわたしのことをこう言った。
 普通の女の子、と。
 うれしかった。
 とてもうれしかった。
 あなたにそう言われたことが。
 あなたにそう認められたことが。

「ごめんね? たくさん持ってもらっちゃって……」
「ははは、いいっていいって。こういうのは男の仕事」
「でも、何か用事でもあったんじゃないの?」
「なーに、大丈夫大丈夫。暇だったからぶらついていただけだし」
「そう。でも、本当に重くない?」
「おいおい、これでも男だぜ。この程度で音を上げるようなことはないさ」
「ふーん、どれどれ……」
「お、おい、な、何を……」
「へぇ、ほんと、矢島君の腕って、結構筋肉付いてるのね」
「う、うひひ、ちょ、ちょっと、くすぐったいって」
「あ……ご、ごめんなさい」
「い、いや、別に……」
「…………」
「…………」
「……で、でも、ほんとにありがとう。荷物持ってくれて」
「はは、どういたしまして」
「助かったわ。結構買い物多かったから、一人で持てるかな、って心配してたの」
「そんな時はいつでも呼んでよ。俺で良かったら」
「……ほんと、親切なんだね、矢島君って。でも、悪いから……」
「遠慮すんなって」
「……でも、今日は時間があったかもしれないけど……」
「大丈夫大丈夫。いつでもいいからさ」
「ほんと?」
「ああ。今日だって夕方からは用事もあるけど、神岸さんのためなら……」
「え……。夕方って、もう5時だけど……」
「へ?」
「ほら、わたしの時計……」
「げ! ちょっと待て、確か俺の腕時計は……」
「……止まってる、みたいね」
「やっべえええええええええええええええええ」
「あ、もうここでいいよ、荷物。だから用事があるなら……」
「ご、ごめん、神岸さん。申し訳ないっ」
「いいって……。ほら、急がなくっちゃ」
「じゃ、じゃあねっ」
「うん、それじゃ」
「……あっ、そうだっ」
「え? 何?」
「神岸さーん。今度の休み、開いてるー?」
「え? な、なんで?」
「実はさー……」

 あなたに喜んで欲しかった。
 あなたに誉めて欲しかった。
 だから頑張ろうと思った。
 あなたのために。
 あなただけのために。

「ごめんなさーい。遅くなっちゃった。ね、待った?」
「い、いや、全然。俺も来たばっかだから……」
「……ほんと?」
「ほんとほんと」
「良かった。怒ってたらどうしようかと……」
「怒る訳ないよ。俺が神岸さんに怒るなんて……」
「……ふふ、矢島君って、いいひとだね」
「は、ははは……(いいひと、かぁ)」
「ね、それよりさ、これからどうするの?」
「あ、うん、実はさ、映画のチケット、取ってあるんだ」
「え、どんな映画?」
「うん、これだよ」
「……うわぁ、これ一度見に行きたかったんだ」
「ほんと?」
「うんうん」
「そっかぁ、良かった。いやー、神岸さんの好みがどんなのか分かんなくってさ、これで良かっ
たかどうか実はビクビクものだったんだけど」
「いいよ、これいい。ほんと、わたしが好きなのはこういう映画なの」
「いやー良かった。喜んでもらえて、さ」
「……矢島君」
「え?」
「……でも、ほんとは、わたしの好みがどんなのか、見当ついてたんでしょ」
「…………」
「……高校の時から、わたしのこと見てたんだし……」
「え、あ、いや」
「……あの時は……ごめんね」
「い、いいよ、何言ってんだよ、昔のことじゃないか」
「……そう」
「……さ、そんなことより早く映画行こう。始まっちゃうぜ」
「うん」

 努力してきた。
 ひたすらあなたのためにやってきた。
 でも。
 あなたはわたしを誉めてくれた。
 わたしのことを大切にすると言ってくれた。
 でも。

「…………」
「……あ、あの」
「……え?」
「か、神岸さん、その……」
「…………」
「お、面白く……なかった?」
「……あ、ご、ごめん。そんなことない」
「で、でも、何だか黙り込んじゃって……」
「あはは。違う、それ違うよ」
「そ、そう?」
「うん。わたしね、本当に感動するとね、黙り込む癖があるの……」
「へぇー、そうなんだ」
「うん、そう」
「じゃあ、面白かったんだ」
「……うん、とても面白かった」
「いやー良かった。黙り込んで話そうとしないから、てっきりもうどうしようもなく気に入らな
いのかと思ってさぁ」
「……ね、矢島君?」
「え、なになに」
「……ごめん、もうちょっと余韻を味わっていたいの。だから……」
「……あ、ご、ごめん、俺、喧しかったかな」
「そ、それほどじゃないけど……」
「うん、静かにする。静かにしてるよ。だからさ、ゆっくりひたっていてよ」
「……うん」
「…………」
「…………」

 あなたの側にはあの女性がいた。
 いつでも、あの女性がいた。
 わたしには、それが我慢できなかった。
 だから言った。
 あなたから離れて欲しい、あなたと会わないで欲しい。
 あの女性は拒否してきた。
 怒りが、わたしの中からわき上がった。
 いえ、怒りではなく、嫉妬が。
 わたしは酷いことを言った。
 わたしの醜い心が表に現れた。

「……どう、美味しかった?」
「うん。でも……」
「え、何?」
「……ここ、結構高いんじゃないの?」
「あ、なんだそんなこと。女の子がそんなこと気にしなくていいよ」
「え、で、でも……」
「いいっていいって。俺だって色々バイトくらいはやっているからさ」
「でも、やっぱり割り勘にした方が……」
「ちょ、ちょっと待ってよ。そんなことしなくていいよ」
「そ、そう?」
「そうそう。こういう場面ではさ、男に格好つけさせるもんだよ」
「じゃあ、ご馳走様」
「どういたしまして」
「でも、ほんとに悪いわあ、映画も見せてもらったうえに……」
「いいじゃない、もう。それよりさ、あの映画、本当に気に入ってもらえて良かったよ」
「……うん、良かった。主人公とヒロインが最後に幸せになるの……」
「うんうん」
「……やっぱり、ハッピーエンドがいいよね」
「そうだよ、やっぱりそうさ」
「二人が最後に手を取り合って……。あんな風になれたら……」
「え?」
「……あ…」
「…………」
「…………」
「……あ、あの」
「……あ、あの」
「…………」
「…………」
「……お、お先にどうぞ」
「……い、いえ、あの、矢島君、先に」
「あ、その……」
「…………」
「……そ、その、さ。……そ、そう言えばあの映画の中でさ、ヒロインとそのライバルが口論す
るシーン、すごかったよなー。女同士って、結構迫力あるんだなって……」
「…………」
「……あ、あの」
「…………」
「……か、神岸さん?」
「…………」
「……ど、どうした、の?」
「…………」
「……どうしたのさ、ねぇ、何で泣いているの?」
「…………」

 あの女性は泣いた。
 あなたは悲しそうな顔を見せた。
 なぜ?
 なぜそんな顔をするの?
 わたしが嫉妬しちゃいけないの?
 あなたは言った。
 わたしも普通の女の子だ、と。
 普通の子なら嫉妬もする。
 喧嘩だってする。
 なのに、なぜあなたはそんな顔をするの?

「…………」
「……神岸さん……」
「…………」
「……そんなことが、あったんだね」
「…………」
「……分かったよ」
「…………」
「……俺、今から藤田に会ってくる」
「……!」
「……会って、話をしてくるよ」
「……ま、待って」
「大丈夫。喧嘩はしない」
「で、でも……」
「神岸さんも、会った方がいい」
「え……」
「……まだ、忘れられないんだろ?」
「あ……」
「神岸さんはまだ藤田のことが忘れられないんだろ? だったら会うべきじゃないかな? 会っ
て、あのメイドロボとも話をして」
「…………」
「それで、もう一度、心の整理をしてみるべきだと思う」
「…………」
「メイドロボと喧嘩になって、それっきり。それでもう別れたと言って……」
「…………」
「でも、まだ諦めきれてないんだろ? あいつのことを」
「…………」
「だったら、奴の真意を聞くべきだよ。あのロボットとも話をするべきだ」
「…………」
「ね、神岸さん。そうした方がいい」
「…………」

 あなたは言った。
 そんなことを言っちゃいけない。
 口汚なく罵り、金切り声を上げ、相手の髪を掴み……。
 そんな醜い争いをしちゃいけない。
 そんな女の子じゃなかった筈だろう.
 あなたはそう言った。

「……ここが、あいつのアパートだね」
「…………」
「……じゃあ、行こうか」
「ま、待って」
「……どうしたの?」
「ちょっと、ちょっとだけ待って。気持ちを、落ち着けたいの」
「……分かったよ」
「…………」
「…………」
「……浩之ちゃん……」
「…………」
「……ご、ごめんなさい、矢島君」
「……もう、いいかい」
「うん」
「じゃ、行くよ」

 おかしいよ。
 絶対におかしい。
 あなたはわたしを普通の女の子だといった。
 普通の子だと。
 なのになぜ?
 どうして『そんな女の子じゃなかった』なんてことを言うの?
 普通の女の子になりたくて。
 普通の子と同じように嫉妬して。
 あなたを独占したくて。
 なのに。

「…………」
「すみませーん」
「…………」
「……留守かな? 夜分すみませーん」
「……はい?」
「藤田さんのお宅ですか」
「はい、そうですが」
「……忘れてるかもしれないけど、高校で同級だった矢島だよ」
「……矢島? あの? なんで……」
「開けてくれないか」
「……ああ、分かった」
 ガチャ
「……ずいぶん久しぶりじゃないか、何だってこんな夜分に……」
「…………」
「……浩之……ちゃん」
「……あ、あかり」

 そう、あなたはわたしを女の子として見ていた。
 自分に何でも従う、決して文句は言わない、やきもちも焼かない、都合のいい女の子として。
 だから、だからあなたは戸惑ったの。
 わたしが嫉妬した時。
 あかりさんと喧嘩して、掴み合いを始めた時。
 普通の女の子だったら、ライバルに嫉妬くらいするわ。
 あなたを、浩之さんを独占したいと思うわ。
 なのに、あなたは戸惑った。
 わたしがあかりさんを罵ると、金切り声を上げると、あなたは言った。
 『マルチは、そんな女の子じゃなかった』

「…………」
「…………」
「……藤田、その、神岸さんから話を聞いて、俺は……」
「…………」
「…………」
「……つまり、あかりさんがお前の家のメイドロボと喧嘩して以来、話もしていないと聞いたも
んだから、その、余計なお節介かもしれないとは思ったんだけど、一度、ちゃんと話し合った方
がいいんじゃないかと……」
「……浩之ちゃん」
「…………」
「……神岸さん。言いたいことがあるなら……」
「……浩之ちゃん、あの子はどこ? あのメイドロボは、マルチちゃんはどこ?」

 あなたが欲しかったのは、あなたに媚びを売るだけの女の子。
 嫉妬もしない、怒りもしない、我が侭も言わない。
 そんな女の子。
 違うと思っていた。
 あなたは普通の子をわたしに求めていると思っていた。
 時には怒り、時には駄々をこね、時には嫉妬に身を焦がし……。
 でも違った。
 そうじゃなかった。
 わたしは
 わたしは、あなたが求める女の子にはなれない。
 なりたくない。
 だから
 だから、さよなら。

「……あいつは、出ていったよ」
「え?」
「な、何だって、藤田?」
「出ていったんだよ。こんな書き置きを残して……」
「か、書き置き?」
「見せて、浩之ちゃん」
「ああ、これだ」

『あなたはわたしのことをどう思っているのだろうか。
 わたしをどんな存在だと考えているのだろうか。
 わたしに何を期待しているのだろうか。
 わたしは、どうなればいいのか……』

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 いい加減しつこいですが。またもや同じです。
 前3作「ココロ」「買い替え」「錯覚」と同じことを書きたいがため。
 そのために、これを書きました。

 特に前作「錯覚」には、随分と力の入った感想を多くいただき、本当に感謝しています。
 何度も言っていますが、出来上がった作品は読者のものでもあり、読者の解釈こそが正しいも
のです。

 わたしの言いたいことが伝わらないとしたら、それはわたしの筆力の限界。わたしの努力不足
ということになります。

 だから、限られた筆力を補うために、何度も何度も同じことを書いています。本当にうまい人
なら、一発でいいたいことを書き切れるのでしょうが、わたしには無理です。まだまだ不十分で
しょうが、自分なりの努力は続けていきたいと考えています。

                                    R/D