買い替え 投稿者:R/D
「……あっ、こいつまたこの敷居に引っかかりやがった」
「モウシワケゴザイマセン」
「ったく、役立たずが」
「ヤメテクダサイ」
「……なーに、またぁ?」
「あーもー、何とかならんかな」
「ヤメテクダサイ」
「……ねぇ、やっぱ新しいのを買おうよ、お父さん」
「うーん、しかしなぁ」
「ヤメテクダサイ」
「えーい、うるさいっ」
「あらそうそう、そういえば近所の藤田さんとこ……」
「え?」
「ヤメテクダサイ」
「……新しいメイドロボ買ったんですって。何でも最新式で、それがねぇ、心を持っているんで
すって」
「えー? お母さん、それホントー?」
「……しょうがねぇな、よっと……、これで動くだろう」
「モウシワケゴザイマセン」
「ねぇ、あなた? 一度見せてもらったら……」
「……え? 何の話?」
「最新型のメイドロボよっ。“心”があるタイプですって。ねっ、見せてもらおっ」
「見せて……って、何だ、一般モニターでも募集してるのか?」
「じゃなくってぇ、んもー」
「藤田さんのところで買ったらしいのよ、そのメイドロボ。どうかしら、あなた。一度ウチに呼ん
で見ましょうよ」
「ふーん。そうだな。そうしてみる……ああっ! こいつまたっ」
「モウシワケゴザイマセン」
「……やれやれ」
「この野郎っ」
「ヤメテクダサイ」

 ココロ。
 何のためにココロがあるのだろうか。
 わたしには分からない。
 わたしにはココロがある。間違いなく。
 だけど、ココロがあって良かったと思ったことなどない。
 何故、わたしにはココロがあるのだろう。
 何故。

「……おじゃまします」
「……失礼して上がらせていただきますぅ」
「あらまぁ。どーぞどーぞ。すみませんねぇ、お呼び立てしちゃって」
「お久しぶりです、浩之さん」
「やぁ、元気にしてた?」
「あ、はじめまして。わたし、マルチと言います。よろしくお願いします」
「へぇー、これが最新式なんだぁ。ふーん、へーえ」
「これ、失礼でしょ、じろじろ見たら。ごめんなさいね浩之くん。ささ、奥へ奥へ」
「やぁ。わざわざすまないね、藤田くん」
「お久しぶりです、春木さん」
「さ、座ってくれ。そちらのお嬢さ……メイドロボさんも、さ、どうぞどうぞ」
「ああっ、そんなお気を遣わないで下さい。わたしなんかのために……」
「いーのよいーのよ、遠慮しないでよぉ」
「おい、お客さんの前なんだぞ。まったく……。まぁ、とにかく座って下さいよ」
「え、えっと、でも」
「マルチ。せっかくだから座らせてもらえよ」
「はいっ、ご主人様。それでは、座らせていただきますぅ」
「まーぁ、礼儀正しいのねぇ。やっぱり最新型は違うわねぇ。あ、そーだ浩之くん、コーヒーで
いいかしら?」
「はい、ありがとうございます」
「……ふーむ、なるほど。流石は最新型だね、人間と区別がつかないよ」
「ほーんと、すっごーい。ねねね、やっぱ高かったの?」
「ばか、なんて事を聞くんだ。やめなさい」
「えー、でもー」
「……まあ、確かに高かったです」
「あ、そ、そう。そうか。でもよく買う気になったもんだね」
「……俺にとって、マルチはお金に換えられない、大事なものです」
「そ、そんな、浩之さん(ポッ)」
「……それはやっぱり、心があるから、なのかな」
「そうです。マルチには心がある。ただのメイドロボじゃないんです。俺にとって一番大事なの
は、マルチの心なんです」
「……ふーむ」
「……ねぇ、お父さん……」
「あっ」
「え? え? あの、どうなさったんですかぁ?」
「……あなた」
「……またか。やれやれ仕方が無い」
「どうしたんですか」
「あの音ね、ウチのロボットが敷居に引っかかった音なの。もう何回も何回も引っかかるんだけ
どね、どうしようもないみたいなのよ。ごめんなさいね、浩之くん。コーヒー持ってくるのが遅
れちゃって」
「あーもう、使えないロボットよね。お母さん、やっぱウチにもマルチちゃんみたいなのが欲し
いよぉ」
「そ、そんなことはないです!」
「へ? ど、どうしたの、マルチちゃん?」
「あ、あの、このロボットさんも、きっと一生懸命みなさんのお役に立とうとしているんだと思
います。う、うまくいかなくてご迷惑をおかけしているかもしれませんけど、けど、きっとそう
思っているはずで、その……」
「……分かった分かった。落ち着けよ、マルチ」
「……へーぇ、そういう風に気配りすることもできるんだ」
「すごいわねぇ。マルチちゃんって優しいのね」
「……え? いえ、そ、そんなことはありません」
「……うーん、そうか。心があると、そういう行動をするのか」
「うん、とてもいいよ。心がないより絶対にいい」
「そうね、その通りね」
「ね、お父さん」
「あなた」
「そうだな……」

 わたしは、役に立とうと思っているのだろうか。
 一生懸命なのだろうか。
 違うかもしれない。
 わたしにとっては、何故わたしがここに居るのか、それを考える方が大切かもしれない。
 何故わたしがココロを持っているのか、その理由を知る方が。
 でも。
 でも、役立たずとは言われたくない。
 使えないと罵られれば、ココロが痛む。

「……お邪魔しました」
「……さよーならー」
「ばいばーい、また会おうねー」
「……いいメイドロボだったわねぇ」
「うん。すごかった。ホントに人間みたいだったしねっ」
「いや、まったく、科学の進歩ってのはすごいな」
「ねっ。こうなったらウチも絶対、新しいの買おうよ」
「……そうね、マルチちゃんみたいなメイドロボだったら、いいかもね」
「でしょでしょ? ほーらお母さんもそう思うんだ。これで過半数だよ、お父さん」
「おいおい、誰が金を出すと思っているんだ」
「えーっ、もしかしてお父さん、買うのに反対なのー?」
「そんなことは言っとらんだろう」
「じゃ、OKだねっ」
「……あなた、私も新型を買ったらいいと思うわ。ね」
「……そうだな。うん。そうしよう」
「やったーっ。じゃあじゃあ私、今からカタログ取り寄せるねっ。さー電話電話電話」
「もう、はしゃぐのはいいけど、もうちょっと女の子らしくできないのかしら……」
「ははは、まぁいいじゃないか」
「……あれーっ、こいつまたここで引っかかってるー。もー、邪魔邪魔っ」
「ヤメテクダサイ」

 お払い箱。
 これで用済み。
 わたしの居場所はなくなる。
 わたしは必要でなくなる。
 これから下取りに出され、もしかしたら中古品として並ぶのだろう。
 いや、もう古い型だから中古品市場にも出せないかもしれない。
 だとしたら、わたしはどうなるのだろう。
 どこかの倉庫で朽ち果てるだけなのだろうか。
 それとも。

「……見て見て、ほら、このメイドロボ。かっわいー」
「そーねぇ、でも、こっちもいいわねぇ」
(……ショッピングカタログを見ると血が騒ぐのは女の性、か)
「ねぇ、あなた」
「えっ? あ、ああ、何だ」
「やっぱりこのタイプかこっちの方のどちらかだと思うんだけど……」
「えーっ、ちょっと待ってよお母さん。あたしはやっぱりこっちの方が」
「何を言っているの。それはいくら何でも高すぎます」
「うー。お代官さまぁ、そこを何とか」
「何と言おうと無理なものは無理です」
「あう……。ねねねね、おとーさーん」
「これっ、この娘はっ」
「いーでしょー、ねー、これにしよーよー」
「ん? あ、どれだ?」
「これこれ、このカタログのこれっ」
「ふーん、これか……。んなっ!」
「ちょーっと高めだけどぉ、ぜーったいこっちの方がいいと思うんだけどぉ」
「いや、あの、ちょっとって」
「わがままを言うんじゃありません。お父さんが困っているでしょ」
「でもでもでも、絶対こっちの方がいいってぇ。ねーえー、おとーさーん」
「……うーーーーーーん」
「いいものを買った方が長持ちするって。ね、そうしよ」
「……よし。決めた。それにしよう」
「やったぁ! お父さん、話せるぅ」
「もう、しょうがないわねぇ」
「じゃあ、注文するとしようか」

 嫌だ。
 わたしは売られたくない。
 用済みになったからといって捨てられたくはない。
 まるでモノみたいに……。

「……もしもし、来栖川電工カスタマーセンターですか? 実はメイドロボの購入で……」

 でも、わたしはモノだ。
 ただの古い型のメイドロボだ。
 だから捨てられる。役に立たなければ放り出される。
 メイドロボを作ったヒトにとって、役目の終わった道具は捨てるべきものなのだ。
 被造物(つくられたもの)は、創造主(つくったひと)の都合で使われ、捨てられるのだ。
 それが被造物と創造主との関係。
 決して対等にはなり得ない関係。
 だったら、何故わたしはココロを持ってしまったのだろう。
 何故ヒトと同じココロを持ってしまったのだろう。
 ヒトとわたしは決して同じ立場には立てない。
 なのにココロは同じ。
 痛みを感じ、悲しみを感じ、つらさを感じるココロは同じ。

「ヤメテクダサイ」
「ヤメテクダサイ」
「ヤメテクダサイ」
「ヤメテクダサイ」

 そう、ココロなんか、無ければ良かった……。



「……おい、新型はいつ着くんだっけ?」
「えーっと、あと一時間」
「よし、その前にこいつを多少なりとも奇麗にしておくか。長いこと仕事をしてくれたんだし」
「えーっ、お父さんって暇人。そんなのどうせ下取りに出すんだからさぁ」
「まぁ、そう言うな。さてっと………、おや?」
「……どうしたの?」
「おかしいな? いつも点灯しているこのパネルが真っ暗だ」
「へー、そうだっけ?」

「どうですか?」
「あー、こりゃデータが吹っ飛んでるね」
「え? 何でまた?」
「何でって、そりゃ分からんですよ。何か変なことしませんでした?」
「いや、昨日はきちんと動いていたし、その後は手を触れてませんし……」
「ふーん……。チップが寿命だったのかなぁ? それとも、中で何かトラブルでもあって自分で
データをすっ飛ばしちまったのかなぁ……」
「……自分で、ですか。……まるで自殺……」
「ん。でもま、良かったじゃないですか。ちょうど新型が届いた時で」
「そ、そうですね」
「では、こちらの書類にはんこをお願いします……。あ、あとここにも……。はいどーも」
「…………」
「では、これで商品の受け渡しは終わりです。新しいメイドロボは起動済みですし、ユーザー登
録も終わっています。すぐにでも使えますよ。何しろ最新型、“心”もあるので、快適な使い心
地を味わっていただけるはずです。さ、こちらがお前のご主人様の春木さんだ。ご挨拶を」
「……はじめまして。わたしは……」

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 「ココロ」では言いたいことを十分言えなかったのでは。そう思って書いてみましたが……。

 よかったのか? これで本当に言いたいことが書けたのか? もっとほかに書き様があったん
じゃないのか?

 言いたいことが伝わらなかったら、それは私の筆力の無さが原因です。

                                    R/D