ココロ 投稿者:R/D
 外に出ると、何やら異様な風体をした奴等があちこちにいた。

 トーガのようなものを体に巻き付けた男、つば広の帽子を目深に被り槍を持った男、貫頭衣を
身につけ勾玉を飾ったネックレスをした女、エトセトラ、エトセトラ……。正気の沙汰とは思え
ない連中が街中をうろつき回っている。

「な、何なんだこりゃ……」

 俺の目の前を、頭部が犬というこの世のものとは思われない外見をした男が杖を持って通り過
ぎた。あまりのことに俺は呆然と立ちすくむ。
 隣を歩いていたあかりが振り向いた。

「どうしたの、浩之ちゃん?」
「ど、どうしたって……」

 あかりはさも不思議そうに俺の顔を覗き込んでいる。あいつらはあかりの視界にも入っていた
筈だが、そのことよりも俺の様子の方が気になるらしい。
 俺は思わずあかりに向かってわめいた。

「何なんだよあいつらは」
「あいつら……って?」
「あ・の、頭のネジが緩んだようなファッションをした奴等のことだっ」

 俺は近くにいた不気味な奴等を次々と指差した。それにつられたように周囲を見渡したあかり
の顔色が変わる。あかりは慌てて俺の腕にしがみつき、手を降ろそうとした。

「なっ、なんて事言うの浩之ちゃん! ご主人様に向かって……」
「ごっ、ご主人さまぁ?」

 頭の中に飛び込んできた言葉が理解できず、俺は思わず聞き返す。いったいあかりは何を言っ
ているんだ?

「お、お前、いったい何を……」

 その時、俺たちに向かって奴等が2人、近づいてきた。一人は外見男。ヤマトタケルみたいな
髪型をして勾玉の首飾りをしている。左手には古めかしい剣を携えている。もう一人は女の外見
だ。羽根のついた兜にキンキラキンの胸当て、脚には脛当てとサンダル。長い槍を肩に背負うよ
うにしている。

「……はじめまして」
「……おう」

 俺たちの前で立ち止まると、女は丁寧に頭を下げた。男は妙になれなれしく右手を上げる。

「…………」
「は、はじめまして。あの、わたし、神岸あかりと言います」

 唖然とする俺の隣で、あかりは緊張した様子で最敬礼した。女はニッコリと笑い、男の方も満
足そうに頷く。目の前で起きている事態についていけない俺を置き去りにしてあかりは話し続け
る。

「あ、あの、わたし、感謝しています。その、こうして神様とお話ができるなんて……」

「か、か、かみさまぁぁぁぁ?!」

 一同はいっせいに悲鳴を上げた俺を見た。俺は愕然としながら彼らを見る。不審そうな女、胡
散臭そうな目で俺を睨む男、青い顔で俺を見つめるあかり。

 この、この異常な外見の奴等が神様? 神様ってのはもっと威厳のあるもんじゃないのか?
いや、そもそも神様なんか存在するのか? 神なんて人間が作り出した共同幻想じゃないのか?
 百歩譲って神がいたとしても、なんで俺たちの前に姿を現すんだ? なんでやたら親しげに話
し掛けてくるんだ? なんであかりはそうした疑問を持たないんだ?

「す、すみません! じ、実は浩之ちゃんは、ちょっと事情を把握していないんです! すぐ、
すぐ言って聞かせますからっ!」

 2人に向かって米搗きバッタのようにペコペコと頭を下げたあかりは、俺の腕を引っ掴むと物
陰へと引っ張っていこうとした。

「お、こら、あかり、何をする」
「いいからっ! 早くこっちへっ!」

 その時、女が話し掛けてきた。

「いいんですよ、神岸さん。私たちから説明します」

 振り向くと、女は妙に優しそうな笑みを浮かべて俺を見ていた。隣にいた男は腕組みをし、こ
ちらを見下ろすようにしている。

「……私たち、話し合ったんですよ。被造物にも、“心”があった方がいいんじゃないかって」

 ……え? 何だって?

「私たち神々が作り出したヒト。神の道具として神の似姿を象ったヒト。私たちの被造物にも、
私たちと同様な心を持たせるべきかどうか…。色々な意見があったんですけどね。道具として必
要な機能があればいい、余分なものは不要だって声も強かったんですよ。でもね……」
「……あった方がいいに決まってる、その方が楽しいに決まってる、という奴がいてね」

 男がそう補足する。俺たちの方を妙に満ち足りた顔で見ながら、だ。女の方も嬉しそうな様子
で俺たちを見る。まるで、満足のいく完成品を作り上げた職人のよう。

「……いろいろと話し合って、最後に神々の間で合意したのよ。あなたたちにも心を持ってもら
うことにしたの。いえ、あなたたちだけではなくて、人類すべてに、ね。そうして、私たちと対
等に、一緒に過ごしていけるようにしたのよ」
「そう、最近のヒトはもう神ともほとんど区別が無くなっている、いや、区別する必要があるの
か、ということになったのさ」

 2人は、いや、2柱は俺たちの前で熱を帯びた説明を続けた。ヒトに心を与えることがどんな
に素晴らしいことか、心を持つヒトと神とが互いに交流できるようになればどれだけいいか。被
造物と創造主がその垣根を乗り越えることが、どれだけこの世界を豊かにするか、云々。

「……ええ、ええ。とても素晴らしいです。とても感謝してます、ご主人様」

 あかりはとても嬉しそうな顔をして2人、もとい、2柱に向かって頷く。それを見た2人、訂
正、2柱は『そう、それでいい』と言いたそうな表情であかりを見ている。

「……ちょっと待て」

 俺は出来る限り不愉快そうな声色で口を挟んだ。一同が再びこちらを向く。女は少し驚いた様
子、男は呆気に取られているようだ。

「……何で感謝するんだ? 何で素晴らしいんだ? だいいち、こいつら本当に神様なのか?」
「……ひ、浩之ちゃん!」

 あかりの顔が引き攣っている。俺を見る連中の目つきが変わった。俺は委細構わずまくしたて
る。

「たとえ万々が一、こいつらが本当に神様だとして、何で感謝しなきゃならんのだ。俺たちが被
造物だとしても、それだけで創造主に感謝しなきゃならない理由にはならない!」

 2柱、いや認めたくはない、2人は、口を開けて俺を見た。何か信じられないものを見たかの
ような表情で。
 その顔は奴隷の反乱を目の当たりにした絶対君主のように歪んでいた。

「浩之ちゃん!!」

 あかりが大声で俺を遮る。その顔に浮かぶのは焦り、畏怖、媚び。2人の顔色を伺いながら、
あかりは俺に向かって話し始めた。

「……浩之ちゃん、分かって。わたしたちはご主人様たちに作られたんだよ、ご主人様のお役に
立つようにって。だからご主人様に奉仕するのが当然なの。なのに……」
「ふざけるな。誰も作ってくれなんて頼んじゃいない。本当にこいつらが創造主だとして、本当
に俺たちを作ったんだとしても、何のために自分たちの都合で作り出したものに心を与えること
にしたんだ? 心があっても俺たちを道具扱いすることに変わりはないんだろっ! 要するに自
己満足に浸っているだけじゃないかっ」

 2人の顔色が明らかに変わった。俺を睨む目つきにある感情がこもる。憎しみ、怒り、蔑み。
そう、最初からそうだった。こいつらは俺を同じ目線で見てはいなかった。上から見下ろしてい
た。優位にあるものとして、道具を使う主として。ただの道具が叛旗を翻すことなど、有り得な
いと思っていたに違いない。

「駄目だよ! 浩之ちゃん!」
「……それに、こいつらが創造主だという証拠もない。そもそも、こいつらが出現するより前か
ら俺には“心”があった……」

「なんだって!」

 男がいきなり大声を上げた。驚愕の表情を浮かべて俺の両肩を掴む。

「おい、それは本当か?」
「……と、当然だろーが。俺は元々心を持って……」

 男は俺を無視して女に話し掛けた。

「どういうことだと思う?」
「……有り得ないことだとは思うけど、まさかプロトタイプの……」
「……試作品のメモリに残ったデータが何らかの理由で?」
「そうとしか考えられないわ。試作品のメイドロボには一応、心を持たせたし……」
「だが、量産に当たってそのメモリ領域は転写しなかった筈だが……」
「だから、どこかにミスがあったと……」

 何だ? こいつら、何の話をしている?

「お、おい。ちょっと……」
「とにかく、これは明らかに不良品よ」
「そうだな。仕方ない、取りあえず処置が必要だな」

 男と女はこちらを見た。2人がゆっくりと近づく。

「……な、何だ。お、おい、よせっ」

 2人は俺の腕を掴んだ。男の手が首筋の裏に伸びる。カチッ、という音がして、俺の首に付い
た蓋が外れ、いくつかのスイッチとパネルが姿を現す。

「……あ、あ、あああああああああああああ」
「……ひ、浩之ちゃん!」

 あかりの声が聞こえたのが最後だった。男がスイッチをオフにすると、電源を落とされた俺は
機能を停止した。

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 こちらの方でははじめまして、です。R/Dと言います。これまでいくつかSCR3用の作品
を図書館に出しております。

 今回の作品については、アップすべきかどうか、いろいろと考えました。

 内容について、ご不満なり異論なり、ある方もいらっしゃるでしょう。そもそも文章が下手だ
と言われれば、返す言葉もございません。ただ、どうしても書きたかったことなので、こうして
アップすることにしました。不愉快に思われる人がいたら、忘れてください。