好敵手  投稿者:sphere


 男に声を掛けられた。
 私は速度を一向に落とさず歩く。男は負けじと一方的に話しかける。
 愚にもつかない言葉の羅列。
 心が、気持ちが、入っていないただの言葉。
 ―――瞳が綺麗。―――美しい黒髪。
 ―――気品がある。―――モデルみたい。
 ―――そして。美人だね。
 枕詞の様に紡がれる美辞麗句。
 ……確かにその通りだけど。
 でも私は気に食わない。それは単なる話のきっかけなのかもしれない。
 ―――相手をする気は毛頭ないけど。

 それでも、とりあえず誉め言葉を並べ立てればいいだろう、そう男が言っている
気がしてやっぱり私は気に入らない。そんな簡単に言って欲しくない。言われたく
ない。
 そうなるためにこっちがどれだけ苦労して、気を使ってると思ってんの?

「そういうこと考えてから物を言いなさいよね、無神経!!」
 ……って思うんだけど、心の何処かでちょっといい気分な自分がいるのはしょう
がないわよね。
 くすっ。
 ……しまった。何を勘違いしたのかさらに捲し上げる様に話し始めちゃったわ。
 どんどんエスカレートして行く、歯の浮く言葉。
 いい加減聞いてて恥ずかしくなってきたわね。
 そもそも。私は聞きたい。
「あなたは誰に言ってるの?」
 ほんの一瞬、睨みを効かせた視線で男の顔を一瞥する。
 へらへら笑いながらも必至な顔。
 まぁ、この人も一生懸命は一生懸命なのよね。
 でも。

 外見が私のままで、中身が全然別人だったとしても、この人はきっと同じことを
言うんだろうな。
 って思うとしらけちゃうのよね。初対面で私の中身を見て欲しい、なんてできる
訳ないのに。私も子供なのかもね、なんて。


「……一度拳を交えれば、その人の人となりは何となく見えてくるものよ」


 アイツの言葉。
 そう、あれは初めてアイツと手合わせして私が勝った時だった。
 あのときは皆から冷たい目で見られたのよね〜。
 なんせそのときまで女子で一番強かったアイツに、いきなり勝っちゃったんだか
ら。……その後、女子の皆からしばらくシカトされたっけ。
 でもアイツだけは、いつもの真面目な顔で「私はわかってる」って目で言ってく
れたのよねぇ。
 色眼鏡を通してでなく、素の、裸の私に向けられた言葉だった。
 そうそう、少し照れながら言う所なんかホントにアイツらしかったわね。
 なんかいかにも、空手バカって感じで恥ずかしい言葉だったけど……
 今考えると、結構当たってるのかも。
 あのとき、アイツに感じた思いは変わらないもんね。

 アイツは未だに私の……


「あれ、どうしたの?」
 ふいに、聞きなれたちょっと宝塚入ったハスキーな声。
「え?」
「何、隣の男は連れ?」
 少し気まずそうに聞いてくる。
「ううん。そんな訳ないでしょ。ナンパされてた・だ・け! あ、そうそう。ごめ
んね彼氏。私、彼女と用事があるから。それじゃ。さよなら〜」
 視線で合図を送り、そのまま男を追っ払う。
 
「ちょっと、私は別に約束なんかした覚えはないわよ」
「まぁまぁ、いいじゃない。もてる女は男の誘いを断るのが大変なのよ。あ、ごめ
んなさい? 関係ない話だったわね?」
「なっ!!」
 私の軽口に顔を一気に真っ赤にして反応する。
 こういうとこ、昔とぜんっぜん、変わらない。
「か、関係ないとは何よ、関係ないとはっ!! アンタほどじゃないけど、私だっ
て……」
 くすっ。
「ねぇ」
 ちょっとトーンを落として囁くみたいに話しかける。
「な、何?」
 私の真剣な顔に、驚いた顔で返す。
 私はそのまま呟くように。
「……私と、やりたいんでしょ? ……私だって待ってるんだから」
「!!」
 彼女の瞳が、一瞬ギラつき、そして本気の色になる。

 今、きっと私は飢えた獣のような表情をしているのだろう。
 そして、同時に最高の笑顔を浮かべて。
 私は思いを解き放つ。



「……早く、こっちに来なさいよねっ!!」