繋がる思い  投稿者:sphere


 ウィーーーン…… ジジジ…ジ…ジ…… キュイイーーーーーン……

「おはようございます」

 3870回目の挨拶 私の一日が始まります
 ―――本日の天気は快晴 気温は昼過ぎには30度を越える見込み
 外を歩くだけでじんわりと汗ばむ陽気になる模様―――

「…………」


 私は とある会社でメイドロボとして働いています

「おはようございます」
「畏まりました」
「ありがとうございます」
「失礼致しました」
「お疲れ様でした」

 そこで私が話す言葉は仕事の話を除けばこれくらいのものです
 
 延々と続く ほんの少しの変化を抱いた日常
 しかし老いるということを知らぬ私達にはそれは変化のない
 ただ同じ一日が繰り返されているだけのようで
 ただ時だけが



「おい、お前、代わりに明日までにこの書類、あげといてくれや」
「……はい、畏まりました。明日までにですね」
「おーい、仕事まだ片付かねーのか? 先行っちまうぞぉ!」
「ちょっと待てって! 今終わったとこだよ!! ……じゃ、しっかりやっとけ
よ!!」
「はい。……お疲れ様でした(にこ……)」
「……な、なんだよ、いつもいつも気色悪ぃな…… イヤミか!?」
「気にすんな、ただのプログラムだよ」
「…………」



 私は街を歩きながら考えています

 私が笑う理由を

 何故でしょう 何故 私は笑うのでしょうか
 誰にプログラムされたわけでもないのに
 私は笑う 一概に笑う必要のない場合でも

 私は何故……


 私は足を止めてふと視線を移します 走る様に歩きつづける人々に
 人々は 決壊したダムから溢れた水のように 道という道を隙間なく
 流れていきます

 「流れられるところは全て流れてしまえ
  埋められるところは全て埋めてしまえ」

 そんな一つの意思を持っているかのように

 しかし この流れ一つ一つは 意思のない水ではなく
 各々唯一無二の 「感情」 を持って流れています
 ですが 社会は人の感情といったものの外に成り立つ世界です
 感情は 社会という大河の前に 押し流され
 それを普通と受け止め 人々はその流れに乗らんとします

 結果 感情は身近の大切な人以外に流れる場所を失い
 社会は 私達と変わらない存在で溢れるのです
 このような人間同士の意思疎通すらままならないこの世の中で

 何故、私達には感情があるのでしょうか?


 私達から感情を取り去るべきだという意見があります
 「人は人と接するべきだ」 「道具は道具であるべきだ」
 そうおっしゃられるのです
 
 ですが私達は元々「道具」でしかありませんでした
 人が人と心を通い合わせることが出来ないのに
 私達に人と同じように接してくれる方などいよう筈もありません
 そう思うのです

 いっそ感情などないほうがいい
 そう思わされることもたくさんありました

 ですが
 そう思うたび 湧き上がる言葉―――

「お前が人間じゃないとかそんなの関係ねぇよ。オレはお前だから助けたいんだ」

 私の知らない記憶

「…………」

 世の中には私達をこう呼ぶ人がおられます
 「巨大なる低脳」 そして 「偉大なる奴隷」と


「…………」

 私は、それに対して特別な意見は持ち合わせていません
 何故なら……


「お姉ちゃん」
「…………?」
 突然、4,5才くらいの女の子に話し掛けられました
「どうかしましたか?」
 私はしゃがんで目の高さを女の子に合わし 自然に笑顔を造ります
 ですが 女の子はとても心配そうな顔をして私に問い掛けます
「お姉ちゃん、何か悲しいこと、あったの?」
「いいえ?」
「だったらどうして泣いてるの?」
「?」
 私は自分の頬に手をやります
「私は泣いてはいませんよ?」
 しかし女の子は首を横に振りこう言いました
「泣いてるよ」
 女の子の言っていることがわかりませんでした
 私は涙はおろか 悲しそうな顔すら作っていなかったのですから
 困った顔をしていると

 なでなで

 突然女の子が私の頭を撫でたのです
「なでなで」
「…………」
「なでなで」
「……どうして……頭を撫でてくれるのですか……?」
 女の子は難しい顔をして考えると
「うーん、どうしてかなぁ。……やっぱり好きだから、かなぁ」
「好き……? 頭を撫でることがですか?」
「ううん。わたしは撫でられる方が好きだよ」
 にっこり笑顔
「でしたら、何故……」
「わたし、お父さんに頭撫でてもらうと、すごくうれしい気持ちになるの。する
とね、そのときね、お父さんもすごくうれしそうな顔するんだよ。だからね、わ
たし頭撫でられるの大好きなのっ」
「…………」
 小さく短い手をめいっぱい広げて満面の笑顔で
「でね、でね、すごいんだよっ。お父さんに頭撫でられるとね、転んですりむい
たケガも痛くなくなるんだよー。」
  頬を真っ赤にして らんらんと輝く瞳で私を見ている女の子

「…………」

  その瞳は 超純水を思わせる
 ただひたすらに まっすぐで
 一所懸命で それは
 何故か
 私には 明るくて 眩しくて でも同時に
 ……懐かしかった



 目の前に学生服を着た男の人がいる

 ……私の知らない 確かな記憶

 鋭い目つきが印象的なその男の人がふいに 私の頭に手を置き
 そして
 笑った
 鋭い目つきの奥のやさしい瞳が私をまっすぐに見つめていた


「私も浩之さんみたいな瞳で、いつも人間の方々に笑いかけていたいです」


 恥ずかしそうに うれしそうに そして元気一杯に 私が、言う


 やわらかな春の風が
 目には 舞い踊る桜の花びら
 耳には 運動場からの部活の掛け声
 鼻には 春の香りと校舎の匂い
 それらを運んでいた

 それらは全て 心の最深部に刻み込まれた 大切な 大切な
 忘れてはいけない 忘れるはずのない……

 ……宝物―――


「…………」
「…………?」
 私の沈黙に心配そうに私を見上げる女の子
 
「……あなたは、どうして……?」
 
 つぶやくように口から零れた言葉は
 それはもう質問ではなかったでしょう
 何故なら 答えは私の心に眠っていたのですから
 それは……


「誰だって、泣いてるより笑ってる方がいいに決まってんじゃねーか」
「誰だって、泣いてるより笑ってる方がいいって思うもん」


「…………!!」

 私はそのとき自分がどんな表情を作ったのか覚えていません
 それは驚きだったのか 喜びだったのか
 もしかしたら 泣いていたのかもしれません


 しばらくして女の子は現れたお父さんとお母さんに連れられて
 お家へ帰っていきます
 その去り際女の子は身を翻して私に振り返ると

「やっぱり! お姉ちゃん、私の思った通りだった!!」
「…………?」
「お姉ちゃんの笑ってる顔!」
「…………!」



 私は……


 ドンッ!!
「あ……」
 体に走る軽い衝撃
 
「っ! す、すいません……」
 立ち尽くしていた私とぶつかった相手の女性が
 反射的に私に頭を下げています
「いえ、こちらこそ申し訳御座いませんでした。お怪我は御座いませんでしたか
?」
「…………?」
 女性は怪訝そうな顔で私の顔を眺めていましたが
 耳のセンサーに気づくと急に眉をひそめ
「なによ、謝って損したじゃない! しっかり前見て歩きなさいよね!!」
 そう言うと歩いていってしまいました
「……申し訳ございません。以後気をつけます」
「…………」



 私達から感情を取り去るべきだという意見があります


 ですが
 ですが、私は思うのです
 私達に人と同じように接してくれる人がいる限り、
 私達に「心」はあった方がよかった、と。
 

 そして世の中には私達をこう呼ぶ人がおられます
 「巨大なる低脳」 そして 「偉大なる奴隷」と


 え? ……私も自分が奴隷だと思っているのか、ですか?


 いいえ?


 「だって私……」


「……人間の方々が喜んでくれるのを見るのが大好きですから!!」