コツ、コツ、コツ、コツ………… コツ、コツ、コツ、コツ………… 昼休み。俺は今、学校の廊下を歩いている。俺の名前は藤田浩之。ごく平凡などこにでもいる高校生。身体的特徴は…中肉中背で特に目立ったこともない。ただ人と違うところは…目。キツネのような目。で、その目が女の子と話をするときには妙に優しい目になる(らしい)。しかも誰これ構わず手当たり次第。それはもう盛りのついたオス犬が電柱に向かって腰を振るがごとく。いや、犬の場合は発情期のみに限定された奇行だからまだいい方で? 俺の場合一年、365日なもんで余計たちが悪い…らしい…………ムカつく。 俺はある女生徒のあとを歩いている。ちなみに今言ったことは全てこいつから聞かされたことだ。俺の目の前を無表情に足音も立てず歩く、こいつから。ちなみにこいつ、身長は、高い。俺より少し低いくらいだからかなりのもんだ。スタイルもよく、モデル並みだと思う。緋色の髪を腰辺りまで伸ばしていて、顔は…美人顔。誰が見ても口を揃えてそう言うだろうといっていい程の。とまぁ外面だけなら非のうち用がないんだが……ちなみに耳にアンテナみたくセンサーがついているが、そんなことはこの際どうでもいい。問題は…… ガッ! ぐらっ……ゴン!! 「あ、浩之さん…危ないですよ」 受け身を取る間もなく登り階段の一段めにつまずき顔面強打。 ……遅いって。声がよ。 「…………」 「大丈夫ですか?」 「なぁ。今、俺が、つまずいてこけてから、危ないって言ったよな?」 「申し訳ありません。どうも私、風邪でも引いたのか調子が悪く、反応速度が遅くなっているようなのです」 絶対嘘だ。天地神明に誓って嘘だと言い切れる。こいつは、そういう奴だ。 「ほう。風邪か。気を付けろよ。今年の風邪はたち悪いから…なっ!」 言うと同時にセリオの胴体にパンチを繰り出す。確実にヒットするタイミングだ。(当然、本気)が。セリオはこともなげに俺の拳を受け止めると… 「浩之さん、危ないではありませんか」 「…………」 「……お前、反応鈍くなってんじゃなかったのか?」 拳に力を加えながら俺。 「今、瞬間的にまるで初めから風邪など引いていなかったかのように体が軽くなりまして」 さらっと言いやがるし。さらっと。第一メイドロボが風邪引いてたまるか。 「へぇ、そうなんだ」 「えぇ、そうなんです」 ……そう、問題は……問題はこいつの性格。かなり悪い。ものすごく悪い。強烈に悪い。こいつの性格って冷静沈着、無口だったはずなんだが、どっかぶっ壊れたのか、妙にイヤミで、「私、人の嫌がること、大好きなんです」(にこっ)っと真顔で言う恐いセリオになってしまったのだ。さらに恐ろしいことはそんなセリオに違和感を感じないことだったりするが。ちなみに今日、人の心を包丁でめった刺しにしたあげく最後に下水に流すようなセリオの口撃で既にあかり、雅史、そしてマルチの3人が保健室送りとなって…… つるっ、がんがんがん…………ごぉーーーん。 階段の踊り場に不自然に置かれていたバナナの皮で滑り、そのまま階段を転げ落ち廊下の壁に後頭部を直撃。 「浩之さん、独り言、言いながら歩いていると危ないですよ。……いろんな意味で」 「そ、そうだな」 「えぇ、そうです」 「……ふふふふ」 「……うふふふふ」 近くで女生徒が叫んでいるのが聞こえた(ちっ、鼻血出しながら笑ってるぐらいで騒ぐことか?あかりなら、もう、しょうがないな、浩之ちゃん、程度だぞ)がもはやそんなことはどーでもよかった。今はただ、目の前にいる性格悪くて、目つきの悪い、人の嫌がることが3度の飯より好きに違いないこのセリオをどうにかしないと俺のハッピーライフ(口には出せない☆)は現実にならない、このことを確認できたことで、今回の鼻血と後頭部のたんこぶには価値があった、そう思うことにした。 セリオは迷うことなく上へと向かっている。どうやら既に目標は補足済みらしい。このままこいつをターゲットと接触させるわけにはいかない。セリオの目的。俺がこいつの後にくっついて歩いてる理由と関係するんだが……。それは、こいつが常々思っていたことを他人に話す、ってただそれだけのこと。が、こいつがある人について思ってたことをその本人が聞くと再起不能になってしまうというとんでもない毒舌家。まぁ、別に俺の知らん奴(矢島とか橋本先輩とか矢島とか矢島とか、あと矢島)を再起不能にするんなら別に構わない。いや、むしろ協力しただろうな、うん。問題なのはその目標となる人間がオール、俺の友人ってことだ。これだけはどーしても阻止!! 断固として阻止!! でなければ俺の夢のハッピーライフが…… 「あの、浩之さん」 びっくう!! 「あの、周りを見回さなくても今回は何も仕掛けてませんから。安心して下さい。そんなことより。私、以前から浩之さんのことで常々思っていたことがあるのですが……」 「お前、さっき散々……で、何だ?」 「…………」 「…………」 話し掛けといて何も喋らずじーっとこっちを見るセリオ。なんなんだ? 「…………」 「…………?」 ……なんかすげー馬鹿にされてるような気がしてきたぞ……って、ああ!! 「くぉら! セリオ!! お前今、今回は、何も仕掛けてないって言ったな!? つーことはさっきの露骨に不自然なバナナの皮ぁ仕掛けたのお前か!!」 「…………」 人の話も聞かず、胸ポケットからメモ帳を取り出すと俺に背中を見せて、 「馬鹿にされていることに気づくまで20秒。やはり、猿……と」 「誰が猿じゃ!! 誰が!!」 と同時にセリオの脳天にチョップ一撃。 びし!(つっこみは当たるらしい) 「…………!!」 今まで見たことのない生物に突然出会ったような驚愕の表情で振り返り俺を見る。 「聞こえてたっつーの!! というか、おもいっきり声に出しとっただろーが!!」 表情を凍り付かせたまま再び俺に背中を見せると、 「聴覚は……鋭敏である、恐らく獲物を……捕獲するために…進化したのであろう……これならば校内…どこで女生徒が助けを求めても……駆けつけることが、可能……すごい猿……と」 「だから猿じゃないっつってんだろが! 聞けよ!! 人の話をよ!!」 床を抜けよ、とばかりに地団太踏みまくる浩之。たまたま通りがかった生徒が腫れ物に触るように逃げていくが、当然どうでもよいようだ。そんな浩之を見てセリオ。 「一度切れると手が付けられなくなる……危険な猿…と」 すごくうれしそうにメモる。 「だからいちいちメモ取ってんじゃねー!!!」 「…………えぇ!?」 またも驚くセリオ。 「だーかーらあぁあぁ!! それだ、それぇ!! 今!! 手に持ってるそれぇぇぇぇ!!!」 浩之とメモを交互に見て、 「視覚の素晴らしさには目を見張るものあり……目つきの悪さは…伊達ではないようだ……つり目な猿……と」 「うがあああああああああ!!!!!!!」 暴れる浩之をよそに、セリオは書き尽くしたのか、メモ帳をポケットにしまって真面目な顔を作って一言。 「浩之さん。重大なお知らせがあります」 「ふー、ふー、ふー……全っっ然聞きたくねーけど。聞きたくないっつっても言うつもりだろ?」 とりあえず確認してみたり。 「えぇ。その通りですけど?」 「しれっと戯れ言を抜かす貴方が好きだわ!! ……で、何?」 なんかもーかなりどーでもよくなりつつある浩之。 襟を正して、周りを見回し、誰もいないことを確認して浩之の耳元でそっと呟く。 「あなた、ただの猿ではありませんね?」 「…………」 「…………」 さっきまで暴れていたのに今度は急に黙り込み頭を垂れる浩之。肩が震えている。さすがのセリオも少し心配したのか(?)浩之の顔を覗き込むと、 「浩之さん……大丈夫ですか? こんなことで滅入っているようでは主役は張れませんよ? 」 セリオの言葉が効いたのか、頭を上げる浩之。目が虚ろだ。 「なぁ……セリオ…俺、頑張ったよな?」 「は? 浩之さんが頑張ったか、ですか……そうですね、何を頑張ったのか今一つ私にはわかりかねますが……まぁ、おおむね頑張ったんではないか、と思ったり思わなかったり。そんなところです」 意味不明な質問に意味不明な回答で答える。 「そっか。頑張ったか。じゃあ、たとえここで俺が暴走して周りにいた奴を再起不能なんかにしちまっても、そんときは笑って済まされるよな?」 がしっとセリオの肩を掴んで訴える。……逃げられないように捕まえているように見えないこともない。しかし目の焦点は相変わらずズレたままだ。 「あの、浩之さん? なにやら犯罪めいた発言をなさっている気がするのですが……?」 「そうか、そうだよな!! 笑って許されるよな!! でないと必死に我慢してきた俺の立場がないよな! 努力の果てには見返りが待っている、世の中そういうもんだよな!!」 既に聞いてない。 「いや、ですから、そういうことは犯罪……」 と、言い終える前に浩之は右手をおもいきり振り上げて、一言。 「安心しろ!」 「は?」 拳を振り落としながらおっそろしいことを言う浩之。 「大丈夫!! メイドロボに人権はない!!」 「…………(ムカ)」 ズッ……バーーーーー!!!! 瞬間、セリオの最秘奥の一つ、目からレーザー光線が発射され、浩之の顔をかすめて後ろの壁を貫通した。 「おっ、おっ、お前なぁ!! 今かわしてなかったら死んでたぞ!! 死んだらどーすんだ! 死んだら!!!」 「大丈夫ですよ、浩之さん」 くすり、と笑いながら……振り向きざまに「ちっ……」 「「ちっ」ってなんだ! 「ちっ」って!! それに何が大丈夫なんだ! 何が!!」 「お葬式では多くの人が悲しんでくれます。同時に喜ぶ人も同じ数かそれ以上いるかもしれませんが、そんなことは死んでる浩之さんには関係ありませんから、大丈夫、です」 「大丈夫違いだ!! この全身破壊兵器!!」 噛み付きそうな勢いでセリオに迫るが、セリオも負けじと一瞬伏せた瞳を大きく見開き言い返す。不思議な笑みを浮かべながら。 「今私に言った一言、絶対忘れませんからね? 絶対」 「!! ほほう、いいだろう!! 俺もお前から受けた肉体的、精神的苦痛、絶対忘れないからなっ!!」 びしびしびしびし!! 殺気をみなぎらせながら睨み合う二人。何故か円を描くように動いている。階段の踊り場でなにやってんだか。まだ二人の罵り合いは続いている。 「でも浩之さんの場合、3歩歩いただけで忘れてしまいそうですね?」 「俺は鶏か!? それにしても、なんか今日は饒舌で、表情豊かだなぁ!? セリオさん!!??」 「そおですか!!??」 「そおですともっっ!!」 「…………」 「…………」 「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」 「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」