ガコン……ギーーーー……。扉が開いた瞬間、気持ちいい風が舞い踊る。 たどりついたのはやはり、屋上。ここに来るまでかなり体力を消耗してしまった。このままではセリオを止められるかどうか怪しい。(どの道肉弾戦で勝てる見込みはないが)……今のこの展開もセリオの策略である気がしてならない……って俺かなり猜疑心強くなってんな。とにかく。昼休みにこんなところにいる俺の知り合いといえば…… 「なんや、セリオやん。……藤田君も。えらい珍しい取り合わせやね」 言いながらこちらに振り返るのは委員長。 「あ、あぁ、そーだな」 空返事で返す俺。セリオの言動が気になって挨拶どころではない。これ以上、無表情なこいつの顔をあの、人を小ばかにした笑みで満たすわけにはいかない。……俺の将来のために!(それしか頭にないらしい) 「こんにちは、保科さん。よい天気ですね」 ……来た!! 無難な会話から入って緊張感を解きほぐすとは! さすがセリオ! だがこれからだ……ここから性悪女の口撃が…… 「藤田君、何、力んどるん?」 「え? あぁ……」 「すみません、保科さん。藤田さんは女性問題で頭がいっぱいで、体の緊張がほぐれる場所がないらしいのです。ああ、おいたわしい……」 「あー、確かにそれはあるかもしいへんな。なぁ、藤田君?」 くそう、好き勝手なこと言いやがって。せっかく俺の未来……いやさ、委員長のために、今はとにかくセリオを止めねば。次、セリオが動きを見せたら……渾身の力を込めた拳をお見舞いしてやるぜ!! ……こっそり後ろから!! 「そういえば保科さんはここで何をしておられたのですか?」 ……動いた!! 「ん、私は……」 「セリオ!! もらったあぁ!!!」 最速で拳を繰り出す俺。セリオは反応できていない。俺の拳よりはるかに遅いスピードで、こちらを振り向くセリオの顔は…………笑っている!? 「何!?」 そう思った刹那。 「…って藤田君!! 何やっとんねん!!」 「え?」 ズビシ!! めきぃ!! 委員長のつっこみが肋骨にヒット!!思わずうずくまる浩之。 「お、おおおお……こ、効果音地味な分、地味に痛いんですけど……委員長……」 ふふんっ! と鼻を鳴らして浩之を見下ろす委員長。 「何言うてんねん!! 女の子に手ぇ上げるなんて最低や!!見損のうたで!!」 「ちょっと待て!! これは全て俺、ひいては委員長を助けるため……」 「なんで私を助けるのにセリオどつかないかんの? セリオが可哀相やで」 そういう委員長の後ろには、ニヤリングしている……セリオがいた。 「委員長、後ろ! 後ろ!!」 「ん……? 何やの?」 と委員長が振り返った視線の先には、「私がどうかしましたか?」といわんばかりの無垢な表情のセリオ。……こいつ……段々表情豊かになってきて……ムカつく。 「…セリオがどないしたん? なんやおかしいで、今日の藤田君」 「浩之さんもいろいろあって疲れているのでしょう(くすり)」 「それもこれも全部お前の……」 「あ! 保科さん!!」 ぶぎゅる!! 「あぱむ!!」 セリオが屋上から見える景色を指差し、委員長の視線をそっちに向けさせる。瞬間、セリオが俺の顔面を踏みつけた。ご丁寧なことに顔から足を上げる瞬間、ひねりまで加えて。 「すごく奇麗な景色ですねー」 「そうやろ? ここからの景色は一番やって…………」 「そうですね、わた…………」 あぁ、なんか二人仲良く話してら。俺、なんのためにこいつのあとつけてきたんだろ。頭、ぼーっとしてきた……。もう帰ろうかな…… 「ところで保科さん」 「なんやの?」 「私、どうしても保科さんに言っておきたいことがありまして」 ん? なにやら雲行きが怪しくなってきたぞ。 「何?」 「保科さんってお約束の塊みたいな人ですよね」 ズッギャアァァーーーーン!! ……来た!! 「……は?」 何を言われてるのかわからず思わず聞き返す。 「ですから、保科さんは、眼鏡、おさげ、ちょっとキツめの性格、でも本当はかわいいヤツなの♪、牛ちち、とかなりポイントを押え込んだ性格、個性である、と思いまして」 セリオが目を細めて微笑んでいる……かなりヤバい。 「な、な、何やの?」 「そのなかでも胸が大きいというのはここでいう個性としては最大級のものです。諸般の事情により詳しいことは述べられませんが、とにかくいろんな意味で個性的です。ここでは」 「お、俺はそんな委員長が大好きだぞ!!」 「うるさい、あんたは黙っとき!!」 ビシッ!! どすっ。 つっこみがさっきと同じところにヒット。崩れ落ちる浩之。 「おおう、俺って一体……」 委員長はきっとセリオを睨み付けると、 「ちょっとアンタ。黙って聞いとったら言いたいこと言いよって!! 何のつもりなん?」 「別に。私はただ思ったことを言っただけです。そう、例えばそんな風に力を入れてると胸の圧力でブラウスのボタンが飛びそうだな、とか」 目を細めたまま話すセリオ。もう完全にイヤなセリオモードに入っている。 「人のこと完全にアホにしくさって……そんな飛ぶわけ……」 ブツン!!…………コロコロ……(はい、お約束) 「…………」 「ほら……(くす)」 「うるさい! とれやすうなっとっただけやっっ!!」 ブツン、ブツン……コロコロコロ……(当然、お約束) 「ボタン拾うの…お手伝いしましょうか?」 「……アンタ……一体何がしたいんや?」 「私は先ほどから言っているように、自分が感じたことを実行しているだけです。…………あなた、と違って」 「……どういう意味や?」 委員長の目が座っている。今なら視線で人すら殺せます、そんな感じの。 「他人に嘘をつかれるのを恐れながら、反面、自分を隠して他人に嘘をついて生きていくのはどんな気持ちなのでしょうね? 保科さん?」 「!!」 瞬時に委員長の顔に動揺が走る。 「セリオ、アンタなんで……」 「あれは保科さんがこちらの学校に来られてしばらくしてからのこと……」 セリオの言葉に見る見る委員長の顔が青ざめていく。 「止めて……」 「それは中学時代の友人からもたらされた衝撃の真実」 「止めてって言ってるやろ!?」 力無く尻餅をついて耳を覆う委員長。そんな彼女を一瞥し、なおも続けるセリオ。 「それに私は知っています。あなた、以前いじめられていた3人に浴びせられた罵詈雑言、一冊のノートにまとめていますね? ……たしかタイトルは、「いつか絶対泣かしちゃるから!! その日のために今を生きる(頑張れ、私)」でしたよね!?」 「そ、そんなことまで!?」 そう言う委員長の表情を見て一人悦に入りながらセリオ。 「あのノートの内容、学校中の掲示板に貼って、さらに昼食時には校内放送で朗読したい、そんな気持ちでいっぱい♪」 顔色がきれいに青の委員長。 「いいーーーやぁーーー!!! いややーーーーー!!!! もう学校こぉへんーーーー!!! 神戸に帰るぅーーー!!! やっぱし東京には魔物が住んどるんやーーーー!!!」 委員長が……壊れた………… 「セリオ! いいかげんにしろっ!!」 最後の力を振り絞って浩之がセリオに飛び掛かる。いきなりの不意打ちに(忘れられていた気もするが)セリオは反応できなかったようで、うまく馬乗りの格好でセリオを押え込むことができた。……しかしまだ相手が相手だけに油断はできないが。 「どうしたセリオ!! お前のセンサーでも今のおれ……え!?」 セリオは俺から視線を外すと、いきなり涙を流し始めた。と同時に屋上の扉が開け放たれた。…………なんか不幸な未来が見えた気がした。 ゆっくりと扉のほうに顔を向けると、予想通りの展開が待っていた。 「さっき廊下でお前が奇行をしているという話を聞いて探していたんだが……まさかこんなことになっていようとは……!!」 むやみやたらな熱血で有名な体育教師Aが扉のところに立っていた。……しかも追い討ちで不幸なことに保健室にいるはずのあかりまでもがそこにいた。にっこり笑っているが、俺にはわかる。わかりたくないぞ、今は。烈火に燃える怒りの炎でハラん中煮えくり返ってんのが。俺のこと心配して来た分、リバウンドが…… 血管の2、3本切れた体育教師Aが俺に何か言っている。 「乱れた衣服、女生徒の涙、あまつさえ女生徒の上に馬乗りになって……!! 藤田……前々からお前は何かしでかしそうな奴だとは思っていたが……ここまで……」 終わった……全て終わった。また、やられた。セリオに。 「立て!! 藤田!! 生徒指導室でみっちり説教してやる!! 何か言い訳でもあるか!?」 「先生……人との出会いにやり直しってきかないんでしょうか……」 そういう浩之の背中には哀愁が漂っていた。 階段の降り際、ふとセリオを見ると……やっぱり……無言で……にやり。 「…………」 「…………」 「うがあああああ!!!! ちょっと待てぇ!!! やっぱし俺は悪くないいいい!!! 悪いのは全部あの、あのセリオなんだああああああ!!!! って言ってる側から「私、知りません」な顔作ってんじゃねぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」 「そら、行くぞ、藤田!!」 「いいんちょおおおおお!!! 帰ってきて俺の無実ぉぉぉ………(フェード・アウト)」 その後、委員長と、どういう風の吹き回しか、セリオの発言でなんとか浩之の停学処分は取り消されたらしい。 「だって……遊び相手がいなくなったら……困りますよ…ね?」 …………にやり。