吹き荒れよ、セリオ!!前編 投稿者: sphere
  学校の昼休み、それは俺の何気ない一言から始まった……
「なぁ、あかりってあだ名あったっけ?」
「え?」
  ……ちゃんと聞こえてるはずなのに絶対聞き返してくる。癖になってるよーだ。
「だからあだ名だよ。あだ名。なんかあんだろ?」
「え、えーと…」
  すこし考えて、(何を考える、あかり)恥ずかしそうにつぶやく。
「……亀、かな」
  となりにいた雅史と顔を見合わせる。
「まぁ、的を射た的確かつ、ぴったりなあだ名だよな」
「ど、どーだろうね…」
  お茶を濁して苦笑する。ま、いつものことだ。
「それよりあかり。そんな当たり前のあだ名じゃなくてこう、もっと笑えるやつ、
ないか?」
「あ、当たり前って…浩之ちゃん…」
「当たってるよな?」
「……そうかも」
「じゃ、次」
「…………」
  また雅史が苦笑してやがる。そーいや雅史ってこんな顔ばっかしてるよな。
  ……あかりもよくこんな顔してら……。と。
「えーとね、ほかには、カメ岸とか、のろ子、泣き子、赤毛、おさげ子、金魚…
…」
「なんか酷いのばっかりだね……」
  予想してたこととはいえ、俺の知らんとこでこいつそんなふうに呼ばれてたの
か…
「……もういい。あかりが気に入ってるやつでなんかないのか?」
「うん、私が一番気に入ってるのはね…!れ…!!」
「浩之さーーーーんん!!!」
「失礼します」
  扉を開ける音より大きい声を出して緑色の髪の少女が入ってくる。その後ろを
緋色の髪をした少女が続く。マルチとセリオだ。

「ところでみなさん何をしてらっしゃるんですか?」
「あかりちゃんのあだ名の話をしてたんだよ」
  ?という顔で俺達を見るマルチ。
「あだ名ってのはな、あれだ。志保を「歩く東スポ」って呼んだり、琴音ちゃん
を「滅殺娘」って言ったり。あと葵ちゃんを「カツサンド君」って呼んだり……」
「あと浩之は「ヤ○ザ目」、だね」
  雅史が珍しく口を挟んだ。
「あ、雅史ちゃん酷いんだ。ふふふぅ…」
「よく言った!雅史!!」
「え?」
「浩之ちゃん!!??」
  俺の予想外の返答に驚愕を隠せない二人。
  ……あまりにあまりな反応しやがるなこいつら……!!
  実は二人だけでなく、教室内の、浩之の声が聞こえた生徒全員がその場に凍り
付いたのだが。
「な、何があったの!?浩之!!こ、こここ、こんなこととと…!!!」
「浩之ちゃん、拾い食いは駄目だってあれほど……!!」
  雅史は一人ムンクの叫びを演じ、あかりは手持ちのファーストエイドから正○
丸を取り出す。見事なあわてっぷりだ。
  …………。
「修正しちゃる!!……いや!泣かしちゃる!!泣かしちゃるから!!
お前らそこから一歩も動くな!!!」
  と聞くが速いかもうすでに雅史は走り始めている。しかもあかりまで。
「冗談じゃないか、浩之ぃーーー!」
「私は浩之ちゃんを心配しただけなのにーーーー!!!」
「逃がすかぁ!!!!うおおおおおお!!!!!」
  脱兎のイキオイで教室を飛び出す3人。偶然居合わせた不幸な被害者達の悲鳴
が廊下から聞こえてくる。

「ところであだ名って結局なんのことなんですか?」
「あだ名。親しみ……の気持ちで相手の特徴をとらえて呼ぶ名。ニックネーム。
私たちの場合には型番、形式番号のことではなく、通称。つまりマルチ、セリオ
が当てはまるようですが」
「あ、そうですかぁ」
「そうです」
「…………」
「…………」
「なんだか急に退屈になってしまいましたねぇ」
「そうですね」
  足元には先ほど3人に弾き飛ばされた(というか実際に弾き飛ばしてたのは
浩之だけだったが)、被災者が転がっているのだが。
「浩之さん達、早く帰ってこないですかねぇ」
「…全く私を待たせるとは失礼極まりないですね」ぼそっ…
「え?セリオさん…?」
「なんでもありません」
「え…でも今……」
  困惑した表情でセリオを見るマルチ。たった今自分が耳にしたセリフについて
言及していいのか悩んでいるようだ。それを察したのかセリオ。
「マルチさん。世の中には知らなくても問題無くても、知ってしまうと後に引け
なくなるものがあるのです」
「え?え?」
「早い話がさっさと忘れろ、ということです」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
  沈黙が苦痛にかわり、こんなことならさっきの喧騒のほうが百倍よかったとマ
ルチが後悔し始めたころ、例の3人が帰ってきた。
  3日連続徹夜して溜まったストレスを一瞬で発散したように爽快な表情の浩之
の後ろを「寿命を2ヶ月と10日は縮めた」と言われれば「そのようですね」と
躊躇わず言えてしまう程ぼろぼろな雅史とおでこを真っ赤にしたあかりが続く。
……と浩之が何かを引きずっていることにマルチが気づいた。
「あのー浩之さん、それなんですか?」
  マルチが指差した「それ」は独自のアレンジ?の入ったセーラー服を着た少女。
  肩ほどまでの髪を後ろで2つに束ねている。
「あぁ、「これ」か?さっき俺がこの二人を追跡している時に不幸にも跳ねられ
た連中の一人だ。知り合いだから持ってきた」
  浩之が「それ」の首根っこを掴んでいるのでよく見えないが前髪はかなりハネ
ているようだ。例えとしてはあまりよい表現ではないが誤解を恐れずに言えば、
それは一見、触角に見えた。
  過程を無視して結果だけで感嘆して、マルチ。
「やっぱり浩之さんは親切で優しいかたですねー…」
「いやぁ、それほどでもねーよ。ははは」
「またまた浩之さんたら謙遜してー」
  わはははー、意味のない二人の笑い声が教室を包む。つい先ほどまでこの世の
最果てを具現化したような教室で。
「何かが間違いすぎているようですが……」
  セリオのそんな当たり前の意見も聞くものはなく、そんな中「それ」が目を覚
ました。
 
「あれ、私ったら一体どうし……?」
「おう、気が付いたか?全く災難だったよなぁ。俺も日頃からこいつらには学校
で暴れんなよ、とは言ってんだけどなぁ……」
「……あの藤田さん、私が気を失う前最後に見たのは確か藤田さんの顔で、薄れ
ゆく意識の中聞こえたのは、「今誰か轢いただろ!浩之い!!」「ぶぎゅる……
って聞こえたよ!…浩之ちゃん!!」「ゴキブリ轢いたくらいで俺が止まると思
うなよ!!」……だったよーな……」
  沈黙する浩之の後ろの2人が囁く。
「なんか完璧に会話が再現されてたような気がしない?よく覚えてられたよね」
「ほら、人間って死ぬ間際に一際すごい力を出すっていうよね?!」
「あかりちゃん……それはろうそくだよ……」
  がっくりうな垂れる雅史。特に悪びれもせずに浩之が続ける。
「気を失う前だったし混乱してたんじゃねぇの?まぁ、外傷はないようだし、よ
かったよかった。ところでさっきまであだ名の話してたんだけどよ、なんかおも
しろいヤツある?」
「…………」沈黙。
  いくらなんでもその話の展開には無理があるだろう!!
「私ってあんまりいいあだ名付けられたことないんですよね……」
  つるっと会話に乗ってきた。
「やはりおかしいです。普通ではありません。こんな会話が成り立つはず、ない
と思うのですが。」
  その場のやりとりを冷静に判断するセリオに、こういった事態には免疫のある
雅史がはにかみながら話し掛ける。
「まぁ、セリオさん、あんまり難しく考えない方がいいと思うよ。浩之だから」
「……やはり類が友を呼ぶ、というものなのですね」
「……けっこうセリオさんって真面目な顔してきっついことさらっと言うね」
  先ほどと同じ表情で返す雅史。心なし、はにかみが引きつっている気がするが。
「そうですか?……でも本当のことですし」
「そ、そうかもしれないね…はは」
  いびつなはにかみで返答する雅史。何が彼をここまでさせるのか?
    一方、浩之サイドでは会話がはずんでいるようだ。
「ふーーん、じゃあ俺らがなんかいいあだ名をつけてやるってのはどうだ?」
「あ、それいいかもしれないね、浩之ちゃん」
「え?いいんですか?」
  期待の混じった瞳で浩之を見る。ちなみにこの浩之という男、こういう瞳でさ
れたお願いを断ったためしがない。本人曰く、「別に誰でも言うことを聞くって
わけじゃねーんだからな」……で、今回はというと……。
「もちろんだぜ。俺達がぴったりのあだ名をつけてやるよ」
  はい、お約束。
「と、いうわけでまずはあかりからだ」
「え?」
  なんで私からなのよ浩之ちゃん、な視線を送ってみたもののどーせ気づいて
もらえないことを察し、結局考えるあかり。
  ちなみに彼女のネーミング・センスの無さは特筆ものである。来栖川製の夜な
夜な勝手に動き出すと噂のくまのぬいぐるみに「くま」とそのまんまの名前をつ
けたというすばらしい例もある。口元に指先を当て、目を上方へ泳がし考える。
そのぱっと見、愛くるしい彼女のその頭の中で今どんな単語が飛び交っているの
か……。良いのがひらめいたのか、一人、手をたたき、言う。
「あのね、よく本の後ろに書いてある言葉で、意味はわからないんだけど、響き
がいいから……「アッペンデックス・りお」っていうのはどう?」
  ……一撃必殺、クリティカル、痛恨、会心の一撃。いきなり恐ろしいまでに強
烈なあだ名をのたまうあかり。その的確さはまさに砂糖の山から一粒の塩をつま
み上げるがごとし。浩之や当の本人が言葉の意味がわからず「?」な表情を浮か
べる中、一人真っ青な表情の雅史。
「あ、あかりちゃん……さすがにそれはいくらあかりちゃんでも…まずい…アッ
ペンデックスって確か、「おまけ」……」
「すばらしい!!すばらしいですわ!!神岸さん!!!」
  実は失礼なことを言ってる雅史のフォローをかき消す声。声の主であるセリオ
はつかつかとあかりに近づくとしっかと手を握り、
「よもや貴方のようなどこかずれてる方から私が常々感じていたことが聞けると
は思いませんでした!!」
  目をらんらんと輝かせて力説する。いつものセリオ……さっきから多々おかし
いところはあった気はするが……には考えられない人間臭さで。
  そこへ浩之が聞きとがめたことを口にする。
「常々感じていたことって、なんだよ、セリオ」
「……聞き…たい…ですか?」
  いつもの調子に戻り、落ち着いた口調で聞く。……一瞬、瞳の奥が揺れる。
  そのセリオのセリフに反応したのか、マルチの顔から血の気?が引いていく。
瞬間、セリオがほくそえんだことに気づく者はなく、続けてセリオ。
「そうですか。聞きたいのですね?どうしてもですか?どうしてもですね?人間
の方のお望みをかなえることこそ私達メイド・ロボットの使命。今まで私が一人
胸の奥にしまってきたこの思い、とうとう語る時が来たのですね」
  ……にやり。