歳の終わりの・・・・・・・ 投稿者:Si


オレは柏木耕一、大学生だ。
今日は12月31日、つまり暮れの忙しい時期なのだが、今、布団に伏せている。
決してぐーたらしてるわけではない。
理由は・・・・・・・


12月中頃、オレが退屈な大学の講義を終えたあとぶらぶら遊んで家に帰ると、
留守電にメッセージが入っていた。
妙に明るい声は梓のものだとすぐにわかった。
内容は『今年の年末年始は柏木家で過ごさないか』というものだった。
もしオレの都合が良ければぜひ来てほしい、とのことだった。
梓の奴が「ぜひ」なんて言うのはは珍しい。
おおかた、暮れの大掃除でも手伝わせるつもりなのだろうと、そのときは思った。

本当は大学の同期の連中に今年も徹マーに誘われていたのだが、曖昧な返事しか
していなかったので、そいつらには悪いがオレは柏木家で年末年始を過ごすことにした。
むさい男たちと徹夜で麻雀をするのと、千鶴さんたちとこたつでみかんを食べて
ごろごろするのとどちらの年末年始が楽しいか? と聞かれると結論は簡単に出た。
雑煮やおせちなどの男の一人暮らしではなかなか食べられない正月料理を食べることもできるだろう。
年越しのカップそばはとにかく、おせちは買うにしても馬鹿高い。
結局適当なもので済ませてしまうのだった。
それに、むこうにいると『あけましておめでとう』の言葉をテレビの画面以外から
聞くこともできるのだ。
しかも、その言葉は視聴者という大衆ではなく、オレという個人に向けられるのだ。
大したことではないが、これはこれでなかなかうれしい。
ついでに言うと親父が死んだので忌中なわけだから年賀状も来ないので、
戸締まりさえすれば安心して家を空けることができるのだ。

オレは早速電話で連絡を入れてそっちに行くことを伝えることにした。
ええと、電話番号は・・・・・・・・・・・あった。
プルルルルルルル、プルルルルルルル・・・・ガチャ
「はい、柏木です。」
千鶴さんの声だ。
「あっ、千鶴さん、オレだよ、耕一。 梓から電話があったんだけど、暮れ頃にそっちに行ってもいい?」
「はい。お忙しくなければぜひいらして下さい。 初音や楓も喜ぶでしょう。」
そうだ、梓のやつも『ぜひ』という言葉を使った。
千鶴さんが使うぶんにはまったく違和感がないのだが、梓が使うと変に感じるのはなぜだろう。
とりあえず、ちょっと探りを入れておくことにした。
「なんなら大掃除手伝いますよ。 広いから大変でしょう。」
「いえ、今年は耕一さんが来るのならその前に片づけてしまおうと話をしてましたから。」
千鶴さんは言った。
おかしい。
千鶴さんがおせちでも作ったのか? 
それで梓はオレを巻き添えにしようとでもしているのか?
「ところで千鶴さん、そっちではおせち料理とか作ったりしてる?」
と、聞いてみることにした。 
千鶴さんは
「ええ、今年も梓が作ってくれるわよ。 耕一さんが来るって聞いたら
いつもよりもっと張り切るかもしれないわね。」
なるほど。 梓はオレにおせちを食べてもらいたかったのだろう。
あいつもかわいいところあるじゃないか。
変に疑ったりして悪かったかな、と思った。

「お兄ちゃん、久しぶりだね。」
「こんにちは、耕一さん。」
駅の改札をでると初音ちゃんと楓ちゃんが迎えてくれた。
「やっ、元気だったみたいだね。 千鶴さんと梓はどうしてるの?」
「梓姉さんは家で鍋を見ながら留守番してるそうです。」
「おせち料理には煮物が多いからなぁ・・・・」
特に黒豆は簡単そうに見えるが、しわが入らないようにうまく煮るのは難しいんだっけ。
「千鶴お姉ちゃんはお仕事だよ。でも、今日はいつもより早く帰って来るんだって。」
そうそう、正月は温泉で過ごすって人も多いからな。
千鶴さんも忙しいはずなののに、いつもより早く帰ってくるのはオレのためなのかな?
そうおもってちょっと気がひけた。
「行こうよお兄ちゃん、話は家に付いてからにしようよ。」
「家の方が暖かいですし、こたつもありますから落ち着けると思いますよ。」
「じゃあ、行こうか。」

外は真っ白だった。
電車の窓からも見えたが、とにかく雪が積もってあたりは真っ白になっていた。
暖冬とはいえ、山地に近い雄山ではかなりの雪が降る。
向こうでこれだけ雪が降ると交通機関の麻痺などで大混乱することだろうが、
こっちでは毎年のことなので除雪対策は十分整っているようだ。
今もちらついているが、道路の中央にある融雪装置から出る水で解けてしまい、
車道にはほとんど雪がない。
歩道も除雪されていて歩くのには差し支えはない。
その、除雪された歩道を2人と一緒に歩きながらオレはこんなことを考えていた。
雪か・・・・・・・
そうだな、雪を見ながら鶴来屋の露天風呂につかるって、贅沢かもしれないな。
う〜ん、酒があればさらによい。温泉での雪見酒とは日本人の特権だ。
これでかわいい女の子の酌があればもう言うことはないだろう。
してもらうとすれば・・・・・初音ちゃんか、楓ちゃんか、まあ、年上の女性に
女の子というのはちょっと変だが千鶴さんかな?
梓? 雪見酒ってのは回りにあまり人がいない露天風呂で、しんしんと降り積もる雪を見ながら
静かに酒を飲むってのがそうだ。
梓なんかに酌をしてもらうと酒の勢いも手伝って、即口げんかだろう。
こうなってしまっては風情もクソもない。
やっぱり初音ちゃんか楓ちゃんか千鶴さんだな。
はっ、温泉といえば裸じゃないか。 身につけていてもバスタオル1枚。
う〜ん、ここは未成年だし胸は小さいけどけど、初音ちゃんか楓ちゃんにもお酒を飲ませて、
酔ったところであんなことやこんなことを、あまつさえあんなことまで
ぐへへへへへ・・・・・・・・・・・・・・
「どうしたの、お兄ちゃん?」
びくっ、
突然初音ちゃんに声を掛けられて我に返る。
「い、いや、雪を見ていたら鶴来屋の温泉で雪見酒でもしたいなぁと思って・・・・」
「そお? なんか、にやにやしていたよねぇ、楓お姉ちゃん?」
と、横を見ると何となく赤くなっている楓ちゃん。
「えっ、あっ、そのっ、そうだった?」
めずらしく取りみだす楓ちゃん。 
どうしたんだろう?
はっ、そういえばたしかエルクゥにはテレパシーのような考えていることを伝えあう
能力があって、楓ちゃんはその能力に長けているんだっけ。
楓ちゃんの顔が赤かった、さっきオレが考えていたこと、と、いうことをふまえて考えると
もしかして・・・・・・・・。
「楓お姉ちゃん、顔赤いよ? 風邪でも引いたのならはやく戻らなくっちゃ。」
そうだ、楓ちゃんはきっと風邪を引いて顔が赤いのだろう。
うん、そう信じた方がオレのためでもある。
「そりゃ大変だ、早く家に戻って暖まろうよ。」
と、オレは言った。
楓ちゃんはちょっと火照った顔で
「はい、でも大丈夫です。」
答えた。
そして初音ちゃんには聞こえないくらいの声でこう言った。
「すいません・・・・胸、小さくて・・・・・・」
すーっと顔から血の気が引けていくのがわかった。
「あれ、お兄ちゃんは顔色悪いよ? みんな風邪ひいちゃったの? 早く戻ろうよ」
「あっ、ああ、そうしよう」
うわずっていたかもしれないが、オレにはそう答えるのが精一杯だった。

「ただいまー」
「おじゃましまーす」
「お兄ちゃんも『ただいま』でいいんだよ」
と、話していると奥からぱたぱたぱたぱたとスリッパの音が聞こえ、
オレが思った通り梓が出てきた。
「お帰り、初音、楓。 久しぶりだな、耕一。」
「ああ、そうだな。」
「やけに荷物が軽そうだな、何も土産を持ってきてないのか?」
「おまえな〜、長旅で疲れている人間にいきなり土産の催促か?
まあ、俺の住んでるところの土産になりそうな物っても年寄りくさい物
ばっかだし、そういう物に限って高つくから何も持ってこなかったぞ。」
「馬鹿だな耕一、私は別にそんな特産品みたいな物を持ってきてくれって
言ったんじゃなくて、そこらのコンビニでもいいから適当な菓子と
ジュースでも、若いあたしらにゃあ十分みやげになるってもんよ。」
「若いって言ってるけどよ、話し方が十分年寄りくさいぞ」
「何いってんの、この家で一番の年寄りは千鶴姉だよ」
「おいおい、千鶴さんを年寄り扱いするのか?」
「年寄りとは言わないけど年増だね。私、楓、初音は歳の差が1歳だけど
千鶴姉だけは私とでも6歳差だもんね〜。 胸は私の方が大きいけど。」
「あっ、あのっ、梓お姉さん・・・・・・」
おや?また楓ちゃんが動揺している。
オレは別に変なことは考えてないぞ。 どうしたんだろう?
「あ〜楓、ごめんごめん、寒かったんだろ。 続きは中ではな・・そ・・・・・」
語尾がどんどん薄れていく。
 すう〜っ
 ぞくっ
うっ、もともと寒くてよくわからなかったのだが、
いつの間にか、周囲の温度がかなり下がっている。
いつの間にか、外は異常なくらい風が強くなっていた。
そして・・・・・・・・・
いつの間にか、戸の向こうに人影が。
そう、ちょうど千鶴さんくらいの背の高さの人影が・・・・・・・・
「あ〜ず〜さ〜〜、あんたってひとは、私のいないところでまで・・・・・」
 からからからから
戸が開く、と、同時に雪の混じった風が吹き込んでくる。
人影も遮蔽物が無くなり誰かはっきり見えるようになる。
言うまでもなく、微笑みを浮かべた千鶴さんだ。
「まっ、待ってくれ千鶴姉、わっ、私はただ耕一の誘導尋問に乗せられてっ、そのっ」
「ちょっとまてっ、オレはそんなことをした覚えはないぞ!」
今までの話を聞いていたのなら、もちろん千鶴さんはわかっているだろう。
「今日という今日は年長者に対する敬いを・・・・・」
「おっ、お姉ちゃん、お鍋掛けっぱなしなんでしょ? 私見てくるね。」
「ちょっと悪いけど、オレ、トイレ我慢してたんだ。」
「じゃあ私、お荷物を耕一さんのお部屋に運んでおきます。」
初音ちゃん、オレ、楓ちゃんの順に家の中に上がり込む。
梓も何とかそれに続こうとしてるみたいだったが、足が動かないらしい。
スリッパを履くと3人は我先にと小走りで奥にむかう。
「は、はくじょうも・・・・うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ」」
わけの分からない梓の悲鳴のあとに残ったのは、3人が廊下をぱたぱた駆けて行く音だけだった。

「雪下ろし?」
「ああ、そうだ。耕一にはこれをしてもらうために呼んだんだ。」
柏木家の居間。
梓がオレを呼んだ本当の理由をたった今知ったところだ。
目の前の梓の頭には、何となくこぶのような物が見えるのだが、
あえてオレはそのことをたずねないことにした。
ちなみに初音ちゃんは台所で鍋を見ているらしい。
楓ちゃんと千鶴さんは自室にいるのだろう。
とりあえず、梓に言われたことがよくわからなかったのでもう一度聞いてみた。
「だからなんだ? その、雪下ろしってのは?」
「やっぱりあんたは雪があまり降らない所に住んでるんだねぇ・・・・・
いいかい、雪ってのは元が水で結構重いんだ。 で、屋根に雪が積もると
家が潰れてしまうから、屋根に登って雪を下ろすというのが
雪下ろしって言うんだ。」
「つまり、オレに屋根に登って、屋根の雪を下に落とせっていうことか?」
「ああ、そうだ。去年はおまえの親父がぜーんぶしてくれたんだぜ。」
「そうか・・・・親父がか・・・・」
「あっ、ああ、ごめん、わるいこと言ったな。」
「いや、まあ、いいけどよ。 それにしても、オレ1人で全部するのか?」
「そう。 だからあんたを呼んだんだってば。 上にある物を下に落とすだけなんだから
そんなに大変じゃないだろ、頼むよ。」
まあ、この忙しいのにおしかけて何もしないって言うのは悪いと思っていたところだ。
が、梓の奴から仕事を押しつけられるような感じがするのは何となくイヤだ。
「梓、あなたも手伝うのよ」
突然後ろから聞こえたのは千鶴さんの声だった。
「えっ、あっ、千鶴姉・・・・・・・・・・」
「耕一さんだけに、私たちの住んでいる家の雪下ろしを任せようって言うの?
この家の中じゃ一番力があるのはあなたでしょ。手伝って上げなさいよ。
まさか、『いやだ』とは言わないわよね?」
「は、はい・・・・・・・・・」
さっきのことをまだ根に持っているのだろうか?
でもここは、自分を犠牲にしてまで梓を助けてやる必要も無いだろう。
「よし、それじゃあ雪下ろししようか。 行こうぜ、梓。
オレは初めてでよくわからないんだ。とにかくどうするか教えてくれよ。」
はぁ、とため息を付いた梓は
「しかたねぇなぁ、わかったよ、今行く。」
そう言って、まだ雪がちらついている外に出た。

柏木家の屋根は広かった。
梓が倉からはしごを持ってきて屋根に登ったのだが、とにかくそこは広かった。
その広い屋根の大部分が雪に覆われていた。
一部は自然に屋根から落ちたようだったが、そんな部分はごくわずかでしかなかった。
屋根は瓦ぶきでもちろん斜めになっているので、注意しながら屋根の上に立った。
「これを・・・・・・全部下におろすのか?」
「そうだ。ほれ、耕一、おまえのスコップだ。」
といって梓から渡されたスコップは思っていたより軽かった。
柄は木製だが、先がアルミでできている雪かき用の物らしい。
そういえば、さっき玄関においてあったのを思い出した。
これなら思っていたより楽かな?
「お〜い、何をぼけっとしてるんだ? 早く始めろよ。」
声をした方を見ると、少し離れたところで早速梓が雪を下に落としている。
「ああ、オレはこっち側からすればいいんだな」
「そういうこと。 逆向きに回っていけばいいからね。」
そして、雪を下に落とし始めた。

梓が屋根の反対側に回ってオレから見えなくなってしばらくがすぎた。
はっきり言って楽そうだと思ったのは間違いだった。
上から一気に雪をそのまましたに落としてしまおうとすると
途中で止まってしまうので、下から順に落とすしかない。
この作業で腰をかがめたり伸ばしたりするのがつらいのだ。
オレは背伸びをして少し休むことにした。
この辺は台所の上だから今頃は初音ちゃんか楓ちゃんが下にいるんだろうな。
換気扇から昇ってくるいい匂いが下漂ってくる。
すると、
 すかぁん
と、横に置いてあったアルミスコップがいい音を立てる。
なんだ?、
辺りを見回すために首を回そうとすると、側頭部を雪玉がかすめた。
後ろを振り向くと、思った通り梓が屋根から顔を出していた。
それを確認すると同時に肩に雪玉が命中した。
「なにさぼってんだよ、こういち〜 」
そういえば、こいつとは昔雪合戦をしたこともあったっけ、
というようなことをなぜか思い出した。
「てっ、てめー、いきなり宣戦布告も無しに攻撃とは卑怯だぞ!」
と、言いつつ、近くの雪を手にとって片手で握り、梓に向かって投げるが、
座ったままで投げているので、雪玉は思いっきりはずれた方向に飛んでいった。
「どこ投げてんだ? へたくそ〜」
梓の奴の挑発だ。
ふん、それじゃあ、その挑発に乗ってやろうじゃないか。
まず、梓にやられっぱなしと言うのは落ち着かない。
なんだ、まあ、梓と久しぶりに雪合戦をしようと思ったというのも1つの理由だろう。
しかし、座ったままでは不利なのは言うまでもない。
とりあえずオレは向こうから飛んでくる雪玉を気にしつつ立ち上がった。
そして、そこらの雪を適当に左手でつかみ、右手で固めて投げる。
投げる、投げる、投げる、投げる、投げる。
適当に投げてはいるが、数発は梓をかすめた。
お返しとばかりに梓も連続して雪玉を発射する。
梓の雪玉はかなり早い。
しかし、甘い。
オレはすべての雪玉を紙一重でかわした。
「陸上競技のハンドボール投げとか砲丸投げはコントロール関係ないもんなー」
さっきの挑発の仕返しにこちらからも挑発する。
「ぬぅ〜ぁ〜にぃ〜」
効果は抜群だった。
梓の雪玉の速度はさっきより増している。
 ばさっ、どさどさっ
流れ弾がオレの後ろの木に当たって積もっていた雪が落ちる音が聞こえる。
あの玉に当たったらかなり痛いだろうな。
オレは梓の思いっきり投げた雪玉が顔面に命中するのを想像してちょっと怖くなった。
しかし、逆上している梓の投げる玉はよけやすく、立ち上がってからは
まだ1発も、かすってすらいない。
雪玉がやむのを見計らってこっちからも投げる。
ただし、今度のはやたらと投げるのではなく、命中率に重点を置いて、投げる
雪玉は梓の左胸に命中した。
「おまえはいい的持ってるなぁ」
と、言って笑う。
セクハラ発言とも聞こえるが、梓の奴だからまあよしとしよう。
「てん〜めぇ〜」
今までオーバーハンドで投げていた梓が、いきなり思いっきりアンダースローで雪玉を投げた。
しかしっ!このコースだとよけずともオレの腰の右横を通過するっ!
そう思って次に梓に投げかける挑発の言葉を考えていた。
と、股間に激痛が走った。
梓の雪玉が命中したのだ。
オレの横を通りすぎるはずだった雪玉だ。
ただし・・・・・・雪玉の軌道が直線であったら、だった。
梓の奴はどうやら雪玉を握るときに形を平たいフリスビー状にして、
さらに投げるときにアンダースローで回転を思いっきりかけたに違いない。
「うっ、うぐあぉぐぇががが・・・・・・・・・・・」
訳の分からない奇声を発しながら、股間を押さえてうずくまろうとした、が・・・・・
あっ、あれっ?
考える暇もなく、オレは屋根瓦の上で2回ほど後転したあと、地面に落下した。



で─────、
オレはこうして寝ているわけである。
右肩から地面に落下したらしく、右腕が動かない。
骨にひびがはいっているらしいが、幸い『力』のおかげで今日中にも治りそうだ。
そういうことで、医者には見せてない。
しかし、雪が積もってなかったら骨が折れていただろう。
楓ちゃん曰く、「首から落ちたのだったら『力』があっても死んでましたよ・・・・・・・」
おおっ、思い出しただけでも背筋が寒くなる。
まあ、夜までにはほとんど治ってしまうのだろうが、それにしても
いくら『力』で回復が早くても痛いものは痛いのだ。
くそ〜、これもすべて梓のせいだ!
ふと、戸の向こうに人の気配を感じた。
「耕一、入ってもいいかい?」
梓の声だった。
梓がオレの部屋にはいるのに遠慮してる?
でもまあ、今は仕方ないかもしれないな。
「ああ、入れよ。」
すーっと戸が開いて梓が入ってくる。
「悪かったな、耕一。でもあんたも馬鹿だね、屋根の上でうずくまろうとするなんてさ。」
本当に反省してるのか、こいつ?
「何しに来たんだ? 殺しかけた相手に皮肉言いに来たのか?」
「いや、違うって、けがさせたお詫びにいいこと教えに来てやったんだよ。
いいか、今からなるったけ元気に振る舞え。怪我が治ったまねができるのならそうしろ。」
「おまえな・・・・・・」
「黙って聞きな、これは本気でおまえのためを思ってのことなんだ。
今から千鶴姉がここに来る。」
「まあ、千鶴さんに心配かけるのは良くないことだよな。」
「そうじゃないんだ、千鶴姉はここに・・・手作りのお粥を持ってここに来る。
もちろん、けが人のあんたに食べさせるお粥だ。」
「なっ、なんで? オレは怪我してるだけだから普通の物でも食べられるんだぜ?」
「その理論が千鶴姉に通じるのなら、そうしてもいいぞ。
あっ、こっちに来てるみたい。私、行くから。じゃあ。」
「『じゃあ』じゃない、こら、どこ行くんだ、 あずさぁ〜」
「すいません耕一さん、入りますよ」
という声と共に戸が開いて、お盆を持った千鶴さんが梓と入れ替わりにやってきた。
お盆の上にはレンゲと、漬け物と梅干しの乗った皿、それと小さな土鍋が乗っている。
土鍋の中身は梓の言っていたことが正しければ千鶴さんが作ってくれたお粥のはずだ。
「耕一さん、具合はいかがですか。 ごめんなさい、せっかくこっちに来ていただいたのに。」
「いや、大したこと無いよ。ほら、オレ『力』で怪我とか治るから・・・・」
「いくら鬼の『力』があるといっても無理しないで下さいね。
耕一さんにもしものことがあったら、妹たちが悲しみますから・・・・」
「千鶴さん・・・・・・」
千鶴さんが本気でオレのことを心配してくれるのは嬉しい。
嬉しいのだが、どうしても千鶴さんの横にある物が気になってしかたがない。
「あの、これ、耕一さんにと思ってお粥作ってきましたから食べて下さいね。
お粥といっても、あの、具の入ってない白粥ですけど・・・・」
「あっ、ああ、ありがとう千鶴さん。」
「それじゃあ、お鍋は後で取りに来ますから。夜はおそば食べられますよね。」
「ああ。 食べてる間に怪我、治るかもしれないから自分で鍋、持っていこうか?」
「いくら何でもそんなに早く治りませんよ。ごゆっくり休んでて下さいね。
何か用事があったらいつでも呼んで下さい。じゃあ。」
と、戸が閉まり、後にはオレと湯気が上がる土鍋が残された
まてよ、ほとんど味がない白粥をまずく作ることなんてできるのだろうか?
いや、いくら千鶴さんでも無理だろう。
白粥に梅干しを入れて食べるだけなら別に大したことはないだろう。
そう思って鍋のふたを開けると中は普通の白粥だった。
とりあえず、レンゲですくって食べてみる。
うん、普通の白粥に間違いない。
安心して梅干しを中に入れ、レンゲでかき混ぜる。
と、下の方から茶色い物が。
もしや・・・・・・・・・・焦げてる?
千鶴さんがせっかく作ってくれた物を食べないわけにもいかず、
その日、オレは初めて焦げたお粥を口にした。
ううっ、やっぱり千鶴さんを甘く見てはいけない、と、いうことを
あらためて思い知らされたような気がした。

そして夜。
オレの怪我はだいたい治ったらしい。
少なくとも肩は痛くない。
ふと、戸の向こうに人の気配。
「入っていい、耕一お兄ちゃん?」
初音ちゃんだ。
「いいよ。」
すっと戸が開いて初音ちゃんが入ってくる。
「もう大丈夫なの?」
「ああ、こんな時は助かるな、この 『力』。」
「うん・・・・。 ねえ、おそばできたよ。みんな待ってるから、行こ。」
「わかったよ」
と言って立ち上がり、初音ちゃんと一緒に廊下にでる。
楓ちゃんたちが待っている居間に向かう途中歩きながら初音ちゃんにたずねた。
「今日のそばって、誰が作ったの?」
「楓お姉ちゃんと私だよ。 いつもは梓お姉ちゃん何だけど、今日は雪下ろししてたから。」
梓はオレに忠告(警告?)しにきたあとも、どうやら一人で雪下ろしをしていたらしい。
ご苦労なことだ。
居間にはいると千鶴さん、梓、楓ちゃんが待っていた。
梓の奴は何となく疲れたような顔をしていた。
「さて、みんなそろったことだし、食べようぜ。」
「待ちなさい、その前に、今年はいろいろ大変だったけど、無事新年を
みんなと一緒に迎えられそうで嬉しいわ。これもみんなのおかげね。
もちろん耕一さんもよ。みんな、ありがとう。」
「歳とると愚痴が多くなってかなわねぇなぁ、そばがのびちまう・・・・」
頬を赤くしてぽりぽりと鼻の頭をかきながら梓が言った。
確かに、いまの千鶴さんのはちょっとくさかったかな・・・・・
「まあ・・・梓の言うとおりね。じゃあ、食べましょうか。」
千鶴さんがそういって今年最後の夕食が始まる。
そばはとてもおいしそうだと思う。
しかし・・・・・なぜかあまり食べたいとは思わない。
別に以前のキノコのリゾットのような危険性はまったく感じられない。
言うなれば、オレの腹が拒否しているというのだろうか。
「あら、耕一さん食べないんですか?」
「い、いや、なんか、腹の調子がおかしくて・・・・」
「お兄ちゃん、何か変な物でも食べたの?」
「千鶴姉の料理とか・・・・」
「梓っ!」
意識するとどんどん腹の調子が・・悪く・・・なってきているような・・・・
「ごめんっ、ちょっと、オレ、トイレ」
たまらずオレは駆け出した。

トイレに行ってわかったことは、オレは腹を下していたということだ。
居間に戻ってきたオレは
「うっ、なんか、腹の調子がおかしいんですけど・・・・・・・・」
「お兄ちゃん、もしかしておなか冷やしたの?」
そんなわけはない。
オレは少し外にでていたが、ほとんど布団の中だった。
ここに付く前も特にそんなことはなかった。
「じゃあ、ここに来て変な物を食べたと言うことだな。」
う〜ん、千鶴さんのお粥ではないと思うけどなぁ・・・・・・・・・
トランペットのマークが書かれた薬瓶を差し出しながら楓ちゃんに
「ここに来て何を食べたか思い出してみてはどうでしょうか?」
と、言われて早速思い出してみる。
「まず、千鶴さんの作った白粥だろ。でも、オレはこれじゃないと思うんだ。」
まあ、焦げた物を多少食べたくらいで壊れるような腹ではない。
「それから?」
心配そうに初音ちゃんが聞いてくる。
「あとは・・・・・お粥に付いていた梅干しと、たくあんくらいかな。」
「たくあん・・・・?」
楓ちゃんがぴくりと反応する。
続いて梓と初音ちゃんも顔を見合わせる。
そして、そろって千鶴さんの方を向く。
「千鶴姉、ちょっと聞くけど、どこにあったたくあんを出したんだ?」
「台所の茶色の棚の上の皿に乗っていた奴だけど・・・・・
かびも生えてなかったし、腐ってるようでもなかったわよ?」
また、そろって顔を見合わせ、初音ちゃんが申し訳なさそうに言った。
「あのね、耕一お兄ちゃん落ち着いて聞いてね。
私たち耕一お兄ちゃんがこっちに来る前にお掃除してたんだけど、
倉の中をお掃除してるときにね、千鶴お姉ちゃんがたくあんの入ったビンを見つけたの」
「その日付が戦前だったんです。おそらく、いまから50年以上前のたくあんだったんです。」
「あたしは食べられないから捨てようって言ってたけど・・・・・・・」
「で、でもぉ、梅干しだって70年以上前の物が高い値段で売ってたりするじゃない・・・」
何となく甘えたような声で千鶴さんが言う。
うぁっ、真実を知ったらまた腹が・・・・・・
「梅干しとたくあんを一緒にするなってーの!」
「でもぉ、家計を預かる者としてはもったいなくて・・・・・」
オレはそれを最後まで聞かずにトイレに駆け出した。
らっぱのまーくも50年前の漬け物には勝てないんだなぁと考えながら・・・・・・

そして──────────────
結局オレは新年をトイレの中で迎えることとなってしまった。
正面のドアの外から聞こえる
「こっ耕一さん、あけましておめでとうございます・・・・きょっ、去年は
本当に迷惑ばかりかけて・・・・」
「まあ、一生に一度くらいはこういう正月もあるさ。おめでとう、耕一」
「あの・・・耕一さん、おめでとうございます・・・・・・・」
「お兄ちゃん、あけましておめでとう。 今年もよろしくね。」
といった4人の新年の挨拶を聞いて
「あっ、ああ、おめでとう・・・・・」
そうとしか、オレは言えなかった。

頼むからちょっとほっといてくれよ!

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

えーと、小説みたいなものは初めて書くSiです。
だらだらと長い文章を書いてしまいました。
長い割に中身が薄いんですよね。

これの小説を読んで下さった方の中で、少しでも有意義な暇つぶしだったと思われる方が
いらっしゃったらこれを書いた意味があったと思います。
あと、無駄な時間の浪費だったと思われた方、お詫び申し上げます。
大変失礼いたしました。 ペコ。

ええと、機会があったらまた書いてみたいと思いますので、
そのときはまたよろしくお願いしますね。