「始まりを望んだ瞬間に」 投稿者: TaS
「少し遅くなっちゃいましたね。」
そう言って彼女は振り向いた。
葵ちゃんの言うとおり、帰り道は既に闇が勝りつつあった。
先ほどまでの朱の世界は終り、黒が空を侵食していた。
俺は、少しだけ足を早めて彼女のとなりに並んだ。
彼女の隣にいたかった。


いつもの通りの練習は、結局いつもの通りに終わっていた。
ただ今日は、いつもより少しだけ遅くなった。それだけの事だった。
それだけの事なのに、いつもの帰り道はいつもとは違う色で満たされていた。
訳のわからない不安が俺の中を占めていた。
小さな不安なのか、大きな不安なのか。
それすらわからなかった。
不安である事にすら気がつかない不安。
それが一番正しい説明なのかもしれなかった。
それを説明と呼んでいいのなら。
靴が重くなった。
肩の荷物が重くなった。
腕に巻いた時計が重くなった。
一歩踏み出すたびに重さは増して。
歩いていられるのが不思議ですらあった。


隣にいるこの娘がいなかったら・・・
そんな事を考えてしまった。


ふと、自虐的に口を歪めた。
いなくても、どうなる訳でもなかった。
ただ、今は二人でいるのが一人になるだけだった。
それは当たり前の事の筈なのに、何故だか当たり前に思えなかった。
他愛も無い思い付きなのに、絶望的な悪夢に思えた。


一歩踏み出した。
靴がまた重くなった。
「・・・・・・」
一歩踏み出した。
肩の荷物がまた重くなった。
「・・・ぱい?」
一歩踏み出した。
腕に巻いた時計がまた重くなった。
「・・・あの・・・先輩?」
ふと、そでを引かれる感覚があった。
「あの・・・どうかしたんですか?」
葵ちゃんは、真摯な目で俺を見ていた。


なんでもない。そう言えた自分が意外だった。
そんな言葉を完全に信じた訳ではないだろうが、それを聞いて彼女はまた歩きはじめる。
まるで、俺を置いてどこかへ行ってしまうように。
そんな想像が頭をかすめた。
だが、そんな事に俺自信が気づいていなかった。
気がついたのは、自分の体が動いていた事。
彼女の背中は見えなかった。
見える前に、俺は葵ちゃんの背中を抱きしめていた。


葵ちゃんの髪のにおいを感じた。
驚いているのがわかった。

葵ちゃんの体温を感じた。
慌てているのがわかった。

葵ちゃんの汗の湿気を感じた。
何か言っているのがわかった。

でも、最後にはそっと俺の手に重ねてくれたのがわかった。
俺の手に重なった、あたたかい物。
それがなんだかわかったから。
俺の中の不安は、ゆっくりと融けていった。
「もう少しだけ・・・」
俺のわがままに、彼女は頷いてくれた。


ふと、目を上げる。
黒一色だった空は今も変わらない。
だが、その中に小さな光が見えた。
「そう言えば・・・そろそろ七夕だな。」
小さく呟いた俺の声に振り向いた。
その顔は、織姫じゃなかったけど。
俺の大切な、葵ちゃんだった。







                                      了


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TaS:どもこん??わ、なんかえらくお久しぶりな気がするTaSでございます。
柳川  :なんかほんとに久々な気がするな・・・
TaS:ま、言わんといて。なんとなく書けないでいただけです。
柳川  :それで、これか?
TaS:あう・・・ま、とりあえず書いてみようって事で・・・(汗)
柳川  :なんだかな・・・。ところで。
TaS:はい?
柳川  :星ネタで書くのならあと1週間半ほど待つのが世の常ってものではないのか?
TaS:へい、そうかもしれませんねぇ。でもま、このシリーズではそういう「特別なイ
        ベント」ってやりたくなかったんです。そんだけ(笑)
柳川  :らしいと言うか何というか・・・
TaS:んでは今日はこの辺で。TaSでございました〜。