落ちはじめた太陽は、まだその色を変えきっていなかった。 それを横目で見ながら、私は坂を下っていた。 太陽の、その逆を見る事が出来ないでいた。 私と並んで歩いている、藤田先輩の顔を見る事が出来なかった。 道路は少しだけ赤くなっていた。 いつもの通りの帰り道だった。 別に特別な事があった訳じゃなかった。 いつもの通りの授業を受けて、いつもの通りの練習をして、いつもの通りの事なのに、い つもの通りに藤田先輩の顔を見る事が出来なかった。 さっきまで色々と話し掛けてくれた先輩も、今は静かに歩いていた。 沈黙が、とても不安だった。 それを取り除く方法はわかっているのに。わかっているのに出来なかった。 自分がとても緊張しているのが分かった。 どんな試合でもこんなに緊張した事はなかった。 どうすればいいのかわからなかった。 何でもいいから頼りたかった。 ほっぺたの絆創膏を、そっと触ってみた。 ざらついた感触が、私を応援してくれたように思えた。 小さな応援歌は、私の背中をしっかりと押してくれた。 勇気を振り絞って覗いてみた横顔は、怒っている物じゃなかった。 それを見て、少しだけ安心した。 した筈なのに、安心した筈なのに。胸がドキドキしていた。 顔が熱くなっていた。 耳が痛くなっていた。 また、少し不安になっていた。 いつもの顔だったのに。いつもの先輩なのに。いつもの私なのに。 いつもの事が、いつもしている事が出来なかった。 不安がどんどんと大きくなっていくのがわかった。 正体のわからない不安。それが私の中にあった。 いつのまにか、私の視線が下がっていた。 先輩の靴が見えた。 大きな靴。 右足が、大きく前に出た。 それを追いかけるように、左足も前に出た。 追いかけた左足は、右足を大きく追い越して地面についた。 右、左、右、左。 右足、左足、右足、左足。 私よりもゆっくりとしたペースで、そのおいかけっこは続いていた。 右足。私も右足を踏み出してみた。 左足。私も左足を踏み出してみた。 先輩が出した左足は、私よりも少しだけ前の地面に着地していた。 当たり前の事なのに。それなのになんだか悔しく思えて、もう一度あわせてみた。 右足。私も右足を踏み出してみた。 左足。私も左足を踏み出してみた。いつもよりも少しだけ無理をして。 右足。先輩の足と私の足が、同じタイミングで地面についた。 左足。私の足と先輩の足が、同じ音を立てていた。 右足。少しだけずれてしまった。 左足。大丈夫、今度はあっていた。 右足。心地よい合奏が聞こえはじめた。 左足。私だけしか聞いていない、小さな演奏会。 少し無理があったのかもしれない。 でも、それよりもその演奏を聞いていたかった。 右足。 左足。 二つの足音がそろうたびに。 右足。 左足。 不安はだんだんと小さくなっていった。 右足。 左足。 太陽は、もう真っ赤になっていた。 右足。 左足。 それを横目で見て、また前を見た。 右足。 左足。 なんだかとても泣きたくなった。 右足。 左足。 泣きたいぐらいに、幸せだった。 了 -------------------------------------------------------------------------------- TaS:どうもこん??わ、毎度まいど、TaSでございます。葵ちゃんを主人公とした 連作シリーズ「始まり」第3弾でございます。 柳川 :・・・そんな名前あったのか? TaS:ええ、一応は。とは言っても連載じゃないんでそんなに身構えないでくださいな。 柳川 :大体にそんなに大層な物でもないだろうが。それはそうとこのシリーズ、なんか 妙にペース早いな。 TaS:ええ、このシリーズ楽しいんですよ、書いてて。思い付いたワンシーンだとか、 歌のワンフレーズだとか、そんなのを元にして広げていくのがすっごく楽しい。 癖になるかも(笑) 柳川 :内容を伴わない物を量産していると嫌われるぞ。 TaS:あう、その言葉辛いです(涙)。 柳川 :ならば、精進を怠らん事だな。 TaS:うい、了解です。それではこの辺で、”最近本気で某T社の掲示板への移住を考 えている男”TaSでございました。