「始まりはきっとこんな日に」 投稿者: TaS
緩い雨が降っていた。
雨の持つ微かなにおいが私の鼻に届いていた。
嫌だった。
家で見た時はとても素敵に見えたこの傘も、お母さんに頼んで買ってもらった長靴も、目
の端に見える青い花も、学校で出された宿題も、全部全部、とっても嫌だった。
足元の水溜まりは灰色の空の色しか映ってなかった。
覗き込んだ私の顔まで同じ色に映っていた。
「やまないのかな・・・」
呟いた自分の声さえ、とても嫌だった。


雨はきらいだった。
理由なんか無かった。
外で遊べないから、靴が濡れるから、湿気が多いから、雨垂れが煩いから、太陽が見えな
いから、そんな理由じゃなかった。
ただ、きらいだった。
そんな日に、いつもの道を通って帰りたくなかった。
いつも帰る道まできらいになりそうだった。
だから、私はいつもとは違う横道に入っていった。
少しだけ、わくわくしていた。
でも、それも傘から落ちる雫を見ると消えていった。
雫が足元に落ちるたびに寂しくなっていた。
足元に溜まっているものは私の瞳から零れたものだ。
そんな風に思ってしまう自分が嫌だった。
私は、少し大きな公園に入っていった。
今通っている道よりも、そこなら何か楽しい事があるように思えた。
何でもいいから、今の道から逃げたかった。
雨は、まだ止みそうになかった。


公園の中は、静かだった。
誰もいなかった。
ちゃぷちゃぷと繰り返す足元だけが妙に浮いていた。
その音が嫌で、水溜まりを避けて通った。
それでも、音は消えなかった。
小さくなった音は、かえって私の耳に響いていた。
足を止めてみた。
音はやんだけど、それだけだった。
目に付いた、近くの木陰に入ってみた。
ここなら水溜まりはない。
雨の雫も枝の屋根を越えては来なかった。
静かに傘を畳んだ。
その先から落ちる雫が、乾いた地面を黒く染めていた。
なんだか、私が汚してしまったみたいでとても嫌だった。
ここは、雨に濡れる外の世界とはまるで違う所だった。
でも、私がそれを汚してしまった。
何だかとてもいけない事をしているように思えた。
ゆっくりと息を吐いてみた。
溜息は嫌だったから、わざとゆっくりと吐いてみた。
でも、何も変わらなかった。


雨はまだやまなかった。
霧のように細かな雫は、私の視界を霞ませていた。
傘の先から零れた雫も、そろそろ乾きはじめていた。
でも、まだ雨はやまなかった。
ふと気がついた。
あそこを走っている人、さっきもここを通っていた。
この公園の周りを走っているのかな?
真っ白なウインドブレーカーを纏ったその姿は、煙った世界の中では異質の存在だった。
傘もささないで走っているその人は、私とは別の世界の人だった。
うらやましいな、じゃなくって。すごいな、だった。
その人は足を止めて呼吸を整えていた。
整理体操、かな?
軽く体を動かしていた。
私はただ、その人を見ていた。
あの人は、雨が怖くないのかな?
そんな事を考えていた。
その人の靴は、泥まみれだった。
私の靴は、もう半分乾いていた。
なんだか、悲しかった。


「どうしたの?」
急にかけられた声に、驚いて顔を上げた。
目の前に立っていたのはさっきの人。さっき私が見ていた人だった。
白いフードに隠れている瞳は、優しい色をしていた。
女の人・・・だったんだ。
意外だったのに、この人の顔を見たら素直に納得できた。
「雨宿りしてるの?」
返事をしない私に、その人は優しい声で話し掛けてくれた。
私は、小さく頷く事しか出来なかった。
その人は私のとなりに並ぶように立った。
そのまま、静かになった。
私も、その人も。
並んで空を見ていた。
何も無い、灰色の空を。
そっと隣を見た。
その人も私を見ていた。
おかしかった。
気がついた時には、二人で笑いあっていた。


「それじゃ、私はそろそろ行くね。」
その人は言ってまだやまない雨の中に足を向けた。
その背中を見て、急に不安になった。
「あのっ!」
気がついた時には、声をかけていた。
その人は振り向いて不思議そうな顔で私を見ていた。
何かを言おうとした口は、そのままで固まっていた。

ぽちゃん

大きな雫が私の肩に落ちてきた。
励ましてくれたんだね。
肩の雫が私に染み込んでいった。
それに頷くように、私はもう一度口を開いた。
「雨は・・・雨は、怖くないんですか?」


怖くないよ。
そう言ってくれた声が、私の耳に届いていた。
怖くないよ。
そう言ってくれた。
私は嬉しくて、そのまま頭を下げていた。
ありがとうは、言葉に出来なかった。


「あ、そうだ。」
今にも走り出しそうだったその人が、急に振り向いて私を見た。
「あなたの名前、聞いてなかったわね。」
「名前・・・ですか?」
「そう、私は来栖川綾香。あなたは?」
そう言って、手を差し伸べてくれた。
私は、その手に触った瞬間に泣きそうになっていた。
それを何とか押さえながら、出来る限りはっきりとした声で喋った。
「私は、松原葵といいます。」
ちゃんと言えた自分を、誉めてあげたくなった。







                                      了


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TaS:どうもこん??わ、TaSでございます。
柳川 :・・・なぁ。
TaS:うい?
柳川 :ひょっとしてこれ・・・連載だったのか?
TaS:違います。まぁ、前に出したやつのなかにあった「葵が雨が好きな理由」と言う
        か「好きになったきっかけ」ではありますけどね。
柳川 :・・・それは連載と言わんのか?
TaS:言いません(きっぱり)。第一前回も今回もちゃんと最後に「了」って付けてあ
        るでしょ?
柳川 :それだけしか区別が無いのか?
TaS:無いです(爆)。と、まぁ冗談はともかく、これは「連載」じゃなくって葵を主
        人公とした「連作」だと思ってください。もっともこれは書く方の勝手な思い込
        みなんで、読まれる方は単なる短編だと思ってくれれば嬉しいです。
柳川 :連作、ねぇ。するとまだ続くのか?
TaS:さぁ?思い付いた時に書くって程度でしょうし、もしかしたらいきなり終りにす
        るかもしれませんし・・・予定は未定です(笑)。
柳川 :なんだかとても貴様らしいと思ってしまうのは何故だろう・・・。
TaS:知りませんって(笑)。それでは今日はこの辺で、TaSでした。