「まだ始まらない物語に」 投稿者: TaS
ちくしょう、うざってえな・・・
そんな事を口の中で呟きながら俺は歩き始めた。
すべてが勘に障った。
まだ梅雨入りもしていないのに降りしきる雨も、少しだけサイズの小さい傘も、さっきか
ら肩に落ちて来る雨垂れも、すべてが妙に勘に障っていた。
頭の上を覆っている傘を少しずらしてみた。
「やまねぇ・・・だろうなぁ。」
今度は声に出してみた。
そんな俺を嘲笑うかのように少し大きくなった雫が俺の顔を濡らしていた。


俺は傘を直し、また歩き出していた。
前を向いている筈の目は、何故だかその景色を映していなかった。
何か理由がある訳じゃない。
ただ、ひどく落ち込んだ時のような、そんな気だるさが体を支配していた。
思い当たるような理由はない。あえて言うなら・・・
そこまで考えて少し視線を上げた。
あえて言うなら、この雨だろう。
ここ暫く降り続いている雨は、俺を腐らせていた。
小さく息を吐いてみた。
その音が掻き消える時、誰かの気配を感じた。
当たり前だ。
自分に言い聞かせた。
絶海の孤島、って訳じゃないんだ。誰かが通りかかったって不思議じゃない。
馬鹿馬鹿しい考えに、少し顔を歪めた。
もう一度溜息でも吐こうか、そんなさらに馬鹿馬鹿しい考えが頭を過ぎった。
「あの・・・藤田先輩ですか?」
息を吸うためには一度吸わなければならない。当たり前の話だ。
そんな当たり前の事をしようとした時にかけられた声は、俺の良く知るものだった。
「葵・・・ちゃん。」
自分の出した声が、やけに遠くから聞こえた。
振り向いた先に立っていたのは、葵ちゃんの姿だった。
鮮やかな夏の空を連想させるような傘の色が目に染みた。
「葵ちゃんは稽古の帰り?」
確か今日は道場へ行く日だった。
そんな事を思い出しながら俺は尋ねていた。
脇に抱えているバッグを見れば一目瞭然の事だが、それでも俺は尋ねていた。
予想したとおり、葵ちゃんは肯定の答えを返してくれた。
それが妙に嬉しかった。


俺と葵ちゃんは二人傘をならべて歩いていた。
ゆったりとした、だがけして途切れない会話が二人の間をつないでいた。
どうという事の無い、本当に取り留めの無い話だ。
俺達はそんな話を、何かを呼吸するかのように繰り返していた。
笑い声が自分の口から出るたびに不思議な気持ちになった。
だが、それはけして不快なものではなかった。
それが口から出るたびに、何か黒いものが自分の中から出ているように思えた。
たとえそれが錯覚だとしても、大切にしたい錯覚だと思った。
「葵ちゃんは、雨は好き?」
いきなり、自分の口からそんな声が出ていた。
声を出した俺の方が驚いた顔をしていた。
当の葵ちゃんはすこし傘を揺らしながら、俺の顔を少し不思議そうに見上げていた。
だがそれはほんの少しだけの間だった。
葵ちゃんは横に並んでいた俺より一歩だけ踏み出して、そこで立ち止まった。
少し考えるような顔をしていた。
「俺・・・なんか変な事聞いちゃった?」
俺は少しだけ戸惑った。だが葵ちゃんはそれを慌てて、だけど笑顔で否定してくれた。
それを聞いて、俺は自分の心が落ち着くのを感じる。
照れたように顔を染めながら葵ちゃんは俺に向き直った。
それから、少しだけ落ち着いて口を開いた。

雨は、好きです。
そう答えてくれた。
その後にも色々と話してくれたが、俺は聞いていなかった。
ただ最後に聞こえた声だけは、印象に残っていた。

だから、私は雨が好きです。




それからもう少しだけ歩いて、葵ちゃんと別れた。
家まで送っていく、そう言った俺の言葉を葵ちゃんは笑顔で断った。
少しだけ残念だったけど、背中を見送っているうちに自分が笑っている事に気がついた。
小さく頷いてみた。
それにあわせて傘からいくつかの雫が零れた。
気がつくと雨は止んでいた。
それを残念に思っている自分が、とてもおかしかった。







                                      了


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TaS:どうもこん??わ、TaSでございます。
柳川 :何か・・・妙な文章だな。
TaS:ほんとにねぇ(苦笑)。まぁ今回は本気で即興なんでちょっとくらい変な部分が
        あっても笑って許してください。
柳川 :・・・・・・
TaS:・・・何ですか?(汗)
柳川 :ちょっとくらい、ですむと思っているのか?
TaS:ああっ!!言わないでっっっ!!!
柳川 :はぁ・・・しかしひょっとするとまともに浩之書くの始めてじゃないか?
TaS:あ、そーかも(笑)。それ以前に浩之の一人称って初めてですな。
柳川 :・・・普通はそれが基本なのではないか?
TaS:私はいろんな意味で普通じゃないですから(爆)。だいたい一人称なんてデビ
        ュー作以来ですねぇ。あれも浩之のじゃないですし。
柳川 :何で書かないんだ?
TaS:三人称の方が書きやすいんですよ。ただそれだけ(笑)。と、まぁあんまり長々
        と話していると後書きの方が長くなりかねないので、今日はこの辺にさせていた
        だきます。それでは、TaSでした。