「幸せって何ですか?」  第7章 投稿者: TaS

月の綺麗な夜だった。
満月ではない。
それは僅かに、ほんの僅かに欠けている。緩やかな曲線は微かに影を持っていた。
だが、それも気にならないほどに美しい色をしていた。
足元を照らすには十分なほどの明るさを持っているそれは、静かに浮かんでいる。
その月光と、公園のライトと。
いずれかに照らされたのかは定かではないが、あかりはぼんやりと薄明るい自分の指先を
眺めていた。
いつもの通り道の公園。いつも通るその公園は、月の光の中で幻想的に輝いていた。
つい先ほどまで歩いていた道もほのかな燐光で浮き上がっている。
だがベンチに腰掛けたあかりが見ていたものはその薄青い世界ではない。
真紅に暮れなずむ、夕方の公園が、あかりを包んでいた。



『Brand New Heart』 今、ここから始まる



  もーいーかい  まぁだだよぉ
  もーいーかい  まぁだだよぉ

遠くから声が聞こえる。かくれんぼの決まり文句だ。
恐らくは鬼の役なのであろう、小さな女の子が木に体を預け、その目を両手で覆っていた。
朱に染められた世界の中、大きな木に体を預けながら声を出し続ける少女。
その髪は夕日に良く似た色をしていた。

  もーいーかい  まぁだだよぉ
  もーいーかい  まぁだだよぉ

大きな木は、少女を包むように支えている。
少女の声がその木に染み込んでゆく。その度に恐らく少年の物であろう声が帰ってきた。
それを聞き、少女はまた声を上げる。何回も、何回もそれを繰り返していた。

  もーいーかい  
  もーいーかい  

繰り返される言葉は変わらずに響いている。だが、それに答える声はいつしか聞こえなく
なっていた。
少女は顔を覆っていた手をそっとずらして周りを見てみる。
見渡す世界には一つの影さえ見当たらない。
誰もいない光景を彼女はみんなが隠れ終わったのだと解釈した。
返事が無いままに探しはじめてよいのだろうか?
少しの疑問が胸を打つが、小さくうなずいてそれを打ち消し、少女は鬼としての役目を開
始する。
影一つ見えない公園は奇妙なまでに静かだった。
恐る恐る出した最初の一歩は不安の色しかなかった。


ベンチに腰掛けたままのあかりはじっと自らの指先を眺めている。
眺めながら考えていた。
自分が信じていた物、それは何だったんだろう。
自分は何故それを信じていたのだろう。
考えれば考えるほどに、それは一つの影を生み出していた。
その影は、揺らぐ事もなくあかりの目の前にあった。
それに気づいてあかりは立ち上がる。
立ち尽くすあかりと、立ち尽くす影と。二つのシルエットは月の光に白く輝いている。
影に向けてそっと手を伸ばす。だがそれが届く寸前にそれは虚空へと掻き消えてしまった。
触れる事も出来なかった指先は、あかりの意志に従って丸められる。
「・・・浩之ちゃん。」
消えてしまった影の名を、あかりは微かな声で呼んだ。
しかし、それに答える声はなかった。


  ガサッ  
小さな音が草むらを揺らす。
見渡した草むらの中に一つだけ動いている物がある。
少女は、ぱっと顔を明るくしてその草むらめがけて走りよった。
「みーつけた。」
そんな声とともに生い茂った草を両手で分ける。
だがその先にいたのは小さな一匹の猫だった。
明らかな失意の表情がその顔に浮かぶ。猫は少し首をかしげてその少女を見上げていた。
彼女が友達の姿を探しはじめて優に1時間が過ぎている。
だが、その姿どころか物音一つ見つけられないでいた。
「みんな・・・どこに隠れてるのかな・・・」
不意に口をついたのは小さな嘆息だった。視界がほんの少しだけ揺らぐ。
だが、目の前の小さな、新しい友人に気づいてそれをおし止める。
「ほら、おいで。」
少女がそっと猫に手を伸ばす。
猫は少し不思議そうな顔をして、その指先を見つめる。しかしその一瞬の後、その猫は身
を翻して近くの草むらへと消えてしまった。
「あ・・・」
伸ばした手を引っ込める事も出来ずに、その草むらをただ見つめていた。


影の消えた後、あかりは暫くの間そこに立ち続けていた。
もう一度。
何をもう一度、なのだろう。
自分の信じたものを。
信じたものを、どうしろというのだろう。
一つ一つ口に出して、しかし声には出さないで繰り返していた。
ふと、何かに気がついたかのように歩きはじめる。
誰とも知れない人物の言葉を、しかしあかりは真っ直ぐに受け止めていた。
その瞳を見つめたからかもしれない。
その香りを感じたからかもしれない。
その腕に抱かれたからかもしれない。
いや、もしかしたらその人物が誰であるかは問題ではなかったのかもしれない。
ただ、その言葉が今のあかりを動かしているのは間違い無かった。
もう一度。
自分の信じたものを。
ただそれだけを呟きながらあかりは一本の木の前に立っていた。


「浩之ちゃ〜ん・・・」
涙の色が濃い声。
そんな声は少女自身の不安をより一層駆り立ててゆく。
その頬はすでに涙に濡れている。
それを拭いながら、少女はかくれんぼに参加していた人間の名前を一人ずつ呼んでいた。
だが、一つとして答える声はない。
「雅史ちゃ〜ん・・・」
霞む視界を何とか拭ってから再び声を上げる。
しかし一つの色に染められた世界には彼女の他に動く物はない。
色を強めた夕焼けは、少女さえも飲み込もうとしていた。
「ううっ・・・」
誰かの名前を口に出そうとするが、むせぶ喉がそれを押さえる。
赤い空がこんなにも恐ろしく見えたのは初めてだった。
まるで自分が融けてゆくのではないかと思えた。
沈みゆく太陽から必死で目をそらす。だがそれで逃れられるとは思えなかった。
誰か助けて・・・
誰か助けて・・・
それだけを念じ、それだけを祈って声を上げる。
「浩之ちゃ〜ん・・・」
何度目だろうか、声を上げた時にどすっという沈むような音が聞こえた。
何処からだろうか?
響いた音に少女は視線を巡らせる。
その視線が捕らえた一つの影。
公園でも最も大きな木のすぐ側に立つ少年の影を目にして少女はその顔を明るく変えた。
「浩之ちゃん!」
助けてくれた。
助けてくれた。
それだけが頭の中にあった。
必死になって走り寄る。少年は何か我慢するような表情で、しかし嬉しそうにも見える表
情で立っていた。
少女は必死になって、息を切らして走りよった。
少年の目の前に立ち、少し息を整える。
気まずそうな顔の少年に、少女は満面の笑みをたたえて言葉を出した。
「浩之ちゃん、みーつけた。」


あの時と同じ場所にあかりは立っていた。
あの時、夕暮れの公園。
同じ場所、浩之ちゃんが来てくれた場所。
側に立つ木はあの時とほとんど変わらない姿を見せている。目を閉じれば今にもあの時に
戻ってしまいそうなほどに。
もう一度。
その言葉を口の中で呟いてから、あかりは目の前の木を見上げていた。
いや、見上げていた物は木ではなかったのだろう。その瞳は久々に優しい光を帯びていた。

  もう一度、最初から。
緩やかな声で囁く。誰かに聞かせるように、自分に聞かせるように。

  最初から、分かっていたんだ。
自分の声が、どこかから聞こえたような気がした。あかりはその声に小さくうなずく。

  だから、もう一度、最初から。
聞こえた声に答えるように、あかりはもう一度自分の声を出す。
その声が完全に消えてから、それから更に数刻を待ってからあかりは再度口を開いた。
はっきりとした声と、すっきりとした心と、それと少しの笑顔と共にあかりは宣言した。

「私は、神岸あかりは、浩之ちゃんの事が、大好きです。」
あかりの言葉に、木はその巨体を揺らしていた。







                              最終章へ、



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TaS:こん??わです。なんか偉く時間がかかってしまいました、TaSでございます。
柳川 :柳川だ。
TaS:・・・もうちょっと愛想良くても罰はあたらないんじゃないですか?
柳川 :罰はあたらんだろうがな、そんな事をする義理も無い。
TaS:まー良いですけど。そんな訳でこんな訳で。やっと後一つです。
柳川 :結構時間がかかったな。
TaS:ほんとにねぇ。最初はハイドラントさんみたいに一日一本とかやろうとしたんで
        すけどね。
柳川 :二本目でいきなり挫折していただろうが貴様は。
TaS:はい、情けない限りで(苦笑)
柳川 :まぁ、そんな事はすべて終わってから言うんだな。だいたい途中で泣き言など見
        苦しいだけだ。
TaS:うい、了解です。

柳川 :今回はあかりの回想のシーンと現在のシーンとごっちゃになってずいぶんと見に
        くくなってないか?
TaS:はい、そこのところは私も気になったんですけどね。現在は”あかり”で、過去
        の方は”少女”と、統一をしたんですけど、それでもまだちょっとわかりにくい
        ですねぇ。
柳川 :「ですねぇ」じゃ無くって何とかしようとはしないのか?
TaS:だから何とかしようとはしたんですよ。出来なかったのはひとえに私の力不足と
        いうやつでして(涙) 誰かいい方法あったら教えてくれません?
柳川 :他人様に頼るんじゃない。
TaS:それはそーなんですけど。

柳川 :そう言えば今回時間がかかったのは何故なんだ?
TaS:いろいろあったんですよ。自転車で前方宙返りを披露して気がついたら自転車に
        フォールされていたりとか、何故かこんな時期に風邪を引いてしまったりとか、
        やっと購入したホワイトアルバムにはまってしまったりとか・・・。
柳川 :ちょっと待て。一つ目と二つ目はどうでも良いとして。
TaS:・・・あんまり良くないんですけど。
柳川 :どうでも良い。それより三つ目は少し聞き捨てならんな。
TaS:何がです?
柳川 :貴様、これを終らせないうちにそんな物をやっていたのか?
TaS:そんな物って・・・
柳川 :やかましい。そんな事だからいつまで経っても終らんのだ。
TaS:自分でも分かっていたんですけどね。買っちゃったら誘惑に耐え切れずに(笑)
柳川 :耐えようと努力していないだろうが貴様は。
TaS:やる前はそこまで期待していた訳じゃなかったんですけどね。やっぱりこういう
        物はやってみないと分からない物ですねぇ。あっさりはまってしまいました。今
        では東鳩よりもお気に入りです。
柳川 :あー、もういい。とっとと最終章でも書いてろ。
TaS:はいです。それではこの辺で。TaSでした。