「幸せって何ですか?」 第5章 投稿者: TaS



第五章 『Your Happiness』 信じた事、信じた物



そっと目を上げてみる。
校庭の桜の木、その艶やかな幹が見える。
緩やかな曲線を描くように表面を指先で撫でる。顔が映るかのような幹は、しかし実際に
は何も映さずにただ輝いていた。
貴方は幸せですか?
尋ねられた質問に、しかし未だに答えられずにいる。
どうという事の無い、些細な質問なのかもしれない。
だが、あかりは答える事が出来ずにいた。
不幸、なのだろうか?
幸せであると言い切れない自分は不幸なのだろうか?
それは違うように思う。少なくとも自分が不幸だと思った事はない。
だが、だからと言って自分が幸せであるとも言えないでいる。
 ズキン
唐突に何処かが痛む。
昔の虫歯の痕、だと思った。
でも、違うのかもしれない。あれはもう治した筈だ。なのに、とても痛い。
痛みは、小さな苦痛を与え、小さな物を思い出させる。
思い出してしまった物、それは思い出したくなかった光景。
忘れたかった物、忘れられる筈の無い物。
はにかんだような笑顔、少し怒ったような顔。
呆れたような顔、いつもの、しょーがねぇなって顔。
大好きな、顔。
くすんだ鏡のような樹皮に映った顔は、あかりが小さく首を振った後には消えていた。
ゆっくりと振り向いたあかりは、漆黒の衣装に身を包んだ人影を前にする。
見慣れた校庭は、夕闇の中にいつもと違う姿を見せていた。


「答えは、出ましたか?」
この声はこんなにも優しい物だっただろうか?
ふと、そんな場違いな事を考えてしまう。
今朝遭った時に聞いた声と間違い無く同じ声であるのに、こうまでも印象が違うのは何故
だろう?目の前の人影を見上げながらついそんな事を考えてしまう。
だが、そんなあかりの想いを知ってか知らずかその人物は声を続けようとする。
その気配を察知したあかりは、それを遮るように相手を見る。
それだけで事足りた。相手は小さく首を縦に振り、そのまま立ち尽くす。
暫くの間、沈黙が周囲を支配する。
夕日はその小さな世界を一つに染め上げようとしていた。
空も、地面も、桜の木も、あかりも。
ただ、目の前の人物だけはその支配から逃れている。それは果たしてそのローブの色だけ
による物であろうか?
小さな風にそのローブがはためく。揺れるすそを見て、あかりは少し安心したように目を
細めた。
「貴方は、幸せですか?」
尋ねる、というよりは促すような感じでローブの人物が声を発する。
だが今度の声は今までのような押し殺した声ではなく、透き通るような女性の声だった。
大きな声ではないが、確かな存在感と生命力を感じる声。そして何処かで聞いたような、
しかし始めて聞く声だった。
その声を聞き、あかりは改めて目の前の人影を見る。
先ほどまでその性別すら隠していたローブの人影は、今なら女性であるとはっきり分かる。
フードは相変わらずその顔を闇に沈めていたが、その瞳から光を奪う事は出来ないでいた。
その瞳を見ながら、あかりは少し考えていた。
幸せ。
口に出して言うには簡単な物だ。
でも、
「幸せって・・・しあわせって何ですか?」
考えが口から出てしまった、といった風に呟く。
その声を聞き、むしろあかりの方が動揺している。
だがその動揺を飲み込むように小さくうなずき、そして意を決したように言葉を紡いだ。
「私、私は、浩之ちゃんと一緒にいる事が幸せなんだってずっと思ってました・・・」
ローブの影がすこし揺らぐ。
「浩之ちゃんが幸せならそれでいいって、そんな風に思ってました・・・」
わずかな風に長く伸びた二つの影がゆれる。
「でも、でも・・・」
しかしあかりはそれに気づく事も無く、小さな声で続けていた。
続けた、といっても後はただ定期的に「でも」を繰り返すだけだ。
その声も次第に先細りになってゆく。それに伴いあかりの首もだんだんと下がっていった。
胸の前に重ねた手を見つめ、ゆっくりと首を折ってゆくあかりは祈りをささげる信者の姿
にも見える。
だんだんと小さく、ゆっくりと消えゆく祈りの声は最後を告げるその時に若干強くなった。
「でも。」
「違ったのですか?」
その祈りを終えるのを待っていたかのように、ローブの人物から声がかけられる。
声に引き上げられたあかりの顔は、無惨と言ってよいほどに涙に汚れていた。


あかりはゆっくりと首を振る。
はじめはゆっくりと、だんだんと速く。
夕日と同じ色をした髪が水平に広がるくらいの勢いは、しかし急速に収まる。
「わ、私は・・・」
無理に絞り出すようなあかりの声。零れる雫が足元を黒く染めてゆく。
「浩之ちゃんは・・・だって浩之ちゃんだし・・・でも、私は・・・私は浩之ちゃん
と・・・・・・だけど・・・」
あかりの感情が爆発してゆく。
それは自分でも分かっていたが、それを止める事が出来ない。
顎の奥、それよりずっと深いところから感じる痛みが彼女を突き動かしていた。
痛い、と叫ぶ代わりに浩之の名を呼んでいた。
叫ぶような声ではない。にもかかわらずその姿は絶叫のそれに見える。
意味がない。
自分の言っている事には意味がない。
そう言い聞かせる自分と、それを聞きながらも止める事が出来ないでいる自分と。
二人の自分がその小さな体の内で暴れはじめた時に、その体を包んだ香りがあった。
春の空のような優しさを持った僅かな香り。
それにあかりが気づいた時、その身は漆黒のローブに包まれていた。


目の前が真っ暗になる。
何も見えない闇。だがそこには冷たさはない。
母の胎内のような、毎夜の眠りのような、そんな優しい闇に自分が包まれているのだとあ
かりには感じられた。
「もう一度、」
自分の少し上から響いてくる声。
その声を聞き、あかりは自分がローブの人物に抱きしめられているのだと初めて気づく。
それを嫌だと思わない自分が不思議だった。
「もう一度、信じてみませんか?」
「・・・え?」
その声に小さく答えるあかり。
黒に染め上げられたローブは、あかりの心を落ち着かせてくれたらしい。抱きしめられた
ままの姿勢ですこし顔を上げる。
その先にはローブよりも黒く、ローブよりも優しい瞳だけがあった。
それに吸い寄せられるような錯覚を覚えながらも、あかりはただ瞳を見つめている。
鼻孔をくすぐる微かな香りは、何故か夕日に染められた公園を思い出させた。
あの日、あかりがその大切なものを初めて見つけたあの公園。
頬に感じる流れるような感触は、何故か大切なぬいぐるみを思い出させた。
いつも、あかりがその大切な想いを詰め込んでいたあのぬいぐるみ。
瞳は、何かを囁くように、語り掛けるように、しかし沈黙を守っている。
「でも・・・」
「貴方が、信じた事です。それはきっと、無駄な事ではありません。」
いいながらあかりを包んだ手をゆっくりと解いていった。
「貴方が・・・信じた幸せ、でしょう?」
最後の雫が足元を染める。もう何処も痛くなかった。
小さくうなずくあかりを、夕日はその最後の力で赤く照らしていた。







                              第6章へ、


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TaS:まいど、TaSでございます。
柳川:ふむ、今回”も”結構時間かかったな。
TaS:ひどい事いわんで(涙)
柳川:事実だろうが。で、言い訳は?
TaS:無し。んなもん聞きたくないでしょ?
柳川:まぁ、賢明と言って良い判断だな。
TaS:ありがと。でも時間かかっただけ良い作品になってれば良いんですが。
柳川:そこらへんの判断は読む人に任せるんだな。ところで、だ。
TaS:はい?
柳川:今回妙につぎはぎに見えるのだが?
TaS:ぎくっ。
柳川:出さないでいた間に細々と書き加えていったがそれをちゃんとまとめていない・・・
   といった風に見えるのだが、これは気のせいだろうか?
TaS:えっと・・・気のせいです(爆)
柳川:そうか、なら良い・・・訳ないだろうが!!
TaS:ああっ!! いきなり何をするんですっ!!!
柳川:やかましいっ!貴様は反省という言葉を知らんのか!?キーボード打てる程度に腹を
   切れいっ!!
TaS:んなご無体なぁっっ!!!