「幸せって何ですか?」 第3章 投稿者: TaS


  第三章 『A Blur World』 こぼれおちるもの



なんで私まるまっているんだろ?
なんで私うつむいているんだろ?
なんで私ひざだいているんだろ?
なんで私わらわずにいるんだろ?
なんで私なかないでいるんだろ?
なんで私くらやみにいるんだろ?
なんで私・・・いきているんだろ?


まだそれほどに遅い時間ではない。
だが、神岸あかりはベッドの中にその身を沈めていた。
昼休み、予鈴が鳴った直後。
屋上のフェンス越しに見た光景があかりの心を縛っていた。
身動きも取れないくらいに縛られた心は、空ろな瞳からその姿を覗かせている。
その後一日、自分が何をしていたのか思い出せない。
屋上から見えた小さな、しかし見間違える筈も無い二つの影。
来栖川芹香と、あかりの幼なじみである少年、藤田浩之だった。


綺麗な人だよね、とっても。
可愛い人だよね、とっても。
優しい人だよね、とっても。
昨日の屋上で話したとき、素直にそう感じた。

来栖川芹香。優しい先輩。大好きな芹香先輩。
昨日呼んだのと同じ名前なのに、何だかとっても辛い。

優しい人なんだよ、とっても。
格好いい人なんだよ、とっても。
・・・大好きな人なんだよ、とっても。
いつも話すたびに、顔を見るたびにそう感じる。

藤田浩之。大好きな人。大好きな浩之ちゃん。
いつも呼んでいる名前なのに、何だかとっても辛い。


(浩之ちゃんは・・・)
心の中で囁いてみる。
(浩之ちゃんは・・・)
小さく、とても小さく声に出してみる。
(浩之ちゃんは・・・)
それ以上は口から出てこない。いや、心の中でもそこから先は形にならないでいた。
(浩之ちゃんは・・・)
形にはならない、それはわかっていた。しかし何を言おうとしているのかもわかっていた。
(浩之ちゃんは・・・)
自分の手を顔の前に出してみる。
布団に包まっているので光量はほとんど無い。それでも16年間見慣れた手だ。どんな形
をしているのかぐらいはわかった。
すこし小さいその手の、中指の先を見つめながらゆっくりと口を開く。
「浩之ちゃんは・・・楽しそうだった。」
それが、彼女の精いっぱいだった。
涙を流すでもなく、意識が薄れるまでの間、あかりは自分の指を見つめていた。
それが、彼女の精いっぱいだった。



陽射しが痛い。
昨日までと変わらないゆったりとした春の陽射しであるにもかかわらず、あかりには苦痛
でしかなかった。
いつもの通り道。いつもの公園。
だが一人で歩く道はいつもの道とは違って見えた。
気がついたら学校への道を歩んでいる自分に気づき、あかりは苦笑する。
今日はいつもよりも30分ほど遅れて家を出た。
母親は用事だと言って早くに家を出ていた。
父親はいつもあかりより早く家を出る。
浩之は・・・おそらくあかりは先に行ってしまったと思っているだろう。
「遅刻してないといいけど・・・」
そんな事を呟きながら見なれた公園の見なれたベンチに腰を下ろした。
あかりは膝の上で絡まった指を見つめる。昨日の夜と同じように。
絡まった指は、動かない。解けない。
あかりはただ指を見つめる。
公園のベンチは少し汚れていたが、あまり気にならなかった。
気にするだけの余裕が無かった、かもしれない。あかりはこの日、学校を休んだ。
成績の面ではさして見るものはないが、基本的には優等生のあかりだ。学校をサボる事な
ど初めての経験だった。
・・・ううん。
「一度だけ、あったよね。」
小さく首を振る。
振りながら思い返していた。中学生の頃、一度だけ学校をサボった時の事を。
「あの時は、浩之ちゃんが迎えに来てくれたんだよね。」
浩之があかりを疎ましく思い、避けていた頃の事だ。
何があったのか、何故あかりが学校を休んだのか、何故浩之が迎えに来たのか。
何故かあかりは覚えていなかった。
ただ、浩之が迎えに来た事だけは鮮明に心に残っている。
次の日から浩之の態度が大きく変わった訳ではない。あかりの事を避けているのは相変わ
らずだった。
それでもあかりには大好きな浩之ちゃんが戻ってきた。そう信じられた。
実際いつのまにか元通り、仲の良い幼なじみという関係に戻っていた。
「でも・・・」
奥歯が痛い。
5年も前に治したはずの虫歯が急に痛んだ。
しくしくと、しくしくと。



 サァァァァァ・・・
小さな葉擦れの音が世界を揺らす。
その音に身を委ねながらもあかりはずっと俯いたままだ。
風が指に留まり、そして零れてゆく。その様子を眺めながら、しかし瞳には何も写してい
ない。
 サァァァァァァァ・・・
ひときわ大きな風音になびいた髪をそっと片手で押さえる。
その時、視界の端に黒い、大きな影が浮かぶ。
いや、端ではない。その影はあかりの目の前に立っていた。
そっと頭を上げてみる。
(・・・誰?)
逆光になっているのか、シルエット以外には何も分からない。だがそれが人影であること
は何とかわかった。
「貴方は幸せですか?」
「え?」
声が聞こえてきたのはあかりが目の上に手をかざそうとしたちょうどその時だった。
性別すら相手に伝えないような、無理矢理に押し殺したような声だ。
その時になってようやく相手の姿が見えた。
思ったほどに大柄ではない。あかりよりは大きいが、頭一つも差があるわけではなかろう。
黒のローブに身を包んだ男性とも女性とも知れない姿にも、押し殺したようなその声にも
覚えはない。
だがその声が先日同じ問を掛けてきた物であるのはわかった。

それだけ?
それ以外にも聞いた覚えがあるんじゃない?

そう、あかりの心に自問するものがある。
声だけから感じた訳ではない。
むしろその身に纏っている雰囲気があかりの記憶を揺さぶっていた。
懐かしさ、とも違う。しかしその雰囲気がほっとする類のものであるのは間違い無い。
あかりは目の前の人影の瞳を見つめながら自分の記憶を探ってゆく。
だがそれは他ならぬ当の人物、目の前のローブの声によって中断させられた。
「貴方は幸せですか?」
ただそれだけ。ただ繰り返しただけの科白だ。
「・・・幸せ?」
逆光の影と黒いフードとでその表情は伺えない。
ただ、そのローブ以上に黒い瞳だけがあかりを揺さぶる。
何も答えず、答えることができずにただ相手を見つめているあかり。
「貴方は幸せですか?」
「・・・・・・」
また繰り返された声。
今度はは小さな声で答える。だが、それには空気を震わせるほどの力はない。
「・・・ら・・・よ」
先ほどよりは大きな声。だが、まだ力のある声とは言い難い。
苦しそうなあかりの声に、だがローブの影は動じる様子も無く続ける。
「貴方は幸せですか?」
「そんなの、そんなのわからないよ!!」
もう一度繰り返された声に答えたのは、絶叫だった。
すべてを吐露するような、意識そのものを音にしたような絶叫。
俯き、小さな拳を握り締めて叫んだあかりはそれを合図に走り去っていった。
影は、ただ佇んでいた。


「どうするつもり?」
ローブの人影の後ろに、いつのまにか一人の女性が立っていた。
来栖川綾香。
来栖川の二人の美姫を少しでも知っている者であれば、今の言葉を発したのが妹である綾
香であると答えるだろう。
だが、彼女の事を良く知る人間であればそう答える事に若干の躊躇を覚えるかも知れない。
その美しい顔立ちも、多少に皮肉めいた表情も、格闘家らしい颯爽とした身のこなしも間
違いなく綾香のそれである。
その立ち居振舞いから幾分の落ち着きを感じるが、それとて大きな違いではない。
何処か違う、としか言いようが無いだろう。
だが話し掛けられた人物はその違和感を感じなかったのか、平然としている。
声を掛けた方にしてもさして返事を期待していないのかそのまま続けた。
「あれじゃあ逆効果、とは言わないにしても・・・」
「大丈夫です。」
ゆっくりと、しかしきっぱりとした影からの答えに女性も一瞬言葉を止める。
「大丈夫・・・です。」
冷静だったローブの人物の声に、小さな揺らぎを感じる。
変わらない声色は、だが何故か泣いている子供を連想させた。






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TaS:こん??わ、TaSでございます。
柳川 :何故か相方に定着してしまった柳川だ。
TaS:・・・何でなんです?
柳川 :知らん。知らんしどうでも良い事だ。
TaS:・・・・・・
柳川 :・・・嫌なのか?
TaS:はい!(どきっぱり)
柳川 :それではもうしばらくは続けさせてもらおうか。
TaS:しくしく・・・(涙)
柳川 :それはともかく、今回なんか長くないか?前回の倍はあるぞ。
TaS:反動・・・って訳じゃないと思いますけどね。単に今回はそういうシーンだった
    ってだけの事でしょう。
柳川 :という事は今後も長さはバラバラって事か?
TaS:その可能性は高いですねぇ。後半になるにつれて長くなるようにも思いますが。
柳川 :そんな適当な・・・。
TaS:そんなもんですって(笑) 特に私の場合はね。

TaS:では今回はここまで。
柳川 :・・・なんか今回後書き短くないか?
TaS:いつもが長すぎるんですって(苦笑) だいたいそんなに長く書いてもしょうが
    ないでしょう?
柳川 :ねた切れか?
TaS:違いますって・・・(汗)
柳川 :なぜ汗をかいている?
TaS:そ、それではこの辺で、TaSでしたぁっっっ!!!
柳川 :待て!逃げるな貴様ぁ!!

TaS退場。それを追いかけて柳川も退場。