一つの欠片 投稿者: TaS
「あっちぃなぁー、おい。」
聞く者もない愚痴を言いながら、藤田浩之は学校の前の坂を登っていた。
8月、一応は高校生という立場にあるはずなのだから学校に来る必要はない。
本来ならば。
「なんで夏休みなのに学校まで行かなきゃなんねーんだよ。」
赤点取って補習、なんてものは誰が何といおうと自業自得である。
しかしそれを突っ込んでくれるような優しい人物は彼の周りにはいない。
「ちっっっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
そんな叫びは澄んだ夏の空へと消えていった。


「Oh!ヒロユキ!ドーしたの、制服なんか着て?」
そんな声を聞いたのは、最早叫ぶ気力すら無くした浩之が肩を落としてトボトボと校門を
くぐろうとした時だった。
「あん・・・レミィ?」
夢遊病の患者もかくや、といった風体の浩之。
しかし知人の姿を確認して若干の生気を取り戻したようだ。
「なんだ、レミィも補習か。いやぁ、俺だけだったらどうしようかと思ってたとこだ、よ
かったぁ。」
「補習ってナニ?」
「・・・・・・違うんですか?(汗)」
前言撤回。
同じ学年である宮内レミィの姿は、ぴったりとしたTシャツにカットジーンズというえら
くラフな格好。とてもではないが追試を受けに来た人間の姿ではない。浩之の認識能力が
いかに低下しているかが良く分かる。
自分の愚かさに呆然としている浩之に対し、追い討ちを掛けるかのようにレミィは勢い良
く話し掛けてきた。
「ネェネェ、ヒロユキ。Treasure Huntしようヨ!!」
「は?」
彼女が唐突に何かを言うのは珍しい事でもなんでも無い。
レミィはだいたい3日に1度の割合で何か妙な事を言い出す。
もっとも浩之が面白がってそれに付き合ってしまうのも悪いのかもしれないが。
だが、
「とれじゃーはんと?」
今の浩之の頭には少々荷が重いのかもしれない。
そう言えば今日はこの夏一番の暑さだって天気予報で言ってたっけ・・・
そんな事を考える浩之の眼に、入道雲の白がとても眩しかった。


「で、とれじゃーはんとって・・・何?」
まだ補習が始まるまでには若干の余裕がある。
そう判断した浩之は校門の側に立つ桜の木の下でレミィと話をする事にした。
夏の日差しを遮る桜の葉の緑は空の青と張り合うかのように強烈に自己主張していた。
そのコントラストを楽しみながら尋ねる浩之に、レミィは首をかしげながら答えようとし
ていた。
「エート・・・何だっけ?・・・ソウ!たからさがし!!」
「宝捜しって・・・宝捜しか?」
「そう!宝捜しネ!」
周りから見ればほとんど意味不明のやり取りである。
結局の所この二人は似た者同士なのかもしれない。
浩之はその体を樹に預けながら考えた。
宝捜し。
子供の頃なら誰しもがやった事のある、夢に見たことがある、そんな言葉である。
当然浩之も例外ではない。
雅史やあかりといっしょに宝捜しや探検と称した遊びをしたことは一度や二度ではない。
当然それで痛い目にあった事も一度や二度ではないが。
今の年齢になってもその言葉に心引かれるものがあるのは事実だ。
だが。
「でも、今日はだめだぜ。これから補習受けに行かないと。」
木陰に入ってようやく浩之の脳にも人並みの判断力が戻ってきたようである。
至極まともな、高校生として当然の発言だ。
「明日じゃだめなのか、レミィ?」
「今日じゃなきゃダメなの。」
「そっか・・・」
先ほどまでの笑顔がどんどんとしぼんでしまうレミィ。
「ソウだよね、Sorryヒロユキ、無理言っちゃって。」
そう、言ってからレミィはゆっくりと振り返って校門から出ようとする。
「じゃあ、ヒロユキ。補習がんばって・・・」
振り向いて、レミィは浩之の顔が思ったよりも近くにあるのに驚く。
にんまりと笑った浩之の顔。
浩之はレミィが驚いているのを気にもせず、大きな声で、
「それじゃ、行こっか!」
と笑いかける。
「エ・・・でも補習は?」
「補習よりも、大事なものがあるだろ。」
少し照れたように、目を逸らしながらそう言う浩之は。
「ウン・・・ありがと!!」
間違いなく小さい頃の、そして今の宮内レミィが大好きなヒロユキだった。
もっとも、レミィに抱きつかれて鼻の下を伸ばしている浩之は、あまりその顔を見せたく
ないようだが。


夏の日差しがアスファルトの上の空間を歪めるような、そんな坂をレミィと浩之はゆっく
りと下っていった。
「あちぃなぁー。」
「ウン、ほんとダネ。」
先ほどこの坂を登っていた時よりも気温は上がっているはずである。
しかし、浩之には先ほどよりも多少すごしやすいように感じられた。
(・・・なんでだろ?)
そっと隣を歩く顔を覗いてみる。
レミィも暑いとは言いながらもその顔はさして不快そうではない。
「・・・なんでだろ?」
何と無くわかったような、そんな心持ちで今度は小さく声に出してみる。
「エ?どうかしたのヒロユキ?」
「んにゃ、なんでもない。」
少し嬉しそうな浩之の声。
レミィは首をかしげながらも、しかし一緒に歩いていられる事の喜びの方が強かった。


「で、宝捜しって何を捜すんだ?」
「サァ?」
「おい・・・ひょっとして嘘か?」
レミィの気楽な返事に浩之の声は多少剣呑な物を含まないでもない。
「No,No,そうじゃなくってホントに解らないノ。 」
慌ててそう言ったレミィは4つに折った小さな紙を一枚出す。
「何だこれ?」
「宝の地図ね。」
不審げな浩之の声に、やたらに嬉しそうなレミィの声が続く。
宝の地図、というわりにはそれほど重厚な印象はない。
むしろ・・・
「落書き帳って感じだぞ、これ。」
レミィが取り出したそれは、要するにそんな感じの紙だった。
「ネ、中見てヨ。」
そんな言葉に訝しげな視線を向けながらも浩之はゆっくりとその紙を開く。
やはり落書き帳だったのであろうそれは、開いた中身も落書き帳であった。
要するに、子供の書いた宝の地図という奴である。
「しっかしきたねぇ字だなこれ。」
「ウン、そうだネ。」
何故かやたら嬉しそうに答えるレミィ。
「それ、ヒロユキの字だヨ。」
「へ?」


「つまり、子供の頃に俺が書いた宝の地図って事か。」
レミィの説明によるとそういうことらしい。
「この前部屋の掃除してたら見つかったノ。」
「うーん」
「ソノ地図見つけるまですっかり忘れてたヨ。」
「うーーーん・・・」
「ヒロユキが言ってたんだヨ。一年で一番暑い日にココに来いって。」
「うーーーーーんーーーーー・・・・・・」
「どうしたノ?」
「全然覚えてない。」
どうやら浩之はすっかり忘れているらしい。
「だから捜しに行くんでショ。」
「そりゃそうだ。じゃあ、行こうか。」
「ウン!!」
こうして、二人の宝捜しが始まった。


地図をヒラヒラと揺り動かしながら歩く浩之とレミィ。
もっともその紙は期待しているほどに風を起こしてはくれないが。
「えっと・・・これによると此処から入ってくのか?」
「ソウみたいネ。」
暫く河原を歩いていた二人は地図のとおりの横道を見つける。
「けどこれ・・・小さすぎねぇか?」
確かに浩之の言うとおり、それは道というよりも茂みの隙間と言った感じで、小学生に上
がる前の子供ならともかく高校生の体格で通り抜けるのは少々無理があった。
レミィはしゃがみこんでその通路を覗いている。
「やっぱ無理じゃ・・・」
そう言いかけた浩之が目を落とすと、そこにあるはずのポニーテールが見当たらない。
「あれ?レミィ何処行った?」
きょろきょろと周りを見渡す浩之。
だがあれだけ目立つ風体の彼女が何処にも見当たらない。
「おーい!レミィー!」
「ヒロユキー!」
返事が返ってくる。
だがその姿は何処にも見当たらない。
「レミィ!?」
「こっちこっち!ヒロユキー!」
唐突にその声が先ほどの横道から響いているのだと気づく。
「レミィそこかぁ!?」
「ウン。ヒロユキも早く早く!」
どうやら浩之が考えている間に彼女はさっさと入っていたようだ。
「ダイジョーブ!中は広いヨ。」
そう言って急かすレミィ。
浩之は覚悟を決めるかのように小さく息を吐き、そしてその横道に入り込んだ。


「へぇ、ほんとに結構広いな。」
草が生い茂り、壁のように迫ってくる。
だがその身長よりも高く伸びた草がドーム状になって小さな空間を作っていた。
足元には草は生えていない。
恐らくはここを通る人間がいるのだろう。いや、あるいは獣道という奴かもしれない。
もっとも広いとはいっても自由に動けるほどのスペースはない。
だが道として通るには浩之の体格をもってしても充分な物だ。
周りから感じる草いきれが何処か懐かしい。
ここを通った事がある。
ここで遊んだ事がある。
理屈ではなく、浩之はそう感じた。
だがそれを思い出す事は出来ない。
「ヒロユキー!早くー!!」
想いだそうと躍起になっていた浩之をそんな声が一気に現実に戻す。
そして苦笑する浩之。
「そうだな、そのために来たんだっけ。」
呟く声を置いて、レミィを追いかけていった。


道はだんだん狭くなる。
何度も地図を持っているレミィに確認をしながら、浩之は草をかき分けていった。
汗が濁流となって流れてゆく。
太陽はその手を休めようとはしない。
生命力にあふれた草が浩之の手に細かい傷を作る。
だが、不快な感情はなかった。
草の壁を分けるたびに、浩之は言いようの無い楽しさを感じた。
それはレミィも同じだろう。
その行軍は、厳しいが、楽しかった。
あの頃のように。


ドンッ
レミィは急に目の前の何かにぶつかる。
「Oh!」
「あ、わりぃ。大丈夫かレミィ?」
ぶつかった先は浩之の背中だったらしい。
「ウン、ダイジョーブだけど、どうしたの?」
そう言って浩之の肩越しに先を覗き込む。
「ゴールみたいだな。」
何処か寂しそうな、しかし嬉しそうな浩之の声。
そこには高くそびえるコンクリートの壁と、その横腹にあいた大きな穴が見えた。
「地図にある通り、だな。」
そう、地図にある通りの穴が、そこにはあった。


「じゃあ俺から行くから。」
そう言い残して浩之は入ってゆく。
大きな穴、といっても二人並んではいれるようなサイズではない。
一人が背を屈めてやっと通る事が出来る、その程度のものだ。
浩之が入り、そして通った事を確認してからレミィが入っていった。
低い視点から見てみると、大地の色に朱が混じっているのがわかる。
壁を過ぎてから、ゆっくりと頭を上げてゆく。
大地に混じった朱は、そのまま空を染めている。
そして見上げた先には。


鮮烈な紅があった。


一本の樹。
さして高い樹ではない。せいぜい2メートルといった所だろう。
だがその枝に燃える紅の花は、その樹の存在感を圧倒的なものにしていた。
純粋な赤よりも若干紫が混じったような、赤ではなく紅い花。
夕焼けの空にも滲むことなく、むしろ空の赤がその紅を引き立てているようにも見えた。
そんな、そんな花がそこにはあった。


浩之も、レミィも、ただその光景に見とれていた。
何かを口に出す事さえもはばかる、荘厳といってもいいような雰囲気がそこにはあった。
はぁ
どちらの口からか、そんな嘆息が聞こえる。
それをきっかけに、二人はようやく体を動かしはじめる。
だが、口を動かそうとはしない。
ただその場にあった壁の破片に腰掛けて、また花を見続けた。
暫くの間、二人はそうして花を見続けていた。


「すごかったネ。」
夕暮れの時が終わる頃、レミィがいきなりそう呟く。
「何が」とは言わない。
だが浩之にもわかっていた。
だから「ああ。」としか答えようが無かった。
「さすが、ヒロユキの宝物ネ。」
そう言って微笑むレミィ。
その笑顔を見て、浩之はもう一つの宝物に気づいた。
大切な、もう一つの宝物。
「ア、ほら、みてヒロユキ!」
空を指差してレミィが声をあげる。
その先には、小さな輝きが見えた。




				了


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TaS:こん??わ、季節感ぶっ飛ばしまくりSS書き、TaSでございます。
柳川 :ほう、自覚はあるようだな。だから余計に厄介ともいえるが。
TaS:・・・なんでまた貴方なんです?
柳川 :さぁな。こちらとしてもやりたくてやっている訳ではない。
TaS:(一回だけじゃなかったんですか?この人苦手なんですがねぇ。)
柳川 :しかし、こう寒い日が続くというのになんで真夏のネタを書こうと思ったのだ?
TaS:いや、真夏のレミィってネタは前からあったんですが、今日買った漫画のタイト
	ルで急に思い付いて一気に書き上げちゃったんです。正味5時間。恐らく私の最
	短記録です。
柳川 :行き当たりばったり、という言葉は知っているか?
TaS:えぇ、『よく』知っております。何度もそれで後悔した事があります(涙)。
柳川 :同じ過ちを繰り返す事を愚行という。それも知っているか?
TaS:言わないでください。
柳川 :解っていてやるというのは、愚かを通り越してある意味すごいのかもしれんな。
TaS:言わないでくださいって。で、今回のおちに出てきた花なんですけど。
柳川 :そう言えば中では名前を出さなかったな。
TaS:ええ、これは・・・やっぱ止めましょう。
柳川 :何だ、気になるではないか。
TaS:すみませんね。でもま、言わぬが花って奴で。でも園芸とかに詳しい人なら解る
	かも。ヒントは「夏に咲く」「紫がかった赤」「特徴的な木肌&名前」ですね。
柳川 :正解者には何かあるのか?
TaS:いや別にクイズと言ったつもりは無いんですけど(笑)。あ、因みに私には園芸
	関係の知識なんて無いんで全然違うかもしれませんが、その時はごめんなさい。
柳川 :そんな程度で良く話を書こうと思ったな。
TaS:だから中には名前を出さなかったんです。一応詳しい人に確認は取りましたけど
	ね。
	
柳川 :ところで以前ダーク物を書いているとか言ってなかったか?
TaS:良く知ってますねぇそんな事・・・書いてはいますよ。ただこっちがいきなり出
	来ちゃったんです。
柳川 :ダーク物・・・書けるのか、お前に?
TaS:いや・・・書けないみたいです。気がついたらダークでもなんでも無くなって。
柳川 :まぁ別に構わんが・・・
TaS:大丈夫です。貴方はちゃんと殺してあげますから。
柳川 :そういう話なのか!貴様・・・
TaS:まぁ予定は未定ですけど。少なくとも貴方は幸せにはなれないと思いますよ。
柳川 :ほう・・・良い度胸だ。それなりの覚悟があっての発言だろうな。
TaS:ええ、決着をつける覚悟は、ちゃんと出来ています。
柳川 :いい返事だ・・・貴様の命の炎、見せてもらおうかぁ!!
TaS:いいでしょう、この場で殺して差し上げます!!
柳川 :ぐぅおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!
TaS:ふんっ、唸れ!! 風烈天破斬 !!!
柳川 :うぐるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!



					(前回と同じ終わり方かい・・・)