花、散りし後 『後編』 2nd 投稿者: TaS
その日、祐介が校舎を後にしたのは前日よりもさらに遅い時間、夕日がその頭を僅かに見せる程に
なった時であった。
下駄箱から靴を出した祐介が何と無しに例の桜に目を向けた時、樹の前に誰かの影を見つけた。
「あれは・・・叔父さん?」
目を凝らした祐介は、それが自らの叔父でもある現国教師、長瀬源一郎その人である事に気づいた。
源一郎は樹の幹に手をついたまましばらく佇んでいたが、暫くすると第二体育館の影へと消えて
いった。

「叔父さん、何をしてたんだろう?」
祐介も本来はあまり他人の事を詮索するような性格ではないのだが、気になっている桜の樹といつも
何を考えているのかいまいちつかめない自分の叔父、という組み合わせには好奇心が働いた。
周りに人がいない事を確認してから桜の樹に近づいていった。

桜は何かを伝えるかのようにその身を震わせている。
その下へと着いた祐介は、先ほど源一郎が手を当てていたあたりを捜してみた。
程なく見つかったそれは、
「何だろう?これ。」
どうやらナイフか何かで文字を刻んだものらしいが、その上から幾筋もの傷跡が刻まれており、その
文字を判別するのは不可能だった。
その上を払ってみようと傷跡に手をかけたとき、祐介の感覚に訴えかけるものがあった。
「・・・!電波!」
その瞬間に祐介は確信した。あの時感じた電波、あれはこの桜、いやこの傷跡が発している事を。
「でも・・・なんで?」
そう呟いてから、祐介は桜を見上げる。
そして、何かを決心するかのように頷き傷跡へと手を伸ばす。
電波を感じる感覚のアンテナもともに伸ばしながら。

祐介はその場所で立ち尽くしていた。
暫くの時が経ち祐介が顔を上げる。その顔には理解と不理解の両方が現れていた。
そしてふと顔を上げてから、その根元にしゃがみこんだ。
桜の木の根もとの土をかき分けてゆく祐介。しばらく掘り進むとその指に触るものがあった。
「あった・・・」


突然後ろから浴びせられた一条の光。
「こら、もう下校時間は過ぎて・・・なんだ祐介か。」
その声は源一郎のものであった。
「生徒会の活動に熱心なのもいいが・・・」
そう言葉を続ける源一郎を遮るように祐介は言葉を発した。
「おじさん・・・」
「ん?なんだ。」
祐介のいつもとは違う感じに気がついたのか、源一郎は教師らしい注意を止める。
「教えてくれませんか?」
「なにを、だ?」
平然と返す叔父に対し、祐介は視線を下げたまま続けた。
「この、樹の事です。」
その言葉を聞き、源一郎の目が一瞬真剣なものに変わる。
しかし次の瞬間にはいつもの弛んだような目つきになり、
「・・・なんのことだ。」
と、呆けた。
「お願いします、教えてください!」
必死になって食い下がる祐介。源一郎は祐介が何故知っているのかという疑問よりもその様子のほう
が気になった。しかしそれは口に出さず、
「・・・忘れたよ。」
とだけ言ってその場を後にしようとする。
「あの人の事も忘れてしまったんですか!?」
その背中に向けて祐介は半ば叫ぶように言う。
今度こそ完全に真剣な顔になる源一郎。
その源一郎が口を開こうとする前に祐介が一言、
「お願いします。」
とだけ言った。その顔はだいぶ深くなった闇に紛れ、源一郎からは見えなかった。
「わかった。」
そう言ってぽつり、ぽつりと話し始める源一郎。その顔はいつもの皮肉めいた物ではなかった。