花、散りし後 『後編』 1st
投稿者: TaS

下駄箱から出て祐介が帰宅の途につこうとした時、ふと目に入る物があった。
少し考えてからそちらへと足を向ける。
”幽霊の出る桜の樹”である。
もっとも、こうやって見ているぶんにはどうという事の無い、極普通の樹である。
「噂は噂、だね。」
そう言って目をそらしかけた瞬間、祐介の耳に小さな声が聞こえた。

「ワスレ・・・ナイデ・・・ナガセ・・・」
そんな声。
しかし祐介を驚かせたのはその中にある自らの名前ではなく、
「これは・・・電波!?」
その声と共に流れてきた懐かしい感触、それは紛れも無く電波であった。
「そんな莫迦な!」
驚愕する祐介。彼の知る限り電波を操れる人間は自信を含め三人しかいない。
そのうちの二人は今はいない。それに祐介が感じた電波は今まで感じたどの電波とも違うものだった。
「今のはいったい・・・」
電波も、声もふと気づくと感じられなくなっていた。声は電波とともに、というよりは電波に乗って
流れてきたのだろう。つまりは祐介にしか聞こえなかったという事だ。
静かな、とても静かな電波。しかしその奥にはとても強い思いを感じた。
「ワスレナイデ?」
忘れないで、確かにあの声はそういった。
目を上げた祐介の視界の隅に、一本の桜の樹が映っていた。


次の日、登校してきた祐介は教室に入るよりも先に例の桜の本へと足を向けた。
「気のせい・・・なのかな。」
そう呟く祐介、しかしその言葉は口にした祐介自身が信じていなかった。
その時、祐介は桜の幹に何かを見つけた。
「?」近寄ってみようとする祐介に後ろから
「こーら、何やってるんだ?」
と、声をかけた人物がいた。
「叔父さん・・・」
「叔父さんじゃないだろう、もう予鈴が鳴るぞ。」
言葉だけを聞くと真面目な教師、といった感だがその口許にはいつもの人を食ったような笑みが浮
かんでいる。源一郎は祐介のとなりに来て桜を見上げた。
「しかしおまえも渋いねぇ、葉桜見物とは。」
「そんなんじゃありませんよ。」
祐介は桜を見上げたままそう返した。
「ま、この樹も今年限りだからな。しっかりと見ておいた方がいい。」
「え?」
そんな言葉に源一郎の方を見やる祐介。
「何だ、知らなかったのか?この樹は今年中に切られるんだよ。」
何気ない様子でそう言う源一郎。その顔は逆光になって祐介の方からははっきりと見えない。
「校庭の体育用具室、あれがだいぶボロになっていただろう、それの代わりにこの樹をつぶしてここ
に建てようってんだよ。」
「・・・そうだったんですか。」
「うん?どうかしたのか?」
祐介の様子に源一郎は声をかけるが、祐介は何も答えようとはしない。
「ほら、もう教室に入った方がいいぞ。」
祐介の返事をあきらめたのか、源一郎はそう言って祐介を校舎の方へと押し出した。
祐介はそれに逆らわず、昇降口へと消えていく。
「・・・これでいいんだよ。」
そんな源一郎の呟きは目の前の桜の樹以外に聞くものはいなかった。