はじめの一歩は、 投稿者:TaS
「んっ・・・」
そんな声をあげながらそっと目を開く。
ここは・・・どこ?
そんなことを考えながら首だけを少し持ち上げる。
そして、そのばかばかしさに少し呆れる。
「私の名前は姫川琴音、ここは私の家の私の部屋。」
大きな模様替えなんて何年もしていないのに、朝起きるときはいつもこんな風に
一つ一つ確認してゆく。
もう習慣といっても差し支えないだろう、毎朝繰り返される小さな儀式。
「不安なんて無いはずなのにね。」
そう、つぶやいてから小さく伸びをし、カーテンを開いた。
 シャッ・・・
ベッドに描かれていた光の筋が、小さな音とともに圧倒的な光量を持つ帯になる。
「・・・うん。」
声に出して頷いてから、立ち上がった。



 チィン
澄んだ音を立ててトースターがその仕事を終える。
もう十分年代物の部類に入るだろうそれの、その綺麗な金属面に映る自らの顔に向けて
話し掛けるように今日の予定を一人口に出してゆく。
「今日は・・・3時ごろに浩之さんが迎えに来てくれて・・・」
その後いっしょに買い物をして、浩之さんの家で夕飯を作ることになっている。
前から約束していたことだけど、なかなかチャンスが無くって今まで伸び伸びになっちゃって。
もっともその間しっかり練習できたし、悪いことばかりともいえないけどね。
「するとそれまでの間は暇になるのね・・・」
外はとってもいい天気だけど、浩之さんが来ることを考えるとあまり外出するわけにもいかないし・・・
「よし、今日はお掃除!」
そう言って、ハムとレタスをはさんだトーストに勢い良く口をつけた。



るんるるるん るるるる るる〜るるる〜るるるん るるる〜るる〜る〜る〜
まず自分の部屋から始めて、廊下、キッチンと終わってからリビングではたきを
かけていた時、ふと自分が鼻歌を歌っているのに気がついた。
でも・・・
「これって何の曲かな?」
ゆったりとしたやさしい旋律。自分で唄っているはずなのに全然身に覚えが無い。
「でも・・・懐かしい感じ・・・」
もう2、3度繰り返してみたけど、どうしても分からない。
「う〜ん・・・」
歌詞も、タイトルも、誰が歌っていたかもぜんぜん分からない。
「最近の曲じゃないと思うけど・・・」
しょうがない・・・か
思い出すのを諦め、掃除を続けようとはたきを持ち上げようとした時

 がたっ

いけないっ。
はたきの先を何かに引っかけちゃったみたい。
慌てて目を向けると、そこには5、6枚の板みたいなものが散らばっていた。
あ〜あ、やっちゃった。
私も意外とドジなのよね。
これは・・・パパのレコードかしら?
くすっ、なんか懐かしいな。
子どもの頃、パパが休みの日はいつもせがんでいたんだ。
「レコード聞かせて」って。
そんなことを思い出しながらレコードを一枚いちまいめくっていくと、ふと目に入った一枚があった。
「これ・・・」
そっか・・・この曲だったんだ。



えっと・・・確かこの中にだったかしら?
あれ?ちがう。すると・・・
「あっ、あった!」
そんな歓声を上げながら物置の中から引っ張り出したのは、古ぼけたレコードプレーヤー。
でもずいぶん埃をかぶってる。
ちょっとは綺麗にしてあげないとね。
せめて表面の埃だけでもと、雑巾で拭っていく。
さっきのレコードを持ってきて、そっと取り出す。
そして・・・

 ピンポーン

えっ、お、お客さん?
で、出なくっちゃ。
え、でもまだ浩之さんが来るには早いし・・・だれ?
急いで玄関まで走って、一息ついてからそっとインターホンに話し掛ける。
「はい・・・どちら様ですか?」
「奥さ〜ん。新聞とってくれませんかぁ?」
くすっ
ひどいダミ声。でも、
「新聞なら間に合ってますよ、浩之さん。」
ドアを開けながらそう言った。
「え?なんで一発でわかっちゃうの?」
浩之さんはいつもの声に戻って、そんなことを言いながら玄関に入ってくる。
「あ、これもやっぱ愛の成せる技ってやつ?」
冗談半分、って顔でそんな事を言う浩之さん。
「そうですよ。」
「へっ?」
浩之さんは私の返事に戸惑ったような顔をしている。
そうなんですよ。
一番好きな人の声だから、分かりますよ。
でも・・・
「浩之さん、ずいぶん早くないですか?」
「まぁ、待ちきれなくってね。それに早いったってもう2時だよ。」
「えっ?」
そう言われて廊下に掛けられた時計を見ると、たしかに短い針は2の上に重なっている。
「もうこんな時間・・・」
「琴音ちゃん、掃除でもしてたの?」
思っていたよりも軽く90分は過ぎている時計を見て、呆然としてた私に浩之さんはそう声をかける。
「え・・・えぇ、そうですけど、なんで分かったんですか?」
「だってこれ・・・ほら。」
そう言って浩之さんは私の髪に手を伸ばし、何かを取って私に見せる。

おっきなわたぼこりと・・・

「き・・・」

わたぼこりと・・・

「き?」

クモの巣。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ---------------------!!!!!!!!」



「ごめんなさい・・・私クモだけはだめなんです。」
「い、いや別に琴音ちゃんが悪いわけじゃないんだから。」
そう、慰めてくれる浩之さん。
あれから飛び込んできてくれた隣の家の人が浩之さんを強盗と間違えて、もうすこしで
お巡りさんまで呼びそうになるし、説明するにも私は完全にパニックになっているし・・・
「本当にごめんなさい。」
「もういいって。それより、掃除はもう終わったの?まだなら手伝うよ。」
「あ、いえ、掃除はもう・・・」
そこまで言って急に気がついた。
「あ・・・そうだ。」
そう言って立ち上がる私を浩之さんは不思議そうに見ている。
「浩之さん、ちょっとこっちに来てくれませんか?」
「へっ?こっちって?」
分からない顔の浩之さんの手を取って、半ば無理矢理にさっきの物置の前まで連れていった。
きっと私の顔は「これこそ満面の笑み」って感じだったと思う。



「レコードプレーヤー・・・だよねぇ。」
「ええ、そうですよ。」
不思議そうな浩之さんと、嬉しそうな私。
「あれ?レコード乗っかってんだ?何のレコード?」
近づいて見てからそう私に聞いてくる。
「ふふっ、動かして見てください。」
そう答える私に、浩之さんは分からない顔をしながらもその通りにする。
針がレコード面をこする音がしばらく続いた後、曲が始まった。


 涙くん さよなら
  さよなら 涙くん
  また 会う日まで


「これって・・・」
「『涙くんさよなら』って曲なんです。ずっと昔の、私が生まれるよりもっと前の歌です。」


  君は僕の友達だ
  この世は悲しいことだらけ
  君無しではとても生きていけそうも無い


「このレコード、パパのレコードなんですけど、私のちっちゃい頃のお気に入りだったんです。」
「ちっちゃいころ?」
「ええ・・・まだパパとママの仲が良かった頃の・・・」
「え・・・」


 だけど僕は恋をした
  すばらしい恋なんだ
  だからしばらくは君に
  会わずに暮らせるだろう


「休みの日にリビングのソファーにパパが座って、私がせがむんです、レコード聞かせてって。」
「・・・・・・」


 涙くん さよなら
  さよなら 涙くん
  また会う日まで


「どのレコードがいいって聞かれると、必ずこのレコードをリクエストしてたんです。」
「曲の意味なんか分かるわけ無いですから、ただメロディが好きだったんでしょうね。レコードに合わせて口ずさんだりして、それをパパやママが聞いていて・・・」
短い間奏が終わるとまた優しい声が聞こえてきた。


 涙くん さよなら
  さよなら 涙くん
  また会う日まで


「だけど、曲の意味が分かるようになったらこの曲、嫌いになったんです。」


 君は僕の友達だ
  この世は悲しいことだらけ
  君無しではとても生きてゆけそうも無い


「その頃からパパとママがあまり喋らなくなって・・・。この世は悲しいことだらけ、って歌詞の意味
が分かっちゃったんですね。」


 だけど僕のあの娘はね
  とっても優しい人なんだ
  だからしばらくは君と
  会わずに暮らせるだろう


「今でも・・・嫌いかい?」
浩之さんの質問に私は最後の一小節をレコードに合わせて口ずさんだ。


 涙くん さよなら
  さよなら 涙くん
  また会う日まで

  また会う日まで


「今なら・・・曲の、全部の意味が分かりますから。」
「そっ・・・か。」
そんな私の答えに浩之さんはとっても優しい笑顔で答えてくれた。


「さ、そろそろ買い物に行かないと間に合いませんよ。」
そう言って私は浩之さんの腕をぎゅっと引っ張った。
「もう・・・大丈夫?」
「はい!」
「よし、行こうか。」
「はいっ!」
そう答えてから私は一歩踏み出した。


浩之さんといっしょに。




					To Heart 琴音Endに続く

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はじめまして、TaSと申します。どうぞお見知りおきを。

で・・・この駄文なんですけど・・・書かなきゃよかった。(涙)
見ての通り、某坂本Qの曲です。(某ぢゃねぇって)
この前ついベスト版を購入してしまいまして、後はもうそのまんまノリだけで書いてしまいました。
しかも最初はタイトルがそのまんまだったり。さすがにそれはまずいだろってんで変えましたが。
いやぁ、やはり名曲と呼ばれるにはそれなりの理由があるってことですかねぇ。
莫迦一人動かすには十分なパワーを持ってました、はい。
しかし、いったい年幾つだ?>俺

この話、最後の所を見ればわかる通り時間的にはEDの当日ってことになっています。
ですから琴音ちゃんの性格は本編じゃなくてEDの物に準拠しております。
え?EDの琴音ちゃんはこんな性格じゃないって?
そうおっしゃられますと・・・ごめんなさいとしかいえません。

ところで今、とある事情で東鳩は出来ないんです。ですからゲーム中と矛盾する所があっても
あまり苛めないで、そっと指摘してください。

それでは、初投稿でこんな長文、申し訳ありませんでした。
楽しんでいただければ幸です。