わるちなワルツ 〜夢見ることを夢見る少女〜 投稿者:SEAユニット
 夢見ることを夢見る少女。彼女の名前は、ワルチ。
 夢見ていることを、信じる青年。彼の名は、雅史。

「ただいまー」
 季節の頃は、夏。夕暮れが美しいはずの時間までも不快なまでに暑く、なに
げなしに気を滅入らせる。
 大学でサッカーの練習を終えて帰宅した雅史の表情も、どこか疲れ気味だ。
 窓の向き、築、交通手段等の条件を考えなければまあ安いとさえいえる家賃
の額のみが特記に値するという、ありふれたアパート。
 雅史は現在、大学の二回生。サッカーもそうだが、日々の生活がなんとはな
しに輝いている、そんな季節である。
 今時めずらしい木製ドアのノブを回し、六畳間と僅かばかりの台所を備えた
部屋に戻ろうとしている雅史に、元気を持て余しているといった態の少女が奥
から駆け寄ってくる。
「おっかえり〜、雅史!」
 綺麗な赤髪が特徴的な――そしてその髪と同じ色の生地に大柄のチューリッ
プがあしらったワンピースを着こんだ――彼女は、よほどうれしいのか、靴を
ぬいでいる雅史に背中から抱きついてくる。
「今日もいい子にしてたかい、ワルチ?」
 しかし少女を背中にかかえたまま立ち上がった彼の視野には、見事なまでに
散らかった室内が飛び込んできた。
「……ワルチ?」
「だってぇ、マルチ姉さん達は遊びに行ったし……」
 雅史たちとは親しいつきあいの、浩之、マルチ、それによく遊びに来るあか
りも加えたお隣さんの予定を告げる少女。ぷくぅ、と膨らませた頬が、自分が
悪いんじゃないとでも言いたげだ。そんなことには慣れっこになっているのか、
しょうがないなあといった微笑で応える彼。
 そのままワルチを背負って、乱雑な部屋へと足を踏み入れる。
 ふと、足下の微妙な均衡を保って積み上げられた雑誌類の中に、明らかに場
違いな印象の赤い背表紙の雑誌を見つけて注意を引かれた。
 赤い背表紙の雑誌……これは、ブライダル情報誌だ。ブライダル――結婚。
 結婚……か。
 自分に買った覚えがない以上、これはワルチが購入したものだろう。
 日々の充実した暮らしに浸り、いまを生きる幸せに満足していた雅史は、自
分が先の展望をまったく考えていないという事実に気付かされた。
 いままでの幸せなふたり。
 しかし、このままいつまでもこうした状態が続くわけではないだろう。いず
れ雅史も大学を卒業し、社会に出ていく。ふたりを取り巻く環境も変わるだろ
う。
 これからのふたり。
 大学生活もまだ半ばに達していないような雅史をこのことで責めるのは酷か
もしれなかった。しかし――少なくともワルチは、考えている。考えようとし
ている。
「お風呂わいてるよ。ねえねえ、はいってよ、雅史」
 ワルチが無邪気な声をかけてくる。
 ――まあ、このことは後にまわそう。とりあえずいまは……疲れた。
 彼は、ワルチがこのあかりに作ってもらったお気に入りワンピースを着てい
るときには、何かあるんだよなあ、と思いながら、得意げな彼女を背中からお
ろす。
「いつもありがとう、ワルチ」
「あっ……ん」
 いつもそうしているかのように、彼女の頭をなでる雅史。なでられる彼女は、
頬を髪と同じ色合いに染め、もじもじと両手を身体の前に組みあわせる。
「じゃあ、先にはいるよ?」
「は〜い♪」
 いつもの雅史なら、ここでワルチの声音のなかにいつもと違う響きを感じ取っ
ただろうが、いかんせんくたくただったのと、考え事に取り付かれていたせい
で、そのまま聞き逃してしまった。そしてそのまま、浴室へと向かったのだっ
た。

 とはいえ、化粧室などない台所と隣り合った小さなバスルームだ。彼女の視
線を気にしながら、そそくさと服を脱ぎ、前をタオルで隠す。そして、アルミ
枠の磨りガラスのドアを開け、湯気で曇る室にはいる。
 ざばぁー、ざばぁ……。
 まず身体にシャワーを浴び、汗を流し去る。少し温めを好む雅史の嗜好に合
わせてくれている湯船に、肩までつかる。
 じわりと、今日の疲れがしみ出していく感覚に、思わず息を吐く。浴室の上
部に設けられた採光窓からは、いまだ没し切っていない太陽が投げかけるオレ
ンジ色の残光が見て取れる。
 まだ陽のあるうちから風呂につかる――贅沢な時間に知らず雅史の顔も緩ん
でいく。
「着替え、置いとくね」
 磨りガラスの向こうに、ワルチの声がした。
 と、雅史が返事もする間もなく、浴室の扉が開け放たれた!
 バスタオル一枚といういでたち。恥ずかしそうに、でもどこか楽しげな様子
もただよわせて、ワルチがはいってくる。悪戯好きな小悪魔もかくやという表
情だ。
「背中流してあげるよ、雅史!」
 迂闊にも浴槽から飛びだしかけて、あわててまた肩までつかる雅史。驚愕し
たものの、断る理由もなく……というか、ワルチに促されるまま、呆然とした
面もちで、タオルを腰に巻いて前を隠したままビニールマットの上のイスに座
らせられる。
 ワルチは、タオルにしゃかしゃかと石鹸を擦り付け、泡立てる。上に下に、
雅史の背中をこする。その実、本人も意識しない緊張のためかかなりの力が込
められていたのだが、綿地のタオルということと、雅史の人柄のせいで、ワル
チはそのことには気付かなかったろう。
「雅史って、けっこう、お、お、き、いね」
 なにがだいっ? 思わず、心の中でつっこむ雅史。分かってはいるが、場合
が場合だけに、どきまぎしてしまう。
「こんなに背中、広かったんだ、雅史……」
 さっき、頭からお湯をかぶった際にはいったらしい耳の中の水を、しきりに
気にするワルチ。雅史の耳を、ワルチの息が包み込み、むずむずとした感覚を
与える。
「前も洗おっか?」
 一瞬、言われたことの意味が分からず、固まってしまう雅史。雅史の腰に巻
いてあるタオルにワルチの手が触れたときに、ようやく、解放される雅史。ワ
ルチに遠慮する意を伝え、難を乗り切る。しかし、再び危機が。
「ねえ、これつけてみてよ」
 そう言ってワルチが差し出したのは、シャンプーハットだった。雅史がワル
チの顔をのぞき込むと「つけてくれないなら、ボク、すねる、ぷいっ」と書い
てあるのがわかった。拗ねた顔も、また、可愛いワルチではあったのだが、肩
の力を落とし、渋々、シャンプーハットをつける雅史。
「かゆいところ、ない? 痛いところは? ……えぇ〜と、だっけ?」
 雅史の髪を洗いながら、浴槽の天井を見て何かを思い出そうとしているワル
チ。
 その様子があまりにも微笑ましく、ついいつもの習慣(くせ)で頭をなでて
やろうと雅史の手がワルチに伸びる。そのとき、何の悪戯か、偶然にも、ワル
チのバスタオルの結び目に触れてしまった。
 ふわっ……。
 まだ未成熟の域と越えない、が、清らかな裸体が雅史の網膜を焦がす。
 微動だに出来ない、ふたり。
 ぷつん。
 糸が切れた操り人形のように、体勢を崩すワルチ。
 はらり……。
 ワルチの身体と少し遅れて舞い落ちる髪の毛を確認する間もあらばこそ、彼
女を抱き留める雅史。ワルチはあまりの羞恥心に、気絶状態に陥ったようだっ
た。オーバーヒート――それにともなうシャットダウン。メイドロボが限界を
超えた過負荷に一時的にブレーカーを落とす現象。
 雅史の腕に感じる柔らかな肌が、雅史の瞳に写るかぼそい肩が、否応もなく
彼の鼓動を熱くする。
 ふぅ、ふぅ。
 わずかに膨らんだ胸が、呼吸と重なり、かすかに上下している。
 その先の可憐な突起が、わずかに形を変えているように見えるのは、雅史の
気の迷いだろうか。
 ぽたり……。
 彼女の肌を滑り、ビニールシートに落ちる水滴の響きが、あらためて、この
密室にふたりきりであることを、雅史に伝える。
 少し視線を踊らせると、彼女の薄い茂みが脳天を直撃する。
 意識せず、のどを鳴らす雅史。
 理性と己の中に蠢く暗い影。
 雅史の心に、嵐が渦巻く。
 ……ふと、ワルチの口元を見る。
 紅い禁断の果実が、ふっくらとした質感と共に、雅史のくちびるを誘う。
「まさし……」
 ワルチの吐息のようにかすかな声が、自分を呼んだような気がした。
 ふと、ぶるりと身体を震わす。
 我に返る。
 いけない……このままでは、彼女も自分も身体を冷やしてしまう!
 雅史はワルチを抱きかかえたまま、湯船に飛び込んだ。
「ごめんよ……」
 彼女の身体を、優しくなでる。
 やさしく優しく、赤子を愛でる母親のように……。
「大丈夫かい?」
 やがて意識が戻ったワルチに、精一杯の笑顔を見せる。
「雅史……ボクに魅力を感じないんだ?」
 不満げな、不安そうなワルチ。
 雑誌の山のなかの赤い背表紙の本……そういうことか。
 雅史は彼女を抱く腕に力を込める。
「今はいいんだよ……ふたりの時間はゆっくりと流れる。時が満ちて、幸せの
鐘の音が鳴り響いた時、それがその時でいいんだ」
 そう言う雅史に真正面から見つめられ、瞬きさえ出来ないワルチ。
 涙があふれる。
「ご、ごめんね、雅史!」
 雅史の胸に自分の顔をうずめて、泣きじゃくるワルチ。
 そのつややかな赤い髪を、思いを込めて、そっとなでてやる雅史。
「泣きたいだけ泣くといいよ、ワルチ。僕がついていてあげるから」
 ぼろぼろと雫をたたえたまま、雅史を見上げるワルチ。
 彼の笑みが涙で見えないはずなのに、あまりにも鮮やかに見えてしまうのは、
なぜだろう。
「雅史……ボクの……ご主人様ぁ……!」
「ワルチ……違うよ、ワルチ。ご主人様じゃなく、雅史だよ」
 そう言って、雅史は彼女のくちびるに、指を重ねる。
「だってだって、ご主人様をご主人様って呼ぼうと思っても、ご主人様って言
うんだ! ……泣かないようにしようと思っても、どんどん、涙があふれてく
るんだよ! どうしよう、ボク、どうしよう? ボク、壊れちゃったのかな?
ねえ、ご主人様ぁ……!」
 つつっーと、指で彼女の曲線の感触を味わう雅史。
「それでいいんだよ、僕のワルチ……!」
 わがままで、見栄っ張りで、
 めんどくさがりで、寂しがり屋で、
 負けず嫌いなのに、お人好し、
 照れ屋なのに、誉めてもらいたい、
 素直なのに、いじめっ子、
 だけど、だけど……世界でたったひとりの、僕の――お姫さま!
「ワルチ、その……キスするよ、いいかい?」
「はは……やっぱり雅史は雅史だね。そんなことは女の子の聞くものじゃない
――奪うものなんだよ」
 ワルチはいつもの調子を取り戻したのか、泣き笑いの表情で軽口をたたきな
がら、静かに瞳を閉じた。
 雅史はそっと涙を拭いてやり、指の代わりに自らのくちびるを、重ねた……!
 あまりにも不器用な、それだけに真摯な愛が、立ち上る湯気と空気の向こう
で静かに溶けあった。
 ふたりはそれが愛であることに気付いていないかもしれない。
 そして愛はふたりの夢にもつながっているということも。
 でも、それでいいのかもしれなかった。
 ――いつかふたりの選ぶ選択が、ふたりにとっての幸せであるように。
 ――いまはふたりの時間を噛み締めていよう。
                                (了)

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 企画:鈴木R静
 原案:アルル
 著:アルル 鈴木R静

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 どうも、SEAユニット初の合作企画です。でも多分もうやらないです。て
いうか解散間近? あ、コメント書いてるのは、私、鈴木R静です。リーダー
は謹慎中だそうで。
 なんかほとんど私の文章になってしまいました。原文書かれたアルルさん、
ごめんなさいね。

 さて、今回はちょっと意見、提案があります。
 正直いって私は、最近のここ(即興小説コーナー)にはついていけないもの
を感じています。
 Lメモの件です。
 私もSメモなんて書いてるので偉そうなことは言えませんが、もうそこらじゅ
う内輪ネタばっかりのLメモだらけで、すごく排他的、閉じた印象を受けます。
 SS書いて投稿している私でさえ、そう感じるのですから、ROMの人はも
う完全に蚊帳の外なんじゃないでしょうか?
 ここはリーフのHPで、見に来る人もリーフのネタを期待して来てるんじゃ
ないでしょうか?
 ちょっと悪ノリが過ぎるように感じます。
 Lメモ自体は楽しいです。ただ、内輪だけの話という性質が強いのも事実だ
と思います。
 ここにはリーフの二次創作だけを投稿しませんか?
 私はSメモは、まさたさんのりーふ図書館に投稿するようにしようと思いま
す。皆さんのLメモもそうしませんか?
 これは私の勝手な意見、提案なんで、ここじゃなきゃいやだという方はどう
ぞご自由に。
 そのときは、私が去るだけです。
 SS作家の皆さんの率直な意見を聞かせてください。

 それでは今回はこのへんで失礼します。
 SEAユニット代理、鈴木R静でした。
 あ、上の意見提案は、私の個人的なもので、アルルさんは関係ありませんの
で、あしからず。