起動武闘伝L2 投稿者:Rune


 葵はその宿の二階にある部屋をぐるりと見渡した。
 窓がある。安物でないベッドの近くのサイドテーブルには水差し。テーブルと椅子もあ
る。御丁寧にペンとインクもあるが、紙がない。代わりに(にはならないだろうが)怪し
げな娯楽施設とも風俗ともつかぬ類のチラシが、体裁良く並べられている。
 特にどうということもない部屋だ。宿だから当然といえば当然。窓に歩み寄り、色の褪
せた、さもなければひどくセンスのないカーテンを左右に引く。人一人ない通り。
 それもそうだろう、と葵は憂鬱な表情で考えた。活気のある通りに面した宿屋なら、少
なくとも割れた窓ガラスをガムテープで修復するなんて真似はしないはずだ。
「ここで。何を見たんですか? 先輩」
 傍らに答えてくれる男はいない。
 まだ。
 少年たちの話では、浩之はこの街に数週間逗留したらしい。この宿に一人でやってきて、
そして、三日前に発った。
 どこで、何をしていたのかは不明。不明と言うよりは未明だった。勿論、今からそれを
探るのだ。
 ついに、見つけた手がかり。必ず、追いつくつもりだった。

『映像資料がある。見るかね?』
 彼女は頷いた。立体映像が、それに少し遅れる程度のタイミングで、彼らと彼女に挟ま
れる形で具現する。
 そこには……
『我々がデビル・HMXと呼ぶあれは三つのコンセプトを備えている』
『自己増殖。自己再生。自己進化。無論、現在のHMXは自らを改良する思考がないわけ
ではない……パーツが破損すれば交換を自らの手で行えるし、必要であるなら自らに新し
いパーツやチップを組み込むこともする』
『が、それはあくまで外部的な補助があっての話なのだよ。バージョンアップ用のプログ
ラム、新型のパーツや部品を提供するサポートがあっての話だ。考えてもみたまえ。密林
にHMXを送り込んだところで何ができるね?』
『それを克服しているのがあのD・HMXだ。金属を取り込み、自らを成長させることが
できる』
 その間も映像は流れ続けていた。あらゆるものを叩きのめし、取り込んでいくその姿。
 悪魔の名がよけい、いびつな形態を恐怖に絡めていた。
『理解っているだろうが』
『これは我が国の最重要機密事項だ』
『全ては秘密裏に処理されねばならない』
 ええ、と彼女は呟いた。
『君にはパートナーを用意してある。後で紹介させよう』

 唐突に怒鳴り声が飛び込んできた。
(何?)
 葵は耳をそばだてた。
「…………の近く…………」
「…………は知ら…………」
 どうやら階下で何か問答をしているらしい。
 と。
 何かが砕け散る音が派手に空気を震わせた。声は更にエスカレートしている。
 葵は少し躊躇って……廊下に面したドアのノブに手を掛け、押し開いた。
 先程よりも明瞭な喚き声が耳を打つ。
「ざけんな! とっとと奴を出せ!」
「知らないって言ってるだろ!」
 再び騒音。
「まだしらを切り通すつもりか、ええ!?」
(私?)
 葵は顔をこわばらせた。
(まさか私を捜しているの?)
 次の対戦相手のネオモンゴル代表、ハシモト選手は、この街の暗黒部分にバックアップ
されている。政治的なことは葵にはよく掴めていなかったが、ハシモトが勝てば彼らに何
らかの恩恵を与えることくらいは何となく想像がついた。
 そして、彼らがそういったことに対して手段を選ばない人種であることも。
(ここに迷惑をかけないためにはどうしたらいいんだろう)
 さんざん周りの環境に弄ばれても、葵はやはり葵だった。自分が何かのために他人を傷
つけることは受け入れられても、それ以外の部分は殆ど手つかずのまま残っている。否、
残そうとしている、と言うべきか。明るい少女ではあるが、世間ずれしていない者特有の
遠慮がそこにあった。
(私が下に出ていけばおさまってくれるかな)
 思案を始めた葵は、次の一言に思い違いしていたことを知った。
「そこまでハシモトを庇い立てしても何にもならねえだろうが!」

「あの……」
 男はその声に階段の方を振り返った。そして、舌打ちする。
 その赤いマント姿はおそらく地球でも一人しかいないだろう、ネオジャパン代表の葵・
マツバラ。
「どうされたんですか?」
 なんでてめえがこんなとこにいやがるんだよ!
 意味もなく怒鳴りつけたくなるのを堪えて、男は低い声で女に問うた。
「……聞いた、のか」
「…………え?」
「今、俺が言った言葉を聞いたのか、と訊いたんだ」
「何を……です?」
 眉根を寄せる葵に男は睨みをくれた。
 芝居が下手だねえ。
 嫌味の一つも言ってやりたいが、騙そうとするのなら騙されたふりをするのが一番。
 女から視線を宿の女主人に戻し、吐き捨てるように告げた。
「いいか。他言は無用だぞ……理解っているだろうがな」
 テーブルに拳を叩きつけた。綺麗に4つに割れる。
 踵を返して、男は唾を床に吹いて、そのまま立ち去った。

 咄嗟に聞かなかったことにしてしまった。
 その方が何かとやりやすそうであることを感じ取っていたのかも知れない。
 葵は改めてこの一階を見渡した。ジョッキが何個も床で無惨な最後を見せている。テー
ブルも横向きに倒れていたり、足が折れていたりと、あまり楽観的な形容が似合わない状
態だ。
「ひどい……ですね」
 女主人は、へん、と笑った。
「よくあることさ。最近じゃね」
 それは捨て鉢な態度でなく、むしろ静かな諦念を伴ったものだった。
「……ハシモトさん、どうされたんですか」
「聞いていたのかい、やっぱり」
 肩をすくめて、続ける。
「いなくなったんだよ。あいつらの屋敷から」

 つまり、こういうことらしかった。
 ハシモトはこの街の出身だが、ネオモンゴルに留学、彼の父がそのネオモンゴル国籍で
あることで、ネオモンゴル代表のHMXファイターの座を掴み取ったらしい。
 戦歴は上々で、この古巣の街で行われる対戦に向けて、調整中だった。ところが、三日
前に……
「失踪、ですか」
 そういうこと、とばかりに女主人が頷いた。
「それ以来、あれさ。しょっちゅうやってきては居場所を知らないか、てね」
「あの方は……?」
「さてね。名前までは知らないよ。ただ、ハシモトのサポートをやってたらしいね」
「サポート、ってのは少しニュアンスが違うぜ」
 唐突に誰もいない筈の店内に、若々しい声が響いた。
「あいつはハシモトの、ま、ライバル的存在ってところだ」
 その声に、二人が振り向く。黄、赤、黒の三色でまとめられた全身タイツに身を包む男
がそこに立っていた。
「まあ、ライバルっていっても実力差は格段だったらしいけどな……あ、オレ、いつもの
コーヒー頼む」
 石造りの壁から背を剥がして、何だか傾いでる椅子に腰掛け、男は勝手な事を言う。
「……いつものって……?」
 ぼんやりと女主人が呟くと、
「え? ああ、そーか。そーだよな。うん。何かここのコーヒーが美味しいって、常連の
人に勧められたんだ」
「ここ数年、客は一人しか泊まってないけど……」
「え? そーなの。は、はは、じゃあ、何か風の噂に聞いたんだ、うん。間違いねーよ」
「ひょっとしてあんた……」
「いやー、今日は暑いよなー。ほら、葵ちゃんも座れよ。遠慮せずにさ」
「何で、私の名前ご存じなんですか……?」
「え? 名前? え、えーと、そりゃ知ってるさ、だってその、何だ、有名人だからさ」
「……はあ」
 動揺しまくっている男の横に釈然としない葵がちょこんと座る。
 二人とも、椅子がひどい有様のため、カウンターに対して同じ角度で背中が傾いている
のが往年の日本映画を思い出させたりするが、それは置くとして……
「葵ちゃん」
 男がかなりとーとつに切り出した。
「心って、何だと思う?」
「心……ですか」
「ああ。今、人工人格のロボットとかあるだろ。あーゆーもの、どう思う?」
「どう思う、と訊かれても……」
 葵は困ってしまった。浩之がいた頃は彼の近くにマルチというHMX−12型を目にし
たことがある。全く違和感なく受け入れてしまったので、それに対する意見など持ってい
ない。
「それが、鍵になるぜ。きっと」
 そして、男は立ち上がった。そして、天井にジャンプして……
 ひゅっ。
 包丁がすとん、と男の頭部に突き立つ。
 しばし、時が止まった。
 やがて、ゆっくりと男が床に落下する。
 沈黙。
 静寂。
 風。
 やがて、むっくりと起き上がると、彼は怒鳴った。
「おばちゃん、危ねーだろ!」
「何が危ないだい」
「……ていうか頭から血が吹いてるんですけど……」
 葵のおそるおそるの指摘に、男は眉間から刃物を引き抜いた。
 ばぶしゅう。
 ケチャップじゃないのが激しく飛び散る。
 少しぐらついたが、持ち直した。
「あんたねえ、フジタさん」
「フジタとかゆーな! わけのわからんことさかさまにゆーな!」
「……そーゆー誰も理解らないネタを出すかねえ……じゃあ、何て呼べばいいのさ」
「オレの名はシュバルツ! 疾風怒濤のゲルマン忍者だ!」
(あ、あの、そっちは原作の方です!)
「ぐっ……え、えーと……と、とにかく、ヒロとか浩之・フジタとかじゃないんだよ!」
「…………まあ…………何でもいーけど。ちゃんとコーヒー代は戴くよ。
 ただでさえ繁盛してないんだから」
「…………はい…………」

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SGYさま:うう、レスを有り難うございますう。メモ帳にコピってデスクトップに飾っ
      ておきます(笑)。
      本人が正気に戻ってから、「うわ、何だこれ」とか思うことしきり。
      初登場から続く! なんて、先達に喧嘩売ってるじゃねーかとか、ひたすら
            自己嫌悪に陥っておりました。もう暗雲立ちこめる無明の世界に一条の光明
      の様でした。本当に有り難うございます(<誰もそんなつもりじゃねーよ)。
      ちなみに、キングでないといけない理由があったりして……
      でも、書く前にてめえは書くんじゃねえとか言われるかも(泣)。
      ああ。レポートやんなきゃ……
西山英志さま:ああ、すみません。伝言板見た時点で書くの辞めるべきだったんですけど。
       つい、書いてしまいました……ねたがかぶってしまい申し訳ありません。
       でも、あのアイパッチのおじさまが俺大好きです。目が見えてるのに。

アルルさま:バーニングトースト楽しみにしてます。どんな技が出るんでしょう。
      楽しみです。

 ううっ、他にも感想書きたいけど、痕も雫もやってなかったりする私には書く
資格がない……(泣)
 ああ、何だか2とか言ってる。
 でも、このままだと際限なく長くなってしまいそうなため、ここで区切りを入れました
(自戒)。
  よく考えるとTHって男の登場人物がひどく少ない。でも、小説の設定上、雫や痕から
は絶対に援護を頼めない。結果的に、ハシモト先輩やヤジマ君の悪人率が増加するわけで
す(泣)。結果としてハシモトさんは悪人にならずに済んでますが、代わりに代役として
登場した彼(ハシモト先輩のライバル)なんか未だ名前すらありません。
 まあ、まだいい方でしょう。本来の主人公は復調したギャグのペースに完全に巻き込ま
れてしまいました。未だに仮名が決まっていません。長瀬一族にくわえてやろーか。でも、
現時点で既に二人はいるんだよな。間違いなく。
 近いうちに今度こそ書きたいギャグシーンを書きます。それまでお目を汚してしまいま
すが、どうかご容赦の程を。