世界の果ての痕 投稿者:T.ARO


 気がつくと彼女はエレベーターに乗っていた。エレベーターの中には彼女一人。
 彼女はエレベーターの中にあった椅子に座り、静かに話しはじめた。
 ウイィィン.....
 エレベーターが降下をはじめる。
「私、四人姉妹の長女なんです。両親は...大分前にこの世を去りました。
 だから私、今までがんばって妹達の面倒を見てきました。
  なのに!あの子は、次女はそんな私の気持ちも知らずに、
  私のことを『胸無し』とか『料理がヘタ』といってけなすんです!」
 彼女は一旦、言葉をきると、再び話しだした。
「...だけど、そんな私を二人の妹と従兄弟が励ましてくれたんです。
  だから私は今まで堪えてきました...」
 わずかな沈黙。
「でも、私は、そんなみんなの優しさが、表面上のものでしかないということを知りました...」
 ・・・深く・・・もっと深く・・・
 何処からか男の声が聞こえる。
「今朝、私は、あの子を見返してやろうと思って、
  そして、みんなを喜ばせようと思って腕によりをかけて朝御飯をつくりました。
  なのにみんなは!あの子だけじゃなく他の子達、それに耕一さんまでが、私の料理を、
  まるで猛毒のように言ったんです!!確かにあの子に比べれば、
 ちょっぴり料理がヘタかもしれないけど...でもあそこまで言わなくったて!!
 もう、私、誰も信じられません。」
 ガシャン...
 エレベーターが音をたてて止まる。
 彼女の前に眼鏡をかけた若い男がゆっくりと姿をみせた。
 男は内心『本当にちょっぴりなのか?』と思ったが生物としての本能が口にするのを押とどめた。
 男が口を開く。
「分かりました。あなたの進む道は用意してあります。」

 夕方-俺は屋敷に戻ると何気なく郵便受けの中を覗いて見た。
 すると、珍しいことに俺あての手紙が入っていた。封筒には切手が貼ってない。
 封筒の中には『水門に来てください』とだけ、書かれた紙が入っていた。
 
 水門に着いた俺の目の前で、いきなり水面が割れて地下道が出現した。
 俺が何かに導かれるように地下道を進んでいくうちに、やがて広大な広間に出た。
 足元には石が敷き詰められ、そして、俺の正面には千鶴さんがいた。
 千鶴さんの右手には剣が握られて、胸には黒い薔薇がついていた。
 千鶴さんは焦点の定まらない目で俺を見つめると
「耕一さん、あなたを殺します。」と、言った。
 俺が、呼びかけても何も答えない。いまの千鶴さんは、明らかに正常じゃなかった。
 と、そこへ初音ちゃんが俺のほうに向かって走ってきた。
「初音ちゃん!千鶴さんの様子が変なんだ!説得してくれないか!?」
 初音ちゃんは首を横にふりながら話しだした。
「ダメなの、今のお姉ちゃんには何を言っても通じないの。お姉ちゃんを元に戻すには、
 胸の黒い薔薇を散らすしかないの。だから、お兄ちゃん、これ。」
 初音ちゃんが、剣と薔薇をさしだした。
「わかったよ、初音ちゃん。俺が千鶴さんを助けてみせる!」
 俺はそう言って初音ちゃんに微笑んだ。そして、千鶴さんのほうに向きなおった。
 すでに、千鶴さんは鬼を解放している。
 俺も自分の中の鬼を解放した。
 正直、俺は勝負が一瞬で決まると思っていた。
 千鶴さんの鬼と俺の鬼とではレベルが違うからだ。
 だが、今の千鶴さんは俺の知っている千鶴さんではなかった。
 すぐに勝つどころか逆に俺のほうが押されている。体力が徐々に減っていく。
 俺は死を覚悟した。
 その時、初音ちゃんが何かを投げた。
 「お兄ちゃん、それを食べて!」と、初音ちゃんが叫ぶのが聞こえる。
 俺は、朦朧とした意識の中、それを口にいれた。
 その瞬間、俺は、世界の果てを見た。
 それと同時に頭上が光り侍の幻影のようなものが俺に向かって降りてきた。
 俺とそれが一体化した瞬間、俺の中に強大な力が溢れた。
 俺は身を屈め、突きをはなった。
 向かってきた千鶴さんと俺のからだが交差する。
 千鶴さんの薔薇が舞い散るのと同時に、何処かで鐘が鳴った。
 千鶴さんの体がゆっくりと崩れる。
「千鶴さん!」
「大丈夫だよ、気を失ってるだけだから。」
 俺の声に初音ちゃんが答えた。
「そういえば、初音ちゃん。」俺は初音ちゃんに声をかけた。
「何?」初音ちゃんが、天使の微笑みをうかべて答えた。
「さっき俺にくれたアレ何?」
「ア、アレ?あの、その、朝のアレ」
 初音ちゃんがそう言ってぺろっと舌をだした。

 気がつくと、俺はエレベーターに乗っていた...

                           
                      <完>

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 うーん、大分長くなってしまった。
 最後まで読んでくれた人、もしいたらありがとう。感想のせて戴けると嬉しいです。