起動武闘伝L6 投稿者:Rune


『高みを目指すもの』

 葵の求めに応えて、それは空から降りてきた。土煙尾を引く地を駆けるランダーに飛び
乗り、彼女は空へと舞う。コクピットは優しく彼女を迎え入れた。
 HMXトレースシステムを具現化するためのぴっちりした黒のコントロールスーツが、
ひたすらに彼女を締め付ける。強烈な圧迫感の前に、葵はただ歯を食いしばって、それが
過ぎゆくのを待った。
 ボディラインがはっきりと浮かび上がるのに最初はひどく戸惑ったものだが、今はどう
ということもない――
 要するに、慣れだ。
 スーツが葵の体調をサーチしていく。安全装置の解除。
 拳を握ってみる――大丈夫。その拳を握りしめたまま腰を深く落とし、正拳を繰り出す。
一度――二度。手首を捻る。内側に、外側に。
 間違いなく、いつもの感触だ。
 簡単な演武を行う。それは彼女の流派独特のテンポを伴って、低く、高く、近く、遠く、
浅く、深く、速く、遅く。しかし、常に無駄のない動作でこなされていく――
「準備は、できたようだな?」
 ハシモト――彼女の対戦相手だ――が、通信越しに確認してきた。葵は、ええ、とだけ
答えて、息吹を吐き出す。
『ファイティングシグナル、確認』
 やや離れた距離に位置する山の上で簡単なシールドを張った志保・ナガオカが、明確な
発音で通告してきた。
『それでは、HMXファイト。レディー……』
  構えを取る二人。大気を、彼女らの爆発的な高まりが振動させる。加速する闘志。全く
縮まらない間合いが、緊張を更にきつく、強く、激しく締め上げていく――
『ゴー!』
 それは、そんな感じで始まった。
 二人の目には、迷いがない。
 そこでそうして闘う理由を見つけ出したから。

 互角といえる光景から、それは始まる。
 二人は同時に前へ出た。踏み込みが、大地を揺るがす。両者の右拳が交錯する。捻り込
むように内側に攻撃の軌道を修正するハシモトに対し、葵は下半身を沈めて回避を取った。
無論、ただかわすのみに留まらない。上半身から全身へと回転を伝えて、機体は彼女の意
図に沿うてハシモトの死角となる位置からの足払いを放つ。
 が、それは不意を突くには至らない。彼にとっては予想された反撃の一つだった。繰り
出していた右拳を開いて、葵の繰るHMXの右肩に、鉛直に掌底を突き入れ――
 翔ぶ。
 宙を低く舞い、着地するハシモト。振り向きもせずに、やや鈍い速度で駆ける。右へ。
 葵がその残像に、額の発射口からヴァルカンを叩き込む。
 無論命中しないそれらは、遠い荒野に土煙を呼び起こす。が、それも僅かのこと。牽制
で撃たれたそれに期待するつもりは、撃った葵当人にもなかった。ハシモトとは逆に移動
する。腰からライトサーヴェルを引き抜いた。それは青い輝きを空間に焼き付けて、低い
振動音を撒き散らす。ハシモトは得物を出そうとはしない。中腰に無手の特性を活かした
独特の捌き(さばき)の構えを見せている。いわゆるカウンター狙いだ。
(ヴァルカンをかわす時の動きがやけに遅いと思ってはいましたけど――『待ち』の型で
闘うHMXですか)
 スピードが劣るHMXの場合、大抵はがちがちの装甲で間接までカバーした守備力と、
強力なパワーを活かした闘い方をすることが多い。
 ご多分に漏れず、これもそのタイプらしかった。
 自分から攻めない。動く時は爆発的な、しかし持続性のない瞬発力で、相手を迎え撃つ
場合に限る。その一撃は果てしなく重い。一発で決着のつく試合さえ、ままある。
 葵は気にせず一直線に間合いを詰めた。カウンターが100%成功するなら苦労はない。
攻撃をかわし、或いはわざと受け、そこから反撃に転じなくてはならないのだ。その反撃
が相手の動きを封じることができなければ、次はカウンターに全力を注ぎ込んでしまった
己の無防備な体勢に、更に致命的な一撃が逆返しされる。
 ましてカウンターを宣言されて、みすみすそれをさせてみようという者などいない。
 牽制として左手に、それなりの威力があるマシンガンを握って連発する葵。
 カウンターとはある一手を封じて同時の反撃を放つことだ。
 ならば、封じることができなければいい。簡単には捌けない質の手数を増やし、自分は
反撃を受けないようにすれば相手はただのサンドバッグだ。
 マシンガンをかわすハシモト。そこに、葵が呼気を破裂させた。マシンガンの軌道と挟
み込む様に剣を閃かせる。後ろに退くハシモト。微妙な差に、彼女の切っ先はその胸元を
抉ることができない。僅か数センチが、決定力を妨げる。
 ハシモトは一撃をかわしはしたものの、上半身のバランスをひどく崩してしまっていた。
間髪入れずに第二撃。狙いは間合いに残っている膝だ。行動力を封じれば――
 そこへ。
 ひやりとした感覚。
 唐突に本能に任せて左に跳ぶ。しかし――
 爆風。
 おそらくはハシモトによって起こされた、故意の。
 地雷の熱波が葵を足下から揺るがす。ライトサーヴェルを握った右手を庇うようにして
胸元に引き寄せる。威力としては微々たるものだが、直撃すれば足首の関節くらいなら動
きを怪しくさせるだろう。が、回避行動のために、ハシモトと同様、体勢を崩してしまっ
た。追撃は続けられそうにない――いや。
 煙を裂いて、それは葵の側面から現れた。
 ハシモトだ。
 何処から取り出したのか、両手に握った超ショートレンジの鈍器が唸りをあげる。まず
は右からのそれが、葵を襲う。
 風切り音。上半身を捻る葵。装甲を、浅く削る耳障りな騒音。
 右肩だ。
  悟って、ぎり、と葵は歯噛みする。厄介なことにならなければいいが。使用する武器は
基本的にライトアームで繰る。サウスポーも不可能ではないが、やはり利き腕には制御面
で劣る。
  鈍器が、過ぎ去る。葵はバーニアを蒸かして後方へ跳んで相手の間合いから逃れる――
いや。
 それは、遠心力だ。右手の鈍器がかわされても、一瞬背を見せたハシモトが、次の一撃
を反転させた左のバックハンドで放ってきた。強烈な一発。
 胸元に吸い込まれたそれは、激しく内部に衝撃を拡散させた。コクピットの彼女を乱暴
に打ち据え、弾き散らし、許された刹那でひたすら揺さぶる。泳いだ彼女の上体へと攻撃
者のハシモトは、更に殴った左の鈍器を力任せに振り抜く。後方へ。左腕のその勢いに任
せて、左半身までもが彼の機体全体の体勢を変える――
 初めに右で殴ってきた時は右肩が前だった。そこから左のバックハンドに繋がれた時は
左肩が前だった。その左肩が後ろへと流れゆく――
 つまり、それは第三撃。左肩が下がる代わりに右肩が前に出た。都合一回転して右の鈍
器が再び彼女の胸部を襲う。為す術もなく、葵は吹き飛ばされそうになった。
「くぅ……ぅっ」
 吐息が漏れ出た。いけない。呼気を溜めなければ運動をしなやかなものにできない。
 歯を食いしばって、唇を結んで、鼻の存在さえ忘れて、息を止める。
 意識が覚醒する。目の前の相手は未だ三撃めを振り切っていない。鈍器はこちらの胸元
にある。
「っっ」
 それをしっかりと見据え、
「ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!!」
 吠えた。ハシモトの右手首を捉える。自らの両手で。その部位以外は、彼女の瞳に写ら
ない。どうでもいい。それは後で考える。今は、この手を。手を。手を。
 粉砕。瞬間的にそれを握り潰す。食い込んだ十本の指に、ハシモトの駆るHMXの右腕
の装甲が悲鳴をあげる。彼の右手の五指がだらりと下がる。伝達線が死んだのだ。
 ハシモトは怯まない。『彼女』と感覚を共有しているが故に痛みは尋常ではなかった。
「だから、どうしたってんだ!」
 が、負けられない。『彼女』と僅かの損ねもない同調の中で、彼は吠え返した。
 痛みに怯えて闘いはできない。闘うのだ。闘わねば、痛みを与える者は気づいてくれな
い。闘って、結果を出してみせる。
 だから右腕を、自ら引きちぎった。遠心力。再び再開される攻撃。左のバックハンド。
 第四撃。
 だが、葵はそれをかわすつもりはない。飛び込む。バーニア全開で。ハシモトがそれを
葵に届かせる前に――ハシモトの背中に辿り着く。右肩から全体重を載せた体当たりが、
ハシモトを背後から貫く。仰け反って吹き飛ぶハシモトの左手からすっぽ抜けた棍棒が、
葵の左肩を掠める。追撃には移れない。さすがに、二人とも無理がたたってしまっていた。
 葵、ハシモト、ともに呼吸を荒らげ、構えすら取れない。

「とんでもないわね」
 志保・ナガオカは腕組みして、そんな感想を洩らした。
「あたしもそれなりにビデオとか見てきたけど、ここまで凄かったのは初めてよ」
「ハシモトは……」
 彼のパートナーにしてライバルが、不敵に唇を歪めた。
「奴は格闘技、という面では俺よりも遙かに劣っている。単純なパワータイプではなく、
パワーとテクニックを併用した、攻めを捌いて相手をやり過ごし、そこを叩くという型の
男だ。しかし、実際の実戦では相手のパワーの方が強すぎることがままある。故に攻撃が
捌けず、模擬試合ではファイター候補の中で最低の成績だった」
「しかし、そこに上層部が目を付けたって訳ね」
 志保がその先を読んで、言葉を引き継いだ。
「ことHMXファイトにおいてはパイロットの腕力は意味を為さない。カウンターを確実
に決められるだけの技量と動体視力。それをパイロットに求め、HMXのボディにいかな
るタイプの攻撃でも対処できる程のパワーと硬度を与えた……」
「奴の欠点は、HMXファイターとなることで克服された。あの『ハーン』HMXは、ま
さしく奴が繰って初めて真の威力を発揮する」
「あのHMXはパワーと防御力を、パイロットにはテクニックを担当させてるわけね。操
作は基本的にカウンター狙いだから、HMXのスピードは無視しても良かった。結果的に、
その判断がネオジャパンのHMX『9821』を圧倒できるほどのパワーを与えている訳
ね。ってことは、ネオジャパンはスピードを活かして立ち回ってくる、ってことか」
(ううん)
 あかり・カミギシは、会話に口を挟まずにそう心の中で呟いた。
 その胸中には、ハシモトの仕掛けた地雷に体勢を崩した葵が反撃を加えられる寸前の光
景。あの時、葵は確かに体勢を崩していた。だが。
 同じようにハシモトも体勢を崩していたはずだ。なのに、機動性を誇る9821が持ち
直す前に、ハシモトの繰るハーンが先に体勢を整え直して攻撃してきた。
 テクニックの問題ではない。これは、機体の性能の問題だ。
(パワーだけじゃない。スピードだって上回ってるよ。どうして? 出力をどんなに上げ
ても、装甲や武器を装備すればパワーやスピードは落ちてしまうのに)
 どんなに強力なモーターでも、加重が大きければ大きいほどスピードも力も落ちる。
 それと同じ事だ。
(私たちのHMX9821だって、かなりの軽量化をしてる。装甲は最低限の厚さしかな
いし、出力はクルスガワ・グループ最新の動力炉を使ってるから、同じようなものである
ことはあるかも知れないけど、これを上回るなんて……)
 正直に言えば信じられない。だが、現実だ。クルスガワを上回る技術を、ネオモンゴル
が有している、ということなのか? 全コロニー連合の各国において、発言力を持つ程の
規模のクルスガワの研究を上回っているということなのか?
 彼女は、上司である長瀬開発主任の顔を思い浮かべた。飄々として、今一つ掴めない男。
『いいですか、カミギシ君。科学者たる者は、事実を受け止めなければならないんですよ。
表層に誤魔化されていては、必要なデータに気づくことができないんです。謙虚に、だが、
大胆に物事を考えられるようになりなさい』
 いつかの実験で彼女が言われたことだ。
 藤田君はその辺りを掴めているようだから、彼の思考を辿ってみると面白いかも知れな
いね、などと付け加えて、彼はくすくす笑った(そのことを彼に言ったら怒ったのだが)。
 (謙虚に、見る……?)
「大胆な方も忘れんなよ」
 脇から声がした。
 驚愕して振り向くと、顔から爪先までHMXのコントロールスーツに身を包んだ男が、
彼女の隣で腕組みして二人の闘う様を眺めている。
 人間らしい意志を溢れさせたその瞳ばかりが、外気に晒されていた。
「浩之ちゃん……」
「人違いだ」
 臆面もなくきっぱり言い切った後、浩之は、ぽん、とあかりの頭に手を置いた。
「確かに、パワー、スピード、その辺はハーンの方が上だ。だが、9821よりも更に削
っている部分が、ハーンにはある。その差だ」
「…………えっ…………」
 見れば、葵が膝から炸裂弾を引き抜いて、ハシモトに投げつけるところだった。ハシモ
トは拾い直した棍棒を左手に、構わず向かってくる。吹き上がる土砂。それを裂いて揮わ
れるサーヴェル。特殊な材質で出来ているらしい棍棒は軽々と(どうもそういった材質ら
しい)それを受け止める。あちこちサーヴェルを受け止めたせいで痛んでいるが、分厚い
それは簡単にエネルギーを通さない。特殊な加工がしてあるのだろう。
 葵がヴァルカンを放つ。す、と身を退くハシモト。サーヴェルをエネルギー銃に見立て
て乱射する葵。一発を棍棒で弾いて、他は全てかわすハシモト。
 その一連の動作を改めて観察し……どういうことか、やっとあかりは理解した。
「確かにとんでもないパイロットではあるよな」
 謎の男がマスク越しからでも理解るほどに、にい、と口の端を上げた。

 ハシモトのライバルはその男を睨み付けた。
「何が言いたい」
「やめてくれよ。誉めてるんだから、さ」
 剣呑な彼の言い幕に、謎の男は手を振った。
「志保。オメー、この9821とハーンの勝負、スピード対パワーって言ったな?」
「言ったわよ。それがどーしたってのよ、ヒ――」
「違うって言ってんだろーが!」
 志保が口にしかけた固有名詞を、慌てて男が遮った。
「何が違うってのよ。なら、登場当初から何であんた、あたしの名前知って――」
「許せ」
 がすっ――
 背後にいる形のハシモトのライバルが、一抱えはある岩を志保に振り下ろした。
「台本(死海文書)の約束は絶対だからな」
 小さく呻く彼の足下で、彼女はとりあえず沈黙した。何となく地面が赤黒くなってるが
誰もそのことには触れない。
 こほん、と咳払いした後、ライバルが、中断した台詞を引き継いだ。
「確かに、こいつはそう言ったな。だが、それがどうした?」
「おいおい、とぼける気か? 実際は、ハーンはスピードでも9821を上回っている。
パワー対スピードなんて構図に囚われていたら、それこそ、心理作戦の思うつぼだぜ」
「……作戦?」
 あかりが、眉を顰めてその言葉を繰り返した。
 男が、彼女に一瞥を与えて、訊く。
「スピードが実際に上回れていることは気づいているな? だが、実際に相手にそれを感
じさせなかったら? 自分の方がスピードで上回っていると考えていたら、お前ならどう
闘う?」
「……………………」
 あかりは、そういったことには少し疎い方だった。男は彼女の答えを期待せずに、数秒
しか待たず先を続ける。
「オレなら、間違いなくヒット&アウェイ。一発叩いては反撃、またはカウンターを受け
る前に間合いから離脱するという戦法をとるね。
 だが、実際は相手の方が速かったら? 相手は攻撃に余裕を持って対処でき、その反撃
で相手の逃げる前を捉えることができる。そして、ヒット&アウェイの基本的な弱点は、
その威力の低さと――命中精度の悪さ。かわされやすいってことだ。攻撃が単調になれば
なるほど、カウンターは入りやすくなる」
 ハシモトのライバルは唇を噛んだ。
 見事に言い当てている。実際にこれを発案したのはハシモトだった。そのコンセプトの
下にハーンはカスタマイズされた。ハーンで動く時も、必要以上にスピードを出さないよ
うに、細心の注意を払ってコントロールしている。攻撃を、常に、ぎりぎり紙一重でかわ
しているように見せかけるのだ。このHMXにおいて彼でなくては発揮できない真価は、
まさにそこだった。
 それだけではない。どんな機体よりも素早く動けるようにするため、装備を殆ど削った。
 現に、9821はライトサーヴェル、そのエネルギータンク、マシンガン、ヴァルカン、
炸裂弾と、実に多種多様な武器を揮っているのに対し、ハシモトは不意を突くための地雷、
素手では受けにくい攻撃を受けるための可能な限り中を虚ろにした特殊素材の棍棒の二種
類しか使用していない。おそらく、9821はまだ、幾つか武器を内蔵しているだろう。
 だが、ハーンは残り1種だ――最大の奥の手。
「じゃ、じゃあ……」
 あかりがコンパクトを取り出した。
 通信機だ。
 それを、彼女のものではない、大きな手が押さえる。
「……えっ……」
「まあ、見ていろ」
 謎の男は、不敵な眼差しで含み笑いを洩らした。

 ハシモトは焦っていた。思った以上に、相手の反射神経がいい。相手が、がむしゃらに
突っ込んで来てくれるところを見ると、例の心理作戦は上手くいっている。相手の攻撃を
捌き、カウンターをかけるところまでは上手くいっている。だが、それが命中しない。
 更にそこから相手の攻撃が来ない。仮に来てくれれば、致命的なダメージにならぬよう
に受けて、今度こそどうしようもない一撃をお見舞いしてやれるのに。
 こうなれば、ばらまいた地雷が――
 思考の合間に、それは響いた。
 爆音。
 見れば、そのばらまいた地雷に足を取られた葵が、地に膝をついている。
(タイミングが良すぎる)
 ハシモトは素早く打算した。
(こちらをおびき寄せようという腹か? いつも向こうが先手を取り、こちらはそれに対
してカウンターで闘ってきた。だが、パワー型のHMXが攻め手に出れば、スピード型の
カウンターは間違いなく入る。問題はパワー型を一撃で倒せるかどうか、ということ……
 次の一撃によほど自信があるか、或いは捨て鉢になったか、だな)
 だが、それはパワー型対スピード型という構図においての話だ。実際は、こちらの方が
スピードでも上回っている。向こうの戦略は、向こうの一撃が必ず入ると想定してのこと
だ。
(だが、それは違う)
 まだ、向こうは知らない。こちらの方がスピードでも上だということを。
 必ず入るという油断を突いて、かわす。その無防備な硬直に、『あれ』を叩き込む。
 そんなシミュレートをしてみた。穴は――ない。
(決着をつけるぜ、嬢ちゃん!)
 そして、走り出す。

 地雷によって倒れ込んだ葵に、ハシモトが迫る。ライトサーヴェルは後方に取り落とし、
ヴァルカンも炸裂弾は使い切っている。マシンガンも手元にはない。エネルギータンクも
残り少ないはずだ。他の装備――ナイフなどの飛び道具も使い切っているはず。
 残る装備は一つ。だが、それも一撃持つかも怪しいほどに、エネルギーが底を尽きかけ
ているはずだ。
 あかりは祈った。

 ハシモトの予想通り、近づいていく中で、コマ送りのように、ゆっくりと、葵が、顔を、
上げる、――

 その右手が、ぼう、と光を灯す。そして、空を裂いて、放たれる。本来は、必殺の筈で
あった、一撃。だが。
 それは、のろい。のろい。のろい。何故なら。こちらの方が。速いはずだから。
 ぎりぎりで。かわす。胸を。浅く。薙いで。それは。過ぎゆく。
「終わりだ!」

 9821は。うごけない。かれが。むきだしにされた。むねを。かんぜんに。ろしゅつ
させて。それを。はなつ。
 あかい。あかい。あかい。ひかり。
 たくさんの。ひかり。
「ミリオンシューター!」

 そのこえに。こたえるように。
 かわされた、しょうじょの、めは。かわされても、なお、ひかりをうしなうことなく、
さらにその輝きを高めていく。
 迫り来る無数のそれ。線だ。赤い線。彼女に押し寄せるべくかわすことすら許されない
ほどに広範囲に向かって打ち出される線。線。それは彼女を簡単に打ち抜いて突き破って
しまうだろう。当たれば。
「この右手に――」
 側面にいるはずのハシモトに葵は背中越しに顔を向ける。不自然な曲がりよう。脇にい
るのに何故、彼女は後ろを見るように、彼を見る?
 彼女は、回転していた。
 背中越しに見据えた目標が、恐ろしいほど鮮明な輪郭、境界線、色彩を持って、彼女の
心に訴えかける。魂に直結した瞳が、それを糧に爆発する。
 闘志脈打つ右手の甲に輝くは、荒ぶる生命を形成った、世界唯一の紋章。
 そこに収束するは、迷いを許さぬ純白の色彩。
「キング・オブ・トゥ・ハートの名に賭けて――!」
 その誓いと共に、彼女の精神と同調している筈の9821の右手に何かが灯る。
 それは先程のような燻ったものではない。微弱な大気の振動が爆発を予感させる。
 ぐるりと回転させた左肩。それにつれ、押し出される右肩。溜めに溜めたエネルギーを、
全てそこに解き放つ。むしろ、真っ向から彼女はハシモトの技に飛び込んでいく。無数に
も思える直線群が、その脇を行き過ぎる。それは右手。まばゆく煌めく5つの指。それが、
ハシモトの光を屈折させている。彼女に向かおうとしたそれらを、悉くかき分け去ってい
く――
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
 我を忘れて、思わず口を突いてほとばしり出た衝動。赫と、皓が攻めぎ合う。
 お互いを削り合い、呑み合い、喰らい合う。
 全てが弾け飛んだ。
 閃光が、何もかも押し流していく。
 そして、世界が取り戻された後。
 そこにあったのは、相手の顔を掴んで片足で立つ葵の姿だった。

「私のこの手が唸って光る――」
 囁くような、声。しかし――
「想いを託して煌めき叫ぶ――」
 強い意志の込められた声。
 彼は、両目を伏せた。
 やれるだけやったのだ。悔いはない。
 静かな満足を、彼は受け入れた。
「HMXファイト国際条約第1条……頭部を破壊された者は、失格となる」

「……なんて、いつもは言うんですけどね」
 呆気に取られた表情を未だ崩せないままのハシモトに、葵は照れ笑いを浮かべてみせた。
 その後ろでは、確か彼女のメカニックだかが、ざっと9821の損害を見て回っている。
 不思議なことに、そのメカニックも若干の笑みを浮かべていた。
「あのな」
 ハシモトが、何度めかになる呻きを洩らした。
「今ここで倒さなくても、どのみち後でまた闘うことになるんだぞ? まさか、その時も
勝てるつもりでいんのか?」
「さあ……どうでしょう」
 葵は、空を見上げた。
 ファイトの最中は、晴れ間を広げていた空が、再び気まぐれにどんよりとした雲で、自
らを埋め始めている。
「ただ、あなたが、あのHMXさんを大事にしているってことをあの時に知って、何だか
……凄く、嬉しかったんです。私も、大事なものがあるから」
 空を見上げたまま、言葉を紡ぐ。
「私、強くなりたいとは思ってました。でも、それは、他人を傷つけるためのものじゃな
い。そんなつもりで強くなりたかった訳じゃない。こんな大会も、嫌でしょうがなかった
んです。大事なものを守るためとはいえ、どんな理由であれ、他人を傷つけているんだ、
って」
 右手のスポーツドリンクを傾ける。体が清涼感に満たされていく……
「あなたが、教えてくれたんです。国の覇権がかかっていようがいまいが、自分にとって
の何がかかっていようが、傷つけることだけを闘いとは呼ばないんだって。逃げることも、
語り合うことも……そして、拳をかわすことも。真剣に自分の想いを込めなければ、それ
は闘いとは呼ばないんだって。闘うことが傷つけることと同義なんだって、心のどこかで
怯えてましたけど、違うんですよね。闘った結果、傷つくこともあるというだけ。それを
忘れていたから、私、闘うことが辛かった」
 俺が、教えた? ハシモトは、思いっきり渋面を作ってみせた。自分は、彼女から逃げ
ていたのだ。その俺に教えられたということは――
(反面教師、かよ)
 胸中でぼやきながら、彼は眼差しを更に険悪なものに変えた。
「まさか、それを教えてくれたお礼に見逃してやる、なんて言い出す気じゃねーだろな」
 その言葉に、彼女はきょとんとした。
「いけませんか?」
 ハシモトは心の奥底から嘆息した。
「あのなー……」
 何度めかの忠告をしようとして、ハシモトは何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。
 そのまま背を向けて、歩き出す。黒服の男たちが、待っている。彼らが立つ草原の方へ。
 彼は、低い声で告げた。
「俺は、手加減しねえぞ。次は必ず勝つ」
「私も、負けません」
 葵の笑顔が、振り向いて見ずとも背中に刻み込まれる感じがして、ハシモトは篩い落と
すように肩をすくめた。
 甘い。甘い。どうしようもなく甘い。だが、そのために、彼女が――そして自分が、己
の本来を取り戻していること。それは悔しいが認めざるを得なかった。
 彼女は、負けないだろう。右手の紋章以外の何かに賭けて。
 ――あなたは?
<彼女>がそう訊いてきた。
「勝つさ」
 小さく呟く。少なくとも、あの馬鹿に現実ってものを教えてやらなければならなくなっ
た。
 ――が、その馬鹿は――
「Flyng the sky」
 どこかで聞いた曲。口ずさんでみて、ふ、と苦笑した。
 そう。あの馬鹿は、既に手の届かないほどの高みにいる。
(必ず。追いついてやるさ)
 ハシモトは記憶を辿るように唇だけで歌いながら、あの馬鹿も見ているであろう曇天を
見上げた。
 黒と白。或いは灰色の混濁した世界。彩りを忘れた存在。
 だが、その遙か向こうには、別の空が広がっているはずだ。それこそ、馬鹿だか単純だ
かに青い、青い空が。あの馬鹿の名を冠した形容詞にふさわしいほどに澄んだ空が。
 彼は、いつの間にか自分が足を止めていることに気がついて、自分の中の何かを振り払
うように、やや大股で再び荒野の大地に足跡をつけ始めた。

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 やっとでお届けできます。L6です。既に、脳味噌が正常に動いておりません。何だか
いい感じです。散々泣き言をこちらにイブだっていうのに時事ネタも書かず、言い訳で伝
言板を汚し、その中で公言した日付すら守れなかったというていたらく。
 でも、どーでもいいです。眠い。ひたすら眠い。なら書くなという説もなきにしもあら
ず。ああ。言い訳したいけど、誰も信じてくれないでしょう……知りたい方はメール下さ
い。『Runeの地獄日々2』がもれなくついてきます(笑。と書きたいが、そんな気力
もない……)。ああ。今つまらない冗談聞いたら、傍らでそれ言った奴の口に、オールド
の瓶を詰めてしまうかも知れません。ったく。

 このお話。実は、できていました。はい。中身は全く違いますが。加筆修正して、出来
上がった2ndバージョンを20%ほどは受け継いでおります。残りは全て書き直しです。
その全ては、木曜の朝いっぱいから全て書き直しました。で、今に至ります。そこまで気
合い入れても、あまり意味はないんじゃとか思われてる方。
 まさしくその通り。
 自分、「〜〜た」と「〜〜だ」のどっちにしようかと迷って数十分もがく男です。
 本気で駄目です。全く。しかも、その文章は削りました。いやあ。馬鹿笑い。
 下書きの分も含めれば、40*40で50枚いくかも知れません。これは、どうにか9
枚と半分でまとめてあります。あ。本編は、です。
 短く。
 こんな感じで。
 書くなら。
 多少長くても、苦にはならないのでしょうが。かなりびっちり書き込んでしまいました。

 BGMは前半=雫のバトル、エンディング=葵ちゃんの例の曲(好きなんです。これ)
って感じです。ていうか、これずっと回しながら書いてました。2曲とも、短いっ!
 もう頭から爆弾電波が飛び出してきそうな気分です(って、メールボムじゃないですよ?)。

 この話は、とばしまくった箇所が多いです。でも、まあ、バトルっぽいからよしとしま
す。してください。お願い。全部省略しないで書いたら、分量はこの3倍になるのです。
 ここで色々解説するのも長くなるのでやめにします。エンディングありきたりやん、他、
自分なりの見解は、いずれ(といっても近い内になるでしょう。多分、過去ログ読んでる
方が先に解説読むことになるくらいには早く書くことになると思います)。

 みなさん、予定書かれてらっしゃいますので、自分も倣います。
 とりあえず、Lの続きは先延ばしです(続くわけ……?)。きちんと次のフランス編の
プロットが組み上がるまでは書かないことにします。
 次の話は、『償』。彼女と、それから、C教師役に大抜擢され、そのお祝いか、SSで
見事フェニックス的カムバックを果たした彼のお話。それが、SSらしいSSを初めて、
真面目にお見せできる機会です。
 その後に、声を大にして言わせていただきます。
『Leaf広報さま、独立化、ありがとうございます!』と。

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 以下、感想&お返事って……ジン・ジャザムさまもメールアドレス持たれたようだし。
久々野さまはほぼクリスマスネタだったし……「痕メモ(あとめも、と読んでます)」の
話は、やられましたとしか書けないし。
 そもそもお二方とも当分いらっしゃらないって話だったな。
 クリスマスネタに関しては、感想は書けないです。嫌いというよりも、むしろ、辛い。
 悪い意味ではなくて。あまり、おめでたい日にはいい思い出がないんで(弱々しく笑)。
 人の笑顔を見るのは好きなんですが。自分も同じように笑うことができない。
 ……………………
 何か、祐介入ってますねー。この文章。むかつくって方は仰って下さい。消します。
 疲れてるときは駄目だな。何かのせいにするのも良くないけど。
 とりあえず、自分以外の方に!
 メリークリスマス!
(一日遅いです。それって)「うっ」