起動武闘伝L3 投稿者:Rune


『そこにいない理由』

 その日、彼は泣いていた。
 闘って。
 闘って。
 闘い抜いて……そして、彼はその日に、その行いを罪と自覚してしまったのだった。
 彼は、それをスポーツと信じていた。
 HMXファイト。スポーツというジャンルに、自らの偽善を塗り込めて繰り広げられる
それ。
 それは、ひどく上手いやり方に思えたのだった。そして、それに率先して加担していた。
 だが、それは最も卑劣な殺し合いであることを、その日に悟ってしまったのだった。
 彼は怯えるように泣き続ける。それは後悔や、苦痛から来るものではなかった。
 純粋な恐怖。裁きを待つ罪人。
 だから、彼は、逃げ出した。

 夜が更けつつある。
 ネオジャパン代表の葵・マツバラは赤いマントをひっかけて、窓枠に腰掛けていた。
 星も、月もない夜。ただ、湿った風が、彼女の頬を撫でる。伏せられた目許の睫毛は、
余分な力を抜かれていて、空気に微かに揺れるばかり。
 束の間の安らぎ。明後日にはこれを手放して、対戦に望むはずだった。
 対戦相手のネオモンゴル代表である、ハシモト選手が行方不明という話を耳にしたのは
数時間前のことだ。
 ちなみに、この情報は非公開に間違いない。当事者の葵が知らなかったのだから。ネオ
モンゴル側が伏せているのだろう。
(どうして?)
 彼女は唇だけを動かす。音もなく。
(どうして、その人は逃げてしまったの?)
 言うまでもない話だが、HMXファイターというのは国をあげてバックアップされる、
まさに『英雄』的存在だ。誇りに思う者こそ多くとも、嫌悪の対象にはおよそ程遠い肩書
き。単なる失踪なら、事故なり気まぐれなりで片付けられるのかも知れないが……
(でも、それなら追われることはないはず)
 夕時に、彼女は一人の男と会った。名前は知らない。
『ざけんな! とっとと奴を出せ!』
 その男は確かにそう言っていた。
(なぜ? なぜ、逃げ出したの? 恐怖?……でも、それなら初めからファイターになる
訳がない……)
 彼女はかぶりを振った。気がついてしまったのだ……その奥底の反問に。
(なぜ? なぜ、私はファイターになってしまったの? あの人を救うため?……無理よ、
優勝なんて。私が強くなれた理由は、あの人がいたから。あの人が、私を受け止めていて
くれたから。ここにいるのは、ネオジャパン代表にふさわしい葵・マツバラじゃない。私
じゃない私。あの人を助けるために私がいなくちゃいけないのに、その私は……)
 きゅ、と唇をかみしめた。顎を上げ、無理に両目をこじ開けて窓から降りる。
 電気を消す時に、彼女は暗い笑みを浮かべた。
(対戦相手は両方とも不在、か)
 ……………………
 ……彼女は歯を食いしばった。

 夜が更けつつある。
 男は黄、赤、黒の三色でまとめあげられた全身タイツ姿で、電気が消えた葵の部屋の窓
を通りの陰から見上げていた。
 頬のマスクに手を当てながら、男は少し目を伏せて、そのまま風に吹かれた。

 夜が更けつつある。
 そんな中、あかり・カミギシは彼女を待っていた。
 やがて、ホテルのロビーに、その人物が入って来る。
「志保。こっちだよ」
 控えめな彼女の呼びかけに、しかし志保はすぐに反応して右手をウィンクとともに軽く
上げた。
「やほ」
 元気そうじゃない?……いつもならそんな軽口を彼女は叩く。
 が、その夜に限っては違った。
 その一言だけ。
 元気である筈がない、と理解っているからだろう。
 そんな心遣いが、今のあかりにとっては何よりも暖かいものを心に染み通らせた。
「行きましょ。お酒、大丈夫よね?」
 志保は、そんなことを言いながら、冗談めかして少し瞳を潤ませるあかりの腕を取った。

「……成程ねー。それでマツバラさんが出てるわけか」
 こつこつと人差し指でテーブルを叩きながら、呟くように志保は相槌を打った。
「今回HMXファイト大会の大本命、長瀬・イースタンドーブインヴィンシブルの直弟子。
 注目とスカウトの引っ張りだこだった彼女。ネオジャパン代表を一度は断り、さらに周
囲からの期待を集めたものの、どの国からの誘いも蹴ってコロニーから地球に降り、その
まま流浪を宣言した曰く付きの選手が、今大会に前言を翻してまで参加した理由。
 ……嫌な話ね」
 あかりはうなだれたまま、大したリアクションもなく、グラスを両手に収めたまま、瞳
を少し空けた。
 慣れた手つきで煙草に火を点けると、志保も、それきり黙る。
 BGMがけだるく流れていく。昼間に葵と待ち合わせた時と同じ曲だ、とあかりはぼん
やりと考えた。二人とも容姿のレヴェルは高い筈だったが、それを覆い隠すような二人の
暗い雰囲気が、邪な目的を持った男たちを遠ざけている。
「葵ちゃんのことは、私たち、知っていたからね。正直、ネオジャパン代表になる、って
聞いた時の方があたしは驚いたわよ……あの娘、私欲で他人を傷つけることのできない娘
だもんね。強くなりたい、っていう理由だって確か、来栖川さんの妹さんに憧れてたから
なんでしょ?」
「うん」
 あかりは目を伏せた。そのまま別のことを思う。
(私は卑怯だ)
 志保はそんなあかりの横顔を横目でちらりと見るが、あかりは酔いも手伝ってか、志保
が言葉を切ったことにも気がつかない。
(卑怯だ……)
「全然卑怯なんかじゃないわよ」
 志保の言葉に、あかりはびっくりして目を開いた。
 あかりの反応を待たずに、志保はわざと軽い口調で後を続ける。
「いい? 卑怯っていうのは自分にできることをしないで傍観する。或いはしなくちゃな
らないことを前にして、楽な方を選択してやり過ごしちゃおうとすることなのよ」
「……………………」
「あんたはできることをやったの。そして、今なお立ち向かってるの。
 あんたのことだから、葵ちゃんに連絡取ったことを悔やんでるんでしょ?」
「だって」
「だってじゃないの。あんたが闘えるわけじゃない。なら誰が闘えたか。あんたはベスト
の決断をしたのよ。ヒロの馬鹿を助けたいんでしょ? 大事なのはそのこと。それ以外の
ことは思い悩んでもしょうがないじゃない。ヒロを見捨てるつもりだったんなら話は別だ
けどね」
 あかりは黙り込んだ。
 志保も息を継ごうとして、軽薄な口調がいつの間にか後半から熱い口調になっているこ
とに気づく。
(酔ってるわね。あたし)
 思いながら、少し口調のペースを落とす。意識してはいないのだが、それと同時に、押
しつけるような表現から言い聞かせるような言葉遣いに変わる。自覚はあったが、あえて
それを直そうともせず、彼女は瞼を半分落として、グラスの氷を見つめた。
 口許には僅かな、そして少し寂しげな笑み。
「何よりね。もしその時黙っていて、葵ちゃんが喜んでくれたと思う? 葵ちゃんは絶対
悲しむわよ。『何で自分に連絡を取ってくれなかったんだ』って。あの娘はそういう娘よ
――ううん、みんなそうよ。みんな、自分の力の範囲内でできることをしたいって思う筈」
 だって、と言いそうになって、彼女は不自然に言葉を中断した。
 だって?
 彼女は瞼の裏に熱いものがこみ上げてくることを否定しながら、立ち上がった。
「あたしだってそうよ。あたしにだってできることがある筈。きっと、どこかに。親友は
こーゆー辛い時のためにいんのよ」
 あかりに背を向けて、志保は歩き出した。
「さー、次の店行くわよぉ! 暗い話はここまでっ! 次は何か美味しいものでも食べま
しょ! いい店知ってんのよぉ、あたし」
 景気良く笑いながら、ついてくるあかりの気配を受け止めつつ、志保は今の内に堰き止
められなかった涙を全て押し出してしまおうとした。
 だって? その先はあかりの前では絶対に言えない。
 言えば、同じ者同士であることが理解ってしまうから。
(あたしにできるのはこのくらいだもの)
 唇をきつく結んで、よく見えない足下を見ないようにして歩く。
 誰かの椅子だか足だかに蹴躓いて、彼女は派手な音を立てて俯せに倒れた。
「……きゃあっ!」
「……だ、大丈夫、志保?」
「痛つつ……」
 駆け寄るあかりに、志保は涙混じりの笑顔を見せた。
 胸中で呟く。
(あたしにはこのくらいしかできないのよ。さっさと、帰ってきなさいよ。
 でなきゃ……)
「馬鹿」と口に出した。BGMに紛れたそれは、誰の耳に留まることもなく、消えていく。

 葵は、活気のない朝の通りに立っていた。いつもの赤いマントを風になびかせて、唐突
に走り出す。
(まずはどこに行こう)
 少し迷って、葵は裏通りを行くことにした。人気のない場所の方が、何かとやりやすい。
(問題は、どこが人気がないか理解ってないことだけど……)
 その辺りは出たとこ任せでどうにでもなるだろう。

 一時間も走り込んだだろうか。
 葵は山道に入り込んでいた。
(師匠を思い出すなぁ)
 微笑を浮かべながら、整備されていない獣道を飛び移るように移動する。木の幹を蹴っ
ては体を捻って次の木に跳躍。その途中、丈夫そうな枝を右手で掴み、勢いを利用して一
回転。呼気を吐いた時は既に林道を見下ろせるほどの宙空。
 束の間の朝の景色。町並みはまだ眠りから覚めきっていない。それ以外は果てしない荒
野。この山を除いて。
 少し心を曇らせたが、それを断ち切るように、彼女を重力が手招きする。
 それに応じて、葵は地面を見据える。加速していく自分を愉しみながら、着地の寸前に
身体を丸める。足の裏に伝わる確かな手応え。
 それを推進力に変える。凄まじい音を立てて岩が、彼女の脚力に声援を送る。
「せいっっ!!!!!」
 ダッシュから伸びるのは必殺の掌――巨大な球形の岩石に叩き込まれる。
 ――と。
 ぐらり、と岩が揺れた。
(!?)
 そんなに力を込めたつもりはなかったのだが、実際は不安定なそれを動かすに足る衝撃
を与えてしまったらしい。
 まともにバランスを崩す葵。
「っきゃあ!」
 ……俯せに転倒した。岩場に顔面が直撃する。
 動かされた岩は一メートルほど動いて段差か何かに引っかかったらしく、転がりだしは
しなかった。
「あうう」
 とりあえずそのことを幸運に思いつつ、葵は鼻を押さえた。何だか感覚が麻痺している。
 鼻血だけは勘弁して欲しいな、と思いながら、何だか呻きを洩らしてみた。
 幸い、その辺は女の子の特権というか、そういった類のものでどうにかなってくれたよ
うだが。
「う〜〜(泣)」
 目尻に涙。少し削がれているとはいえ、巨岩を動かす程のスピードで地面に激突したの
である。痛いのはどうしようもなく当たり前だった。
「大丈夫か、君?」
 背後から突然かけられた若い声に、葵は顔を合わせないままにこくこくと頷いた。
「そうか……どうしたんだい? あの岩に腰掛けてでもいて、いきなりごろっといっちゃ
ったからそーなったのかな?」
「あ、いえ、ちょっと、その……」
 実は岩に掌底を打ち込んでいたんですとは打ち明けられず、彼女は初めて男の方を振り
返った。
「あああああああ!?」
「げっ! まさか!?」
 二人は同時に声を上げた。
 葵を見下ろすように立っていたのは女好きのする甘いマスクの青年。
 その青年に、葵は人差し指を突きつけて山中に響き渡るような声で名を呼んだ。
「ハシモト選手!?」

 その数百メートル手前で、男は無意味にその場匍匐前進をしながら無線に連絡していた。
「奴を見つけました。ネオジャパンのファイターと一緒です」
『場所は?』
「山の中腹です。うっ!」
『どうした!?』
「い、いや、電波が頭に響いてくるような気がして……えへへ」
『……………………』
「ば、場所、でしたね? げへへ、そんなこっただ聞いちゃいやん! ちょうど、街とは
反対側の斜面? みたいなー」
『……そ、そうか。では後で合流するぞ』
「今なんて嫌ぁぁぁ。も・お。すぐに、し・て」
『あ、ああ。理解った。す、すぐに……うっ!?』
「……電波、届いた?」
『届きましたわ、セニョリータぁ』
「うふふ」
『うふふふふ』

 ……と、とりあえず続くっ!(うっ!?)
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 すみません! 俺はもう嘘つきです! はったり使いだ、ブラフマーだー!(おい)
 前編で2話完結、2話で3話完結とか言ってたくせにぃ!
 既にこの3話で、後、最低残り2話は考えているしぃ!
 まさかこれほど長くなろうとは……(泣)
 いいわけはできるんですが、しません。
 ううう。なら345をまとめて送ろうかな、とか思っていたのですが、00:30時点
で明日のテストの勉強に手を着けねばならないんですよ(泣)。これ落としたら留年必至
ってやつが。明日は早く帰ってこれるので4くらいは書けるんですが、明後日にも試験が
控えている(泣)。5はその後になりそうです……(<4を書かずに勉強しろよ。笑)

アルル さま:
 お世辞でも嬉しいです。有り難うございます。でも、ここの方々はかなり気合いの入ら
れた方々ばかりで、恥ずかしくないものを仕上げるというのは、かなりプレッシャーかか
るんだな、と改めて実感する次第です(でも、これだってあまりみられたものじゃ)。
 実は飛鳥使いだったりします。前回、部活動の代表で出るあかりの動機付けが丁寧で、
「あああっ、いーないーなあ!」と独り言しておりました。
 芹香さんが結界を張るあたりとか、優柔不断ではあるけど頭は決して悪くないあかりの
作戦なんかが、キャラをしっかり把握していて、自分には実に羨ましい話です。
 ラストのあかりの胸きゅんなんか絶対思いつかない人種なんですよ。しくしく……(今
回は{相対的に}少しだけ頑張ってみたんですが、いかがでしょうか? 志保は青春物語
として最高のエンディングだったので、開発の方の裏話を見ながらせひ書きたいと思って)
 攻防、すごいですね。一試合における動きが結構多いです。自分の場合、絶対息切れ起
こすでしょう。魔法をかわす様も理解りやすいです。
 あと、書き込みについて。うーん。やっぱ、これは異常なんですか。了解! 以後は気
をつけることにいたします。

鈴木 Rose 静 さま:
 そーなんですよね。ロボットって人に作られた以上、人格権以前に、人間に逆らわない
というコンセプトが既に存在しているわけで。マルチはとことん「いい子」な訳ですけど、
それは醒めた目で見ればそのように作ってあるからそうなんだ、って見方もできるんです
よね。別に、それで何か不都合がある訳じゃあない。でも、人間から対等な扱いを与えて
いると勘違いしてしまったら、これは思い上がりってもんです。同じ心を持つ生き物とし
て、結構、辛いものがあります。俺個人的には、マルチのエンドはハッピーとバッドの両
面を併せ持つというイメージが強く残っています。マルチのエピソードは、だから、二度
もやり直して見る気にはならないです。ネガな言い方ですが、それを踏まえて主人公は果
たして彼女を愛することができるのか。できる、と言い切るのは簡単なんですが……
 あのエンドは、エンドと言うよりも始まりなのかも知れませんね。志保みたく(勝手)。

SGY さま:
 とうとう今回も紋章の名前が出せなかった。悔しがるほど大したものでもないんですが、
最初のコンセプトがまだ出せないって言うのはもう無能の局地かも知れないです(泣)。
 意識してギャグが書けないっていうのは、初めての経験です……
 どーなるんでしょう。これ。春に完結します! とか抜かしつつ結局夏まで引っ張った
あれみたいです……出来は、無論遙かに劣りますが。
 
久々野 彰 さま:
 読みましたです。「突然現れて凄く恐ろしいもの」。3ですよね。「馬に蹴られて〜」
の方でしたか、確か。……しっかし何があったのか……ひぃ。
 デンパマンって……そうか……戦隊だったのか(笑)。しかもデンパ・スレイブ(笑)。
 目標の精神に収束して精神界を破壊し尽くしてから物質界に残る威力を解放するという、
禁断の技(笑)。次は何処まで壊れているんでしょう。もう、楽しみ楽しみ。くっくっく。
 ところで源四郎とケンシロウが一瞬だぶって見えたのは自分だけでしょうか?(笑)

ジン・ジャザム さま:
 耕一は果たして巨大化するのか? それとも、乗り込むのか?
 ……どう料理されるのか、楽しみにしております。零号機のパイロットは……
彼女なんですかね? うーん。物腰からすると……うーん。

セリス さま:
 あはは。実は俺はガンダムには詳しくないんです。Gを知ったのは友人から、
「これを見ずして男を語るでないわああ!」
と叱られまして……もともとTVを見ない人間だったので(専らゲーム。不健全。笑)、
Gとエヴァぐらいしか見てないという……
 本格格闘小説になれればいいな、と思ってはおりますが、駄目かも(笑)。
 好きな方が多いとのことで心強くある半面、戦闘シーンで(ここに)敵を増やしてしま
うのではないかとびくびくしております。

西山英史 さま:
 一発ネタと言わず、別の形態もまた見てみたいですぅ。最終話を見てから、あれはギャ
グ! と決めつけていたりして……(汗)
 ご期待に添えるよう頑張りますが、至らない点があったら是非ともご教授をお願いしま
す(いや、本当に)。アイパッチのおじさま役が志保であることには誰も気づいてもらえ
ないだろうなあ。書き忘れてしまいましたよ。

dye さま:
 天使邂逅、読んでます。流転がどう件の目つきの悪い主人公を巻き込んでいくのか、注
目しております。志保の小粋なところが大好きです。

岩下信 さま:
 KOF決勝戦! 描写とか間合いとかここから拝借することもあるだろうと、ちまちま
と(出せる分を)メモに落としております。格闘技系は全然駄目なんです、ほんとは。つ
たない比喩表現並べてる自分にはとても参考になるんですよねえ……ちなみに俺は草薙、
真吾、アテナまたはキングを使っております。弱いです。ゲーセンの店員なのに、簡単に
乱入されて負けます。くそー! 暴走使うなよお!!

パルティア さま:
 うわああ。酸っぱい、で、ぞくりとしましたよう。あああああああ。な、なんてやばげ。
 ど、どーなるんだろー。いや、どーするんだ、主人公!?

Kさま:
 うわあ。よく見たら脱字が! しかもロビーの描写がすげえ甘い! すみません!