長瀬馬鹿一代 投稿者:kyadon 投稿日:1月20日(土)03時28分
 来栖川電工の第七研究開発室HM開発課、その一室にメイドロボの開発スタッフ
が集まっていた。
「石塚君、先月マルチは何台売れました? 」
「はっ、2台です、長瀬主任。」
「あんなに愛らしいマルチがちっとも売れないというのは、どういうわけ
なんですかねえ。どうすればもっと売れるか考えてくれませんかね。」
「はっ、わかりました。長瀬主任。」
 そういって長瀬以外のスタッフ達は全員部屋を退出していった。
 
 「みんな、話がある。マルチについてだ。」
 「なんです? 石塚さん。」
 「マルチ、ちょっと来てくれ。」
 「なんですぅ、石塚さん。」
 マルチがとてとてと寄ってくる。
 「今まで主任にはどうしても言えなかったんだがな、心を持ったロボット
なんて本当は作れなかったんだ。」
 「えっ、じゃあマルチはどうして? 」
 「マルチには心があるじゃないですか! 」
 「それを今から説明する。マルチちょっと脱いでみてくれ。」
 「はいですぅ、石塚さん」
 
 マルチは自分の頭を両手で挟み込むようにして持ち、そのまま持ち上げる。
すぽっ、という音ともにマルチの頭が抜けた。
 
 「いやあ、やっぱこれかぶってると暑くてたまりませんよ。これで時給850円
は安いですね。」
 「だ、だれです、彼。」
 「バイトの大学生だよ。いままでずっとシークレットマルチスーツを着てもらって
マルチを演じてもらったんだ。」
 「じゃあいままで売ったマルチは?」
 「心もない、掃除もろくにできないロボットさ。」
 「だから売れないんですね。」
 「そう、だがもう主任をごまかすのも限界だ。マルチにはお嫁に行って
もらう事にする。君も今日までご苦労だったね。」
 「いやあ、結構楽しかったですよ。これ着てると自分が本当にマルチになった
ような気がして。自分がもうこれで彼には会えない、と思うと悲しくて
悲しくて。おもわずあんな事やこんな事までしてしまいご主人様って呼んで
しまいましたよ。」

 翌日、長瀬のデスクに石塚が駆け寄ってきた。
 「大変です、主任。マルチが置き手紙を残して失踪しました。」
 
 お父さん、わたしを作っていただきありがとうですぅ。今日わたしは
わたしのただひとりのご主人様のところにお嫁にいきます。今まで
ありがとうございました。
 
 「マルチが失踪した以上、もう心のコピーはできません。以後は心のない
マルチを制作しましょう。」
 「なにをいい出すかと思えば。
 もう一度、心を作ればいいだけじゃないですか。」  
 
 (石塚さん、結構馬鹿だね。)
 (ああ、出世しないね。)