来栖川電工の第七研究開発室HM開発課、その一室にメイドロボの開発スタッフ が集まっていた。 「石塚君、先月マルチは何台売れました? 」 「はっ、2台です、長瀬主任。」 「あんなに愛らしいマルチがちっとも売れないというのは、どういうわけ なんですかねえ。どうすればもっと売れるか考えてくれませんかね。」 「はっ、わかりました。長瀬主任。」 そういって長瀬以外のスタッフ達は全員部屋を退出していった。 「みんな、話がある。マルチについてだ。」 「なんです? 石塚さん。」 「マルチ、ちょっと来てくれ。」 「なんですぅ、石塚さん。」 マルチがとてとてと寄ってくる。 「今まで主任にはどうしても言えなかったんだがな、心を持ったロボット なんて本当は作れなかったんだ。」 「えっ、じゃあマルチはどうして? 」 「マルチには心があるじゃないですか! 」 「それを今から説明する。マルチちょっと脱いでみてくれ。」 「はいですぅ、石塚さん」 マルチは自分の頭を両手で挟み込むようにして持ち、そのまま持ち上げる。 すぽっ、という音ともにマルチの頭が抜けた。 「いやあ、やっぱこれかぶってると暑くてたまりませんよ。これで時給850円 は安いですね。」 「だ、だれです、彼。」 「バイトの大学生だよ。いままでずっとシークレットマルチスーツを着てもらって マルチを演じてもらったんだ。」 「じゃあいままで売ったマルチは?」 「心もない、掃除もろくにできないロボットさ。」 「だから売れないんですね。」 「そう、だがもう主任をごまかすのも限界だ。マルチにはお嫁に行って もらう事にする。君も今日までご苦労だったね。」 「いやあ、結構楽しかったですよ。これ着てると自分が本当にマルチになった ような気がして。自分がもうこれで彼には会えない、と思うと悲しくて 悲しくて。おもわずあんな事やこんな事までしてしまいご主人様って呼んで しまいましたよ。」 翌日、長瀬のデスクに石塚が駆け寄ってきた。 「大変です、主任。マルチが置き手紙を残して失踪しました。」 お父さん、わたしを作っていただきありがとうですぅ。今日わたしは わたしのただひとりのご主人様のところにお嫁にいきます。今まで ありがとうございました。 「マルチが失踪した以上、もう心のコピーはできません。以後は心のない マルチを制作しましょう。」 「なにをいい出すかと思えば。 もう一度、心を作ればいいだけじゃないですか。」 (石塚さん、結構馬鹿だね。) (ああ、出世しないね。)