「ヒロ。今日は何の日だか知ってる?」 昼休み。突然教室に入ってきた志保は俺に向かってそんな事を聞いてきた。 もちろん前振りも何も無い。いつもの事だが。 「は? 今日?」 「そうよ。今日」 今日って……11月7日、だよな。 文化の日は終わったし、勤労感謝の日は確か23日だったし…… 「あんた。祝日の事考えているんじゃないでしょうね」 「ほう。よく分かったな」 「あんたの単純な考えなんてお見通しよ。だいたい祝日だったら学校に来ている わけ無いじゃん」 「確かにな。という事は祝日じゃないんだな」 「当たり前でしょ。あんたの頭の中は休みの事しかないの?」 志保は手を腰に当てて呆れたような顔をする。 休みの事ばかり考えているのは俺と同じくせに。 さて。祝日じゃないとすると、後は何かの記念日か? 時の記念日じゃないし、ひな祭りでもないよな。 …… …… 待てよ。確か今日は…… 「お? その顔は分かったのね?」 「しまった。俺とした事が……」 「よしよし。分かればいいのよ。分かれば」 「今日は火曜日じゃねえか。埋めたてゴミの日だぜ。捨ててくるの忘れてきちま った」 「そうそう。ゴミって捨てても捨ててもたまってくるのよねー……って、違うで しょ!」 「え? じゃあ生ゴミの日だったか?」 「あんた。ゴミから離れなさい」 じゃないとすると何の日だ? 志保が分かっている事を俺が分からない、という事が無性に腹が立つ。 だが悔しい事に何も思いつかない。 いや。ちょっと待て。 まともな事をこいつが聞いてくるはずが無い。 何か企みがあるはずだ。 こうなったら片っ端から言ってみるか。 「じゃあ、ゲーセン勝負の日か?」 「違う」 「借金の返済日だろ?」 「誰がお金を貸したのよ」 「志保ちゃん情報1周年とか?」 「何それ」 その後も思い付くまま言ってみたが、ことごとく否定されてしまった。 一体何だと言うんだ? でもギブアップは出来ない。そんな事をしたら志保の思うつぼだ。 そこで俺は志保の表情から推測してみる事にした。 適当な事を言って、その表情の変化から読み取ってやろう、と言う訳だ。 とりあえずは今の表情だな。さぞかし勝ち誇った顔をしているんだろう。 と思っていたのだが、予想に反して苛立っているような顔だった。 ん? なぜ志保が苛立つ…… 「あんた。本当に分かんないの?」 志保の表情に疑問を持っていた俺へ最終忠告のように志保が言い放つ。 口調がややキツイ。 「ああ。分かんねえなあ……」 降参、冗談、どっちとも取れるような返事を返す。 すると志保の表情がみるみる変わっていった。 「何よ! もういいわよ!!」 「!?」 突然、志保がかんしゃくを起こした。 予想もしていなかった行動に戸惑う俺。 志保はそんな俺を完全に無視して、早足に教室を出ていった。 後にはポカンと口を開けた俺だけが残された。 何だ? あいつは。 勝手に問題出しておいて1人で怒る奴があるか? 大体答えは何なんだよ。 「志保の誕生日だよ。浩之ちゃん」 突然背後から答えが返ってきた。 振り向くと困った顔をしたあかりが立っていた。 「志保の誕生日? 今日が?」 「うん。11月7日。間違いないよ」 「そうか。知らなかったな。でも何でお前がそんな事知ってるんだ?」 「え? だって、親友だもん。当然だよ」 さも当たり前と言った顔で答えるあかり。 女の子ってそんなもんなのか? 俺は雅史の誕生日すら知らないぞ。 「そんな事よりも、早く志保に謝ってきたほうがいいよ。浩之ちゃん」 「あん? 何でだ?」 謝るのは勝手に怒ったあいつの方だろ。 「だって……」 「?」 あかりの表情がすっと暗くなる。いつものあかりには無い、どことなく影のある 顔だ。 そしてゆっくりと口が動いた。 「だって、女の子ってそういう事、結構根に持つんだよ……」 「!?」 おい…… あかり…… その信憑性たっぷりな一言はまさか…… しかしあかりはまたいつもの笑顔になって、 「あ、でも、志保は大丈夫か」 と言った。 「なあ、あか……」 キーンコーンカーンコーン…… 「あ、5時間目が始まるね。じゃあ、後でね。浩之ちゃん」 事の真相を確かめようとした俺の言葉はチャイムにかき消されてしまった。 それを知ってか知らずか、あかりはチャイムとほぼ同時に自分の席へ戻っていっ た。 後には言葉を失った俺だけが取り残された。 ……女ってそういうものなのか? ……あういうドロドロしたのってドラマだけの事じゃ無かったのか? ……これは今日にでも志保に謝っておいた方がよさそうだな。 ***** その日の放課後。 目の前にはニコニコしてヤックのバリューをほおばっている(もちろん俺のおご り)志保がいる。 「何? 私の顔に何か付いてる?」 「いや。別に」 「何なの? 今日のあんた、変よ。急にヤックおごってくれるなんて言い出した り、私の顔をジーと見たり……」 「何でもねえよ。気にいらねえんなら食うな」 「ちょっと。誰もそんな事言ってないでしょー」 そう言って俺の手からポテトを取り返す志保。 その表情は世にも幸せそうな顔そのものだ。 ……まさかこいつはそこまで考えていないよな? 自分に言い聞かせる様にして俺は紙コップに入ったコーヒーをすすった。 ……おしまいhttp://www4.ocn.ne.jp/~mrtomo/