ギャンブル 投稿者:megane 投稿日:6月30日(金)01時23分
参照作品:痕
ジャンル:コメディ

   ギャンブル

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  初音ちゃんと一緒に本屋に行き、この前買った本と同じメーカーの
シリーズ作第三段である『東鳩』を購入して、そろそろ昼ご飯だから
一旦家に戻る道すがら、今日のおかずはなんだろうね、って初音ちゃ
んとのほんわかとした会話を楽しみながら、柏木の家に帰ってきた俺
達は居間の床に這いつくばっている楓ちゃんと梓の蒼白な顔に迎えら
れた。

  俺は二人の顔を見た途端に、そして、傍らに悠然とオーラを漂わせ
てたたずむ千鶴さんを見て何が起こってるのか悟った。



  多分、千鶴さんが料理を作ったのだろう。



  「楓ちゃん、大丈夫?」
  「ごめんなさい、耕一さん・・・私じゃあもう、姉さんを止められ
ません」
  「あたしのことはどうでもええんかい!!耕一ぃぃ」
  「おめぇは大丈夫そうじゃねーか」

  俺は糸の切れた操り人形のようになぜか気力を失っていた楓ちゃん
の代わりに、不本意ながらも同じような状態であったが比較的元気そ
うな梓に説明を求めた。

  それによると・・・

  千鶴さんが料理を作っているところを頑なに阻止しようとした梓に
このままだといつも通り、ごりおしで止められると考えた千鶴さんが
ある条件を提案した。
  その条件とはトランプの遊びの一つ、ポーカーによる勝負において
10回連続で千鶴さんが勝ったら今日の料理は千鶴さんが作り、10
回中1回でも梓が勝てたら金輪際、千鶴さんは料理をしないというも
のだった。

  ポーカーというやつはいくら梓が表情が顔にでやすいとはいえ、は
ったりだけで勝てるゲームではない。
  配られるカードとチェンジした時のカードの運がよければ問答無用
で勝てる。
  これは千鶴さんに二度と料理をさせない良いチャンスだ、と梓も思
ったのだろう。
  俺もそう思う。
  
  しかし、俺の予想とは違って、梓は一度も勝てず、そして10回目
に負けた時、自分の体から力が抜けていくのを感じたという。
  梓のその説明を聞いて、俺がよくわからないという顔をしていたの
を見ていた千鶴さんのが説明してくれたのを要約、かつ、自分が推測
を加えると・・・

  千鶴さんに負けた&千鶴さんの料理を食べなくてはならない(これ
がダメージがでかい(笑))という精神的ダメージが梓の鬼の力を奪
い、更に千鶴さんの鬼の力によって梓の力は完全に封じ込められたと
いうことらしい。
  体が動かないだけで別に命には別状はないということだ。
  こんな能力がエルクゥにあるとは・・・鬼の力、侮り難し。

  そして、梓を負かした後、千鶴さんがこの世の物とは思えないもの
を作ってる間に楓ちゃんが帰ってきて同じく勝負をし、同じく10回
連続で負け、今の状態になったという。

  梓だけならともかく、表情を全く動かなさいようにできる超ポーカ
ーフェイスの楓ちゃんまでに勝つこと、そして20回連続で千鶴さん
が勝ったというのは奇跡に近いだろう。
  というよりも怪しい。
  とっても怪しい。


  「耕一さん、初音。あなたがたも勝負します?それとも勝負なんて
しなくても私の料理を食べてくれますか♪」

  千鶴さんに猜疑の目を向けていた俺の視線を全然気にしていないか
のような調子で、陽気そうに千鶴さんは俺達に三途の川への案内を促
してきた。

  「え、えっと、あの、その、わたしポーカーってルールをよくわか
らないし」
  「楓ちゃんに10連勝もしたんじゃ、千鶴さんプロ級じゃん。そん
な千鶴さんに勝てる気なんてしないよ」  

  俺と初音ちゃんはポーカーの勝負を避けるとともに千鶴さんの料理
も避けたいという想いでその場しのぎの言葉を吐き逃げようとしてい
た。
  が、あくまでも俺達に料理を食べさせたいらしい千鶴さんは少し考
えた末、庭の方を見て別の勝負の方法を提案してきた。

  「ん〜・・・そうですか。では勝負の方法を変えましょう。え〜っ
と、あっ、例えばそうですね、あそこに犬がいるのが見えますか」

  千鶴さんは柏木家の広大な日本庭園を思わせる庭に入り込んで、そ
の景観を台無しにしている一匹のノラ犬を指差した。俺と初音ちゃん
は千鶴さんの指の先にいるノラ犬を見てうなずいた。

  「この二つの肉をあの犬の前に置いてどちらの肉を先に口をつける
か賭けてみませんか?もちろん条件は先程梓が説明したとおりので結
構です」

  千鶴さんがどこからともなく取り出したのは、見た目が明らかに違
う肉がのった2枚の皿だった。
  一方の肉は見ているだけでよだれが垂れてきそうなうまそうな肉だ。
普段の俺では見ることさえできないような一品だということがうかが
える。しかも焼き加減はその切り口から見る限りでは俺好みのミディ
アムレア。そしてうまそうなソースまでかかっていて、鉄板から下ろ
されたばかりだと思われるほど湯気がでていた。
  もう一方の肉は先程の肉を見た後ではこれを肉と呼んで良いのか?
と思えるくらい貧弱な肉だ。しかも生。
  これは考えるまでもなく前者の方だろう。

  「そっちのお肉の方だよ」

  そんな俺の考えを読んだかのように、というよりも初音ちゃんもそ
う考えのだろう。ごく当たり前に良い肉がのっている方の皿を指した。


  「・・・・・・・・・・・・」


  こんな俺達の勝ちがミエミエの勝負を千鶴さんが自分のライフワー
ク(?)とも言える料理の権利を賭けて挑んでくるとは思えない。
  あの犬は千鶴さんの「しこみ」じゃないか?
  さっき梓から聞いたポーカーの20連勝という奇跡もイカサマを使
っていたなら納得がいく。
  俺も一緒に賭けて負けてしまっては初音ちゃんが身を呈して賭けに
のったことが無意味になる。
  しかし、いかにも腹が減って、もうよれよれって感じのノラ犬だか
らうまそうな方に行っちゃうってこともあるだろうし・・・

  断じて一人だけ逃げようなんて・・・ちょっと考えてるけど・・・
  そういう訳で、俺はあえて、そう、あえて沈黙を守った。



  「あら、勝負は初音だけですか?じゃあ、私は安いほうの肉ですね」

  千鶴さんがテーブルの上においていた2つの皿を手に取って立ち上
がった時、千鶴さんの舌打ちが聞こえたような気がした。

  「じゃぁ、持っていきますね。二人共、目を離さないでいて下さい
ね。勝負は一瞬で決まるかもしれませんから・・・」

  千鶴さんがノラ犬の前に二つの皿を置くと餌だと思ったノラ犬が、
ノロノロといった感じで近づいてきた。
  俺と初音ちゃんの予想通り良い肉のほうに。
  始めは、クンクンと鼻で臭いを嗅いでいただけだった。
  が、その臭いがノラ犬の鼻に達したであろう瞬間、ビクっ、と体を
弓なりに震わせた後、どこにそんな力があったのかと思えるほどの素
早い動きで安い方の肉をくわえて、俺達の前から立ち去っていった。

 「え?え?なんでぇぇ〜〜〜〜〜・・・」
 「やったぁ、私の勝ちね♪ど〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」

  ノラ犬が安い肉をくわえてもってったのを見てうな垂れていた初音
ちゃんに、千鶴さんは某漫画のセールスマンのように掛け声と共に人
差し指を向けた。
  すると、初音ちゃんも梓達と同じ様にみるみる力が抜けていき、床
に突っ伏してしまった。

  「な、なんで・・・」

  初音ちゃんが気力を失いながらも再び疑問を発する。
  俺も不思議に思った。
  あの犬の様子からして千鶴さんの「しこみ」であるとは思えなかっ
たからだ。
  千鶴さんは俺と初音ちゃんの方を見ると舌をペロっかわいくだして
一言。

  「こっちの肉にはちーちゃん特製ステーキソースをかけてますぅ」

  って、自覚してるんかい。自分の料理が不味い、いや、臭いだけで
も毒物であることを。
  いつ取り出したのかわからない肉が湯気を立ててたのは、千鶴さん
のソースによって肉が溶けていたからだろう・・・
  犬に「しこみ」はなかったが肉の方に文字どおり「しこみ」があっ
たってわけだ・・・
  ノラ犬だからこその本能が働いたんだろうな。
  この肉はヤバイって・・・



  「あとは耕一さんだけですね」



  早くここを逃げろ・・・
  そう俺の中のエルクゥがしきりに警告を発していた。
  が、千鶴さんの言葉にはっ、となり俺は現実に引き戻された。
  千鶴さんの視線はあきらかに俺を勝負に、昼食に、そして地獄の入
り口へと誘っている。
  誘いにのっては駄目だと思いつつも、床につっぷした状態の初音ち
ゃんと楓ちゃんの(梓は無視)つぶらな瞳に映る切なる訴えを読み取
ってしまった俺には逃げるという選択肢を選ぶことはできなかった。
  覚悟を決めて勝負をすることにした。

  「トランプ以外で、あまり複雑でない勝負方法がいいな」

  先程の初音ちゃんとの勝負はもちろん、そしてポーカーにおいての
20連勝という異常な程の勝ち方に千鶴さんがイカサマを使ってるん
ではないかと俺は思った。
  ならばシンプルな勝負ならばイカサマは通用しない。
  例えイカサマをしても見抜けばいいのだ。
  そう思って出た言葉だった。

  千鶴さんは俺の言葉を聞くとテーブルの上にあったトランプはもち
ろん、なぜかそこにあるサイコロや花札、その他もろもろのギャンブ
ルに使用すると思われるものを両手でテーブルの下に落とし、台所か
ら水がなみなみと入ったグラスをテーブルに静かに置いた。
  突然の千鶴さんの行動とその結果に俺は疑問の言葉を発した。

  「千鶴さん・・・・・・このグラスは一体?」
  「表面張力というものを知ってますか?耕一さん」
  「ええ、それが、何か?」
  「これはその表面張力を利用したゲームで、このグラスの中にコイ
ンを交互に自分の好きな枚数だけ入れていき、コインを入れた時に水
が溢れた方の負けというものです。単純なルールでしょ?」
  「そう・・・ですね。ところでこのゲームを提案してくるというこ
とは千鶴さんこのゲームには慣れているんですか?」
  「ええ、まぁ。ですが集中力さえあればテクニックなんていらない
ゲームですから、誰にでもすぐにできますよ」

  確かに集中力さえあればできるだろう。それにこれならばイカサマ
を仕掛けることは難しいように見える。

  「おじけづいたのならやめてもいいですよ。初音達を助けなくても
いいのでしたら」
  「そういう訳にはいかない、初音ちゃんと楓ちゃんは俺が助ける」
  (やっぱり梓は無視)

  一瞬、不敵な微笑を浮かべる千鶴さんの言葉に心が動いたが俺は勝
負を受けることにしたのは、ある作戦が浮かんだからだ。  
  そこで、俺はさっきの初音ちゃんと同じ轍を踏まぬように、そして、
イカサマを仕掛ける為に千鶴さんに使用するテーブル、グラス、コイ
ンを調べる機会をもらい、順番にチェックしていった。
  そして、グラスを調べる際、ズボンのポケット中にあったチョコレ
ートのごく小さな欠片を対面に座っている千鶴さんの方からは見えな
いグラスの底の外周部分に貼り付け、グラスを置いた。
  その後、素知らぬ顔でコインを調べた後、すぐに勝負を始めること
で、グラスに細工をしたことを気取られないようにした。

                            *

  俺の作戦とは・・・
  俺は今、窓にほど近い位置に座っている為、俺の所には真昼の太陽
が燦燦と照りつけてくる。
  この太陽光によってチョコレートの欠片は溶けるだろう・・・
  千鶴さんが俺にはもうコインを一枚も入れられないようにと追い込
ん頃に・・・
  そして、チョコレートが溶けてグラスが微妙にではあるが平行を取
り戻した時に僅かのスペースにコインを入れて千鶴さんに最後のとど
めを刺す。

  わざわざこんな面倒くさいことをしなくても、と思うだろうがそれ
は二つ間違いがある。

  一つ目は、先程も述べた通り、千鶴さんがイカサマによって俺を追
い込む可能性がある。
  いくらシンプルとはいえ、千鶴さんが提案したゲームだ。
  今までのことを考えればイカサマをしないということはないだろう。
  それを回避すべく事前にこちらも手を打っておくということだ。
  目には目を、歯には歯を、イカサマにはイカサマを・・・だ。
 
  そして、二つ目は、例え普通に勝ったとしても果たして千鶴さんに
多大なる精神的ダメージを与えられるのか?ということだ。
  ある意味俺の生死を賭けた戦いであるにもかかわらず、勝ったとし
ても初音ちゃんと楓ちゃん(梓はとことん無視)を救えなければ意味
がない。
  そこで、千鶴さんが自信があると思われるイカサマを逆に俺が使う
ことによって、徹底的にその自信をも打ち崩そうというものだ。

  自分でも惚れ惚れするくらいのパーフェクトな作戦だ。

                            *
  
  ゲームはジャンケンに勝った俺の先攻で始まることになった。

  「俺はこう見えても恐がりだからね。慎重にいくことにするよ」

  独り言の後、言葉通りに無理をせず一枚だけコインを取り、難なく
グラスに入れた。
  俺は大量に入れる必要もなく、俺が追いつめられるまで、そして、
チョコレートが溶けるまでのんびりとやればいいのだから。
  大して緊張もせず、グラスの水もほとんど揺れることさえなく、俺
の一回目が終わった。

  「次は千歳さんの番ですよ」
  「千鶴です」

  わざと名前を間違えて、千鶴さんを怒らして冷静さを奪う。
  勝負事においてのセオリーとも呼べるこてこての心理的戦法だ。

  「あぁ、ごめんよ、みつるさん」
  「・・・・・・・・・」

  千鶴さんもこのセオリーを思いだしたのだろう・・・
  2回目の挑発には何も反応せず、赤い目でグラスをかなり長い時間
見ていた。
  そしておもむろにいきなり9枚のコインを親指と人差し指でつまん
だ。
  9枚という枚数が水が溢れない、そしていきなり俺を追いつめれる
枚数なんだろうということが千鶴さんの真剣な表情から判った。

  「そんなにいきなりいって大丈夫なんですか?手のどこか一部が体
に触れただけでも水がこぼれちゃうんじゃない?って言っても、梓ほ
ど胸があるわけじゃないから大丈夫か・・・はっはっはっ」

  再度、禁断の言葉で揺さぶりをかける。
  9枚も入れるのだ・・・
  ここで揺さぶっといて自滅してくれれば、それはそれで儲けものだ。

  さすがに胸のことに触れた時には怒りを示し、こちらを赤い目のま
まで睨んできた。
  しかし、千鶴さんは冷静に深呼吸をした後、9枚のコインをグラス
へと近づけていった。

  「あ・・・・・・・・・・っ・・・・・・」

  その時、梓がなにか叫ぼうとしたみたいだが、千鶴さんの一睨みに
よって言葉を発する力さえも奪われたようだ。
  梓が何かに気づき、その何かを俺に伝えようとして千鶴さんに止め
られてしまったということは・・・・・・

  俺は千鶴さんの伸ばされている手をじっと見つめた。
  すると手に持ったコインから水滴が零れ落ちているのが見て取れた。
  手に水を含ませた脱脂綿か何かを持っていてそれを俺からは見えな
いように絞っているのだろう。
  コイン1枚分は入らないがその分、水数滴をいれて確実に俺を追い
込もうという魂胆だろう。

  ここでイカサマを咎めてもいいのだが、脱脂綿のようなものという
小さな証拠だ。すぐにどこかに隠される可能性がある。俺が手を伸ば
し千鶴さんの手を掴んで止めても「妨害した」等と言われて下手をす
ればこちらの反則負けとか言いかねない。
  それに、こちらには対抗する為の策は打ってある。
  俺は水滴に気づかない振りをしながらも、千鶴さんの手を、そして、
グラスを見守った。
  そして、水滴もこれ以上は入らないと思ったのだろう千鶴さんは
9枚のコインを放すと同時に脱脂綿らしきものを隠す為にだろう、手
を素早く握りグラスの一点を見つめていた。
  さすがに限界と思われるほど水滴を入れ、かつ、9枚というあまり
にも多いコインの投入にグラスの水は多いに揺れた。
  が、やはりというかなんというか、計算通りだったのだろう。
  揺れは徐々に収まり一滴の水も垂れることなく9枚のコインはグラ
スへと吸い込まれた。
  しかも、千鶴さんが脱脂綿のようなものを持っているのがわかって
いて注意を払って見ていた俺にさえ、そのようなものを持っているこ
とを微塵も悟らせなかった。



  −ええ、まぁ。ですが、集中力さえあればテクニックなんていらな
いゲームですから誰にでもすぐにできますよ−



  このゲームを始める前に聞いた千鶴さんの台詞が空々しく聞こえる
ほどの見事で鮮やかなテクニックで俺を追いつめたのだった。


  しか〜〜〜〜〜〜し、ここまでは計算通り!!
  くどいようだが、この為に策は打ってある。
  俺は自分が仕掛けたグラスの底のチョコレートを見た。





  見た・・・
  見た・・・・・・
  見た・・・・・・・・・
  見た、というよりも・・・・・・・・・・・・・・
  見えてしまった、と言った方が今の俺の心情的には合っている。

  俺が仕掛けたチョコレートは少しも溶けることもなく寸分違わず微
妙にグラスを傾けているのだ。
  いくら、千鶴さんがいきなり9枚ものコインを入れて俺を予定外に
早く追いつめたとしてもここまで溶けていないとは・・・
  チョコレートが溶けてグラスが平行を取り戻したところでコインを
入れる。
  これが俺の作戦なのに・・・


  なぜ!!
  なぜなんだ!!!!
  何故、チョコが溶けてないんだ!!!!!!



  「次は耕一さんの番ですよ・・・」
  
  困惑している俺をグラスを挟んで対面上にいる千鶴さんは、赤い目
でじっと見つめてきて、凄まじいほどのプレッシャーをかけてくる。

  「え、ええ、わかってます、判ってますとも・・・」

  千鶴さんのプレシャーを跳ね除けてなんとか受け答えをし、より太
陽光が当たるように露骨に体を屈ませた。それをカバーするように一
応、コインを一枚だけ取り、どうやって入れようか考えてる振りをす
る。
  そして、そのまま約5分が経過した。
  予定通りならばチョコレートはとっくに溶けているはずだった。
  しかし、依然その姿は5分前と、そして、仕掛けた頃と同じ状態を
保っている。
  このまま入れれば間違いなく俺の負けだ。
  計算通りにいかない恐怖に、初夏だというのに俺は震え上がった。


  「耕一さん・・・水を太陽光で蒸発させて減らそうなんて思わない
で下さいね。もちろん・・・・・・・・・」

  千鶴さんは俺に勝者だけが持ち得るだろう余裕の微笑と共に言葉を
発した。
  俺は千鶴さんのその一言によって、そういう手もあったか・・・
と、思ったのだが、それも否定されてしまった。
  なぜ、水は蒸発しない?
  初夏の真昼の太陽に水をさらしているのに?

  俺を混乱の渦へと突き落とした千鶴さんの、なにか意味ありげな含
みを持たせた語尾が更に俺を不安にさせる・・・

  もちろん・・・・・・・・?
  もちろん・・・なんなんだ?
  その後に何か言葉が続くんだろう・・・・・・
  もちろん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


  

  その後に続く言葉が何であるかが推測でき、部屋の様子が『普通の
状態である』ことに異常を感じた時、俺は更なる恐怖に捕らわれた。

  千鶴さんは俺がグラスに細工をしていたことを見抜いていたのだ。
  しかし、千鶴さんは先ほど俺が考えた作戦と同じような理由で俺の
つたないイカサマをを見て見ぬフリをした。

  そしてゲームを始めてからずっとグラスを見ていたのだ。
  むしろ、意識して見つめていたのだ。
  文字どおり冷酷な「赤い目」で・・・

  そう、千鶴さんはエルクゥ化していたのだ。
  それにもかかわらず部屋の空気はいつものように3度下がっていな
い、初夏にふさわしい暑さの『普通の状態だった』・・・
  ある一部を除いては・・・

  千鶴さんは俺のイカサマに気づいてから、ずっとグラスの周りにだ
けにいつもの冷気を集中させていたのだ。
  一般家庭より比較的広い柏木家の居間を3度下げることのできる冷
気をグラスの周りだけに集中させると何度下げれるだろうか?
  少なくとも、千鶴さんの言葉を借りるなら、初夏の太陽光によって
グラスの中の水が蒸発することはなく・・・
  そして、今はこちらの方が重要なのだが・・・
  欠片ほどのチョコレートが溶けないことが実証された。



  (もちろん・・・チョコも溶けませんよ・・・)



  千鶴さんの含みの部分が幻聴となって俺の耳に届いた時、指からコ
インがはなれてグラスに入り、それによってグラスから水が溢れ出し
ている光景を呆然と見ていた。



  「耕一さん・・・私の勝ちですね♪ど〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」



  敗北感とこれから訪れるであろう死の恐怖に襲われていては柏木家
最強の鬼と言われる俺でも千鶴さんの妙な能力に抗う術もなく他の三
人と同じく床に倒れこんだ。
  そして・・・・・・



  「あらあら、みなさん床に倒れこんで気分でも悪いのかしら・・・
そうだわ、私がみんなにお粥を作ってあげなきゃ♪」



  おひおひ、何、勝手なことほざいてんだよ・・・
  そう思いながらも、人生最大の、そして、人生最後になるかもしれ
ない、しかも負けがほぼ確定している賭けを問答無用ですることにな
っている俺には反論する余力さえもなかった。

  ただ、自分の命というチップを万が一の可能性である、食べても無
事でいられる料理が出てくる方に賭けるしか・・・

							END

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後書き
  千鶴さんにこんな能力なんてないわ〜、って言わないで下さい(笑)

http://sapporo.cool.ne.jp/meganelove/hp.htm