メカミステリ/密室(sideB) 投稿者:NTTT 投稿日:10月12日(木)20時07分

「ふうん…密室の謎だけど、一つ思いついたぜ」

「本当かね!」
「ご主人様、さすがですー!!」
「犯人はドアの脇に隠れてて、捜査員が部屋に飛び込んだ時は、開いたドアと壁の隙間に入ってたん
だよ。で、捜査員がドアに背中を向けてる隙に、出て行ったんだ」
「それはないね」
「どうしてですかー、いい考えだと思いますけど?」
「こっちはメイドロボのメモリーを調べたんだよ。死体のある部屋にまだ鍵がかかってる状態で、メイド
ロボは目を開けたんだ。ドアはすぐ正面。そこにいる人間を見落とす筈がないだろ。大体、ドアに近
寄らなければ、そのメイドロボには鍵が開けられない」
「じゃああれだ、合鍵とかよ」
「ホテルのマスターキーは、支配人が持ってた。事件前後に借りていった者も、返しに来た者もない
し、事件の間、支配人は一階で他の従業員と一緒に働いていた。マスターキーを使うのは、まず不
可能だし、どこかで合鍵を作るなんてのも、論外だ。ホテルの鍵の規格は、鍵屋にはすぐわかる。警
察でも念のために調べたが、作られた形跡はない」
「なら、例えば、鍵開けのできる泥棒みたいな奴とかは…」
「そういう道具を使うと、鍵穴の内側に、わずかだが跡が残るのさ。調べたが、そういう痕跡はなかっ
たそうだ」
「窓に細工は?」
「しっかりロックされてたし、現場は5階でね。外壁を上ったり降りたりしたとは思えん。大体、窓から
入ったとして、そんな状況で被害者が窓を開けるとは思えないし、窓から出て行ったとして、やはりそ
こを外からロックして出て行く方法がわからん。なにより、目撃されたらどうするね」
「密室にする理由自体、理解できねえよ。なあ、ホントに…」
「本当に、何かね」
「そのメイドロボが…」
「ありえん。確かに、絶対起こらないと証明するのは難しい。だが、そんな筈はないんだ」
「でもな、誰かが改造したって可能性だって…現に、そういう事件が…」
「だとしたら、そいつはうちの社内、それも開発課の主任クラスということになる。人間に危害を加えな
いというのは、メイドロボの基本設定の最上位にあって、基本設定をいじろうと思ったら、開発課オリ
ジナルの膨大なプロテクトを解除しなきゃならん。私だって、その一部しか知らないようになってるん
だ。メイドロボが社会に受け入れられるために、できうる限りのセキュリティを用意したんだよ、我々は」
「でもなあ…」
「絶対ない。信じてくれ」
「ああ、俺だって本気で考えてるわけじゃねえさ。だけど、密室の謎をとこうと思ったら、そういうことは
確かめとかねえとな。よし、それはねえってことだ。だとしたら、どっかにトリックがあるよな。外から糸
をつけた針とかクリップとかで、なんとかならねえか?」
「そりゃ可能ではあるが、犯人としては、さっさと逃げた方がいいんじゃないかね?第一、そういうこと
ができる道具を持ってたってことは、計画的犯行の可能性が高いってことだが、にしちゃ、殺害のや
り方がどうも発作的っぽいと思わないかね?」
「あ、あのう…」
「どうしたんだね、マルチ」
「密室も不思議なんですけど、もっと不思議なことがありますー」
「それは?」
「どうして、妹は、自分でフォーマットしたんでしょうか?理由がわからないですー。それに、目の前で
人が殺されそうになってたら、絶対、止めに入った筈なんですー」
「うん、そうだね」
「だから、思ったんですけど…」
「「ん?」」
「その被害者の方が殺されたときは、もうフォーマットに入ってたんじゃないでしょうか。一旦フォー
マットが開始したら、意識は無くなりますから、その間に事件が起こったら、今回みたいなこともありえますー」
「でも、なんでフォーマットしたんだよ、自分で?」
「そっちは、わからないです」
「おい!」
「で、でも、ご主人様、それなら、部屋に鍵がかかってた理由は、わかるんです」
「「え?」」
「部屋の鍵は、ドアが開いた後で、すり替えられたんですー」


「ですから、犯人さんは、被害者の方に鍵を開けてもらうか、最初からドアが開いてたと、そういうこと
にするですー」
「のっけから、無茶言うなよ」
「無茶じゃないんですー。それで、犯人の方が部屋に入ったときは、妹は、フォーマットの途中で、意
識がない状態でした。事件はその時起こったんですー」
「ふむ、それで?」
「で、犯人の人は、その後、自分の持ってる鍵と、被害者の方が持ってた鍵を取り替えて、自分の部
屋の鍵はテーブルの上に置いて、被害者の方の鍵を使って、外からドアに鍵を掛けていくんですー。
目が覚めた妹は、目の前に死体がありますから、ドアを開けるように警察の方が言ったら、迷わずドア
を開けにいく筈ですー」
「…そうか、捜査員が犯人だったら、簡単だよな」
「はいー。その後、妹に、部屋から出て行かないようにさせるんです。目が覚めたばかりの妹には、自
分が何号室にいるのかさえもわからないはずです。捜査員の方の言ったことを信用するほかありま
せん。それで、隙をみてテーブルの上の鍵を取り替えたら、密室の完成ですー」
「あ、でも、そこまでして密室にする動機はなんだよ?」

その疑問には、オッサンが答えた。

「部屋のドアが開きっぱなしだったら、大きな疑問は一つだけになる。さっき言ったように、合鍵を使う
ことがまず無理だった以上、被害者がどうして自分から鍵を開けたりしたのかってことだ。その場合、
その捜査員は、一番の容疑者候補になる。だが、部屋が密室だったら、どうやって密室にしたのかも
問題にしなくちゃならんし、被害者が自分からドアを開けたのかどうかも不明になる。しかも、状況か
ら見ればメイドロボが犯人候補筆頭の上、そのメイドロボ自身が、目撃者として機能してくれるから、
自分が容疑者の圏外になる可能性が高い。メイドロボのメモリーは、証拠能力が高いからね。ただ
一つ欠点があって、鍵をすり替える隙があったかどうかを調べられたら、かなり辛い」
「確かに、捜査員が犯人なら、被害者だって鍵を開けるだろうぜ。オッサン、すぐに電話だ!」

オッサンは、首を力なく振った。

「実は、君たちを呼ぶ前、私も考えてみて、そこまでは思いついたんだ。だが、ダメなのさ」
「どうしてですかー」
「さっき言った通り、メイドロボのメモリーから、目撃データを調べたんだ。モニターにも繋いで、何度も
見てみた。メイドロボは、自分が目覚めてから起こった事を逐一見ていたし、自分でも確かめている。
鍵をすり替えるチャンスは、全くなかった。そして、それ以外の情報はない。なにせ初期フォーマット
だ。きれいにクリーニングされてて、あとは全くスッカラカンさ」
「…そうなんですか…」
「がっかりするなよ、マルチ。あ、そういや、忘れてたぜ」
「何かね?」
「結局、尾行してた奴は、どうなったんだ。組員だったのか?」
「ああ、それか。それがね、盗聴マニアって、知ってるかい?」
「まさか…」
「そ。ラブホテル代わりに使う奴が多いって話、したよね」
「だから、ホテルの周りに…」
「ああ、逃げ足の早い奴で、捜査員はかなり走らされたそうだ。で、捕まえてみりゃ、なんのことはな
い、覗き屋さ。頭に来て、殴り倒したそうだ」
「うわ、警官の暴力は、マズいだろ」
「その代わり、そんなのを署に引っ張っていってる場合じゃないから、見逃してやったそうだよ。今頃
は、得したと思ってるんじゃないか。で、やっと捜査員がホテルに戻ってみれば、取引相手は死体に
なってる。おまけに相棒は、ドアの前で迷った時間が長すぎたんだろう、ホテルの封鎖を、ようやく始
めようとした所だった。初動捜査としては、完全に立ち遅れだ。その上、たった一人確保した容疑者
が人間じゃないときてる。踏んだり蹴ったりとは、正にこのことだろう」
「ま、でも、メイドロボが犯人じゃないかって思ったら、ホテルの封鎖は後回しになるかもな」
「何か見るか聞くかした客だって、いたかも知れんだろ。その間に出ていったカップルが2組いて、現
在、身元を追ってる最中だそうだ。ただ、偽名で泊まってたんで、かなり難航してる。まあ、とった部屋
が2階と3階だから、たいして情報は得られないだろうがね」
「そいつらが実は組関係の人間で、犯人って可能性は、ないかな?」
「支配人によれば、よく利用してる客なんだそうだ。おそらく不倫だろうよ。また利用しに来れば、支配
人から警察に連絡が行くようになってる。なにより、組員の報復って線が、これまた考えにくいのさ。
警察も何人か上層部の組員やチンピラを締め上げてみたんだが、誰も被害者の裏切りに気づいて
なかった。被害者は、よほど慎重に事を進めてたらしい。何度も接触してれば疑われるかもしれない
が、取引は今回が一回目なんだ」
「…そうか。でも、その出てったカップルが有力な情報を持ってる可能性は、ないわけじゃねえよな。
なんとか身元がわかるまで、待つしかねえか…」
「ああ、それまでは、こっちもシミュレートを続けるほかない」
「シミュレート?」
「今回の事件は、下手すればメイドロボの排斥運動や、来栖川の製品に対するボイコットにも繋がり
かねん。今、問題の部屋とそっくりなモデルルームを実験場に作って、メイドロボの行動も含め、他方
面から調査してる段階だ。死体そっくりなダミーも用意して、事件の再構成をしてるのさ。後で見せよ
う。何か思いつくヒントになるかもしれない」

隣で座っているマルチの体が、突然ブルブルと震え出した。

「どうした、マルチ、故障じゃねえだろうな、おい!」

「は、犯人、わかっちゃいましたー!!」


「再構成なんですー」
「「はあ?」」
「犯人はやっぱり、捜査員の方で、最初はさっき言ったように、鍵を取り替えたんですー」
「いや、オッサンが言っただろ。だからそれは、メイドロボのメモリーを調べて…」
「妹が見たのは、再構成ですー」
「なんだそりゃ?」
「ご主人様、もしも、ご主人様が、妹と同じ立場に立たされたら、どうしますか?」
「どうするって、言われてもなあ…」
「目が覚めたら、目の前で人が死んでて、部屋は内側から鍵がかかってて、捜査員の方から、ご主
人様以外に犯人はありえないって言われたら、どうしますか?でも、ご主人様は、自分が犯人じゃな
いってことだけは、自信があるんですー」
「…そりゃ…『俺じゃない』って言うほかないかな…」
「はいー、だから、妹も、きっとそうしたんですー」
「まあ、そうだろうな。それで?」
「そしたら、捜査員の方は、言うんですー」


「何て言うんだ?」とマルチに聞こうとしたとき、オッサンの、やたらドスを効かせた声が響いた。

「お前の言うことを信じるなら、この部屋が密室になってるのは、どこかに仕掛けがあるか、誰かが合鍵
を使ったってことだぞ。今からその可能性を検討するから、お前も協力するんだ!」

「はいー、きっとそんな風なことを、言ったんですー。私たちメイドロボは、警察の方に対しては、特に
ユーザーの方から言われていない限り、協力するように教えられてますから」
「で、メイドロボは、現場の再構成を命令されるわけかよ」
「そうなれば、メイドロボは、死体の発見当時と同じ状態を作らなければならない。部屋には内側から
鍵をかけて、自分を再度フォーマットしなくちゃならんわけだ。相手が警察の人間で、行為自体には
犯罪性がない。命令されれば、やるほかなかろう…」
「で、それまでに隙をみつけて、もう一回、テーブルの上の鍵を取り替えとくわけかよ。今度は、ホント
に部屋の鍵が室内にある状態で、密室になるわけだ。でも、えらく凝ったやり方だよな…」
「最初は、再構成なんか考えてなくて、ただ隙をみて鍵を取り替えるだけで、すませるつもりだったの
かもしれません。でも、妹が何も知らない状態だったから、もう一回やれば、ホントに完全な密室と
完全な目撃者ができると、そう思いついたのかも知れないですー。その階には、他に利用してる人がい
なかったそうですから、時間さえあればなんとかなりますし、時間は、お芝居をして、命令して出て行く
だけの間だけでいいんです」
「しかし、そのメイドロボ、相手が警察だからって、信用し過ぎだぜ…」
「いや、再起動した初期状態のメイドロボに、警察の行動を疑えと言っても、無理な話だ。一般的な常識
は知ってるが、捜査の詳しい手順なんか、知ってるわけがない。言われた通り、協力するだけだよ。犯
罪捜査のために作ったわけじゃないんだからね」
「それに、密室の謎がとけなかったら、自分が犯人にされてしまうような状況なんですー。犯人にされ
ちゃったら、自分一人がスクラップになるだけじゃなくて、もしかしたら、他のメイドロボたちも社会に受
け入れられなくなって、すごく迷惑がかかるかも知れなくて、ですから、協力しないわけにはいかない
ですー。メイドロボも、必要な時は危険なことからは身を守らなくちゃならないし、協力してくれそうな方
は、犯人の捜査官の方しか、その時はいなかったんですから…」
「…なるほど。与えられた状況の中で、キチンと妥当な行動をとってくれたわけだ。うちのメイドロボ
は、やっぱり優秀ということだな。うん」
「だけど、証拠がねえと、立証するのは大変だぜ」
「盗聴マニアの話、覚えてるだろ。問題の部屋そのものには取り付けられてなかったが、同じ階で、い
くつか盗聴器がみつかってね、警察はその覗き屋を探してる最中なんだ。本人は事件の前に慌てて
逃げたわけだが、もしも自動録音でテープにでも録ってあれば、かなりの証拠にできる。ごくわずかな
音でも、うちの技術を総動員して、必ず解析するつもりだ。犯人は今頃、生きた心地がしてない筈さ」
「なるほど。あ、そうだ、肝心な疑問が残ってたぜ」
「なにかな?」
「ほら、事件が起こったとき、そのメイドロボは、フォーマットの最中だったんだろ、なんでだ?」
「あ、あのぅ…それは…」
「ん、マルチ、何か思いついたのかね?」
「想像なんですけど、やっぱり、殺された方は、すごく用心深い人だったんですー」
「ああ、そういう話だったよな」
「だから、もしも後を尾けられてたと考えて、それですごく心配になって、気が変わっちゃったんじゃない
でしょうか?」
「それで、フォーマットかね?」
「はいー。妹は、安全のために連れてこられたそうですし、こっそり情報をやり取りするんだったら、あん
まり本人どうしが会わない方がいいと思うんですー」
「ああ、なるほど。情報だけのやりとりなら、メイドロボに記憶させて、それを行き来させるほうがいい
ね、確かに。警察以外には喋るなって命令すれば、絶対言う通りにしてくれるだろうし、メモリーの
データは、正確無比。証拠能力も高いときてる。確かに安全だよ、そりゃ」
「だから、被害者の方は、最初にそのだんどりについての話をするつもりで、ホテルに行ったんだと思
うんですー」
「ところが、それを感づかれて尾行された疑いが強くなったわけだ。そりゃビビるぜ。報復をやたら怖
がってたようだし、取引を中止することにしたんだな」
「はいー。ですから妹に、持ってる情報を全て消去するように命令したんだと思いますー」
「ただし、普通の消去じゃ、データが多少なりと残る可能性がある。ハードディスクごとクリーニングす
るのが、最善か。用心深いね、全く」
「パスポートをいつも用意していたそうですし、ひょっとしたら、そのまま妹を放っておいて、外国に逃げ
るつもりだったのかも知れませんねー」
「うん、逃げるということになれば、保護は貰えない。恨みを買ってどこまでも追われる羽目にはなりたく
ないだろうからね。取引を中止する可能性は高そうだ」
「ところが、その最中に、犯人が部屋に戻って来て、言い争いになったわけか…オッサン、すぐに電話だ」


「じゃあ、こいつを殺したのは、誰だ?」
「わかりません」
「わからんで済むかよ!!」

男は、部屋の中を見渡した。その視線が、部屋の奥の小さなテーブル上に向けられる。即座に男の
瞳が鋭く引き絞られ、部屋のあちこちにせわしなく、移動していく。

男は、メイドロボの見ている前で、窓の掛け金、バスルーム、クロゼット、ベッドの下と、覗きこんでい
く。最後に、テーブルの上の鍵に、メイドロボの視線を促した。

「あれは、何だ」
「鍵のようです」
「そんなことは解ってる。こちらによこせ」

メイドロボは、言われるまま、鍵を灰皿からとりあげる。
が、男は、メイドロボが差し出したその鍵に手を出さなかった。

「お前が持っているそれは、この部屋の鍵だ。見えるだろ、キーホルダーに516とナンバーが打って
ある」
「はい」
「この部屋の窓には内側から鍵がかかってるし、隠れられる場所は全て調べた。バスルームの天井
裏は、どこにも逃げられん構造になってる。まあ、ホテルなんてのは、たいがいそうだがな」
「そうですか」
「と、なるとだ、犯人はただ一人だけだ」
「はい」
「お前だよ!!」
「それは、ありえません」
「じゃあ、他に誰がこいつを絞め殺すってんだ、言ってみろ!!」
「それは…わかりません」

そのメイドロボが、そのような窮地に落ちいったのは、生まれてから(いわゆる、工場で製造され、出
荷されてからということだが)、2度目のことだった。


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