メカミステリ/誘拐 投稿者:NTTT 投稿日:5月23日(火)20時21分
「へえ、5体もメイドロボをなあ…」
「すごいですー、お金持ちですー!」

セリオタイプが一体に、マルチタイプを家族一人に一体ずつ。信じられるか?金というのは、あると
ころには、あるもんだよなあ…

「言っとくけど、来栖川の本家の方が、よっぽどお金持ちだよ。無駄に金を使わないだけさ」
「そういや、セリオ一体だけだよな、先輩のとこ」
「確かに、5体も一つの家の中だと、無駄が多いですー」
「そうかな?」
「はい。量産型のメイドロボでも、休みませんから、一人で2人分の働きはできるんです…」
「3人分は、イケると思うけどね、開発者としてはさ…」
「なんでそんなに買ったんだ?」
「どうも、節約のためらしい」
「はあ?」
「意外に節約には、なるんだよ。大きな屋敷でさ、維持費がかなりかかるんだ。で、それだけ大きな
屋敷でも、メイドロボが5体もいれば、人を雇って何かさせる必要が、ほとんどなくなるからね。10
年間、使うとして、人件費と照らし合わせれば、実は得になるみたいだよ」
「へえ…」
「あとは、まあ、新しもの好きか、成金趣味かねえ。実際、主人は一代で財を築いた人だっていう
し。ただ、少し安く手に入るって事情もあっただろうね。うちのグループの株も結構持ってたから」
「うちのグループって、オッサンはただの社員だろうに」
「ただの社員って、これでもボーナス結構多いんだよ」
「やっぱり、ただの社員じゃねえか」
「あの、でも、そのメイドロボさんたち、今は4体になっちゃったんですねー?」
「ああ、それがまた、変な話なんだわ」

問題のメイドロボが誘拐されたのは、5日前の事。買い物に行かせたそのロボが帰って来ないの
で、家族が不審がっていた所に、脅迫電話がかかってきたのだそうだ。

「『お宅のメイドロボを誘拐した。返して欲しければ、現金で400万円用意しろ』ってね」
「…高すぎだな。新品が買えて、お釣りがくるぞ、その値段なら」
「最近、プライスダウンもしてるからねえ。家族は何かの冗談かと思ったそうだよ。大体、こういう事
故というか、事件で、メイドロボを破損した場合は、ユーザー用の保険も効くし、損はしないんだよ、
帰って来なくても」
「でも、冗談じゃ、なかったんですねー」
「うん。不思議な話だがね」

脅迫電話が、その日の晩、翌日の昼、夕方と3度続き、家族もようやく、相手が本気らしいと考え、
警察に相談したのだが、物はメイドロボ。人間ではないため、器物破損の扱いになり、真面目に取
り合ってくれず、どうにも埒があかない。で、主人が来栖川の重役あたりに働きかけ、オッサンが電
話の逆探知やらなにやら、するハメになった。サラリーマンも、それほど気楽な稼業ではないらしい。

「で、イロイロ装置とりつけてみたんだけど、かかってきたのは、一回きりさ」

…警察に相談しに行っただろう。悪いが、このメイドロボは、五体満足で返すわけにはいかなくなっ
たぞ…

「で、次の日、宅急便で送られてきたよ、頭だけ。耳カバーも取られて、顔は刃物でズタズタにされ
てて、おまけに赤ペンキを塗りたくってあったって。奥さんが袋を開けたんだけど、卒倒したらしい」
「ひ、ひえぇ…」
「ただの愉快犯じゃねえのか。趣味に走りすぎだろ?」
「ただ、愉快犯にしては、中途半端なのさ」
「中途半端?」
「まず、昨日、胴体が発見されたんだが、黒ビニールに包んで、粗大ゴミ置き場に捨ててあった。見
つかったのは、ホントに偶然で、人間だと勘違いした主婦が騒ぎ立てたんで、こっちの耳にもようや
く入った感じだね」
「どこが、中途半端なんですかー」
「ただ、首を切断されただけで、きれいなもんだったんだよ。発見者が焦って警察に通報さえしなけ
りゃ、そのまま、故障ロボということで、夢の島送りになってる可能性も、ないではなかった。ま、メイ
ドロボみたいに、人間にかなり似せて作った物を捨てるのは、よほどに気をつけないと、こういうこ
とがあるから、油断できないってことだな。で、この胴体には、首の時みたいな演出が、全くない。
愉快犯なら、いつぞやの時みたいに、バラバラにして撒いても、おかしくないだろ?」
「あれは、愉快犯じゃなかったよな…」
「…ああ。で、もうひとつ気になる点だが、頭の方が、かなり念を入れて壊されてるんだ。特にメモリ
ーに関する所は、まるでプロの仕事だよ。結局、うちでもデータを何一つサルベージできなかった。
知識があるように思えるのさ、メイドロボの」
「でも、なら目的は何なんだ?」
「それで、君たちに相談してるんだよ。裏があるのか、あるならどういう裏か、何か思いつくかい?」
「うーん…たとえばな、何かの事故で、メイドロボを壊しちまった奴が、それをごまかそうと…」
「なら、頭だけ潰して、道端にでも放っておけばいい。事故として片がつくだろう」
「それが、内部犯とかだったら?」
「何のためにだい?」
「ユーザー保険に入ってれば、家の人には、保険金が入るですー」
「ああ、そうか、なるほど。でも、大金持ちの部類なんだよ、その一家は。なにより、なら、警察に行
くだけでよかっただろう。うちの重役にまで働きかけて、必要以上に騒ぎを大きくするのは、得策と
は言えない。それに、メイドロボ一体が壊されてるのは、紛れもない事実だしね」
「…意図してメイドロボを壊して、それを誘拐にした、ってのは、変か。やっぱり、道端にでも捨てち
まえばいいもんな…誘拐にする理由がないし…大体、意図して壊す理由自体がねえか…」
「あ、ありますー!!」
「あるのか?」
「はい。主任さん、警備の人に連絡を取るですー」
「わかったのかね?」
「はい、わかっちゃいましたー!!」


「もしも、そのメイドロボさんが、いなくなって、帰ってこなかったら、家の人は、きっと、盗まれたと思
うはずなんですー」
「まあ、そうだな。あとは事故で壊れたか」
「どちらでも、きっと探しますー」
「確かにね」
「それで、見つかったそのメイドロボさんの頭脳が、少し念入りに壊されてたら、きっと疑いますー。
メモリーからデータを抜かれてないかを」
「「メモリー!」」
「はいー。他所の人がめったに入らなくなったお屋敷でも、家の間取りから、家族の方々の習慣
や、貴重品の隠し場所とか、メモリーから抜き出せば、何でもわかるですー」
「まだ、前段階なのか…一段落して、家族が安心した頃にって、わけかよ…」
「もし、セリオタイプさんが、さらわれたまま、見つからなかった場合でも、家の人は、メイドロボさん
が誰かに喋ってないか心配になりますから、警戒するですー。避けるためには、ちゃんと、それ以
外の理由で壊れた所を見せる必要がありますー」
「だから、誘拐にしたわけだな…顔をズタズタにしたり、ペンキをかけたりしたのは、メモリー抽出の
痕跡を隠すため、頭を念入りに壊したのに合わせたカモフラージュかあ…」
「よく考えりゃ、最初の電話からして、『誘拐』を強調しすぎだよな、この犯人」
「はいー。きっと、犯人は、家族の人が警察に行くのを見張ってて、それに合わせて頭だけ送った
ですー。胴体までバラバラにして送りつけるのは、手間が大変ですから、頭だけで省略したんですねー」
「しかし、だとすると、計画的すぎるな。ただの泥棒じゃないかもしれん…」
「どういうことだよ」
「メモリーのデータを抽出する作業なんて、そうそう素人にできるものじゃない。単独犯でないなら、
一味に工学のプロまでいる以上、ただの泥棒と言うより、大掛かりな窃盗集団か、強盗集団の可
能性もある」
「やべえな、それ」
「警察と連携すれば、一網打尽にできるかもしれないね。早速連絡を取ろう…こりゃあ、大捕物だ」
「やけに楽しそうだな」
「まあ、面白いと言えば、面白いがね」
「面白いんですかー」
「面白いというか、ユカイ、ユーカイってとこだね」

オッサンのギャグをマルチに説明するのに、その後30分かかった。


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