メカミステリ/心中 投稿者:NTTT 投稿日:5月16日(火)19時09分
その日のオッサンは、黒いスーツを着ていた。
それに、黒いネクタイ。

「葬式か?」
「いや、葬式は4日ほど前に済んでてね。今日は遺族というか、親戚の方に話を聞いてきたとこ」
「死んだのは、主任さんのお知り合いの、方なんですかー」
「というか、うちの社員」
「ああ…そりゃ…大変だな」

なにが大変かって?聞くな。俺だってわからねえよ。こういう時になんて言えばいいのか、知らない
ってだけだ。

「で、今日俺たちを呼び出したのって、何だ?また、事件か?」
「まだ、事件なのか、事件じゃないのか、ハッキリはしてないんだ。ただ、この件に関しては、他に口
外しないで貰いたい」
「ああ、そりゃ勿論。で、また、メイドロボがらみなのか?」
「っていうか、メイドロボが絡んでくれたせいで、どうやら事件らしいとわかったんだ。今日、親戚に
会いに行った、その社員のメイドロボでね…」
「殺人、だったんですかー」
「いや、交通事故」

話によれば、その社員の死亡原因は、運転中の交通事故。真夜中のドライブを楽しんでいたとこ
ろ、居眠り運転の車が、対向車線を越えて、突っ込んできたらしい。回避が間に合わなかったのだ
ろう、運転席は、まるでアコーディオンの蛇腹を畳んだみたいに、潰れていたそうだ。勿論、即死。
で、その時、助手席に乗っていたのが、問題のメイドロボ。セリオタイプで、名前は景子。名前の由
来は、3年前に病気で死んだ奥さんの名前からだったという。

「ま、本人も、エアバッグや、衝撃吸収システムのついた車に乗ってりゃ、助かってたかも知れない
んだけだね」
「古い型のに、乗ってたのか…」
「そういう趣味の奴だったんだよ。俺より若いくせにさ。最近の車は、作り手の個性が感じられない
とか、そう言っててね…」
「景子さんは、無事だったんですかー?」
「片足のギアが、一部イカれてたけど、あとは無傷だった。事故の度合いを考えれば、奇跡的だな」
「で、その、セリオタイプが、どう事件に絡んでくるんだ?」
「ああ、それでね…最初はさあ、心中みたく見えてね」
「「心中!」」
「いや、二人とも、そんな驚かなくていいよ。結果だけみれば、そんな風に見えたってこと。ま、そん
なこと、あるはずないって、すぐに皆思ったんだけどね。ん?なんだね、マルチ?」
「『心中』って、なんですかぁ?」


問題のそのセリオタイプは、幸いにもほとんど無傷だったので、そのまま警察の事情調書に立ち会
うことになった。一目瞭然な事故ではあるが、そういう手続きは、必要らしい。
そして、メイドロボの証言そのものより、そのメモリーに保存された映像の方が、裁判では非常に有
効に働くことも考慮して、警察から来栖川エレクトロニクスに、派遣の要請があった。ここまでは、
納得。

「ところがね、私らが機材抱えて警察に着いたらさ…」
「景子さんは、いなくなってたんですねー」
「そう。メイドロボだから、警察も油断してたんだね、きっと」

最初は、オッサン達も、問題のメイドロボが壊れたのではないかと思い、警察とそのあたりを探し回
ったのだが、結局、見つけられなかった。

「で、部下の一人が、気づいてさ、もしかしたら、家に帰ってるんじゃないかって」
「ま、妥当な線だよな。早く気づけよ」
「あの時は、警察も私らもパニックだったからねえ」
「それで、景子さんは、おうちにいたんですかぁ?」
「いたいた。で、ここからが問題なんだよ」

オッサン達がその社員の家に着くと、メイドロボは、やはり家にいて、オッサン達を出迎えてくれた。
が、事故に関する記憶は、一切持っていなかった。
それに加えて、自分の持ち主の記憶も。
初期フォーマットされていたのだ、完全に。

「そのメイドロボが、自分でやったのか?」
「そうとしか、考えられんよ。そいつ、メイドロボを購入してからは、ずっとロボと二人暮らしで生活し
てた。もうちょっと早く気づいていれば、フォーマットを止められたかも知れないんだけどね、完全に
後手後手さ」
「それで、心中か…」
「ううっ、いいお話ですー」
「バカ、セリオタイプなんだぞ、んなことするかよ。で、ウラがあるって思ったんだな、オッサン」
「そういうこと。で、この何日か、ずっと調査してるんだ」
「どういう、ことですかぁ?」
「つまりだな、その死んだ研究者は、ヤバいことやってて、セリオタイプがその情報を握ってるわけ
だ。それで、セリオタイプに命令しとくんだよ。何か自分にあったら、すぐに記憶のデータを全部消
去しとけって」
「あ、二重帳簿ですー、脱税ですー!」
「マルチ、変なこと知ってるねえ…」
「この前、レンタルでそういう映画、見たからな…」
「ま、我々も馬鹿じゃないんでね、申告の記録やら、貯金の残高や引きおろしやら、家と社内での
コンピューターの通信記録やら、電話を掛けた先やら、調べまくってるんだがねえ…出ないんだよ、
何も。交通違反さえ出ない。しょうがなしに、友人やら親戚やらに、最近のそいつの行動を、聞いて
みてるんだがね…」
「よくそんな電話やら銀行やらの記録、調べられたなあ。まだ事件じゃないんだろ?」
「ま、うちは技術屋の集団だからね。やりようはあるのさ」
「…怖ぇ会社だな、ここはよ…」
「で、サッパリ何も出ない。何か見落としがあるかと思ってね、君らを呼んだわけさ」
「家のコンピューターの中には、証拠になるようなもん、入ってなかったのか?」
「何もない。仕事熱心な奴でね、プログラムの式が山ほど入ってただけだ。日記みたいなものや、
メールのやりとりなんかも、普通の事しか書いてなかったよ」
「思いっきりプライバシー侵害だな、それ。でも、ちょっと思いついたぜ」
「何を?」
「プログラムなんて言ってるし、オッサンみたいな技術屋なんだろ、営業とかじゃなしに」
「ああ、マルチの開発でも、チームに入って貰った。ある意味、マルチの生みの親の一人さ」
「そうだったんですか…お会いしたかったですー」
「なあ、なら、ハッカーなんて線は、どうだ?」
「真っ先に考えたのは、それだよ。だからメールや通信記録をチェックしまくったんだ。白も白。完全
に白だね、ありゃ。大体、そういうタイプじゃないと、思うんだよ。人柄的にさ」
「人柄か…」
「うまく説明するのは、難しいんだけどね、そういう感じの奴じゃないんだよ。ある意味、融通利かな
いようなとこあってね、それでいて、人懐っこくてさ、うちの会社を気に入ってて、骨埋めるつもりみ
たいだったし、私、よく知ってるんだよ…そういう奴じゃないんだ。それにね、近所の評判もいいんだ
よ、調べてみたらさ。ただ、メイドロボはずーっと家の中だけで使ってたらしくて、ロボの話とかした
ら、皆びっくりしてたがね」
「やっぱり、いい人なんですねー。マルチを作ってくださった方が、そんな悪い人のわけ、ないですー」
「なら、何なんだ?あ、ひょっとして…」
「ん?何か思いついたのかね?」
「いや、だからな、別に犯罪じゃねえけど、人には見せたくも、見られたくもねえことって、あるじゃね
えか。たとえば…」
「たとえば?」
「よ、夜のな…ほら、死んだ奥さんの名前、つけてたんだろ、そのセリオタイプに…」
「は、はうー、ご主人様、え、エッチですぅー」
「ふう…いかにも、藤田君らしい発想だね…」
「なんだよ、可能性なら、あるだろ?」
「ないよ。それなら事情聴取をキチンと終えてからフォーマットすればいいじゃないか。こっちは事故
の時の記憶を調べるだけだ。逃げるようにして家に帰る理由があるのかね?」
「あ、あの…」
「ん?マルチ、どうしたんだね?」
「あの…マルチ、犯人、わかっちゃいました…」


「景子さんは、セリオさんタイプだったんですけど、セリオさんじゃなかったんです…」
「当たり前だろ、それって」
「そうじゃなくて、きっと、景子さんには、マルチみたいに、感情があったんです…」
「え?そんなことできるのか、オッサン?」
「できるよ。なにせ彼がいなかったら、マルチの開発は2年は遅れてたんだ。セリオのプログラムを
組み直すくらい、お手のもんさ」
「じゃあ、やっぱり、心中だったのか…」
「い、いえ、違うんです、きっと…」
「どういう、ことなんだね」
「『景子』さんは、感情があると知られては、いけなかったんです…警察の人とお話をしたり、主任さ
んにデータを調べられたら、感情があるってバレるかもしれないから、大急ぎで帰って、自分をフォ
ーマットしたんです…」
「バレたって、別にいいんじゃねえか?」
「いや、マズいさ。社員が、ただ自分個人のためでも、勝手に、メイドロボのプログラムを改造してた
って外に知れれば、それは、後で問題になっても仕方がない。しかも一度は問題続出で実用化を
見合わせたシステムだしな。人に会わせないはずだよ、そりゃ…」
「きっと、奥さんを亡くして、話相手が、欲しかったんですね…」
「確かに、そういうとこは、あったよ…」

オッサンは、ぐったりと椅子にもたれかかった。

「ほっとしたよ。全く、誰か一人くらいには、言っときゃよかったろうに…融通の利かない奴だ…その
上、暮らしてたロボまで融通が利かないとは…」


帰りのタクシーで、マルチは、ずっと元気がなかった。
どうしたのかと聞こうとした時、不意に

「ホントは、心中かもしれないです…」

と、ぽつりと言った。

「どうしてだよ?」
「景子さんは、悲しかったのと、責任を感じたのかも、知れません…」
「責任?」
「テレビで見ましたけど、助手席の方が事故で死にやすいんです…景子さんのご主人は、景子さん
をかばって、死んだのかも知れないです…」

俺は、静かに泣くマルチの肩を抱きかかえながら、その、景子さんのご主人という人は、どんな人
だったのだろうと、考えた。
なんとなく、くたびれた顔で優しげに笑う中年男の顔が浮かんだが、それはオッサンの顔に、なぜ
か、よく似ていた。


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