メカミステリ/ダイイング・メッセージ 投稿者:NTTT 投稿日:5月12日(金)17時04分
「えー、もしもし?」
「はい、藤田です」
「…ああ、藤田君だね。私だよ」
「なんだ、オッサンか」
「オッサンって、君ねえ…まあ、いい。藤田君、今、暇かね」
「まあ、暇と言えば暇かな。ひょっとして?」
「そう、来てくれるとありがたい」
「じゃ、マルチも一緒ってことだな」
「そういうこと。いいかな?」
「わかった。すぐ行けると思う」
「前に渡したタクシーチケット、まだあるかい?」
「ああ、ちゃんとまだあるから、心配すんなって」

電話を切って後ろを向くと、マルチが来ていた。

「主任さんからですかー」
「ああ。出掛けるぞ。一階の戸締まり、頼む」
「はいー。でも、最近、多いですねー、事件」
「全くだ」

メイドロボは、世間にだいぶ普及しているらしい。
なぜかといえば、メイドロボがらみの事件が、最近、続発しているのだ。
事件といっても、メイドロボが事件を起こすわけではない。人間の起こす事件に、メイドロボが巻き
込まれているのがほとんど全てと言ってもよく、世間でも承知しているのだろう、メイドロボの不買
運動とかが起こったという話は、聞かない。ただ、それで済まないのが、製造元の来栖川グルー
プ。事件が起こるたびに、オッサンは警察に呼び出され、専門的な知識を求められるのだそうだ。
で、時々俺に電話をかけてきたりすると、そういうわけ。
ま、オッサンがあてにしているのは、俺、つーより、マルチなんだけどな。

実はマルチ、こういうことには意外に役に立つのだ。オッサンが言うには、ロボットの事情や考え方
と、人間のそれを両方とも理解できるのは、感情をもつロボットのマルチだけだということで、事件
の性質が非常に不可解な場合、マルチでなければ真相を掴めないこともあるんだと。実際、信じら
れないことではあるが、今までにもいくつかの事件を、解決しているのだ、マルチは。


研究所の前でタクシーを降りると、オッサンが待っていた。通行証を持ったオッサンに続いて、ゲー
トを抜ける。すれ違った職員の中には、俺たち3人の取り合わせを見て、不思議そうな顔をする人
もいた。

「藤田君、メイドロボの耳カバーと聞いて、何を連想するかね?」
「さあ…マルチのだと、貝とか、カタツムリとかかな…」
「カタツムリさんですかー」
「まあ、似てると言えば、似てるか。なら、マルチのじゃなくて、セリオのだったら、どうだい?」
「どうだ、って聞かれてもなあ…大体、事件と関係あるのか、それ?」
「それが、大ありでね」

オッサンの話によると、事は殺人事件で、一人暮らしの被害者が、メイドロボの耳カバーを握りしめ
ていたのだそうだ。

「で、それがセリオタイプのなのか?」
「そう。で、そのセリオタイプは被害者と一緒に発見されたが、無傷だったよ」
「お、そりゃ、すげえじゃねえか、なら、そのメイドロボに聞けばいいだろ、被害者が殺された状況とか」

メイドロボの証言は、かなり証拠能力が高い。なにせメモリーから再生すれば、クリアーな画像が、
イッパツで出るんだからな。そういうわけだから、メイドロボが殺人の被害者と一緒に発見された場
合、大抵は壊されているのだ。それも、メモリーのある後頭部を、集中的に。

「それがね…無理なんだわ」
「どうしてですかぁ?」
「どうもこうも、一度も動かしてない、っていうか、起動かフォーマットの直前だったんだよ、被害者
が殺されたのは」
「はあ?」
「もともと、そのセリオタイプは、人からの貰い物でね。被害者自身は、機械にはそれほど強くなか
ったか、これまで暇がなかったんだろうな。電源落としたメイドロボの前で、マニュアルと首っぴき
で、腕からケーブル抜き出して、PCに繋ごうとしている最中に、後ろから刃物でグサリ、って感じら
しい。メイドロボが覚えているのは、その家に貰われる以前の記憶だけなのさ」
「ひえぇ…血まみれですぅ…」
「いや、偶然か狙ったのか、うまい具合に血があまり出ない箇所を刺されてるそうだ。ただ、かなり
の致命傷で、何十秒くらいしか意識が持たなかったはずだって」
「で、被害者は最後の力を振り絞って耳カバーか…」
「どうも、そういうことらしくてね。散々警察で聞かれたよ、どういう意味があるんだってね」
「ダイイング・メッセージって、ことか…」
「だというのが、警察の見解」
「なんですかぁ?その、ダイ、ダイ…」
「つまりな、俺が誰かに刺されるとするよな、マルチ」
「ええっ!そ、そんなぁ〜!!」
「いや、だから、もしもの話だ」
「でも、でも、ご主人様が、刺されたら、マルチは、マルチは…」
「だから、泣くなよ!!絶対そんなことはないんだけど、って話なんだからよ!!」
「は、はいぃ…」
「でだ、刺されても、死ぬまでにちょっとだけ間があるわけだ、俺は」
「ふ、ふえぇ…」
「で、俺は自分を刺した犯人をちゃんと捕まえてもらいたいんだ、わかるか?」
「は、はいっ!!マルチ、頑張って、捕まえますっ!!」
「…ま、いいけどな。で、俺はそのために、犯人がわかるような何かを、お前に残すんだ。例えば、
犯人が雅史だったら、台所の砂糖をぶちまけるとかな」
「はいっ!でも、後のお掃除が、大変そうですー」
「……」
「あ、でも、ご主人様のお話で、その『ダイなんとか』は、わかりました。殺されたその人は、セリオさ
んの耳カバーで、犯人を知らせようとしたんですねー」
「ま、そういうことだね」
「なら、犯人は、すぐわかりますー」
「わかるのか!?」
「『耳カバー』さんを探せばいいですー」


「ううっ、『耳カバー』さんは、いないんですね…」
「そんな名前の奴がいたら、是非友達になりたいぞ、俺は」
「でも、ご主人様の友達には、変な名前の人、多いですー」
「変な名前って、誰だよ?」
「ご主人様、よく手紙のやりとりしてますー。『魔女っ子ミ☆』さんとか、『赤犬』さんとか…」
「お前、それは…あああっ!!」
「ん?どうしたんだね?」
「ハンドルネームだよ。その被害者って、パソ通やってねえのか?だったら、いるかも知れねえっ
て。『耳カバー』とか、『耳』とか『ミミ』って名前の奴」
「ちょっと待っててくれ。電話で聞いてみる」


「結論から言おう。そんな事実はなかった。なにより、被害者は、PCに触るのは、今回が初めての
ようだ。警察は知人の証言を集めたんだがね、被害者、まったくの機械オンチだったらしい。ま、そ
んな人でもキチンとセッティングできそうだったんだから、うちのメイドロボのマニュアルは非常にわ
かりやすくて、優れてるってことだな」
「自慢かよ。しかし、よくそんな機械オンチが、メイドロボに触ろうって気になったよな」
「ま、年のせいで、あまり出歩かなくなっていたそうだしね」
「ちょっと待てよ!被害者、何歳なんだ?」
「還暦だよ。言わなかったっけ?」
「聞いてねえよ!!」
「おじいさんだったんですねー」
「ま、だからメイドロボに世話して貰おうって気になるのも、わからんことはないがね。それに、サテ
ライトシステム搭載のセリオなら、いざって時でも、すぐどこにでも通報できるし、同じセリオタイプを
持ってる相手なら、口述でメールとかも送れるからね。友人にも、すすめてたそうだよ。お前もセリ
オタイプを買って、手紙のやりとりをしないかって」
「ふーん。そういうことしてると、どんどん足腰悪くなりそうだけどなあ…ところで、問題の耳カバーに
関しては、なんかわかったのか?」
「いや、何も。あ、そうそう…」
「何だ?」
「現場に到着した捜査員の話じゃ、被害者、耳カバーをこう、根元の方を握りしめて、まるで自分の
耳に装着しようとしてたみたいだったっていうんだけど、何か参考になるかい?」
「そ、それですー!!」
「ど、どれだい、マルチ?」
「耳カバーです。マルチ、犯人、わかっちゃいましたー!!」


「あのですね、おじいさんは、機械にすごく弱かったんですー。でも…」
「「でも?」」
「セリオタイプさんが、通信ができるのは、知ってたんですー」
「まあ、そうみたいだな」
「だから、助けを呼ぼうとしたんですー、刺されたときに」
「助け?どうやってかね?」
「セリオさんの耳カバーは、アンテナの形がはっきりしてるから、おじいさんには、通信機に見えた
んですー」
「意識も朦朧としてたろうしな…おかしくはねえか…」
「だが、そうなると、犯人は、わからずじまいか…」
「い、いえ…」
「わかるのかね?」
「もしも、そのおじいさんを刺した人が、おじいさんの知ってる人の中にいるなら、きっと、機械に詳
しい人ですー」
「なぜだよ?」
「自分が刺したおじいさんに、目の前で、そんなことされたら、メイドロボをよく知らない人なら、心配
になって耳カバーを取り上げるはずですー」
「すると、一番可能性があるのは、被害者がメイドロボを貰った相手か…しかしなあ…」
「なんだよ?」
「息子なんだよ、被害者の」


帰りのタクシーで、マルチはぽつりと言った。

「どうして、人は、人を殺したり、するんでしょうね…」

俺は、何も言わずに、マルチの肩を抱き寄せた。
家につくまで、ずっと、そうしていた。


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なお、マルチがこれ以前に解決した事件が知りたいという方は、お手数ですが、MIO様の『ケミカ
ル・ブレイン』にお越しくださいませ^^