メイドロボが来た! 第1話 投稿者:NTTT 投稿日:5月9日(火)21時52分
玄関のチャイムが鳴った。

「飯田さーん、いらっしゃいませんかー。宅配便でーす」
「あ、今行きまーす」

あたしが立ち上がると、良子も一緒に立ち上がった。

「何よ、ついて来なくてもいいのに」
「だって、なんか、ドキドキするじゃない」

玄関の鍵を開ける前に、一応覗き穴を見ておく。
女の子の二人暮らしだからね、用心が肝心。
大きな荷物を足元に置いた宅配の人。うん、間違いない。

「飯田、友恵さんですね、サインお願いします」

渡されたボールペンには、プリクラのシールが貼ってあって、そこに写っている子供の顔は、目の前の
人によく似ていた。

「重いですよ。部屋まで、運びますか?」
「あ、いえ、二人で運びますから」

後ろの良子を、ちらりと見る。小ぎれいにはしているけれど、見知らぬ男の人を部屋に入れるのは、ち
ょっと心配。

「じゃ、ご利用ありがとうございました」


「それじゃ、良子、居間に運ぶから、手伝ってね」
「はーい。じゃ、こっち持つから、って、重いわねえ、これ」
「そりゃ、人間一人分に、その他イロイロ入ってるだろうしね」
「よく考えりゃ、金属でできてるはずだもんねえ。重いのは、当たり前か」
「そういうこと。じゃ、ファイトー!」
「いっぱーつ!」

居間に運ぶ途中で、膝を靴箱にぶつけて、かなり痛かった。
このアパートの玄関、狭いんだってば、もう。

「さて、と」

居間に置いた大きなダンボールの前で、良子、成瀬良子が、手をパンパンと叩いた。
あたし、飯田友恵は、まだ痛い膝をさすっている。

「で、どうするの、友恵。今すぐ開けちゃう?」
「あたし、午後の講義あるから」
「えーっ!あたし、夕方は8時までバイトあるよー」
「だから、開けるのは夜。待っててあげるから」
「絶対だからね。あたしのいないうちに開けたら、怒るからね」
「わかってるって。だから、そっちも夕方までに開けたりしないでよね」
「はいな。でも、待ち遠しいね」
「ちゃんと動いて、喋って、こっちの言うこと、理解してくれるんだもんね。講義、サボっちゃおうかな…」
「ダメ。学校はちゃんと行くのが」
「「この家の、ルール!」」

『学校にはキチンと出席すること』というのは、私たち二人の共同生活のルール第3条だ。もともと、中、
高と一緒の学校で仲良くしていたから、大学も一緒の所に行って、二人で共同生活しようと、決めてい
た。それでも、互いの親は心配だったのだろうなあ、なにかと、『二人で遊びすぎて、学業がおろそかに
ならないように』と、忠告してきた。実際、二人ともその傾向があることは否定しきれなかったので、そう
いう方面では、お互いに監視することにしようというわけで、ルール第3条が、制定されたのね。

ま、今の所はうまくいってるけど、まだ始めたばっかりの共同生活だから、油断は禁物。

さて、講義に行きましょか。でも、良子とあの箱残してくの、すごく後ろ髪引かれるんだよね。講義、全然
頭に入らないかも。


地理学のなんだかよくわからない講義を終えて帰ると、まだ箱は手付かずで居間の中央に、鎮座まし
ましていた。うむ、良子、偉いぞ。

良子がバイトから帰って来るのは、8時半くらいだから、まだ3時間ほどある。
コンビニで、お弁当を買って食べることにした。少し早い気もするが、9時以降に食べない意志の強さ
が、スタイルと美容を保つ秘訣なり。

イロイロ迷って、結局シャケ弁当を買った。最近はホント、新製品が多いよね、コンビニ。目移りしちゃっ
て、困る困る。

とりあえず、冷蔵庫から出したお茶をコップに注いだ。
さあ、速効で食べるぞ。
メシは熱いうちに食え。

一人で、もそもそと、こういう食事をしているのは、ちょっと寂しい。
大体、私たちは二人とも、料理が上手ではないので、ついついお弁当になってしまうのだ。そんなわけ
で、来栖川グループが1カ月ほど前に流したCMをテレビで見たときは、二人とも、「すごいね、すごい
ね」と感心し合って、その「すごいね」が「欲しいね」に変わるのには、さほどの時間を要しなかった。

親達を説得するのに、それほど手間がかからなかったのは、双方の親も、食生活の面では私達以上に
心配があったかららしい。結局、共同購入ということになったのだけど、嬉しいことに、「どうせなら、いい
物を」と、いうことで、セリオタイプの方を選んでくれた。良子のお父さんが、電気通信関係の会社に勤
めていたのが、勝因かな?セリオタイプに搭載されているサテライトシステムは、勉学にもかなり使え
て、将来的には、情報産業の花形になるものなんだって。持つべきは、理系の父。

ちなみに、あたしはパソコンに触ったことが、数えるほどしかない。ワープロは持ってるんだけど、ただ
叩くだけで、罫線とか、タブとか、図表とかは、サッパリサッパリ。インターネット?何者だ、そいつ?って
感じ。ビデオの配線から、テレビのチャンネル設定までしてくれる良子だけが頼りなんだよねー。

おーい、良子、早く帰ってこーい!
開けないで、待ってんだからさー!


良子は、8時24分に、コンビニの袋をさげて、帰ってきた。いつもより早いのは、走ってきたのかな。
ういやつじゃ。
「あ、よかったー、まだ開けてなかった」
「なによ、信用してなかったの」
やなやつじゃ。

「とりあえず、ご飯食べさせてね…げっ、弁当グチャグチャ。走るんじゃなかったー」
「お茶煎れたげるから、早く早く」
「せかさないでってば」

やっと良子がお弁当を食べ終わり、ようやく世紀の一瞬にカウントダウン、開始。
良子が、カッターナイフを箱の切れ目に入れる。
「ただ今より、御入刀でございます」
「ぱちぱちぱちー!」

中身を傷つけないようにか、良子はひどく静かに、カッターで箱に貼られたガムテープを切っていく。

「さて、蓋をあけまする。鬼が出るか蛇が出るかとくとごろうじろ。では、ごたーいめーん!」

ゆっくりと開いた蓋。
箱の中には、また箱があった。今度は発泡スチロール製。

「何よ、がっくし」
「友恵さあ、何にも知らないんだね。普通、電気製品とかは、運ぶときに衝撃で壊れたり傷が付いたりし
ないよう、ちゃんとこういうのが入ってんの。緩衝材だよ」
「ふーん」
「それじゃ、開けるよ」

発泡スチロールの蓋を良子は、ひらりとめくった。
うわ、余韻ないじゃんかよー!
あたしは、慌てて覗き込んだ。

「「うっわー!!」」

その時の驚きは、なんと表現したらいいのかな、うーん…

たとえばさ、平日の昼とか、すっごく暇で、テレビでも見よっかなー、ってテレビつけてみたら、友達がテ
レフォンショッキングに出て普段通りに喋ってたみたいな…違うかな?

箱の中のセリオは、目をぱっちりと開いていた。完璧に無表情な顔や、感情が現れていない目というの
が、とても不可解な物だと、初めて知ったよ、あたしゃ。

良子は、腕組みをして、まじまじとセリオを見ていた。

「うーん、ある意味、グロよねえ。猟奇殺人の死体みたい」
「ねえ、抱えてるこの箱、何?」
「ああ、多分、ノーパソ」
「ノーパソ?」

体育座りのようにして箱の中に収まっているセリオの腕の中から、良子は箱を引っぱり出した。かなり
大きい。良子が、テキパキとシールを剥がして、蓋を開くと、ゲーム機か、ワープロみたいな物があった。

「あ、やっぱりノーパソだ」
「だから、何?」
「だから、ノートパソコンだよ。起動やメンテで使うの」
「ふーん」
「友恵、たまには大手メーカの量販店行ってみたら?イロイロあって、楽しいよ」
そう言いながら、良子はそのパソコンをいじり始めた。
「ちょっと、先にセリオを」
「だから、これもセリオの一部、っていうか、これのセッティングをまずしないと、セリオ、動かせないの」
「そうなんだ」
「ま、任してちょ。あたしさあ、セリオ買うって決まった時から、量販店に通って、必要な知識とか、仕入
れといたんだよね」
「へえ、すごいなすごいなー」
「あんた、全然こういう方面、ダメだからね。多分あたしがやんないといけないだろうなって、思ってたし」
「なーんか、遠回しにバカにされた気分」
「違うよ、ダイレクトにバカにしてるんだよーだ」
「このやろー、くすぐるよーっ!」
「今は、まだ駄目。よし、じゃ、セリオ出そ。頭の方持って」
「えーっ、あたし、足のほうがいいなあ。目が合っちゃいそうで、怖いよ」
「頭側の方が、見なくてすむって。それに、腋の下に手を入れて持ち上げる方が、きっと楽だよ」
「それもそうか」

セリオを箱から出して、ソファーに寝かせた。力が全然入ってない身体って、なんだか、死体というより、
へべれけなオヤジっぽいなあ。だらーん、ってさ。

セリオを出した後も、箱の中には小さな箱やら、電線をまとめたものやら、発泡スチロールの大きな固
まりやら、細々した物が、いっぱい残っていた。とりあえず、あたしはそういうのを箱から出して整理する
係。良子は、説明書をイロイロ読んで、セリオを動かす係。

「良子、箱、畳んでゴミに出しちゃっていいかなあ?」
「いいんじゃない。多分、もう、箱に詰める必要とか、無さそうだしね。今度の大ゴミの日にでも、出しち
ゃおう」
「大ゴミじゃないよ」
「違うの?」
「こういうダンボールは、資源ゴミで、この辺は毎月第2と第4金曜日。覚えないんだからさあ」
「ま、お願いしますって」
「ほーい。で、どう、そっちは?」
「それがさあ、マニュアル読んだだけなんだけど、これ、すごいよ。驚いちゃった」
「そんなに、すごいの?」

良子の説明してくれたところによると、セリオの説明書って、びっくりするくらい薄いんだそうだ。そういえ
ば、あたしのワープロとかも、買ったときについてきた説明書は、6、7冊あって、かなり厚かったのを、
覚えている。そのうち半分くらいは、実家の机の中で、埃をかぶってるんだけどね。で、セリオの説明書
がそんなに薄いのはなぜかっていうと、セリオ自体が、自分のことに関して、必要な時や聞かれたとき
に、即座に答えてくれるからなんだって。
よく考えたら、人の言うことをキチンと判断して、時には自主的に動いてくれるってのは、イチイチ説明
書なんかなくても、いいんだよね。だって、「こんなことをさせてはいけません」って説明書に書かなくて
も、セリオ自身が、「それは、できません」って言えば、済むんだからさ。なんか、あたしでも扱えそうで、
安心っていうか、嬉しいよねー。

「とりあえず、そんなわけだから、今からでも起動できるよ」
「早く起動させようよ。あ、でも」
「何?」
「動きだしたらさあ、すぐにあたしたちがご主人様だって、覚えてくれるんだよね、この子って?」
「それは、そうだよ」
「だったらさ、動き出したときに、すぐ呼んであげたいから、先に名前、つけてあげようよ」
「あ、それ名案」

さて、実はここから名前を決めるので、2時間もかかっちゃったの。
最後の方は、ヤケになって、変な候補が、いっぱいできたよ。

ポチ
助清
アイネ・クライネ・ナハトムジーク
パイポパイポのシューリンガン
サスペリア
大門警部
赤髪の悪魔
次郎エモン…

等、等…

バッカだねー、あたし達ってば。

結局、セリオの起動が始まったときは、11時を過ぎていた。お隣から苦情が来るといけないから、二人
とも、深く静かに潜航作戦。

「よっと、ここを、こうして…」

セリオの右腕を、良子が捻りながら引っ張ると、ずるずるって感じで、腕の中身、機械のコードやらなに
やらが出てきた。

「うわー、グロいグロい。怖いよー」
「我が夫となるものは、さらにおぞましい物を見るだろう…なんてね」

良子はテキパキと腕から出たコードを、これも付属品のコードで、ノートパソコンに繋いでいく。

「オッケー、起動用のDVDもセットしてあるし、あとはエンターキー押して、待つだけだよ」
「じゃ、早く押そうよ」
「なら、手、出して」

良子は、私の人差し指をパソコンのキーボードの上に置いて、その上に自分の人差し指を重ねた。

「共同作業?」
「そういうこと。二人の共有なんだからさ」

キーを押すと、画面には可愛い熊の絵が浮かんできた。でも、目を閉じて、眠ってるみたいだった。

良子は、セリオの本体の前で、あぐらをかいて、セリオの顔をじっと見ている。
「早く目覚めてちょうだいよ。あたしら、明日早いんだからさあ、セリカ」

そう、セリカというのが、あたしたちのメイドロボの名前。

ちょっと、安直かな?

でも、いいよね。

あたしも、良子の隣に座って、セリカの顔を一緒に眺めた。
目覚めたこの子は、最初に何というのだろう?
なんだか、とても、待ち遠しかった。



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