街角から街角に神がいる  投稿者:NTTT


ケーキ屋の真向かいにある銀行の電光時計が、22:03に変わった。

理緒の背後にある自動ドアが空き、店内からの暖かい空気が、一瞬、背中を撫でる。

隣にいるレミィが、振り向いた。

理緒も、振り向く。

「店長、閉店時間3分過ぎたネ!」

「いや、片付けとか忙しくってねえ」

店長は、苦笑いしながら理緒とレミィの前に置かれたワゴンを見る。

ワゴンの上には、赤と緑に包装された大きな箱が、3個。

最初は山積みだったものが、ここまで減った。

「いや、午後からもいっぱい売れたなあ、ご苦労さん。さ、入って着替えて」

レミィと理緒は、自動ドアを抜けて店内へと入る。

外の寒さに引き締まっていた頬が、店内の暖房でゆるむ。

その瞬間は、軽い痛みを伴い、理緒は、一瞬、涙が出そうになった。

二人で、店の奥のロッカーに向かう。

「寒かったネ、リオ」

「ほんとにね」

「ワタシ、シモヤケになったかも、しれないヨ」

「あ、あたしもそうかも」

「この長靴、薄すぎるヨ」

「スカートも、短いよね」

「きっと、店長の趣味ネ」

「うふふ…きっとそうだね」

赤い帽子、赤い上着を脱ぎ、赤いスカートと赤い長靴を私物にはき換える。

理緒は、その上に毛糸のマフラー。

二人の可愛らしいサンタクロースは、二人の可愛らしい少女に変身した。

店内へのドアを開けると、店長が照明を落とすところだった。

「お、ご苦労さん。バイト料、そこのケースの上にあるから」

くし形に切られた小さなケーキが、一つ、二つ、ぽつりと取り残されたショーケースの上に、封筒二枚。

レミィが、手にとって、一つを理緒に渡す。

「少しだけど、色つけといたから。今日は、ホント、助かったよ」

「店長、奥さん大丈夫ナノ?」

「今日あたり、生まれるとかどうとか病院じゃ言ってるんだけどねえ、今日だけは休むわけにはなあ…」

「掻き入れ時ネ」

「そういうこと」

「じゃあ、私たち、もう」

「ああ、お休み…あ、待った待った」

店長は、ショーケースの間に挟まったワゴンに向かうと、ケーキの箱を抱えて戻ってきた。

「どうせ、明日にゃタダみたいな値段だからな、1個ずつ持ってくといいよ」

「Oh!thanks!!」

「赤ちゃん、無事生まれるといいですね」

「ああ、ありがとな」

スイッチを切った自動ドアを、二人で引き開けて、外に出る。

それを内側から店長が閉める時、店の奥で電話の音が鳴ったような気が、理緒にはした。

「じゃ、ワタシ、こっちだかラ」

レミィとは、ちょうど帰りの方角が正反対だ。

「うん。年明けに、学校でね」

「あ、リオ、待っテ」

レミィは、手に持ったケーキの箱を、理緒に押し付けるようにした。

「持っていくネ」

「え…い、いいよ」

「No!ワタシ、一人じゃ食べきれまセン。ケーキ、もう買ってあるノ」

「そ、そうなんだ」

「Yes!リョータ、きっと喜ぶヨ。持っていくネ」

「う、うん…じゃあ、遠慮なく…」

「それじゃ、また、学校デネ」

「うん、お休み、レミィ」

「good night!」

レミィは、身軽になった体で、まだイルミネーションが輝く街路を駈けていき、やがて、見えなくなった。

「ふう…」

大きなケーキの箱を二つとも抱え、歩き出す。

と、不意に後ろから、肩を叩かれた。

「よお!」

思わず、手に持った箱を落としそうになった。

が、後ろから伸びた手がそれを押さえる。

理緒は、振り返った。

相手は、背が高いのか、胸板しか見えない。

見上げた。

「藤田君!!」

「バイト、ご苦労さま」

「ど、どうして?」

「ああ、昼間、レミィとケーキ売ってるのを見かけてさ」

「あ…だったら、声かけてくれれば、よかったのに」

「いや、なんか、忙しそうだったし、邪魔しちゃ悪いかと思って。で、店が終わりそうな頃を、見計らってな」

「待ってて、くれたんだ…」

「いや、やっぱり、最近、物騒な事件、多いからな。女の子の一人歩きは、マズイだろ?」

「……」

「それにな、理緒ちゃん、ドジなところあるしな。今も転びそうだったぜ」

「も、もう…」

浩之の手は、まだ理緒の手を上から押さえている。

驚くほどに、冷たい。

「ね、ねえ…何時頃から、待ってたの?」

「ん?ついさっきから、かな」

「…そう」

「ほら、持ってやるから、貸しなって」

浩之は、理緒の手から箱二つを取り上げると、先に立って歩き出した。

と、振り返って、笑いながら言う。

「なあ、レミィも理緒ちゃんも、この寒いのに、あんなカッコで、すげえよなあ」

「え、そんなことないよ。あの衣装、上は結構、暖かかったし」

「いや、俺は思ったぜ。女は強ええって」

「藤田君、マフラー、する?」

「い、いや、そういうつもりじゃねえって。あ、でも、そのマフラー…」

「うん、おろしたばっかり。昨日、良太が、クリスマスプレゼントだって、くれたの」

「え、でも、クリスマスは…」

「うん。ホントは、明日くれるつもりだったんだって。でも、『姉ちゃん、寒そうだから』って」

「そっか」

「うん」

「あ、お母さんの方は…」

「それがね、最近、よくなってきたみたいなの。検査でも数値が安定してきたって…」

「そうか…よかったな」

「うん。ホントに、よかった…今日もね、今晩のごちそうは私が作るって、台所に立って…」

「へえ…じゃあ、二人とも理緒ちゃんの帰りを、待ってるんだな。急ごうぜ」

そう言って、浩之は足早になる。

理緒も、急いで後を追う。

二人とも、言葉を交わさず、ただ、黙々と歩いた。

不思議と、理緒は、沈黙が気にならなかった。

そして、藤田君も同じ気持ちだろうかと、思った。

ふと、浩之が、後ろを向く。

口元が、微笑んでいた。

そして、また前を向いて、早足で歩く。

二人とも、黙々と、歩きつづけた。

すぐに、家に着く。

理緒の家の前で、浩之はケーキの箱を、理緒に手渡した。

「藤田君、上がっていって」

「いや、遠慮しとくわ」

「え、でも…」

「今日は、親子水入らずで、な」

「藤田君」

「じゃあな。また、新学期に、学校で」

「う、うん…あ、藤田君」

「ん?」

「今日は、本当に、ありがとう」

「気にすんな」

浩之は、背中を向けたまま手を振って、もと来た道を戻っていき、見えなくなっていく。

「姉ちゃん、待ちくたびれて、腹減ったぞ」

いつのまにか、良太が出てきていた。

「あ、うん、ただいま。ほら、ケーキ貰ってきたよ、二つも」

「すげえ!」

良太は、ケーキの箱を二つとも受け取って、玄関に消えていく。

理緒は、浩之の去っていた方向を見ていた。

浩之の後ろ姿は、もう、見えない。

浩之が去っていった方向に向かい、小さな声で、そっと、囁くように、言った。








Merry Christmas!








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