Can you hear my heart beat  投稿者:NTTT


夢をみていた。

レミィがアメリカに帰る途中、飛行機が落ちてしまう夢だった。

夢の中で、落ちていく飛行機を見ながら、俺は一生懸命、叫んでいた。

俺の目の前で、飛行機は豆粒のように小さくなり、海に落ちていき、俺は、レミィのいない日々を、レミィのこ
とを考えながら過ごし、そして、目が覚めた。

部屋はまだ、真っ暗だ。

今、何時なんだろうか。

頭のところにある時計を見るのに体をねじると、レミィの髪の毛がもぞもぞと動いた。

「ヒロユキ、起きてるノ?」

「…悪ぃ、起こしちまったか?」

真っ暗な中、俺の裸の胸を、レミィの金髪が左右にくすぐる。

「夢をみてたノ…悲しい夢デシタ。起こしてくれテ、よかったヨ」

「悲しい、夢か…」

「でも、どんな夢だったか、よく思い出せないノ。不思議デス」

レミィはそう言って、顔を俺の胸に擦り付ける。

俺は、レミィの肩を抱きかかえ、もう片方の手で、小さな頭を、ゆっくりと、包むように、撫でた。

「懐かしいデス…」

「懐かしい?」

「昔、眠れないとき、ダディがいつもそうしてくれたノ」

「そっか…」

「ワタシ、一人で寝るの、怖かったから」

「臆病だったんだな」

「違うノ。寂しかったんだと、思うノ。ワタシ、今でも、寂しいの、嫌いデス」

そう言って、レミィは、俺の背中に回した両手に、力をこめた。

「だから、ヒロユキに会えて、とっても嬉しかったヨ」

「……」

「ヒロユキ、いつもワタシの家に、遊びに来てくれた」

「……」

当時のことは、あまり覚えてはいなかった。

ただ、おぼろげに、楽しかった記憶しかない。

「ヒロユキ、庭にブランコがあったの、覚えてるデショ?」

「……」

「ヒロユキ、いつもワタシを先に乗せてくれて、ワタシが飽きるまで、ずっと、押しててくれたネ」

「……」

「ブランコが戻っていくとき、後ろを向いたら、ヒロユキ、いつも真っ赤な顔して、頑張っててくれたノ」

「……」

「ワタシ、その時からずっと、ヒロユキのこと、好きだったヨ」

「…ごめんな、レミィ」

「覚えてないノ?」

「…わかんねえんだ」

レミィは、また、俺の腕の中で、首を振った。

「ヒロユキ、きっと、覚えてるヨ。思い出せないダケ」

そう言って、レミィは、俺の首に手を回し、ベッドの上を、頭のほうに這いずってきた。

レミィの胸と、俺の胸が、触れ合う。

「ヒロユキ、一度、ブランコのタイミングを間違えテ、大怪我したのヨ」

「そうなのか?」

「そう。頭のとこ、少し切ったノ」

「…覚えてねえや」

「ワタシが泣いてたら、ヒロユキ、『大丈夫だ』って言っテ、そのまま帰っていっテ…」

「…うん」

「次の日、大きなガーゼ頭に貼っテ、また遊びに来てくれたノ。ワタシ、また泣きましタ」

そう言って、レミィは俺の頭をしばらくまさぐり、言った。

「ヒロユキ、ここ、触っテ」

レミィが手を誘導してくれた場所は、額の右。髪のはえぎわだった。

指で触れていくと、わずかに線のようなへこみがあった。

おぼろげに、泣いている小さな女の子の顔が、頭に浮かんだ。

「なあ、レミィ」

「なに、ヒロユキ?」

「あの時、なかなか泣き止まなかったから、俺、ガムやったっけ?」

レミィは、俺の顔に、自分の顔をこすりつけてきた。

頬と頬、唇と唇がわずかに触れ合う。

レミィは、顔全部で微笑んでいるような、そんな気がした。

「ミントのガム、無理矢理食べさせようとしましタ」

「そうか。ちょっとだけ、思い出した」

「ヒロユキ、絶対、忘れてないヨ。思い出せないダケ」

「そうだな」

「そうデス」

不意に、カラカラと、どこからか音がした。

「なんだ?」

「ハムスターヨ。夜行性だから、今、車を回しテ、遊んでるノ」

「そうなのか」

「ヒロユキ、いつも疲れてグーグー寝てるから」

「……」

「ワタシ、ヒロユキとこうなる前は、いつも、あの音を子守唄にして寝てたノ」

そう言うと、レミィは、ベッドの上をずり下がり、俺の胸に顔をうずめた。

「今は、ヒロユキの鼓動を聞いて、眠りマス」

俺の腰に手を回し、抱きしめてくる。

俺も、レミィの肩を抱きしめた。

「今、何時くらいなのかな…」

「まだ、12時前ヨ」

「明日は、レミィの誕生日なんだな」

「Yes」

「どっかに、遊びにいくか」

「Pet shop 行きたいデス」

「ん?」

「あの子に、partner、作ってあげたいノ。ワタシだけ、こんなに幸せなの、不公平だから…」
「レミィ」

「ナニ?」

「アメリカに行くときは、必ずついてくからな」

「ウン」

「絶対、一人では行かせねえから」

「ヒロユキ…」

俺は、体を捻じ曲げるようにして、レミィに、その日最後のキスをした。



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